3487声 琴線のありか

2016年05月26日

久しぶりに伊勢崎へ。
駅前区画整理に伴う、公園整備の会議。
いろいろ形になってきた。
けれども、パッとする案もドキドキする案も、ほぼ出ない。
私も出ない。
そうすると、放っておくと、やっぱり流れはとても伊勢崎っぽくなる。
ディテールの違和感に対して無頓着なままことが進んでゆく。
琴線のありかが違う。
違和感を感じても、話し合いは代替案を出さなければただの文句になってしまう。
なので私につべこべ言う資格はあまりない。
それでもつべこべ言ってみたりはしたけれど。
あの会議に出ると、自分の能力のなさと体力のなさを思い知らされる。