3494声 一瞥

2016年06月02日

一月ほど前に引っ越した。
徒歩三分程度の場所への住み替えなのだが、
近場とは言え、生活環境を変えるのには、とても骨が折れる。
今度もまた賃貸物件だが、ごく狭小な古い一軒家である。
一軒家なのでアパートやマンションなどと違い、
まず狭庭の草刈からやらねばならぬので、大変であった。
蚊取り線香をもくもくと焚き、庭に蔓延っていた、
どくだみやら得体の知れぬ葉を刈り込んだ。
中年となったいま、こども時分の好奇心などは消え失せ、
草いきれのする鬱蒼とした草むらは、ただただ気味が悪かった。
「草刈」や「草取」は夏の季語だが、自分で草を刈っている最中は、
到底、俳句など詠む余裕は無い。
つくづく、こういう季語は傍観者として作るのが賢明であると感じた。
旺盛な草や蔓などに小言念仏を唱えつつ、一心に枝切鋏を動かしたのだが、
中途で挫折し、あとはもう半ば自棄になって除草剤を撒き散らした。
 
蚊取り線香もそろそろ灰になる頃に手を止め、夕風の中で缶麦酒を開けた。
缶麦酒片手に、乱雑に草が散らかる庭を眺めていると、
するすると蜥蜴が一匹、庭先に出てきた。
「余計なことしやがって」
そう言わんばかりの一瞥をくれ、
またするすると倉庫の下の暗がりに消えて行った。