3649声 六合の眺め

2016年11月05日

六合地区を北から南に流れる白砂川。吾妻橋から眺める北の山々は、派手な彩りではないけれど、確かに紅葉していた。

 

中之条町の観光映像を1年を通して撮影している。秋は、完全に出遅れてしまった。今は町なかで紅葉は見頃。ひとやま越えた六合ではすでに終わりかけているところも多い。後悔とともに、それでもと場所を定めてRECボタンを押す。橋の対岸にいくと、南には村道にかかる吾妻橋がかわいらしいサイズで望める。ふと見た時に見えた軽トラが1台通っていく様が良くて、さあ来い来いとビデオで待ち構えていたら、それ以降ずっと車が通らない。ええいならばと、回るカメラを放置し、自らの車でぶいーっと道を回り橋を通った。そういうカットはだいたいが使わないこととなる。

 

フリッツアートセンターで古書を扱うsuiranの土屋君から、「この本には僕が本を売る上で大切なことが全部書いてあるんです」と勧めてもらった詩人の長田弘さん著「なつかしい時間」の中に、「眺めの大切さ」という文章がある。一部を引用すると

 

【目の前の風景を眺めていて、気がつくと、自分の人生の風景を眺めている。そうした「思い」を深くするのが「眺め」です。】

 

という一節がある。雄大な自然を映像に撮る時に、その場で感じる感覚と映像に残るものの差があまりに大きく。これはカメラの性能というよりは映像の限界なのだろう、などと思っていたものだけれど、それだけではなくてそこには「その景色を見ている自分の心象」が残せない、ということが影響しているのかもしれない。それであればむしろ絵画の方が、それを残せるのではないか・・

 

などとぼんやり考えていたら、大きなくしゃみが出た。もう、そんな寒さだ。