漸く撥を買って、三味線を弾いている。
三味線の構え方も知らなきゃ、撥の持ち方も分からない。
それでも、必死になって撥で糸をペチペチ叩いていると、
時間が経つのを忘れ、三味線の音色に夢中になっている。
何だか、中学生の時に初めてフォークギターを手にした時の、新鮮な心持が甦る。
私が、何処かしらから三味線を手に入れて来て、何やら弾いている様ないない様な、
と言う事は、祖母の耳にも伝わっていた。
正月、新年の挨拶に行った時に言われたのだ。
「おばちゃんもね、三味線、お酒を飲むとよく弾いてたんだよ」
この「おばちゃん」ってのは、祖母の姉の事で、私も子供時分には、
随分と可愛がってもらった。
ヘビースモーカーで大酒飲み。
一緒に車に乗っていると、突然、「ちょっと停めて」と言って、
道端の自動販売機まで走って行く。
そして、「echo」と言う安煙草の、橙色の箱を持って帰って来る姿が、
脳裏に焼き付いている。
盆暮れ正月は、もれなく酒臭く、そう言う時には決まって小遣いをくれた。
そのおばちゃんが、酔うと三味線を弾いていた。
それも其の筈である、おばちゃんの職業は芸者だったのだから。
私は、おばちゃんが三味線を弾いていた姿を見た事は無いし、
芸者だった事実も最近知ったのだが、聞いて直ぐに納得した。
男勝りで、破天荒で、短気で、狡賢くて、酒飲みだけど、粋で優しい。
まさに、花柳界を生き抜いて来た、粋人なのであろう。
おばちゃんは、私が小学生時分に、あっさりとこの世を去ってしまったが、
今でも、ギョロギョロした目を細くして笑うおばちゃんの顔を、
記憶のスライドショーで思い出せる。
笑った顔から、銀歯のギラギラした光がこぼれ落ちていた。
「血は争えない」
年々、おばちゃん系統の隔世遺伝が顕著になってきた、私の行動。
だけれども、粋に三味線を弾きこなすには、私一代の努力では、無理かも知れない。
素質までは遺伝しなかった様である。
おばちゃんの名前は、「ヨシノ」と言うらしい。
どんな字を書くのか、聞くの忘れた。

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