ふと思い出したこと。もう名前も忘れてしまった女性がいた。Aさんとしようか。県内のイベントなどでたまに見かけて、年は僕より少し上だったろうか。おおらかな感じでいつもにこにこのんびりしている感じ。会うとこんにちは、くらいの挨拶をしていた。あるイベントで僕は泊まる予定もしていて、Aさんがふいに近づいてきて、私も泊まって良い?と言ってきた。僕は心臓がちょっと出かかるくらい驚いたが(女性免疫ないので)、断った。彼女は嫌な顔ひとつせずふらっと離れ、他の人たちと話をしていた。そういう人なのよ、みたいなことは後日誰かから聞いた。
仕事ではじめましてと知り合った男性から、SNSで友達になって良いですか?と言われた。もちろんと教えると、彼はしばらくスマホを見つめ「Aと知り合いですか?」と聞いてきた。「えーと、ああ、挨拶する程度です」と答えると「そうですか」で終わった。それ以上は聞かなかったが、短いやりとりの間の彼の表情で、その男性はAさんと昔付き合っていたのではないか、と想像した。合っていたか間違っていたかはわからない。
それから数年が経ち、Aさんが亡くなっていたことを知った。たしか、病気だった。まだ若かった。悲しい気持ちにもなったが、ひどく悲しいというほどではなかった。そして、それから今に至るまで10年くらいAさんのことを忘れていた。ふと思い出したのも、彼女にまつわる何かを見たわけではなく、何気なくSNSを見ていたら、知人が僕が知らぬ人をタグ付けしていて、こういう仕事している人がいるんだとその知らぬ人のプロフィールを見たら、なんとなくAさんに似ていた、というだけのことである。
おおらかな感じでいつもにこにこのんびりしていたAさんは、何を思っていたのだろうか。
Aさんに限らず、ほんとうに暗い場所は、心の中にあるのかもしれない。