5240声 演技とは

2022年09月13日

近年では舞台の撮影をやらせてもらったり、映画祭やそれに関する映画撮影にも関わっているので、役者の演技はそれなりには見ているつもりだが、今回はまじまじとそれを考える機会となった。

 

いい役者の条件、は幾つか上げることができるだろうが、その中には「演技の許容範囲が広い」という事は大事な条件だと思う。

 

例えば、演技が出来ない僕は、「42歳の中年が酒場でちびちび酒を飲んでいる」という演技であれば、多少の実感くらいは込めて演じることはできそうだ。だが「42歳の中年が年がいもなくパーリーピーポー気分でアゲアゲに酒を飲んでいる」となると、まず、えーっと思い、それでも変わりがいないのであれば、どこかで見たアゲアゲなパーリーピーポーを雑にイメージしながら無理やりにテンションを上げてそれを演じることになる。そうした「無理をした演技」は現場でもお寒いが、映像に残しても見れたものではないだろう。

 

今回のドラマ撮影では、熟練の俳優たちが、無理やりテンションを上げるのではなく、自分のテリトリー内(それは、体の動きの許容量内であり、演じる気持ちの許容用内である)において、トーンと抜き出た演技をする様を何度も見た。それが現場でテスト段階から出来るということは、今まで演じてきた数限りない演技の中で(練習の中で)自分の演技の許容範囲を広げてきたからに違いない。それは、プロの役者として当たり前、とは片付けられない感動を覚えるものであった。

 

近年は、演劇を手法としたワークショップがここ群馬でもぽつぽつ行われている。演技の、というか自分の体や心の許容範囲を広げる努力は、役者に限らず必要なものなのだと思う。