1214声 蟄居閉門

2011年04月28日

「こうしてはおれぬ」
などと、嘯いても、部屋の中。
テレビ画面には、御隠居。
つまり、水戸黄門を観ているのである。

病院から出て来たものの、
まだ鼻にガード器具のようなものを付けているので、
外に行かれない。
これがサッカーの試合ならば、フェイスガードを付けて、
出場できるのだろうが、実社会の視線を考えると、および腰になる。

暫くの蟄居、致し方なし。
されば、御上から御沙汰を御待ち申し候。
てぇ具合だが、御上から御沙汰が下るほどの事は、何もしていない。
遡ること、およそ400年前の寛永9(1633)年の、江戸時代。
高崎城で蟄居の身となったのは、徳川忠長である。
翌年には、高崎城で自害してしまった。
享年は29歳。

その御墓は、高崎市街地の大信寺にある。
墓石は五輪塔になっており、
周囲に高層ビルなどが立ち並ぶ景色の中、ひっそりと建っている。
蟄居が解けた後、ちと、散歩に出掛けてみようかしら。

【天候】
終日、晴れて暖か。
午後から強風。