1235声 夏の橋の欄干

2011年05月19日

信号待ちの列。
ジリジリと、車内を照りつける夏の日差し。
エアコンの目盛りは最大。
噴射口からの風は冷たいが、
車内に充満している熱に、すぐに飽和してしまう。
感度の悪いラジオは、つい先程から、
ノイズばかりを吐き出している。

さて、青になる。
と言うところで、交差する前方の道路。
サイレンを鋭く鳴らしながら、猛スピードで、
右折して行くパトカーが、二台。
「事故かしら」
と思いつつ、青信号に従って、車列が進んで行く。

前方は、橋になっている。
どうやら、その橋の中腹で、サイレン音が止まった様子。
橋の入口まで来て見ると、やはり、中腹に停まっているパトカーが二台。
袂付近では、何やら、不安そうな顔で、橋の先を見ている野次馬の姿。

事故車らしき車が見えた。
見えて、その黒いワゴンとすれ違った。
進行方向に向かって逆走する格好で、路肩に停めてある。
停めてあるのは一台なので、単独事故だろうが、
特に目立った外傷は見当たらない。
しかし、その先、であった。

進行方向、左の欄干。
等間隔に付いている、街灯。
その支柱に、群がっている警察官が四人。
群がる警察官たちが、血相変えて掴んでいるのは、一人の女性。
つまりは、その女性。
橋の欄干に腰掛けて、左手を街灯の支柱に回していた、のである。

「飛び降り」
瞬時に連想して、おそらく外れてないだろう、と思った。
五十がらみの、どちらかと言えば派手な、水商売を思わせる女性。
警察官に掴まれながら、欄干に平然と腰掛けている、その女性。
橋の下には、市内でも有数の一級河川が、流れている。
落ちれば間違いなく、と言った状況である。
女性の、瞳。
不意に名前を呼ばれた人のような、邪念の無さそうな眼光をしていた。

私の車は、流れる車列に従って、その現場を通り過ぎた。
バックミラーの中で、小さくなって行く光景。
警察官がたちが、その女性を欄干から引き吊り下ろしたところで、
見えなくなった。
ラジオからはいつしか、鮮明な音質で、一昔前の唄が流れていた。

【天候】
終日、晴れて蒸し。
熟れた様な、月がしたたる。