信号待ちの列。
ジリジリと、車内を照りつける夏の日差し。
エアコンの目盛りは最大。
噴射口からの風は冷たいが、
車内に充満している熱に、すぐに飽和してしまう。
感度の悪いラジオは、つい先程から、
ノイズばかりを吐き出している。
さて、青になる。
と言うところで、交差する前方の道路。
サイレンを鋭く鳴らしながら、猛スピードで、
右折して行くパトカーが、二台。
「事故かしら」
と思いつつ、青信号に従って、車列が進んで行く。
前方は、橋になっている。
どうやら、その橋の中腹で、サイレン音が止まった様子。
橋の入口まで来て見ると、やはり、中腹に停まっているパトカーが二台。
袂付近では、何やら、不安そうな顔で、橋の先を見ている野次馬の姿。
事故車らしき車が見えた。
見えて、その黒いワゴンとすれ違った。
進行方向に向かって逆走する格好で、路肩に停めてある。
停めてあるのは一台なので、単独事故だろうが、
特に目立った外傷は見当たらない。
しかし、その先、であった。
進行方向、左の欄干。
等間隔に付いている、街灯。
その支柱に、群がっている警察官が四人。
群がる警察官たちが、血相変えて掴んでいるのは、一人の女性。
つまりは、その女性。
橋の欄干に腰掛けて、左手を街灯の支柱に回していた、のである。
「飛び降り」
瞬時に連想して、おそらく外れてないだろう、と思った。
五十がらみの、どちらかと言えば派手な、水商売を思わせる女性。
警察官に掴まれながら、欄干に平然と腰掛けている、その女性。
橋の下には、市内でも有数の一級河川が、流れている。
落ちれば間違いなく、と言った状況である。
女性の、瞳。
不意に名前を呼ばれた人のような、邪念の無さそうな眼光をしていた。
私の車は、流れる車列に従って、その現場を通り過ぎた。
バックミラーの中で、小さくなって行く光景。
警察官がたちが、その女性を欄干から引き吊り下ろしたところで、
見えなくなった。
ラジオからはいつしか、鮮明な音質で、一昔前の唄が流れていた。
【天候】
終日、晴れて蒸し。
熟れた様な、月がしたたる。