「ぎょわ」
真夜中に呻き声をあげているのは、私、である。
部屋の戸から洩れる光では、よく確認できぬが、たしかにそこに、いる。
壁に貼り付いている、物体の全貌を明らかにしようと、電気のスイッチを押す。
目の前が白らじんで、だんだん慣れてくる視力で確認しようとするが、
何やら、奴さん、音も無く動いては一時停止。
動いては停止、を繰り返している様子。
停止した所で、顔を近づけて凝視すると、それは紛れも無く、
「ゲジゲジ」
であった。
梅雨のこの時期。
ナメクジとゲジゲジが、頻繁に出没する。
雨降りの日が続くと、ナメクジの出現率が高いが、それに伴って、
ゲジゲジも姿を現す。
ナメクジの方は、移動速度が遅いので、何とか余裕を持って対応できる。
しかし、このゲジゲジとなると、移動速度が速いので、
アタフタとうろたえてしまう。
しかも、この長い触覚や不均一な三十本の足が、一斉に蠢くと言う異体。
この奇妙な形を見ると、一瞬、戦意喪失してしまう。
それでも、今宵の安息の為、
「うらみつらみはございませんが、渡世の義理、お命…」
などと、「唐獅子牡丹」のワンシーンを演じていたら、奴さん。
「ツツツツ」っと、洗面台の脇へ入り込んでしまった。
慌てて、どうしたものかと思い、咄嗟に、
その隙間へ大きく息を吹きかけたら、奴さん。
驚いて、出てきやがった。
そこへ、一撃。
ったって、素手で出来る筈も無く、近くにかけてあったタオルを引き抜いて、
それを丸めて、「ドスン」と、奴さんめがけて垂直落下。
勝負あり。
せめて、ささやかな供養をしてやるかと、思った矢先。
丸めた白タオルの脇から、「ツツツツ」と、奴さんが駆け上がって来て、
タオルを鷲掴みにしている手の甲を、登って行くではないか。
またもや、「ぎょわあああ」っと、今度は完全に理性を失って、
タオルを放り投げて、私が遁走。
数分経ってから、洗面所へ戻って見ると、奴さんの姿は無い。
置き去りにされたタオルを摘み上げて見ても、気配すら感じない。
その晩は、部屋の扉を固く閉ざして、そのまま寝てしまった。
そして今晩、そろそろ、洗面所へ行ってみようと思う。
【天候】
朝より曇り。
蒸し暑いが、夕方に一時強い通り雨。
その後は大部、暑さが和らいだ。