1309声 詩の現場

2011年08月01日

「詩の国」
などと言う大袈裟な表現も、確信を持って使えるくらい、その実感を得ている。
先月は、自分が定例で参加している句会に、突発的な句会。
そして、ジョウモウ大学の句会と、様々な場所と状況で、俳句に親しんだ。
どの場所でも、様々な方々と、俳句を通して触れ合う事が出来た。

そこで感じたのは、「なんと、詩人予備軍の多い事か」、と言う事。
例えば、先日、ジョウモウ大学の授業の一環で行った句会。
参加してくれた方々は、概ね全員、生まれて初めて「句会」と言う形式で俳句を発表した。
「有季定型」
と言う情報だけで、実に多彩な句が揃った。
中には、無意識に、「省略」や「切れ字」などの技巧が利いている句も見られ、
眠れる「詩」の才の片鱗が見られた。
初めて季語を捉える感性が、新鮮な句を沢山生んだ。

そして、一番最近では、昨日参加した、句会。
私は初めてお会いする方の句を、特選に頂いた。
その方は、主に「投句」だけの俳句活動をされているとおっしゃっていたが、
見事な写生句を作っていらした。

群馬県内の、都市部へ行こうが、どんな山深い村へ行こうが、
そこには必ず「詩」に親しんでいる方がいる。
小さな村の広報誌にも、俳句コーナーがあったりするのが、その顕著な例である。
群馬県に留まらず、日本全国津々浦々、遠い海の島へ行っても、
必ず、その土地の「詩」があるだろう。
この状況はもはや、詩の国と言っても過言ではない。
それらの詩を、何か大きな網で掬いあげたら、素晴らしいものが獲れそう。
例えば、昭和初期にあった虚子選の「日本新名勝俳句」みたいな。
その時の応募投句数は、十万句を越えた。
様々な後日談が言われているが、今なお語り継がれている、
所謂「名句」も多数生まれた。
それからかれこれ、約80年。
詩は今尚、生まれ続けている。

【天候】
終日、曇り。
朝晩は涼しく、過ごしやすい一日。
夜には、小さく虫の音。