庭。
と言っても、俗に言う、猫の額ほどのものだが、
そこに数本、果樹が植えてある。
柿の葉は、若葉の頃の艶やかさが抜け、うっすらと紅葉してきた。
左に二本隔てて、植えてある山帽子は、実に紅い色が付き始めてきており、
実り具合を伺う事ができる。
今年は、豊作の様。
丁度、ひと月前頃だったか。
盛夏の日の夜、酔眼朦朧として帰宅したのは、もう深夜。
そのまま、シャワーを浴びて寝よう。
と言う事で、おぼつかぬ足取りでシャワーを浴び、洗面所で歯を磨いていた。
口を注ごうと、洗面台に顔を向けると、目が合った。
白い洗面台の上に居た、蛙と、である。
「蛇に睨まれた蛙」
と言う諺があるが、
「蛙に睨まれた人」
状態で、人である私は、一瞬にして、全ての動作が停止してしまった。
ちと呑み過ぎたかと思って、目を凝らすと、そこには確かに、
五百円玉くらいの青蛙が、手を付いている。
一呼吸置き、歯ブラシを口に突っ込んだまま、そろりそろりと手を伸ばした。
徐々に近づいている手が、あと一息で、掴める距離に来たところ。
「ぴょん」
と、飛び上がった青蛙。
慌てて追うと、着地に失敗したのであろう、床に落ちて情けなく体勢を崩している。
そこをついて、素早く手を出すのだが、如何せん、酔っ払い。
的を外れて、青蛙はまたもや、ジャンプまたジャンプ。
そうこうしていて、結局、洗濯機の下にもぐりこんでしまった。
そして私は、口を注いで寝てしまって、翌朝にはケロッと忘れていた。
それが、昨日の深夜、およそ一カ月ぶりに、あの洗面台で再会した。
背中の青色は、日に当たらなかった所為か、随分とくすんでいる。
その眼光にも、なんだか、盛夏の夜に見た精彩が欠けている。
サッと掴んで、玄関から柿の木の根元付近へ放り投げた。
微かに、「べチッ」と言う着地音が聞こえたので、どうやらまた、
着地に失敗したようであった。
【天候】
一時小雨降るも、概ね晴れ。