「ヴッ」
瞬間的にハンドルを切って、回避した。
非常事態に遭遇した時、人間の動体視力が力を発揮する故か、
目の前のスローモーション映像が脳裏に焼き付いている。
その映像の中に映っていたのは、路肩に横たわっている、獣。
下仁田町から佐久市へ繋がる、国道254号線。
通称「内山峠」。
この峠道を、佐久市へと抜けるべく、秋晴れの穏やかな昼下がりに走行していた。
紅葉にはまだ早いが、秋の日に揺れるコスモス。
その上に広がる、高く何にもなく碧い空。
清々しい心地で、ドライブを楽しんでいた。
カーブを曲がって、次のカーブ。
またカーブを曲がって、それはあった。
体長は小柄な大人二人分くらい。
最初は「鹿」と思ったが、バックミラーで確認したところ、
おそらく「カモシカ」だろう。
横たわっている姿に、血痕は見られず、毛並みもふんわりとしていたので、
息絶えてから、あまり時間は経過していないと見受けられる。
十中八九、車にはねられたのだと思うが、確認していないので分からない。
光を失ったその眼は、なんだか、とても寂しそうであった。
秋から冬にかけて、動物たちは里に下りて来るので、峠道では、
こう言う状況をたまに見かける。
この時期の動物たちの目は、おしなべて、寂しそうな眼をしている。
夜、定例の句会で、この話をしたら、
「持って帰ってくりゃー良かったじゃん」
と言うのは、先生。
特別天然記念物を、むやみに持って帰ってくる事など出来ない。
しかし、あの路肩に寝かせておくのも、かわいそうである。
窓の外から聞こえて来る虫の音が、今夜はどうしても、
レクイエムに聞こえた。
【天候】
終日、清々しい秋晴れ。