15声 触覚

2008年01月15日

昨日、ゴキブリを見た。
昼に入ったうどん屋のカウンター席での事。
天ぷらうどんを独りで黙々と啜っていると、しょうゆ卓上瓶の裏でじっと隠れているゴキブリを発見。
体長約5cmぐらいで、瓶からはみ出している2本の触覚だけを、怪しくヌラヌラと動かせていた。

「ゴキブリは触覚が長い」と言う、鮮烈な印象を受けた事がある。
それは、私がまだ小学5年だった頃。
夏休み真っ只中のその日、私は近所に住む「ゴッチー」とカブトムシを取りに行った。
ゴッチーは私の一つ下の学年で、いかにも野生児と言う言葉が良く似合うガキだった。
早朝から、近所の「さくらやま」と呼ばれている小さな雑木林に出かけた。

カブトムシやクワガタが良くいる木と言うのは、どこでも大体決まっていて、
さくらやまでは、中心部にある一番大きなクヌギの古木がそれだった。
一目散にその古木まで来ると、二人で幹をなめ回す様に見たり、助走を付けて思いっきり何度も蹴ってみた。
しかし、その日は一向に捕れなかった。
あきらめかけたその時、私は覗いた穴の奥に微かに蠢いた、黒い物体を見逃さなかった。
「おい!ゴッチーいたぞ!」
興奮は一気に沸点に到達し、私は喚きつつ、一心不乱に枝を突っ込んで掻き出す作業に取り掛かった。
幹に開いた穴や、朽ちた木の中にいるのは決まってクワガタだった。
「ゴッチー代われ!もうちょっとだ!」
私は一つ年が上であるから、最初のクワガタはゴッチーに譲ろうと思い、最後の最後で代わってあげた。
「よし!触覚つかんだ!」
と、ゴッチーが力強く咆哮した次の瞬間。
「クワガタにつかめるだけの触覚なんてあったっけ」などど考える間も無く、
眼に飛び込んで来たのは、ゴッチーにその長ーい触覚をつかまれてぶら下がっている特大ゴキブリの姿だった。

それから、どんな風にしてさくらやまから帰って来たかのか、今となっては記憶もおぼろげだ。
ただ、二人の、特にゴッチーの猟奇的な叫び声が森全体に響き渡った事は覚えている。

「ズーーッ、ゴッホァ!」っと、一つ飛ばした席に座っているオヤジのうどんにむせる声で、思い出から我に返った。
ふと、しょうゆ卓上瓶に眼をやると、ゴキブリはもういなかった。