銀漢て 銀河のことか くだらない
『知的生産の技術』の著者で、民俗学者の梅棹忠夫の俳句だ。この俳句で梅棹は、破門をいいわたされた。
「わたしはそれ以後、ニどと俳句に手をだしていない。」
のだそうだ。
「東京マッハ」でなら、とる選者もいるのではないか。梅棹ほどの人が俳句を続けなかったのは、かなりもったいないことだったとおもう。
梅棹は、『知的生産の技術』のまえがきで次のように述べている。
「わたしは、わかいときから友だち運にめぐまれていたと、自分ではおもっている。学生時代から、たくさんのすぐれた友人たちにかこまれて、先生よりもむしろ、それらの友人たちから、さまざまな知恵を、どっさりまなびとった。」
そんな友人にめぐまれた梅棹だったが、俳句仲間にはめぐまれなかった。
俳句は誰とやるかがなかなか重要である。
さて、本日は7月7日の七夕。
ということで、梅棹忠夫の「銀漢」の句を紹介してみた。天の川(銀河、銀漢)は、七夕伝説と結びつき、万葉のころから詠まれている。
天の川では、松尾芭蕉の次の句が有名である。
あらうみや佐渡に横たふ天の川 芭蕉
こんな句、詠んでみたい。
ところで、七夕も天の川も、歳時記では秋に分類される。新暦で七夕をすると、これらが秋という実感はまったくない。例によって、実感とずれている季語だ。
仙台七夕まつりは旧暦で開催されるけれど、8月7日あたりでも、秋といわれてもね、とおもうくらい実感としては夏だ。まあ、そういうものとして楽しみましょう。
せっかくなので、上州どどいつ部の名作から、お題「七夕」の都々逸を紹介したい。迷道院さんの五字冠(ごじかむり)、つまり五・七・七・七・五の都々逸です。
・都々逸
ひこぼしも 寄る年波で 夜道に迷い
危うく三途の 川渡る 迷道院
迷作のほうもどうぞ。
・都々逸
笹に託した 願いがかなう
これがいわゆる 棚ぼたか 喰粋
梅棹さん、都々逸やればよかったのに。