582声 熟成された本質

2009年08月04日

偶に、酒席でワインを奨められて、飲む機会がある。
私は、ワインの良し悪しが、どうにも覚束ないまま、飲んでいる。
つまりは、飲んだところで、美味いのか不味いのか分からず、
赤は赤、白は白としか判別出来ないのだ。
ロゼになると、飲んだ事すら無い。
しかし、ワインほど、その味のディテールを伝える為の形容に、
創意工夫を凝らしている酒はないであろう。
「ビロードの様な柔らかな喉越し」
「過熱したブドウの蜂蜜の様な甘美な香り」
等々、その表現の裾野の広さには脱帽する。
ワインにおける味の特徴は、各国のワイン法に基づいて生産されるので、
産地によって明確に分かれる。
そして、愛好家たちの間では、20年から30年も寝かせ、熟成させたワインが、
高値で取引されている。
角が取れてまろやかになった味と、芳しい香気を楽しむのだそうだ。
ワインにおける熟成はさっぱりだが、本棚に埋もれている本の熟成についてなら、
一考察ある。
ここで言わんとする熟成は、本棚で埃を被っている期間ではなく、
その本が発行されてから、経て来た時代の期間である。
例えば、「明治文学」と括られている本を、本棚から引っ張り出して、読んでみる。
仮に、言文一致で有名な、二葉亭四迷の「浮雲」とする。
刊行されたのは、1887(明治20)年、今を遡ること、約120年前の小説。
内容は、主人公の青年、内海文三が、文明開化以後の東京で、仕事に恋に悩んでる。
極端に概略して、そう言う事である。
100年やそこらで、社会における青年の悩みの本質は、変わらない。
と思わせてくれる味わい深い内容であり、そして何より、
明治時代のふくよかな香気を感じさせてくれる。