思えば、自身の俳句歴を公称2010年と記載しているが、これを勘定すれば2007年
ということになる。
この三年間を抜いたのは、先の表明にも有るとおり、それが「俳句」でも「川柳」
でもないと判断したためである。そして、こんがらがった様々な糸からするりと
俳句の糸を手繰りよせられた、つまりは、一応の目指すべき俳句の道のようなも
のを歩き始めたのが、2010年ごろなのである。
それはまた、私から「ワルノリ」の部分が消えてゆくことにもなったのだが。
さて、ワルノリ俳句ingに参加した若き日の私は、朝から缶麦酒片手に電車に乗り、
五七五を詠んでいるが、これは果たして「俳句」と呼べるのかと感じ、その感は、
回を重ねるにつれ、強く心に取り付いた。
横を見れば、堀澤氏は何食わぬ顔でスルメをしゃぶりつつ缶麦酒を飲んでいる。
ここは電車の中である。
さっきまで近くに居た女子高生は、するりと隣の車両に退散して行ったではないか。
俳句には「季語」なるものが必要だが、参加者の誰一人として「歳時記」を持参
していないではないか。(それは九年を経た現在でも変わらぬ状況だが)
俳句の入門書を読んで一応「句会」のやり方は頭に入れたものの、それが合ってい
るのか、確かめようも無い。
そんな、たまりつつあるもやもやを払拭すべく、私はこのワルノリ俳句ingに、
俳句の「輸入」を試みたのである。
第3回へ続く

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