6292声 続・散歩を忘れて

2025年08月29日

ちょっと前に気づいて(と言うよりは、思い込んで)大事なことだぞ、と思っていることがある。

いつものように朝の連続テレビ小説を見終わり、そのまま「あさイチ」を見ていたら就職氷河期の話をしていた。世代的には僕のちょっと上になる。大学まで卒業しても就職を勝ち取るのは至難の技。非正規雇用などを余儀なくされ、今現在においてもお金の不安や自分が必要とされていない感覚に悩まされている人が多いという。途中で見るのをやめ、出社する前にいつもの散歩コースで公園下の川沿を歩いている時に、ふと気づいたことがある。

就職氷河期世代に限らず、僕らが子供の頃よりも日本は生きづらい状況になっているのではないかと思う。日本と書くことは大袈裟なことであり、政治の話をここでしたいのではない。お金や自己肯定感の安定の難しさ。僕も他人事ではなくて、好き勝手な仕事をしている以上、それで合同会社の代表社員をやっている以上、独立してからの約3年、お金の心配は常にしている。何なんだお金って。例えば「お金がないから子どもを育てられない」って何なのか。リアリズムでもあるのだが、そういうものなのか人間は、と思わずにいられない気質はある。

散歩で気づいたことに話を戻す。書いておきながら読んだあなたが納得、という答えになっていないのが申し訳ないのだが、「就職氷河期です。お金や自己肯定のことで困っています。」という話の中には、近所を散歩して秋じゃなくて夏のとんぼも飛んでるんだね、とか、紫陽花がきれいだけどこの先枯れてもいい感じなんだよな、とか、<近所を散歩して良かった>が抜けている。いやいや、就職氷河期の人だって散歩して楽しんで、でもそれ以外の時、現実で悩んでいるよ、というのはその通りだと思うが、<今あなたが悩んでいること以上に、世の中は広くないですか? 他に道は本当にありませんか?>と思う自分がいる。それは何よりも、僕が僕自身に問い掛けたい問いでもある。

僕がここ数年お付き合いしてきた会社、きたもっく(キャンプ場の「スウィートグラス」や林業・地域資材活用事業の「あさまのぶんぶん」等を経営)の理念に「未来は自然の中にある」という言葉がある。それだけ切り取って聞いたら、どこかのコピーライターが書いた都合のいい言葉だなと思うかもしれない。けれど、僕は割とマジで未来がそこにあるんじゃないかと思っていたりもする。

だから、今は割と散歩をする気持ちを失っているが、その時期はきちんと終わりを迎えるので、ちゃんと散歩をしたいと思っている。