日刊鶴のひとこえ

この鶴のひとこえは、「めっかった群馬」に携わる面々が、日刊(を目指す気持ち)で記事を更新致します。担当者は堀澤、岡安、すーさん、坂口、ぬくいです。この5人が月替わりで担当しています。令和8年度は4月(坂)5月(ぬ)6月(岡)7月(す)8月(堀)9月(坂)10月(ぬ)11月(岡)12月(す)1月(堀)2月(坂)3月(ぬ)の順です。

2265声 泡

2014年09月13日

どんなにきめ細かい泡でも、
一口目に液体にたどり着かずに泡だったら、
台無し。

2264声 変わり目

2014年09月12日

不安と不満は紙一重。
不安が不満になるその変わり目に、
大事なことがある。

2263声 酸

2014年09月11日

甘みが酸を吸収するのだけど、
下から演歌のこぶしのように上がって来る酸と、
口に入れたとたん華やかにぱっと開く酸とある。
日本酒の話。
含め牛蒡の天ぷらには、
前者の酒が合う。

2262声 21℃

2014年09月10日

夜の空気が心地よい。
人間には食欲がわく気温というのがあるらしく、
それは21℃だと聞いたことがある。
いまちょうどそのくらいかもしれない。
それでまた人間が美味しいと思うときに感じる幸福感と、
恋をしているときに感じる幸福感は脳内では同じ、
と聞いたこともある。
ならば21℃は恋をしたくなる気温なのか?
例えばいわゆる秋のうら寂しさみたいなものがあるとしたならば、
もしかしたらそれは気温のせいだというだけなのかもしれない。
月が明るい。

2261声 まだ待つ

2014年09月09日

いまだ酒が抜けない。
どれだけ飲んだのかと思い返してみると、
そりゃ飲み過ぎなことがよくわかる。
わかったところでさて、
酒が抜けるわけではない。
酒が身体に残っていると、
思いも寄らない悪い夢を見る。
脳が一時的にやられるのだろう。
これだけは確かなことだが、
飲み過ぎに効く薬などない。
あれだけいい思いをさせておいてもらって、
その上薬を飲むなんてばちあたりである。
ただじっと待つのである。
今に始まったことではない。

2260声 待つ

2014年09月08日

ベンチに座ったまま、
夕べの酒が抜けるのを、
じっと待っている。

2259声 寿司

2014年09月07日

寿司は口の中に入れてから飲み込むまでの変化を楽しむもので。
だから噛むという作業なしには寿司の醍醐味はわからない。
およそ10回くらい噛んだところで味がぼんやり見えてきて、
20回くらい噛むと色々な味になる。
なんでそうなるかというとシャリが唾液に混じって糖化されるから。
だから寿司はネタ以上にシャリが大事。
このシャリが甘いと長くは噛んでいられない。
寿司におけるシャリは甘くなくていい。
あるいはトロなんかも油が多いから噛んでいられない。
赤身なら噛める。
マグロは赤身、という好みの中にはそんな理由だってある。
私はだいたい30回から50回くらいは噛む。
うまい寿司であればあるほど口の中の幸せは長い。

2258声 安心感

2014年09月06日

男には、
いざとなったら立ち小便をしてしまえばいい 、
という安心感がある。

2257声 要求

2014年09月05日

大事にされているかどうかを確認したいときに要求という形をとってしまうから、
めんどくさい人、と言われてしまうので。
それがまた要求になっているのを本人は意識していない場合もあって、
これはもう、複雑にめんどくさい、ということになってしまう。

2256声 街場の伝統

2014年09月04日

「群馬伝統銭湯大全」はつくづくいい本だと思う。
街場の伝統を残していくことにもう少し時間を使えるようにしたい。

2255声 できるとかできないとかできたとか

2014年09月03日

私なんてまだ若い部類かもしれませんが、
歳を取るとその、
できなくなりますいろんなことが。
少なくとも今より若い時よりは。
いろいろできると思ってるとやるべきことがまとまらない。
これしかできないとなると選択肢が少なくなる。
これはありがたことです。
ところが、何かができた実感があまりなかったり、
その「できた」自体の評価基準が高いと、
選択肢が少なくなることが切迫感になるということも一方にある。
それがまた、
できた実感というのはたいていは他者からの評価に翻弄されやすいというところが人間のややこしさで。
愛された記憶の必要、
みたいな話はきっとそんなところから始まっているんですよね。

2254声 釣り

2014年09月02日

烏川で釣りをしてきた。
いいもんです。
16時頃から小一時間ほど。
ちょうど日が暮れる時で、
向こうに観音様が見えて。
小魚が何匹か釣れた。
釣れた魚は塩漬けにして発酵させることになりました。

2253声 41歳の夏

2014年09月01日

涼しい。
短い夏でした。
普段の私からしてみたら働きすぎの夏でした。
これがもう少し体力があると駆け抜けた夏、
とかなるのだろうがならない。
やらないといけないことにしがみついた夏、でしょう。
しがみつくにはいろんなしがみつくがあるだろうけれど、
41歳のしがみつくというのはこれは最低限機嫌がよくないといけないんです。
だいたいこの歳になって機嫌が悪いのはみっともない。
勝手にそう思っているからたいへん。
機嫌よくいろ、というのとしがみつかないと一日が終わらない、という板挟み。
そんな夏でした。

2252声 Don’t be afraid

2014年08月31日

ウキウキ気分の真夏に「弱さ」をテーマに書く、なんて言ってしまったから、

馬鹿の間に間に見苦しい書き込みもしてしまったと思う。

 

この年になっても相変わらず弱いなぁと思う自分がいて、

嫁をもてば、子どもをもてば、親や仕事にもっと責任をもてば、

「そんなこと言ってられない」という強さは得られるのだろうが、

強さ、弱さはそれだけではない気がしている。

 

20代はじめの宮崎の海岸で、ゲイのイギリス人と話をした。

英語ができないので、つたないジェスチャー混じりだったが、

R.E.M.というバンドが好きという共通点を見つけた。彼は言う。

「ボーカルのマイケル・スタイプは、ゲイであることを隠さず、

セクシャルマイノリティが表に出るために尽力している」

僕と言えば「あれもこれもできないんだ」

ということを話した記憶がある。すると彼は一言、

「Don’t be afraid」。

 

僕はその夏に、僕が一生心に留めるべき言葉を知ってしまった。

弱さはずっと消えないと思う。でも、Don’t be afraid。

 

いやー、青臭さ全開で終えてしまいました。

昔、堀澤さんが「年をとると、できなくなるから、楽になる」

ということを言っていたと思いますが、あれ、どういう意味でしたっけ?

僕もそういうことがわかる年齢に差し掛かっているようですが・・

2251声 風土

2014年08月30日

5月の投稿の時に書いた、

日本映画大学の学生による中之条町六合での

ドキュメンタリー撮影、の完成作品を観た。

 

旅館支配人を経て、めんぱと呼ばれる弁当箱を作る職人。

ラッパーを目指し上京、帰郷し農業ベンチャーに賭ける青年。

緑豊かなだが少し寂しい暮坂芸術区にて、作品を作り続ける陶芸家。

山に居続け、うどんなどをこねるこねばちを作り続ける職人。

 

彼らの人生には、厳しくも豊かな山里の風土が関係している。

学生ならではの真っ直ぐなまなざしで、どれも魅力的な作品になった。

 

噺家か!と思うほど話が止まらないこねばち職人の老人が言う。

「ずっとここで生きてきたから、自然がきれいだなんて思わない。普通だ。

米がとれない地域、昔は嫁がうどんをこねて皆に食べさせた。

そんな人もいなくなったし、使われなくなった道具を見ると・・寂しい。」

寂しい、あたりをいうくだりでは、沈黙が多い。学生はそれもカットせず使う。

 

おおげさだけど、その沈黙に、六合に限らない「失われたこと」が現れている気がした。

 

学生作品といえど、町外の人が観ても興味深い作品がそろったと思う。

上映会を立ち上げる予定なので、その際はこのページでも報告させていただきます。

2250声 八月末

2014年08月29日

スーパーの敷地にある小さな焼きまんじゅう屋に

人が並んでいた。

 

バイパス道では女子高生が二人

立ちこぎ自転車で駆けていく。笑顔だった。

 

稲穂は黄色に色づき、

場所によってはこうべをたれ始めていた。

 

山の上には大きな雲ではなく

切れ切れの小さな雲が浮かんでいた。

 

日が暮れても半袖でなんとかなるが

時折しんと冷えた風が肌を触っていく。

 

八月末。

2249声 セミファイナル

2014年08月28日

路上に落ちて、「死んでるのかな・・」と近づくと突如、ブーンと飛んでびっくりする蝉の状態を、

「セミファイナル」と呼ぶらしい。

今日も木に止った蝉が、あまり元気なくゆったりと飛んでいく様を見たが、少し物悲しかった。

 

知り合いの近しい人が、不慮の事故で亡くなった。

偉人は「明日自分が死ぬと仮定して、今日を生きなさい」という。

なんとなく山田かまちなんかは、そんなことを実践したイメージがある。

僕はといえば、今日もいつも通りの一日だった。

 

蝉は、自分の命が短いことを知っているのだろうか?

2248声 ノミ

2014年08月27日

自分は「ノミ」だと思っていた。
ノミは高く飛ぶが、小さい箱に入れるとその箱の高さしか飛べなくなるらしい。

 

活気のある場所に行けば、その場所にいる人たちに感化されある一定は動くが、
一人でいるとたちまち何もしなくなる、できなくなる。
場所や環境ありきでないと、動けない自分。
20代なかば。休みの日には、一日布団の中にいることもあった。

 

(ほ)の人も良く知る(も)さんとの出会いは強烈だった。
当時は高崎CIPという若者の仕事と地域活性をかけあわせた事業に取り組み、
本業は企業や自治体のコンサルタントという、強烈な個性の持ち主だった。

 

会って間もない僕を、高崎の本町だったと思うが、
知る人ぞ知るような店に連れていってくれて、あぶった油揚げなど、
飾らずに本当に美味しいものをごちそうしてくれた。

 

ノミの話しはしなかったがその席、
「僕は人に合わせて背伸びをしてるんです」と言うと、

 

「俺もだよ」

 

と即答で帰ってきた。タイミングもあるが、それはなんだか心強くて、
その日以降、震災後の活動を共にしたり、酒を飲んだりした。

 

多少去勢を張ってでも、自分の前に少し高い箱を置いていけさえすれば、
ノミだって生きていけるんじゃないか、と今は思っている。