脳はすぐに白黒をつけたがる。
構造上なのか、
葛藤を抱えにくいようにできているのだと思う。
すぐに、
ジャッジしたがる。
日常がどんなにジャッジできないものに溢れていたとしても。
葛藤を持ち堪えられない脳が促す安直なジャッジは、
人間の、
これもその特徴の一つであると思う寛容さを、
帳消しにしてしまう。
2014年06月16日
脳はすぐに白黒をつけたがる。
構造上なのか、
葛藤を抱えにくいようにできているのだと思う。
すぐに、
ジャッジしたがる。
日常がどんなにジャッジできないものに溢れていたとしても。
葛藤を持ち堪えられない脳が促す安直なジャッジは、
人間の、
これもその特徴の一つであると思う寛容さを、
帳消しにしてしまう。
2014年06月14日
違いがわからないと怖い、
というのと、
違いをわかろうとすればするほどギスギスしがちになるのも怖い、
という二つのバランスを、
皆、
何処かでとっている。
2014年06月13日
近所に新しくできた呑み屋にいったら、
つまみにどどめ(桑の実)が出てきた。
「この一週間くらいの限定です」と店主。
桑の木に実がなるのはこの時期なんだ。
子供の頃登下校で通った通学路脇の桑畑を思い出して、
また酒が進んでしまった。
2014年06月11日
黙っている人が背負っているんだということを、
喋っちゃう人は考えないといけない、
と思うけれど、
目の前の黙っている人が背負わずにいて平気でいる、
というのは、
もっと考えないといけない。
という、
メモが見つかった。
2014年06月07日
韓国のあのアルミ箸で焼肉をしていたら、
口の中で、
「ジュッ」と。
酒を飲んでいて、
たいしたことないと思っていたら、
しっかり跡までついていた。
箸でやけどをするなんて、
日本の箸では起こらない。
それにしても熱かった。
2014年06月06日
ダッシュ村の三瓶明雄さんが亡くなった。
昔お世話になった。
存在そのものがサバイバルツールみたいな方だった。
とにかくなんでもできる方だった。
いつも笑顔を絶やさない方だった。
なんとも言えず寂しい。
2014年06月05日
一日の労働時間は一体何時間が理想なのだろうか。
そんなのは人それぞれ、
体力による。
私は体力がない。
でもハードな毎日をなんとか生きていられている。
それは多分日常がシステマチックになったからだと思う。
何時から何時までは仕事に向き合わなければいけない、
という形式は、
ある面においては楽だ。
システマチックな忙しさは体力にだけ向き合っていればなんとかなる。
ところがフリースタイルの忙しさは体力にだけ向き合っていたのではどうにもならない時がある。
2014年05月31日
「岡安くん、書いてみない?」
と(ぬ)(ほ)両名から言っていただき、「はい」と安返事をし、
5月の一か月、「鶴のひとこえ」を書かせていただいた。
ひとこえ、じゃなかったですね。話したいことはけっこうあったようだ。
「言葉だけでなにができるか?」などと偉そうに始めたけれど、
何の一貫性もなく支離滅裂。ウエストが気になるズボン問題も未解決のまま。
それでも「めっかった群馬」が心地よいと思うのは、
(ぬ)の人も(ほ)の人も僕も、やっていることは違っても、
人や、めんどくさい感情や、群馬に息づいている情感みたいなものが、
好きだからなんだと思う。
かっこよさや便利さとは対極にあるかもしれないけれど。
それはきっと、読んでいただいているあなたもそうなのではないかと、
勝手に親近感をもって書かせていただきました。
「あいつはもう出すな!」というメールが10通以上来なければ、
8月あたりにまた顔を出すかもしれません。
読んでいただき、本当にありがとうございました。
2014年05月30日
ずいぶん久しぶりに、若者たちに囲まれた。
僕は2004年から中之条町の「伊参スタジオ映画祭」のスタッフをしている。
今日は「中之条ビエンナーレ」というアートイベントの
ディレクターである山重徹夫氏が講師をつとめている
高崎経済大学地域政策学部アーツマネジメント論
の授業に呼んでもらい、映画祭にまつわる話をした。
「映画祭はだれのためのもの?」
と切り出し、けれどその答えを学生に伝えたいというよりは、
自分自身で確認したかったのだと思う。
映画にしろ映画祭にしろ、お金のかかるものだ。
関心無関心に差があるし、文化的な効果は目にみえにくい。
それでも映画は作られているし、伊参に限らず、
高崎映画祭、シネマまえばし、邑の映画祭、きりゅう映画祭など
群馬県内各地の映画活動・映画祭はそれぞれの特色を出している。
データ的統括的に話すのは僕の役目ではないと思うから、
なるべく物語を伝えたいと思った。たとえば、
1996年に中之条で撮影された『月とキャベツ』という映画は
主演の山崎まさよしさん効果で全国からファンが訪れ、
冬場、初代管理人の山田さんが家出のように家を出てきた
女の子を見つけ、「月とキャベツの場所に来たかった」という
彼女を、警察直行ではなく自分の家に招き入れ話を聞き、
それ以降ずっとはがきのやりとりを続けていたこと。
伊参スタジオが出来るきっかけとなった1996年
小栗康平監督『眠る男』は、モントリオール世界映画祭で
審査員賞を受賞しているが、伊参映画祭の代名詞にもなっている
シナリオ公募・映画製作支援の「シナリオ大賞」という企画で
映画を撮った若手監督が、最新作『燦燦(さんさん)』で
モントリオール世界映画祭に正式出品が決定したこととか。
不思議なことに、
映画に関わることをしていると、映画のようなことが起こることがある。
映画を作るだけが、映画との関わり方ではない。
町活性化、監督支援、文化向上・・映画祭の存在意義は数あれど、
「映画をじぶんごとにすることは、楽しいよ」と思う。
一番重要な、学生たちに何か伝わったかについては・・自信ないなぁ。
別に映画でなくても全くかまわないので、じぶんごとにできる何かが見つかれば、
あとはグータラしていても、色恋沙汰に翻弄されても、いいんじゃないかと思う。
若者たちは。