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5241声 変わりゆく温泉

2022年09月14日

中之条町でなぜ「中之条ビエンナーレ」のような芸術祭が続いているか?という問いに対して、僕はたまに持論として「四万温泉があったから」という話も持ち出すことがある。一見無関係のようにも思えるが、簡単に(乱暴に)言うと、昭和かそれ以前から四万という温泉地をもっていた中之条町には「外から町にやってきた人を労う気持ち」が潜在的にあるのではないか、という思いがある。それが、町外からやってきたアーティストや、ビエンナーレ目当てで来る観光客に対しての人当たりに関係しているのではないか・・

 

はともかく、僕の母親は昔、祖母と共に四万温泉の積善館に努めていて、亡き父は渋川から四万へ魚を運ぶ魚屋であったから、四万温泉がなければ僕も生まれておらず、四万温泉は幼い頃から不思議な愛着を感じている場所でもある。

 

その四万温泉も、近年大きく変わりつつある。昭和の面影残す落合通りの商店はずいぶん前から閉店も目立つが、館林から四万へきたイタリアン「ランゴリーノ」や東吾妻町から出店した「ジュピターズバーガー」、柏屋カフェの2号店的なピザの店「シマテラス」など新しい店がいくつかオープンし、コロナ過をきっかけにリニューアルした店や宿もある。こと、積善館も薬膳粥に続き日帰りで釜揚げうどんが食べられる店舗を館内にオープンさせ、映画『千と千尋の神隠し』のモチーフの1つになったという赤い橋は連日写真を撮る観光客で賑わっている。

 

ただし、母が務めていた少し後くらいまで続いていた関家(社長は代々、関善平と名乗っていた)の経営は終わり、現在は新たな経営会社が積善館の経営を行っている。コロナ過の影響以前に「団体旅行での宴会」というスタイルがなくなっていった近年において(今はカップル旅、一人旅を想定したプランを立てる宿が多い)、宿の経営は難しさの局面に立たされているのだろう。

 

 

父が昔、四万温泉について話していたことの中で、こんな話がやけに記憶に残っている。それは、そんな時代があったのかという驚きというよりは、直接的な金の話ではなく、人情や精神的な豊かさも感じる話だからかもしれない。こんな時代は、もう来ないだろう。

 

「昔はな、名だたる旅館の女将がバスに乗ってくると、乗車している地元の従業員に気前よくチップを配って回るんだ。どこの旅館てのは関係なくな。」

5235声 新前橋の夜があったかいってほんとだった

2022年09月08日

新前橋駅前に、キンパ(韓国風海苔巻き)の名店「BENTO261」はある。中之条町で行われているものづくり作家と料理人の祭典「秋、酒蔵にて」でも、店主のカヤさんが毎年参加しているので、知っている方もいるのではないかと思う。とにかく、美味い。キンパに巻かれるそれぞれの具材のベストな調理をほどこし、それを最小限の力で巻く(とはいえ具材が多いのに食べてぼろっと崩れない)、そうして出来たキンパは、一口食べればずっと噛んでいたい味と歯ごたえのマリアージュ。カヤさんは写真や文章や、歌(これも有名)も上手くて、どうやったらこんな人間が出来上がるのか不思議なくらいだ。・・なんか褒めすぎた。

 

新前橋駅前は、僕が学生時はかろうじてドムドムバーガーが残っていただろうか、全然ぱっとしない場所だと思っていた。でも今はいい酒屋もあり、生パスタの店もあり、「BENTO261」もたまに夜の居酒屋営業をしていたりして、楽しい場所になっているようだ。そこで飲んだ友人は「新前橋あったけえ」みたいなことを言っており、そんなもんかなと思っていたのだが。

 

今日はカヤさんと僕と数人とで打合せがあり、そのまま店内飲み、さらには近所のカラオケスナックという夜の新前橋コースの1つを堪能した。カヤさんは相変わらず中森明菜とか、めっちゃ歌がうまい。僕も調子にのってしばらくぶりに歌う。こういう場所では懐かしい歌を選ぶ配慮をもつ僕が最後に歌ったのは「涙くんさよなら」だった。そのままターミナルホテルのカプセルホテルみたいな3000円プランで宿泊。新前橋の夜があったかいってほんとだった。

5229声 蘇る勤労

2022年09月02日

先月から数回、県内の飲料工場の撮影をしている。広告代理店を通してそういう依頼があった時に、「僕実は群馬帰りたての時に別の飲料工場でバイトをしていて、それもあって興味あります」と答えていた。それは僕がまだ20代前半の頃のことであった。

 

不思議なことに、目にも止まらぬ速さで流れていく缶飲料やペットボトル、粉ミルクの香りが充満した配管ばかりの工場を歩くと、当時の記憶が蘇ってくる。当時はまだその先の人生に不安ばかりで、日勤夜勤が入れ替わる不規則なそのバイトの中で、僕はずっとこんな感じで働いて年老いていくんだろうな、と思っていた。そんな不安から逃げるために、1年くらいは続けたと思うが、僕はそのバイトを辞めた。

 

今撮影している工場は、働いている社員の平均年齢が若くて驚いた。僕が当時勤めていた工場のように威圧的な先輩もいないし、ルーティーンが多い工場だからこそ、みなが明るい雰囲気で働いている。高学歴の社員も多い。工場が違うからなのか、時代が変わったからなのか、働いている人たちの中に当時の僕のような顔をした人はいない。

 

夜勤、夜が明けて(僕が働いていた方の工場は窓があった)光が射す工場内で、まるで産湯を浴びた後のように湯気をまといながらわらわらと出てくるボトル飲料の光景を、今もなんとなく思い出すことができる。あと数時間で仕事が終わる、という気分もあったと思うが、その光景はなんだか美しくて、部分的に、良い思い出として残っている。

5192声 枝豆

2022年07月27日

昨日は、兼題『秋刀魚』が実態を先取りし過ぎていて、俳句がつくりにくいという話を書いた。
本日は、逆の話をしたい。

ここ数日、枝豆をたくさん食べている。枝豆といえば、ビール。ビールといえば枝豆、というイメージだが、実は枝豆は秋の季題だ。麦酒(ビール)は夏の季題。ややこしい。枝豆は、実態が季語を先取りしているパターンだ。
結社の兼題、枝豆ならよかったのに、と、おもう。

ということで、俳句はおもいつかないので、昔つくった枝豆の都々逸でも。

・都々逸
枝豆は 秋の季語だと いわれてみても
真夏にビールと 食べてたい   喰粋

5179声 Evernoteと殿様ケンちゃん俳句手帳とツバメノート

2022年07月14日

平成25年の末に都々逸というもの知り、平成26年の1月にこっそりと都々逸をつくりはじめた。そして、2月から柳家紫文師匠を高崎に迎え、上州どどいつ部をはじめたのだが、その話は、いつかまとめたい。

 

都々逸をつくりはじめたとき、既にスマホを使っていた。なので、自然とスマホで都々逸をつくることとなる。アプリは、GooglekeepとEvernoteを試し、ほどなくEvernoteに落ち着き、気がつけば有料ユーザーとなり、今、この『鶴のひとこえ』の下書きもEvernoteで書いている。

 

俳句をそれなりにちゃんとはじめたのは、令和元年の10月、『若竹』の主宰加古宗也先生に誘われてからなので、当然俳句もEvernoteでつくった。

 

Evernoteは、その名の通り過去の記録がすべて検索できるので、ちょっと検索してみたら、平成27年くらいから、都々逸のあいまに俳句もつくっていたことがわかった。ただし、そのほとんどが自由律だった。なので、有季定型の俳句をつくりはじめたのは、やはり令和元年からだ。

 

 

その令和元年、俳句をはじめたとき、もうひとつの道具を導入した。紙のノートだ。俳句に便利なノートを探したところ、『殿様ケンちゃん俳句手帳』なるものを見つけ、購入。なかなか使いがってがよく気に入っていたのだが、表紙が黒のものが手に入らなくなり、11冊で終了。ツバメノートの縦罫線のA6判ノートに乗り換えた。

 

 

スマホだとどうしても横書きになってしまうので、縦書きしたくて、紙のノートを導入したのだが、投句の下書きとしても都合が良くて、このスタイルが定着している。今後、Evernoteが縦書きに対応したり、もっと画期的でサクサク縦書きできる俳句アプリなどができれば、句作のスタイルは変わるかもしれないが、しばらくは、Evernoteとツバメノートを道具として、俳句をつくっていきたいとおもう。

5172声 七夕と俳句と友人

2022年07月07日

 

銀漢て 銀河のことか くだらない

 

『知的生産の技術』の著者で、民俗学者の梅棹忠夫の俳句だ。この俳句で梅棹は、破門をいいわたされた。

 

 

「わたしはそれ以後、ニどと俳句に手をだしていない。」

のだそうだ。

 

 

「東京マッハ」でなら、とる選者もいるのではないか。梅棹ほどの人が俳句を続けなかったのは、かなりもったいないことだったとおもう。

 

梅棹は、『知的生産の技術』のまえがきで次のように述べている。

「わたしは、わかいときから友だち運にめぐまれていたと、自分ではおもっている。学生時代から、たくさんのすぐれた友人たちにかこまれて、先生よりもむしろ、それらの友人たちから、さまざまな知恵を、どっさりまなびとった。」

 

そんな友人にめぐまれた梅棹だったが、俳句仲間にはめぐまれなかった。

 

俳句は誰とやるかがなかなか重要である。

 

 

 

さて、本日は7月7日の七夕。

ということで、梅棹忠夫の「銀漢」の句を紹介してみた。天の川(銀河、銀漢)は、七夕伝説と結びつき、万葉のころから詠まれている。

天の川では、松尾芭蕉の次の句が有名である。

 

あらうみや佐渡に横たふ天の川  芭蕉

 

 

こんな句、詠んでみたい。

 

ところで、七夕も天の川も、歳時記では秋に分類される。新暦で七夕をすると、これらが秋という実感はまったくない。例によって、実感とずれている季語だ。

 

仙台七夕まつりは旧暦で開催されるけれど、8月7日あたりでも、秋といわれてもね、とおもうくらい実感としては夏だ。まあ、そういうものとして楽しみましょう。

 

せっかくなので、上州どどいつ部の名作から、お題「七夕」の都々逸を紹介したい。迷道院さんの五字冠(ごじかむり)、つまり五・七・七・七・五の都々逸です。

 

・都々逸

ひこぼしも 寄る年波で 夜道に迷い

危うく三途の 川渡る   迷道院

 

迷作のほうもどうぞ。

 

・都々逸

笹に託した 願いがかなう

これがいわゆる 棚ぼたか   喰粋

 

 

梅棹さん、都々逸やればよかったのに。

5135声 言い訳

2022年05月31日

テレ東大学のRe:Hackのビックダディこと林下清志さんの回に感銘を受けた。林下さんは何事か成すために産まれた男だと幼少期から思った早熟系の男子だったが、高校時代に、周囲と比べ自分の才能の限界に気づき、成せることなどたかが知れていると思っていた。ただ、子どもが生まれた時に自分の人生を駅伝のように考えるようになったと。俺はこの子らが、自分でご飯を食べられるようになるまで育てるということ。これだけで自分の役目としては十分で、そう考えられたときに人生が気楽になったと。私は、基本的に人が生きていることに特別な意味はないと思っているが、自分の人生という箱だけで色々と完結して考えようとすると、苦しくなることが多いと思う。たまたま子どもを授かっただけだが、孫子の時間軸ぐらいまで、自然と思考の時間軸が伸びている。伸びた分だけ、現在のタガもゆるくなって、帰りにらーめん次郎を食べてしまった。はい、ただの壮大な言い訳です。

5133声 忘却の彼方

2022年05月29日

娘が10ヶ月で初めて母から離れ、保育園に行き始めた時、我々も非常に心配したし、妻は預けた初日、何をして良いか分からず、なぜかワインを泣きながら飲んでた。そんな娘は、保育園で大好きな先生ができて、その先生の後をハイハイでいつも追っていたそうだ。初めての場所で藁をもつかむ気持ちで、母なるものを見つけたのだろう。その先生も娘をとてもかわいがってくてれ、園でも仲良しの2人だった。その先生は3月で退職されたのだが、運動会には来賓という形で出席されていた。始めは席に着かれて応援していたが、プログラムも後半に迫る中、家の娘のところまで来てくれ「○ちゃんに会いたくてきたのよ。」と笑いかけてくれた。他人の私でもホロッと来そうな優しいまなざしであった。が、元祖塩対応の輪が娘は、僅か2ヶ月で完全に先生を忘れており、抱きかかえられると泣いて嫌がるという有様。いや~私も2ヶ月会わなかったら同じ運命だろうと思うとゾッとした。

5129声 宮仕え

2022年05月25日

昨日から議会の答弁協議。今回の上の上司はなかなか細かい。約10稿までして明日に持ち越し。それでも上司を残して残業しないで帰る。明日の朝一で修正すればほぼ終わりだし。言われたとおり原稿を直して、印刷してチェックし、また修正。この繰り返し。久々に宮仕えっぽい仕事してるなと、なんとなく笑える。

5115声 次は冬?

2022年05月11日

ここからは撤収作業。料理につかった調理道具や皿を洗い天日干しにしている間に、火のしまつやタープ、テントなどを片付けていく。帰りは、食材と薪の分だけ荷物が確実に減っているのが良い。妻は娘をあやしながら、寝袋やエアーマットを綺麗に収納してくれる。相変わらずできる人で助かる。また、助手席まで高く荷物を積み上げて帰宅の途に。「なかなか楽しかったと」妻。嬉しくなって「次はいつ行く?」と聞いたら。「冬ぐらい」だって。謙虚にも程がある。来月にはまた連れてくよ~

5115声 次は冬…

2022年05月11日

ここからは撤収作業。料理につかった調理道具や皿をあらい天日干しにしている間に、火のしまつやタープ、テントなどを片付けていく。帰りは、食材と薪の分だけ荷物が確実に減っているのが良い。妻は娘をあやしながら、寝袋やエアーマットを綺麗に収納してくれる。相変わらずできる人で助かる。また、助手席まで高く荷物を積み上げて帰宅の途に。「なかなか楽しかったと」妻。嬉しくなって「次はいつ行く?」と聞いたら。「冬ぐらい」だって。謙虚にも程がある。来月にはまた行きましょう。

5082声 熱中をせずにいて、足りない自分を自覚して、冷ややかになって

2022年04月08日

Youtubeで音楽もぽつぽつ聞いているので、おすすめに「NO WAR 0305 powered by 全感覚祭 – Documentary」という動画が出た。その日、新宿駅前で行われた音楽ライブのドキュメント映像。出ているアーティストは、僕が好きなアーティストでは踊ってばかりの国、折坂悠太、カネコアヤノ、坂口恭平、テニスコーツ、七尾旅人、原田郁子・・と大半がそうなのだが、内容としてはロシアによるウクライナ侵攻を批判する政治的な意味合いを含んだライブステージとなっている。

 

音楽と政治、若い頃の僕が熱中しなかったもの。音楽はもちろんTVの音楽番組を見たり、好きなCDをぽつぽつ買ったりはしていたが、ライブハウスやフェスへはほぼ行かなかった。政治はもちろん無関心。だから同世代なのにシュプレヒコールをあげて街を歩く若者が何を考えているのか取材をしに行ったこともあった。地元に帰ってきたら、昔も今もガチ自民党支持が多いことにようやく気付いたりしたが、とくに誰かやどこかの党に肩入れしたことはない。

 

映像では「あまちゃん」の音楽などでも知られる大友良英さんが登場。「(反戦という意味を込めて)僕は今日はノイズを演奏します。うるさいと思ったら耳を塞いでください。でもやります」といった事を言ってエレキギターをかき鳴らした。

 

30代、僕が同じような映像を見ていたら(現場にいたら)、反戦の声をあげることは必要だと思いはしつつも、シュブレヒコールであっても音楽ライブであっても熱中する若者を冷ややかにも見つつ、けれどむしろ色々が足りないのは自分なんだと自責の念も抱いていたと思う。冷ややかな思いと、無関心な自分に対する自責の念、それは戦争に対してまだ直接の関係をもたない世代であれば、僕に関わらずたいがいの人が抱く思いなのではないかとも思っている。

 

そして今。ほとんどテレビを見ない生活になってしまったが、それでも夜帰ってきてニュース番組を見るなどすると、これが今起きていることに心が痛むし、何かできることがあればとも思うが、若い頃、その後に比べると、自分事に重ねることがより難しくなってきている気がする。それに反して自分の周囲の事への意識は昔より強くなってきている気もする。それこそが加齢であり、外への関心は「意識をしないとどんどんなくなっていく」ものなのかもしれない。

 

全感覚祭の中心人物は、参加アーティストでもあるバンド、GEZANのマヒトゥ・ザ・ピーポー。見た目はヒッピーっぽいし馴染まない名前だが、楽曲提供やPVのディレクターを務めたり(僕が好きな寺尾紗穂さんのCDにも参加したり)、このようなイベントも開催させてしまう「時代と並走している人物」の一人だ。

 

やんないよりやったほうが良かった
言わないより言ったほうが良かった

 

動画の最後で彼はそう口にする。
今の僕は、やらない言わない自分を責める年齢も過ぎてしまった。
関心があるフリをして無関心を続けることが世の一般とも思っている。
でも、モヤモヤし続けている。

5027声 祝!藤井五冠とロコ・ソラーレと羊羹

2022年02月12日

 

藤井聡太竜王が、王将を奪取し、史上最年少五冠となった。AIの予想を覆す天才ぶりは、Z世代の代表だ。今後、他の分野でもZ世代から凄い人が現れるだろう。今から、楽しみだ。

 

ところで、その藤井さんがおやつで食べたのは、羊羹(ようかん)だ。こんなに昼食とか、おやつが話題になる十代もいないだろう。藤井さんも大変だ。その藤井さんが食べた羊羹は、品切れらしい。羊羹好きのわたしとしても気になる。

 

話は変わるが、昨日、北京オリンピックのカーリング女子日本代表、ロコ・ソラーレの吉田知那美選手がもぐもぐタイムに羊羹を食べている様子が見られた。こちらも羊羹だ。

 

ロコ・ソラーレは本日2連勝。通算では3連勝、素晴らしい。

ROC戦は、とても白熱したフォーマンスだったが、羊羹パワー(たぶん)で逆転勝利。わたしも羊羹をあてに、呑みながらの応援だった。

5021声 鎌倉殿の13人

2022年02月06日

最近、週に2度は通う蕎麦屋に2枚の色紙が貼ってある。
西村雅彦と山本耕史の2枚だ。
経緯は不明だが、とにかくその2枚の色紙があるのである。色褪せた写真もそえられている。その色褪せた写真の中で微笑んでいる山本耕史が三浦義村役で出演しているのが、NHKの大河ドラマ『鎌倉殿の13人』。
三谷幸喜の脚本、源頼朝役が大泉洋ということもあり、随所で笑えるつくりとなっている。伊東とか三浦とか、地名に残っている人物が出てくるのも面白い。本日第5回まで終わった。しばらく楽しめそうである。

4681声 久々の同期飲み

2021年12月28日

今日は終日子供と遊ぶ。夜は職場の同期との忘年会。2年ぶり。さすがに語られなかった話題もおおく、良いことも悪いことも腹蔵なくしゃべった。入庁してちょうど20年。同期はありがたい存在。出産のお祝いもいただく。

4671声 初雪

2021年12月18日

起きたら一面銀世界。娘にとって初めての雪。子供を抱きながら庭にでる。雪を掬って触らせたが、あんまりピンと来てないよう。ほっぺに雪を触れさせてみたらキャッキャと笑って喜んだ。そのまま、サンダルで雪中炊き火に突入したが、指先の寒さに、家の中から炊き火を見て過ごす。妻は出勤したので、じじばばは孫を独占できて楽しそう。てか、他人の家に来てもわが娘はお構いなしに家を荒らしている。母ちゃんに俺もこんなだったと聞くと、同じようなものだったらしい。子育てするとしみじみ分かる親のありがたさ。

4695声 舞

2021年12月12日

昨日外で遊んだので今日は家の掃除など。妻と私は相手の作業を見て被らないよう、優先度の高い家事から片付けていく。1時間あればかなりの作業ができる。一対の舞のようだと思っている。

4693声 登園

2021年12月10日

子供は無事に登園。妻が保育園に送って行った時に、迎えの先生に手を差し出したとのこと。だんだん慣れてきたよう。0歳児で知らない場所に適応していく我が子をたくましく思う。


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