905声 S君といた夏

2010年06月23日

「締め切りを過ぎているのに書けない」
と言う、悲痛な呻き声をあげている。
のは、私でなく、今日メールをもらった知人である。
その知人が、どの雑誌で何を連載している、とここで書くと、
編集者の頭に生えた角が、更に伸びてしまうと思われるので、ここでは控える。
と言っても、週刊月刊の商業雑誌などではなく、同人誌風の穏やかな雑誌なのである。
私が小学低学年生の時分。
夏休みに、毎日毎日、意気揚々と遊んでいる友人S君に聞いてみた事がある。
「S君、毎日遊んでいるけどさ、宿題はいつやってるの」
「宿題なんてやってないもんね」
「えっ、宿題やんないの」
「宿題はやる、でも、今はやらない」
「なんで」
「だって、今からやったらさ、始業式には、やった内容、ぜーんぶ忘れてるぜ」
「だからさ、始業式の直前で一気にやれば、ぜーんぶ頭に入ったまま、
新学期に行けるじゃん」
「S君、すげーな、なんで気付かなかったんだろ、オレもそうしよっと」
「なーそうだろ、じゃ早く、アイス食いに行こうぜ」
ってな具合にその夏、S君から画期的かつ効率的な、
宿題勉強方法を教えてもらった、私。
目から鱗が落ちる思いで、その日から、直ぐその勉強法を実践に移した。
しばし宿題を放擲し、一緒になって意気揚々と、夏休みを遊び暮らした私たち。
しかし、遊び癖が染み付いた子供が、土壇場で計画的に宿題をこなせるはずも無い。
結局は始業式前日、我家恒例の夏の修羅場。
その渦中で、泣きべそかきながら鉛筆を握る羽目になった、私。
当然、宿題内容が頭に入るどころの騒ぎではない。
新学期の補習授業で、S君とたんまりツケを払ったのも、今や良い思い出である。
そして今日。
連載の締め切りに喘ぐこの知人に、失礼ながら、ふと、あの時のS君を思い出された。
そのS君、こと遊びに関しては、天才的なユーモアを発揮する、
誠に痛快な子供であった。
キリキリと宿題を計画的にこなしていた夏休み
(そんな夏休みはほんの数回であるが)よりも、
S君といた夏休みの方が、濃く思い出に焼き付いている。
とは言っても、子供時分の私がS君方式に丁を張るなら、大人になった私は、
計画的コツコツ方式に半を張るだろう。