「締め切りを過ぎているのに書けない」
と言う、悲痛な呻き声をあげている。
のは、私でなく、今日メールをもらった知人である。
その知人が、どの雑誌で何を連載している、とここで書くと、
編集者の頭に生えた角が、更に伸びてしまうと思われるので、ここでは控える。
と言っても、週刊月刊の商業雑誌などではなく、同人誌風の穏やかな雑誌なのである。
私が小学低学年生の時分。
夏休みに、毎日毎日、意気揚々と遊んでいる友人S君に聞いてみた事がある。
「S君、毎日遊んでいるけどさ、宿題はいつやってるの」
「宿題なんてやってないもんね」
「えっ、宿題やんないの」
「宿題はやる、でも、今はやらない」
「なんで」
「だって、今からやったらさ、始業式には、やった内容、ぜーんぶ忘れてるぜ」
「だからさ、始業式の直前で一気にやれば、ぜーんぶ頭に入ったまま、
新学期に行けるじゃん」
「S君、すげーな、なんで気付かなかったんだろ、オレもそうしよっと」
「なーそうだろ、じゃ早く、アイス食いに行こうぜ」
ってな具合にその夏、S君から画期的かつ効率的な、
宿題勉強方法を教えてもらった、私。
目から鱗が落ちる思いで、その日から、直ぐその勉強法を実践に移した。
しばし宿題を放擲し、一緒になって意気揚々と、夏休みを遊び暮らした私たち。
しかし、遊び癖が染み付いた子供が、土壇場で計画的に宿題をこなせるはずも無い。
結局は始業式前日、我家恒例の夏の修羅場。
その渦中で、泣きべそかきながら鉛筆を握る羽目になった、私。
当然、宿題内容が頭に入るどころの騒ぎではない。
新学期の補習授業で、S君とたんまりツケを払ったのも、今や良い思い出である。
そして今日。
連載の締め切りに喘ぐこの知人に、失礼ながら、ふと、あの時のS君を思い出された。
そのS君、こと遊びに関しては、天才的なユーモアを発揮する、
誠に痛快な子供であった。
キリキリと宿題を計画的にこなしていた夏休み
(そんな夏休みはほんの数回であるが)よりも、
S君といた夏休みの方が、濃く思い出に焼き付いている。
とは言っても、子供時分の私がS君方式に丁を張るなら、大人になった私は、
計画的コツコツ方式に半を張るだろう。