946声 語彙の風味

2010年08月03日

「若年寄」ないしは「老成」。
などと言う印象を、知人の多くが私に抱いていると言う状況。
それに起因するのは、私の語彙ではないかと、推察している。
ここ数年、生活の中で接するのは、同世代よりも歳上の世代が多い。
その為か、私の持つ語彙、平たく言えば、言葉のボキャブラリーが、老ける。
つまり、徐々にであるが、会話している年代のボキャブラリーと、
自らのボキャブラリーが平均化してくる。
女子高生の娘を持つお母さんなどが、娘の持つボキャブラリーと平均化して、
所謂、「若者言葉」を多用して会話している様を、良く見かける。
この場合、常に下の世代を基準にして平均化が為されるのだと思うが、
こと私の場合は、上の世代を基準にしてしまったようである。
そう考えると、おばあちゃん子として育ってきた環境も、
この現状の一翼を担っているのだろう。
なので、同世代と会話する時は、意識して同世代に、
自らのボキャブラリーを合わせようと試みる。
大抵は失敗に終わるのだが。
だから余計に、(と自分で言うのはいささか不本意ではあるが)若い世代と会話すると、
そのボキャブラリーを新鮮だと感じる時がある。
先日、或る集まりで、私の隣に座っていた、女性。
彼女の年齢は私の一つ下だが、やはり、新鮮なボキャブラリーが次々に飛び出す。
けっして、豊富ではないのだが、若者特有のスラングめいた言葉を自在に操る。
食事の箸を止めて、彼女が眺めているのは、私が先日出した、銭湯の本。
頁を捲りながら、述べる感想は、
「エー、なんですかコレー、チョー、ウケるんですけど」
「ココ、イイじゃないですか、ヤバいですよねー、マジ」
だって。