日刊鶴のひとこえ

この鶴のひとこえは、「めっかった群馬」に携わる面々が、日刊(を目指す気持ち)で記事を更新致します。担当者は堀澤、岡安、すーさん、坂口、ぬくいです。この5人が月替わりで担当しています。令和8年度は4月(坂)5月(ぬ)6月(岡)7月(す)8月(堀)9月(坂)10月(ぬ)11月(岡)12月(す)1月(堀)2月(坂)3月(ぬ)の順です。

4332声 4)歌

2020年03月04日

ライブハウスでの集団感染が早い段階で報道され、一足早く苦境に立たされたライブハウス。そして、有名無名アーティストたちもライブ活動自粛となり、新たな動きが出てきている。それは、インターネットを使った有料無料の音楽配信だ。

 

聴けるはずがなかった音楽が聴けることは、ありがたい。

 

「不安を紛らわそうと映画を見たが、全然集中できなかった」という書き込みを見た。そういうものだと思う(こんな時こそ見るべき映画もあるが)。だけど音楽の一部は、固い岩と岩の間を流れ染み入る水のような特性を持つ。寝付けない夜に聞くと良いのではないか、というものを2つ紹介したい。

 

1)Ichiko Aoba – “gift” at Sogetsu Hall (Official Audio)
雑誌「ユリイカ」で特集も組まれた青葉市子さん。子守唄のようなその歌に、寝る前に聴くと1曲終わらずに寝てしまう。26:04「レースのむこう」のひたすらな優しさもいいけど、55:04「遠いあこがれ」は白鳥英美子さんのカバーで「楽しいムーミン一家」のエンディング曲。楽しいことがあまりない中学生の時、この歌にとても癒された経験がある。今聞いても染みる。

 

2)UTAU LIVE IN TOKYO 2010 A PROJECT OF TAEKO ONUKI & RYUICHI SAKAMOTO – Limited Edition
坂本龍一さんと大貫妙子さん2人によるライブ映像。坂本さんは他にも、ステイホームな今だからと、過去のライブ映像を続々配信している。18:45「3びきのくま」は、(他の楽曲もそうだが)もとはボーカルがなかった坂本さんの曲に大貫さんが歌詞をつけたもの。身近な不安に潰されそうな時にこの曲を聴き、意識を宇宙にまで飛ばすことができたなら、心地よい安らぎが得られることでしょう。

 

「レースのむこう」も「3びきのくま」も、過去精神的につらい夜に何度も聞いた曲だった。今また、歌に救われたいと思う。

 


4331声 3)食べもの

2020年03月03日

40歳になって、ますます胃腸が弱くなった気がする。・・なんてことを思う日が来るとは、二郎系らーめんに嬉々として並んでいた20代後半までは夢にも思っていなかった。

 

仕事柄、撮影の時以外はPCの前にへばりつきなのもあるが、腹が減りにくくなった。1日2食食べるとそれで足りてしまう。習慣というのは恐ろしいもので、高崎や前橋に行くと「濃厚がっつりこってりらーめん」みたいなものに無意識に吸い寄せられることがよくあって、それを食べると即眠くなり、コンビニに車を停めて仮眠する始末。けれど人間というのはうまくできていて、そういうことが数年続いたので今や、長年染み付いたその習慣すらも変化しつつある。「濃厚がっつりこってりらーめん」の旗を見ても、素通りするようになったのだ。驚愕。

 

さて、コロナの影響で、群馬も現在飲食店にとっては試練の時。テイクアウトに切り替えて奮闘している個人店も多い。

 

何を食べるか、から、誰が作ったものを食べるか、に皆の意識は変わっていくのだろうか。自分の好きな店が窮地に立たされるようになり改めて「応援したい」と思う人は多いし、いつまで続くかわからない状況の中で補償と共に大事なのは「飲食店と利用者との信頼関係」だと思う。

 

「濃厚がっつりこってりらーめん」の旗を通り過ぎて、僕が食べたくなるのは、素材を愛し、料理を愛し、お客を愛する料理人がいるお店の料理だ(我ながら極端)。そしてそういう店は一往にして、その料理を食べた後も心身ともに調子が良い。

 

できる範囲で、好きなお店を(生産者もね)応援していきましょう。

4330声 2)家族

2020年03月02日

朝飯を食って炬燵でウトウトしていると「賢一ちょっといい?」と母。庭の松の木を伐るのを手伝ってほしいとのこと。もう少しウトウトしたかったが体を起こす。

 

松の木と言っても直径は20センチないくらいか。高さは僕の背丈より上をいっていた。大の庭好きだった父が亡くなってもう10年以上。それほど広くないと言っても20畳くらいはあるのかな、庭の手入れは母に任せっぱなしだ。

 

刃渡り30センチくらいの小型のこぎりでギコギコと松の木を伐る。ドサっと木は倒れた。庭の先の柵の向こう、隣の家に住む旦那さんが、日曜の朝から薪ストーブのための薪割りをしていた。

 

切った松の木を引きづりながら柵の前まで行き、「これもらってもらえますか?」と聞いたら、もらってくれた。松を植えた時の父の気持ちは知るすべがないが、その最後に隣人を温めてくれるなら本望かも、と勝手に思ったり。

 

姉は看護婦経験がある。だからというわけではないが、「院内感染だってあるんだから、お母さんの薬は賢一がもらいに言って。連絡はしておくから」ということで、先日原町日赤に薬をもらいに行った。

 

色々な病気を重ねてきた母である。薬剤師から手渡された薬は1〜2ヶ月分とはいえ多量。そのことすらも、普段意識していなかった。

 

今夜は、早めに帰って家族分の夕飯を作ろう。

4329声 1)締め切り

2020年03月01日

今は4月。数日前「めっかった群馬の更新は?」と言ってもらい、3月の担当は僕だったことに気づいた。コロナショックでそれどころではなかった・・のではなく、単に忘れていた。ごめんなさい。

 

並々ならぬ事態である。日本は、どころか世界は。世界と日本には温度差がある。東京とここ群馬でも温度差がある。僕が住む町は、マスクでの外出や手洗いの徹底は多くの人に知り渡ってはいるが(もちろんTVニュースなどで緊急事態だということもある程度は)、家に籠っているという人は多くないと思う。僕もまた、(普段からほぼ行かないけど)県外には出ない、高崎・前橋へ行くときも(普段からそうだけど)車を使う、直帰する、という自分の取り決めはしつつ、毎日隣町の会社事務所まで仕事に出ている。

 

映画みたいなことが現実になった

 

という言葉も、半月前なら公然と言えたかもしれないが、今それを言うと不謹慎な気がしてしまう。もろに現実だし、コロナショックは身体の危険性と共に精神的な余裕を奪いつつある。

 

こんな時に何を書けば良いのかは正直よくわからないが、今の状況においては1人1人にとっての「大切なこと」に意識が向けられているという気もする。では、僕が思う「大切なこと」は何なのか。考えてみたいと思う。

 

1つは、締め切り。そう、それがあるから僕は仕事ができている。書き始めるはずだった3月1日から43日遅れて、僕は書き始める。

4328声 静かな春

2020年02月29日

二月尽。所用で群馬へ行く予定。こんなときこそ、すこし俳句を作ろうかと思う。ことしは不穏で静かな春になりそうである。

4327声 ことごとく空いて

2020年02月28日

住んでいる街のスポーツクラブから新型コロナウイルスの感染者が数名見つかったとかで、幼稚園、保育園を含め一挙に学校が休校になったり、朝には駅にテレビカメラがいたりと、身辺がすこし騒がしい。句会以外にも三月の予定がことごとく空いて、なにやら寂しい。卒業式、入学式に花見など、これからどうするのかと、気をもんでいる。さて、私もこれから自身の句会延期や中止の連絡やら何やらを進めねばならぬ。

4326声 創刊

2020年02月27日

帰り際、いつものようにポストを開けると、いくつか届いていた郵便物の中に、見慣れぬ誌名の封筒があった。玄関で立ったまま封筒の封を切り、その中の本を取り出すと表紙に「創刊号」とあった。さきの新型コロナウイルスの流行もあり、ますますネット上で句会やらなにやらやる時代に、紙の雑誌、それも俳誌を創刊するとは頼もしい。時代の潮流などとは関係ない物と言うか、志にには敬意を表する。

4325声 空の車内

2020年02月26日

雨のち曇りですっきりしない空。新型コロナウイルス流行のため、朝の通勤列車が空いていた。時間差通勤やテレワークを導入する企業が増えていることを実感した。「鬼滅の刃」を数話アマゾンにて鑑賞。寝る前に太宰治「人間失格」をパラパラと。

4324声 チクリ

2020年02月25日

花粉症が極度に悪化し、新型コロナウイルスだか、インフルエンザだか、もうおぼろげな体調になりながら、なんとか一日すごす。帰ると、寄贈の俳誌が一紙届いており、頁を割いて辛辣な批評をしてくれていた。たいていは「おもしろい」句を載せるのだが、「つまらない」句を載せてもらえるとは、ありがたい。私の作品は若手には受けが悪いのだ。胸がチクリと痛むような部分もあるが、自身の句を高めようという刺激にもなる。

4323声 切符の厚み

2020年02月24日

午前中はたまったこの「ひとこえ」を書いて、午後から県内の句会に出かけた。うららかな日ざしで、ほっこりとした一日。梅や河津桜に親しんだ。ゆったりとした気分だと、たいてい句に精彩がなくなる。今日がまさにそれ。句会の後もひさしぶりに、句座の仲間とゆっくり歓談した。スマートフォンを家に忘れたので、余計な邪魔が入らず、それも良かった。しかし、スマホをかざして改札を抜けられず、自動券売機で切符を買うのだが、それが面倒でまいった。JRから別の路線に乗りかえる時は、乗り換えの切符を追加購入しないといけない。しかし、数年前までは特に不便を感じず、平気でやっていたこと。利器にすっかり依存していることに愕然とした。帰りは、千鳥足で切符を無くさないかと、切符を握りしめつつ、どうにか最寄り駅までたどり着いた。

4322声 東風の川

2020年02月23日

強烈な東風の一日。先日のややこしい問題がまだ尾を引いていて、朝からなにかと電話したりスマホをいじったりと、心がざわざわして過ごす。その中で俳句関係のやり取りを済ませ、出かけた。川が見たくなったので、茨城県の境町まで車を走らせた。利根川は広々としていたが、強風のため砂ぼこりがひどく、とても土手をゆったり歩くような雰囲気でもない。空っ風を思い出したが、ここももう少し行けば渡良瀬遊水池なのだ。そのままとんぼ返りしてきて、ただ単に時間とガソリンを減らしただけの遠出になってしまった。

4321声 春の草

2020年02月22日

曇ったり晴れたり、夜半に雨が降ったりと落ち着かない天候。朝方に庭の草むしり。たいぶ春の草になってきた。手ごわくなってきた。満足に水やりもしないのに、葉牡丹はりんりんと元気。日用品の買い物に行き、一日が終わる。

4320声 心神喪失

2020年02月21日

ややこしい問題が起こり、そのことに気持ちを持っていかれる。仕事が終わらず、夜の句会には行けず、花粉症の悪化で晩酌の麦酒は美味からず。

4319声 花壇の芽

2020年02月20日

曇りのち雨。参加しているネット句会の投句を済ませる。俳句雑誌の原稿をひとつ確認し、校了。狭庭の花壇のチューリップの芽が、たいぶ大きくなってきた。

4318声 ざわざわ

2020年02月19日

私の住む町でも新型コロナウイルスが発見されたらしく、繁華街は一段とものものしい雰囲気に包まれている。都内では大勢人が集まるイベントなどがのきなみ中止になっており、仕事でも関係各所がざわざわしている。何もせず、だらだらとスマホを見ながら寝る。

4317声 淡い期待

2020年02月18日

もしかしたら、今年から突然、花粉症が治癒するかも。そんな淡い期待を毎年抱いているが、今日、その望みがないことを実感した。今週末ごろには市販の薬を服薬しないとまずい。句の整理、ネットの句会への投句を済ませる。

4316声 春愁

2020年02月17日

毎日新聞を購入して帰宅。句会の事後処理等をどうにか済ませる。気分はややぐったり。

4315声 余寒の雨

2020年02月16日

句会のため、早稲田へ。吟行は肥後細川庭園で句会は園内の松聲閣という豪奢なコースであった。立派な雪吊りが出迎える細川庭園は風雅という言葉がぴったりくる雰囲気であった。雨に散る梅、落椿の光り、そんな光景を昇華というか消化しきれない自身の非才を恥じた。二次会は高田馬場で、軽くのはずがだいぶ飲んでしまった。