一番鳥が鳴くくらいの朝早く、例によって仕事がないのと旅行ということで相方が起き出す。つられて目が冷め、ルアンパバーンで毎朝行われている托鉢を見に行く。
2019年08月17日
2019年08月16日
船長は24才の若者。10代から働いてお金を貯めこの船を買ったという。無駄口は叩かないが、話すと優しくシャイで実直な感じ。先頭にある運転席の後ろに座り、話しをしながら川を登る。本流を避け、流れの弱い岸辺伝いに進路を取る。さっきまで晴れていたが、急速に曇っていく。嵐の前みたいでワクワクする。ゆったり魚を釣る漁師、牛に水を飲ませる農民、像に乗って散歩している旅行客も居る。1枚1枚、心の服がはぎ取られて行く。風に吹かれ、ポンポンというモーター音の他は、時折聞こえるのは渡り鳥の鳴き声ぐらい。ただだサバーイである。
2019年08月15日
ガイドのさやかさんと別れメコン川の河岸に向かう。ルアンからメコン川の登ること約30km、時間にして約1時間半のところに数千体の洞窟が安置されているという。ルアンはメコン川の中流域だが川幅は数百メートルあり、コーヒー色の水が滔々と流れている。10人乗りぐらいの屋根月のボートをチャーターし、買ってきたビアラオを片手に、ゆっくりと川を登る。風が心地よく、さっきまでのねつまとりした空気感からは別世界。
2019年08月14日
ラオス人を理解するキーワードが3つあるという。ボーペンニャン、ムアン、サバーイ。ボーペンニャンは「気にするな」みたいな意味だが、自分に都合の悪いことの言い訳にも使う。ムアイは「楽しい、面白い」で、飲んで踊るのが大好きな国民性を表す。サバーイは「楽だ」。つまり、無理してお金を稼ぐより、サバーイに暮らして、毎晩、ビアラオ飲んで宴会を開き、ムアイに暮らし、失敗してもボーペンニャン。これがラオス人の理想とするライフスタイル。呑兵衛には最高の国である。
2019年08月13日
ルアンパバーンを案内してくれたガイドさん。葛飾柴又生まれの女性で20才で日本を飛び出し、ダイビングのインストラクターとして世界中の海辺で暮らして来たとか。その日のビールのために生きてるいるという話にすっかり意気投合。オススメの地元の食堂に連れて行って貰い、昼からラオビアを散々飲んだ。ラープという香草とひき肉のサラダがツマミとして抜群に美味。こちらの主食、カオニャイという竹の入れ物に入ったもち米がまた美味しい。
2019年08月12日
11時、頼んでいたガイドのさやかさんがホテルに来る。
2019年08月11日
2019年08月10日
19時にノイバイ空港からラオス空港に乗りルアンパバーンへ。空港をバスでかなりの時間移動したあと、停車。空港に直接降りるのでテンションが上がる。待っていたのが双発のプロペラ機で、さらに上がる。ルアンパバーンまでは約1時間の短いフライト。途中で出た機内食のボックスを開けると、手作り感満載のサンドイッチが一つとシュークリーム。母さんが作ってくれた夜食みたいでほっこりした。20時、ルアンパバーン国際空港に到着。照明が少なくとても暗く感じる。空港でチケットタクシーを手配しホテルへ。ヴィラ風のこじんまりしたプールのあるブティックホテル。熱帯性の植物が生い茂り、リゾート感に包まれる。この日はこのまま外にも出ず、ラオビアを飲んで終身。
2019年08月09日
ちょっと話はそれるが、先日、「中国人はトイレでお尻を拭いた紙を流さずにゴミ箱に捨てる。信じられない」という話を後輩から聞いた。ただ、それは文化と環境の違い。世界的に見れば、トイレの紙をそのまま流せる国の方が少ないだろう。ベトナムも紙は流せない。細い配管がすぐに詰まってしまうから、紙はゴミ箱に捨てる。ちなみに、トイレにはウォシュレットに代わりとなるレバー付きのホースがあり、まずはそれでお尻を洗ってから、紙で拭くのがマナーだそうである。それに気づかず、最初の紙をゴミ箱に捨てていた自分は、おそらく礼儀知らずの旅人と罵られていたかもしれない。まぁベトナム人はそんな事気にしない気もするが。
2019年08月08日
お昼は地元の人が集まる下町の食堂に。ご多分に漏れず、元気なお母さんたちが切り盛りしてて客も途絶えることがない。ベトナムではオーソドックスは食堂のシステムだが、大皿にたくさんの料理が並んでおり、欲しいものを指さすと自分のプレートに載せてくれる。豚やチキンのソテーや、日本で言えばがんもどきや、フライドエッグ、蜂の子などどれだけ載せても定額。TigerBeerの大瓶を入れても500円ぐらい。ベトナムはどこに行っても安くて美味い。
2019年08月07日
相方の希望でベトナム国立博物館を経て、ベトナム女性博物館へ。ベトナムの家庭では女性が主人であるという話を良く聞くが、街に居てもほんとに良く働いている。天秤を背に、籠を両端に吊るして物売りする女性は、今でもたくさんいるし、食堂でもお店でも、元気のよいお母さん達が見ていて気持ちが良い。日がな煙草をふかしてボーっとしてる男も良く見る。そんなベトナムの誇るべき女性達を、国が博物館にしちゃってるんだから面白い。尻に敷かれた男たちの感謝か、商売根性か。。歴史的に見ても、中国支配からベトナムを独立させた女帝が居たり、アメリカ戦争時代は、兵隊に行った家庭を守るだけでなく、弾薬を運び、戦場で銃を撃ち、スパイとして拷問されても折れずという、まさにやまとなでしこ、いやもっと明るく逞しい印象。そういえば、群馬はかかあ天下と言いつつ、かかあ天下博物館はないなぁ。もっとちゃんとリスペクトした方が良い。
2019年08月06日
翌朝のハノイは、いつでも南国のスコールが来そうな曇り空。家族全員で携帯をいじって会話のない韓国人家族の横で、遅めの朝食。基本バイキングだが、フォーは注文すると作り立てが出てくる。どこまでも優しい味。宿を取った旧市街から、午前はベトナム軍事ほぼ真南のホーチミン廟周辺に向かう。歴代の王朝や今でもベトナムの国会がある政治と歴史のエリア。先ずはベトナム歴史博物館に向かう。入ってすぐの野外にMIG21が陳列されていてびっくり。国宝だそうだ。一応、屋根はかかっている。米軍機も屋根のない野外にところ狭しとならんでいる。ホーチミン陥落の際、南ベトナムの大統領官邸に突入したT54型843戦車は室内の一段高い赤い絨毯の上に鎮座していた。ただ、全体として戦勝を誇るというより、淡々と事実を陳列している。物見遊山の観光客と比し、沈鬱な表情で写真を眺めるベトナム人をみていると、今でも生々しい感覚をもって戦争の記憶は彼らの中に残っている。
2019年08月05日
ハノイはホン河(紅川)の川沿いにあり、市内には湖が多い。地図上見るだけでも市街地に20~30個はある。
中でも旧市街に位置し、市民にこよなく愛されているのがホアンキエム湖。1周30分ほどの、日本で言えば大き目な池ぐらいの大きさであるがこのほとりで、上半身裸で太極拳をする老人、ラジカセで大音量を流してダンスをするご婦人の集団。家族連れや恋人たちが思い思いにゆったりと時間を過ごす。
というのも、この湖を一歩離れれば、ホーチミン程ではないが通りを渡るのも一苦労するほどのバイク、車、自転車タクシーが道を占めクラクションが鳴り止まないのである。
ホアンキエム湖は、オートモービルから隔絶された、ハノイ市内の数少ない憩いの場である。
今日は週末だったこともあり、湖周辺の道路が歩行者天国となり、ナイトマーケットが開催されていた。路上では、バトミントンのシャトルみたいなのを円になって蹴る遊びや、特に囲いもない人込みで業者がこども相手にゴーカートを貸し出したりとオートモービルのない道路を満喫していた。
家族や恋人や仲間などと素朴に時間を過ごしている。別に酒などなくても楽しそうだ。
2019年08月04日
ハノイは800万人近い人口を抱えるのベトナムの首都だがノイバイ空港からハノイ市街まで鉄道はない。この都市規模としては珍しい。ただ、初めての街では、最初はなるべくタクシーに乗るようにしている。ホテルに行くまでに、タクシーの運転手と色々と話をするのだ。運転手さんの名前や家族構成から始まり、街の天気、美味しいレストラン近隣り諸国の好き嫌い、政治情勢の話などもする。ただ、ベトナムで考慮が必要なのが、全国民的に英語が通じないこと。ONE=1であることも知らないレベルの人も居る。ついこの間までの敵性国家の言語であるから仕方がない。
ちなみに、ベトナム戦争のことを、ベトナムではアメリカ戦争と言う。考えて見れば当たり前の事実だが、その国の立場に立たないと分かりえない事実。
2019年08月03日
ベトナム航空VN311便にて14時にハノイに到着。4年前にホーチミンに来たときは、初めてにもかかわらずなぜか「ただいま!」って言えるほど、親近感を覚えたがハノイではそこまで感じず。街がホーチミンよりよそよそしい感じ。
目的地はラオスのルアンパバーンなので、このままトランジットしても良かったのだがあえてハノイで1泊する旅程にした。(この事がこの旅一のピンチの原因となるのだが…)アジアの雑踏に身を浸してからラオスの山間の古都に行きたかったからだ。
2019年08月02日
朝4時に起き、高崎駅東口から成田行きのバスに乗る。既に藤岡からの客で半分ぐらい座席が埋まっている。ゆったりした席数でかなりの角度までリクライニングできる。酔わないよう前の席が良いので、全開にリクライニングした若い女子の後ろに相方(妻)と座る。直後に寝ていた女子がわざわざ起きて「(倒していて)大丈夫ですか?」と聞いてくる。元々も倒してあった後ろに座ったのは我々なのに。こういう一言で旅のテンションはアガル。「大丈夫ですよ。ありがとう。」と答え自分は缶ビールのプルタブを開ける。
良い旅の始まり。
2019年08月01日
年間2万人も、この国では自ら命を絶つ人がいる。10年で伊勢崎市がまるまる無くなってしまう数である。そんなに生きづらさを感じたり、自分を追いつめてしまう前に手元の金をかき集めて、ベトナムでもマレーシアでもタイでも東南アジアに旅に出たら良いと思う。
生きることは、非常にシンプルであることに気付かされる。疲れたら一杯の温かいスープがあれば良く家族が寄り添い、懸命に今日を生きている。前向きでひたむきで明るい。旅に出ると気づかされる。帰ってくるとすぐ忘れてしまうのだけど。
夏は旅の季節。