月曜日。雲がちらほらある快晴。ロードサイドで「初売り」の幟が立っていた。カーディーラーらしいが、先行で初売りフェアをやっているらしい。なるほど、こんなところにも季語の変容が垣間見える。夜中まで会議続きでいささかげっそりとする。
2025年12月08日
月曜日。雲がちらほらある快晴。ロードサイドで「初売り」の幟が立っていた。カーディーラーらしいが、先行で初売りフェアをやっているらしい。なるほど、こんなところにも季語の変容が垣間見える。夜中まで会議続きでいささかげっそりとする。
2025年12月07日
日曜日。快晴。いささか風邪気味。体重く、もろもろはかばかしくない。そんな時に予定はどんどん埋まってくる。夕方にすこし近所に吟行に出かけた。見晴らしのよい近所の丘から東京方面を望むと、富士とスカイツリーが冬の夕焼けの中に浮かんでいて、幻想的であった。しかし、寒気にやられていっそう体調は芳しからず。気晴らしにもらった柚をひとつ入れて、柚湯にしてみたが、指の小さな傷や乾燥肌にしみて痛かった。
2025年12月06日
土曜日。雲多くも晴れ。いささか風邪気味。通りがかりに見た枯野が美しかった。つげ義春のの短編漫画に『枯野の宿』 があるが、その趣とはまた別に、清々しい枯野であった。J新聞のオピニオン原稿を校了にする。祝い事あり、パック寿司と麦酒などいただく。
2025年12月05日
金曜日。快晴。昨晩は凛とした冬の空気の中、月と星と雲がとてもきれいな光彩であった。このごろ、辞退する予定が増えてきた。思えば定例の句会を除き、下半期はほとんどといっていいほど、リアルの句会に参加していない。良かれ悪しかれ、WEB句会や諸々の締め切りに追われていた。こんなことではいかん。そんなことを思いつつ、キリキリしてきた神経を休めるため、早めに寝る。
2025年12月04日
木曜日。快晴だが、寒波急。引き続き、句評を続ける。これを終えればあと一本、大物を片付ければ、一息つけるような気がしている。「良いお年を」という挨拶に今年初めて接した。家人が注文していたカニがクール宅急便で届く。トゲズワイガニなるカニらしい。確かに、棘がある。年明けだろうな、と思いつつもう食べたくなっている。
2025年12月03日
水曜日。朝から曇天で昼頃に雨。気圧の為か気分が重く体も重い。年の瀬のあわただしさを毎年経験しているのだが、一向に慣れない。句集の表紙と扉を校了にする。基調は「桜」である。そうやって、俳句といえば雪月花などとステレオタイプになっていて良いんだろうかという気がしないでもないが、その中にこそ新鮮なものが見つかる場合もある。美しさ以外の何かを、表現したい。
2025年12月02日
火曜日。今日も良く晴れた一日だった。このごろ暖かい。師走だというのに、日中はコートがいらないくらいであった。いま次の句集を編んでいるので、表紙の校正をする。内容はともかく、デザインに特にこだわりがないので、明確な指示が出せないでいる。帰宅すると、同じ出版社から別の句集が三冊届いていた。こんなところにも年末を感じる。
2025年12月01日
月曜日。このところ冬日和が続いている。先週末は瀬戸内の方面に行っていた。師走を目前に、そんなことをしている場合ではないのだが、倉敷では大原美術館やら民藝館などを観て、翌日に四国に渡り、さぬきこんぴらさんから小豆島を経由して、岡山から新幹線で帰ってきた。小豆島では尾崎放哉記念館だけを訪れて、そそくさと島を後にした。風光明媚だが、寂しいところであった。島の寂しさというのは、本州のそれとは濃度が違う。放哉もそんなことを感じていたのであろうか。
2025年11月30日
怒濤の10月が終わって、ほっとできるとおもっていた11月。
そんな11月の最終日、この時点から振り返ってみると、そうでもなかったなあーとおもう。
ここにはほとんど書いたことないが、仕事上では、ほぼ毎日のように事件のようなことが起きる。もうすでに感覚が麻痺していて、事件を事件とも感じなくなってしまっているので・・「ようなこと」。
先日、そんな事件の「ようなこと」が3件ほど重なったということがあった。
1件のアポが入っていた時間、その直前に電話で1件、その電話中に、もう何年ぶりかのあの人がアポなしで来て、わたしを待ち構えているという状態で、もう1件。いやいやいや、いっぺんには無理でしょ。
とはいえ、なんとかしなくてはいけない状態。
しかし、いっぺんには無理なので順番に傾聴する。
傾聴すると、それぞれ、それなりの事件である。
みんな結構な面持ちで、話を持ってくるのね。でも、聞かされる身にも、配慮願いたいところだ・・・(以下、自粛)
そんな、最中に、実はもう1件の電話がかかってきていた。まあ、・・(以下省略)
ということで、11月も怒濤のように過ぎ去りましたとさ。
2025年11月29日
いつも行っている床屋さんから、体調が急変して入院したという連絡が入った。来週伺う予約を入れていたのだったが、厳しいとのこと。わたしの予約のことより、今は治療に専念していただきたい。そして、また元気になって、再び髪を切ってもらいたい、そう願っている。
2025年11月27日
本家尾張屋が閉店するというニュースを見た。創業は寛正6年(1465年)、応仁の乱の前年とのこと。創業560年の歴史を誇る京都の老舗だ。蕎麦屋として有名だが、お菓子もおいしくて、蕎麦板は、わたしの京都土産の定番であった。もう食べられなくなるとおもうとさびしい。
2025年11月26日
数年前、仕事上の必要にせまられて、腕時計を購入した。スマホを使うようになってから、ながらく腕時計をしていなかった。しかしながら、スマホの持ち込みができない環境で正確な時間を、しかも秒単位で把握する必要があったため、仕方なくの措置である。様々検討したのだが、結局スマートウォッチにした。超軽量のものを選んだ。
で、一度スマートウォッチを使い始めると、もう普通の時計には戻れない。
そんな状態となってしまった。
歩数、消費カロリー、散歩のルート、睡眠時間の記録などなど・・・。
しかし、最近、そのスマートウォッチを別のスマートウォッチに替えた。
以前のものは、機能をフルで使おうとすると毎日充電が必要となり、例えば睡眠の記録がとれないという不便を感じていたためだ。
今度のものはソーラー発電機能がついていて、圧倒的に充電の回数が少なくてすむ。
充電の必要がほとんどないので、前回いつ充電したのか忘れてしまうほどだ。
デザインは好みではないのだが、もう慣れた。充電のストレスから解放されたスマートウォッチは、もう手放せない。もう、戻れない。
2025年11月25日
先日、夕暮れどきに散歩をしていたとき、どこからか良い香りがしてきた。
懐かしく、いつかかいだことのある香りだ。
立ち止まって、香りの元を探してみると、白い花の低木が目に止まる。
GoogleLENSで調べると、ジャスミンらしい。(便利な世の中になった)
確かに香りはジャスミンである。云われれば、納得の香りだ。
ジャスミンは、和名で茉莉花(まつりくわ)。手元の歳時記によると夏の季語。
しかし、ホワイトジャスミンは、11月くらいまでが花期らしい。知らんかった。
写生句だからといって、そのまま茉莉花で一句詠むと夏の俳句と読まれてしまう。
さて、どうしようか。
2025年11月24日
痩せるルールという為末大氏の文章を読んだのは、数カ月ほど前だっただろうか。
実践してみると、結構効果がある。
このルールで、2キロくらいは無理なく減らせる。
しかし、週末など気が緩むとあっという間に元に戻る。なので、平日はなるべくこの痩せるルールに沿った食生活で過ごす。1週間でバランスをとるというのも、このルールの1つ。
このルール、無理なく痩せられるが、あっという間に痩せるわけではない。
リバウンドはあっという間なのに・・・。
まあ、無理ではないので、続くのだが、ほんと、リバウンドは恐ろしい。
「リバウンドを制する者は試合を制す!!」
2025年11月23日
料理屋では、カウンターに座るのが好きである。
割烹料理屋では、なおさらで、カウンターこそ、割烹の醍醐味だとおもっている。
調理の様子を楽しみながら、料理人との会話も楽しめる。
テーブル席では、こうはいかない。個室も同じで、料理人との距離も、料理そのものとの距離も、カウンターにはかなわない。
で、つくづくとおもうは、料理人のマルチタスクぶりのすごさである。
あらゆる調理をしなから、目の前の人の対応をする。テーブルの客への配慮も欠かさない。
そもそも、料理(調理)そのものが、マルチタスクなので、ぼけ防止によいとは聞く。
なるぼど、カウンター割烹のカウンターの中の料理人のマルチタスクぶりで、納得はする。納得はするけれども、とても真似できるものではない。
真似はできないので、カウンターに座って、食べながら呑む、くらいのタスクで勘弁していただこう。
もちろん、会話も楽しみたい。
2025年11月22日
いつの頃からだろうか、椿油を愛用している。主に整髪料としていて使っているのだが、肌荒れ予防や保湿にも良い。その他、髪のトリートメント、頭皮や爪のケアにも使えるという万能ぶり。
天然素材というところも気に入っている。
主に使っている大島椿は粘着性が高く、少量でもかなりの効果。
ときどき使う、かづら清老舗の五島の椿油はさらっとしていて素早く髪にも肌にもなじむ感じ。
まあ、気分で使い分けているというわけだ。
旅行のときは、椿油、これ1本で済ますこともできて、重宝する。
また、ドライヤーの前に使うとダメージから髪を守ってくれるらしいですよ。
2025年11月21日
今どきは、スマホで検索すれば季語は調べられるのだが、俳人の端くれとして、歳時記は持っていたい。
と、いうことで、電子版の歳時記をスマホに入れている。角川の合本俳句歳時記がそれだ。2012年版であるが、十分である。電子版の良いところは、芭蕉の句は何句掲載されているかな〜というような、ことが比較的簡単に調べられるところである。
調べてみると、芭蕉は、だいたい159句載っている。だいたいというのは、検索結果は、一覧で季語が表示はされるのだが、句は実際に展開して数えないといけない。
なので、たくさん掲載されている人物は、正確に知られるのが少し手間がかかるのだ。
ということで、最近知った古舘曹人の句はどうだろうか。
これも調べてみる。
すると、22句掲載されている。このくらいだと数えやすい。
以下、気になる俳人を調べてみると、村上鬼城64句。
久保田万太郎127句。
正岡子規117句。
河東碧梧桐16句。
高浜虚子285句。
碧梧桐への冷遇が浮き彫りになる。
そして、山頭火は3句、放哉は1句の掲載だ。さらに井泉水は0句だ。自由律勢は無季も多いので当たり前か。
虚子は、数えるの面倒だったので、かなり誤差があるとおもう。参考程度に。