日刊鶴のひとこえ

この鶴のひとこえは、「めっかった群馬」に携わる面々が、日刊(を目指す気持ち)で記事を更新致します。担当者は堀澤、岡安、すーさん、坂口、ぬくいです。この5人が月替わりで担当しています。令和8年度は4月(坂)5月(ぬ)6月(岡)7月(す)8月(堀)9月(坂)10月(ぬ)11月(岡)12月(す)1月(堀)2月(坂)3月(ぬ)の順です。

592声 都会美人or田舎美人

2009年08月14日

PCモニターを睨みつつ、腕組みする事、45分。
一向に、更新に値する内容を着想しない。
随筆家が、創造に窮して回想から着想を得ようとする時は、
こんな気持ちではなかろうか。
なので、昨日を引きずる。
方言、つまり上州弁以外にも、共感を得ない地域文化がある。
まず、食に関してその最たる物が、「焼きまんじゅう」だと思う。
露店などで焼きまんじゅうを焼いていると、漂ってくる煙に、
私などは懐かしい匂いだと感じるが、東京人に言わせれば、得体の知れぬ匂い。
「味噌だれが焼ける香ばしい匂い」と言う意識が無いから、尚更である。
そして、大抵の人が、餡子の入った饅頭が串に刺してあると思うらしい。
中には餡子の入っている焼きまんじゅうもあるが、基本形は餡子無しである。
しかも、まんじゅうと言っても、焼きまんじゅう特有である、
中身ふかふかの素まんじゅうである。
それに、甘い味噌だれをたっぷり付けて、焦げ目が付くまで焼く。
見た目にも、食感にも、さぞ面妖な食べ物だと感じるのだろう。
焼きまんじゅうの本場は、前橋市以南の東毛地区だとされる。
私の住んでいる高崎市は、西毛地区。
焼きまんじゅう文化の熱にも、若干の差異がある。
地域に焦点を当てれば、パスタかと思う。
高崎市は、パスタの店、消費量共に多く、全国でも屈指だと言う。
特筆すべきはその量で、多くのパスタが、通常メニューで山盛り。
これらのパスタは、近年、「高崎パスタ」として括られ、
新たな郷土名物として、名乗りを挙げている。
私も、子供時分からこの高崎パスタを食べて来た。
其れは未だ、パスタなんて洒落た呼び方で無く、
スパゲッティと呼ぶのが主流だった頃。
他の地域で外食した際、注文したパスタの量が少ないと感じていた。
そして、高崎のパスタは味が濃いとも、高崎外パスタとの比較で感じた。
思えばこれも、軽いカルチャーショックである。
現在でも偶に、首都圏に展開するパスタチェーン店などで注文すると、
この差異を感じ事がある。
さしずめ、東京のパスタは、洗練された都会美人。
群馬のパスタは、心優しい田舎美人。
どちらも魅力的で、末永くお付き合いしたい。

591声 方言なんさぁ

2009年08月13日

内では普通だと思っていた事が、外では通用しない。
良くある話で、私の体験では、言葉。
高校を卒業し、初めて県外で暮らしたのだが、友人になった東京都出身者に、
「それ、群馬県の方言なの」と尋ねられた。
どうやら、私の話し言葉の語尾に、矢鱈と「さぁ」が付くらしい。
例えば、
「この前さぁ、土曜の朝にさぁ、電車に乗ったんさぁ、そしたらさぁ」
と言う具合に、「さぁ」の連結が甚だしいのである。
それまで、18年間に及び、自分が標準語を話していると思っていた観念は、
この時に打ち砕かれた。
所謂、カルチャーショックと言うヤツだ。
以降、数ヶ月、自らの上州弁を意識しながら、慎重に会話していた。
群馬県人に戻った今となっては、自らの上州弁濃度は、随分と濃い。

590声 酔いどれvs牛蛙

2009年08月12日

台風が去り、やっと、夏らしい気候が戻って来た。
しかし、こう暑いと、おしぼりで額の汗を拭いながら飲むビールが、
当然ながら美味い。
だから、酒量が増えていけない。
近頃、どうも生き急ぐ様な飲み方をしてしまう。
と言っても、酔っ払いの模糊たる感覚なので、其処まで切迫した状況でも無いのだが、
自然と飲むペースが速くなる。
生麦酒を1、2杯飲むと、もう焼酎やらウイスキーやら何やら、重量級の酒へ手が伸び、
決まって痛飲し、二日酔いになる。
それまでは、じっくりと麦酒を飲み、かつ肴をつまみつつ、
ゆっくりと焼酎方面へ移行して行った。
そう言う飲み方は、心地良く酔いが回り、酒の抜けも良い。
一頻り飲んで家路につく。
最終的に、田圃の用水路脇で独りうずくまり、涙目になっている事態が、
この夏、度重なっている。
広大な田圃の闇夜に鳴く、数万匹の蛙。
なんだか全員から罵倒を浴びせられている様な、心持になる。
「うるせってんだ」
などと、此方も酔いどれて反撃する。
「オーン」
すると、何処からともなく牛蛙。
落ち着き払った低音の声で、世にも些細な紛争を制す。
「オーン」
ふらふらと、電燈の下まで行って、振り返る。
「オーン」
電燈の灯、滲んで見える。
「オーン」
「るせってんだ、まったく」
「オーン」
苦笑いで、和睦。

589声 うどん屋さんのお休み

2009年08月11日

正午過ぎ、私は上野村にいた。
川の畔をほっつき歩いていると、前から歩いて来た男に声を掛けられた。
「うどん屋さん、お休みですか」
成程、此処は、往来沿いに在るうどん屋から、直ぐ下の川だ。
私の事を、地元の人間と思い、声を掛けたのだろう。
「定休日は水曜の筈ですが、やっていませんでしたか」
今日は火曜である。
「名店のしきたり」に掲載させて頂いたうどん屋なので、定休日は知っていた。
「それが、やっていないみたいなんです」
川の畔から、往来へ上り、店先まで来てみると、「本日休業」の看板。
「残念でしたね、臨時休業みたいです」
「はい、また次回、来てみます」
その男は、がっくりと肩を落とし、脇に止めてある大型バイクへ戻る。
ナンバープレートを見ると、「豊橋」から来ている様だ。
バイクを見送って、また川の方へ引き返すと、
背にバイクの排気音が近付いて来た。
先のバイクが戻って来たかと振り向くと、別のバイク。
250ccの小柄なアメリカンタイプのバイクで、
シートには野営道具と思しき一式が括りつけてある。
私を発見すると、近くまで徐行して来て停車し、
エンジンをかけたまま、ヘルメットのカウルを上げ、大声で尋ねる。
「うどん屋さん、お休みですか」
「残念でしたね、臨時休業みたいです」
すると、その青年は、肩をがっくり落とし、また、来た路を戻って行った。
ナンバーは「青森」だった。
敷地の脇に在るベンチに腰かけ、
炎天下に響く、涼やかなせせらぎの音に、暫く耳を傾けていた。
すると、坂の下から、今度は2台。
しかし、うどん屋さんは、お休みである。

588声 カラカラ鳴るまで

2009年08月11日

台風19号の影響で、終日、雨。
夕方に雨は上がったのだが、明日、午前中には本州に接近する模様。
よって、また明日も雨。
これによって、東北地方の梅雨明けが無くなった。
梅雨明けが無くなる。
ってのも、耳慣れない言葉だが、ずれ込んでいた梅雨明けが見込めないまま、
雪崩式に秋に突入して行くらしい。
兎も角、そう言う事になってしまった様である。
関東地方の今年の夏は、梅雨明け宣言以降も雨続きで、
例年と比べ、随分と日照時間が少ない。
お天道様の目を逃れてか、各マスコミで報道するニュース記事も、
連日、世情不安を感じさせるものばかりである。
そう言えば今年、さんざめく蝉時雨を耳にしていない気がする。
これも、日照時間の減少に比例するものであろうか。
昔、私が住んでいた部屋は、アパートの3階だった。
ベランダの目の前には、銀杏の大木が聳え立っており、
丁度良い具合に、日除けになってくれた。
しかし、利あれば害あるもので、朝っぱらから狂い鳴く、蝉たちに悩まされた。
こいつ等はしばしば、網戸にしがみ付いて、「ミーンミーン」をやる事がある。
当時、夜型人間だった私には、まさに拷問の如き仕打ちだった。
しかしそれも、毎年お盆過ぎ、日暮れに涼やかな秋風吹く頃に、大部落ち着く。
落ち着くのは良いのだが、力尽きて落ち行く蝉が後を絶たないのだ。
暫く見ない間に、ベランダが蝉の死骸で埋め尽くされている。
その、カラカラになって息絶えている蝉たちを、箒で掃く、あの乾いた感触が、
秋の夕暮の物悲しさを感じさせる。
ような気にさせた。

587声 醍醐味行路

2009年08月09日

ホテルで朝食を食べていた。
安ホテルの朝食は、おしなべて、簡易的なバイキング形式である。
しかし、私などは、それでも十分に満足する。
旅中で食べる朝食は、美味しく感じる。
そして、普段よりも食が進む。
欲張っていつも、取り過ぎ食べ過ぎで、苦しむ破目になる。
これで、二日酔いさえなければ、今少し、快食できるのだろう。
私の斜向かいの席に、朝から賑やかな一団がいる。
60年配の夫婦が2組に、80年配のお婆さんが1人。
歓談している声が、明瞭に聞こえるのは、
その声量ではなく、方言の為だと思う。
その一団から聞こえてくるのは、関西弁だったのである。
その抑揚のある言葉尻を聞いていると、自らが旅の空に居る事を、
改めて感じる。
没個性型のバイキングよりも、聞こえてくる言葉の方に、
どうやら旅の醍醐味があった。
即ち、味覚では感じられなかった。
安ホテルなので仕方ないと割り切るが、それも少し、寂しい気がする。
群馬に戻って来て、ひょんな事から、
知り合いの小学4年生になる女子の、お誕生日会に参加した。
ケーキに立つ蝋燭は、10本。
彼女もとうとう、10代の大台に乗った。
これから、人生の醍醐味を味わって行く筈。
前途に並んでいる、色とりどりの料理。
焦らず、欲張らず、美味しそうなヤツを、選べよ。

586声 信州上田から名店に感謝

2009年08月08日

「第1回ぐんまの名店めぐり」から、一夜明けた。
今朝、起床した際、枕もとに空の麦酒缶が2本、立っていた。
枕もとに立たれるってのは、いささか気分が悪い。
おまけに、深酒の余韻が胸に残っており、身体的にも気分が悪い。
しかしながら、深酒の余韻は、昨晩の快宴に比例する。
めぐった名店は2軒。
どちらでも、非常に心地良く、酒食と歓談が楽しめた。
それに、往来から聞こて来る八木節の音頭が加わる、
これはもう痛快であった。
「居心地の良さ」
まずそれを客に提供するのが、
名店を名店たらしめる重要な条件だと感じる。
現在、小難しい顔をして、途切れ途切れな昨夜の記憶を引き揚げている。
そして、断片をつなぎ合わせて、本日、これを記載している場所は、
古びたホテルのタバコ臭い小部屋なのである。
場所は、信州の上田市。
何故か、上田に来てしまった。
今朝、枕もとに麦酒缶が2本立っていた事は、前述した。
その後、麦酒缶を退けて、寝床から這い出す際に、
床に散乱している本が目に入った、著者、池波正太郎。
そう言えば、昨晩深い時刻、太宰治論議を首に青筋を立てながら、交わしていた。
話を戻す。
記憶の引き揚げ作業は、稀に、思いがけぬも記憶を引き揚げてしまう事もある。
そう言えば、上田市街地に在る「池波正太郎・真田太平記記念館」は、
非常に見応えがあると、知人から聞いた。
時刻は未だ午前中。
其処で思い立ち、一寸、二日酔いの緩和も兼ねて、
足を延ばす事にしたと言う訳なのだ。
上田市街地は、七夕祭りの最終日。
夕方から、小雨が降り出し、山向こうに雷も聞こえる。
人通りも疎らで、街は落ち着いている。
今宵、桐生の名店に負けない店と、出会えれば良いんだけどなぁ。

585声 夏休みの味噌汁

2009年08月07日

本日夕刻より、「第1回ぐんまの名店めぐりin桐生」に出掛けようと思う。
夕刻の予定なので、是を書いている現在時刻は午前7時。
珍しく、早朝に書いている。
天気は生憎で、灰色の空は小雨模様。
子供時分の夏休み、朝7時と言えば、
近所の公民館で行われているラジオ体操から、丁度、帰って来る時刻。
その後はいつも、雪崩式に友達の家に紛れこんで、朝飯を食べていた。
他所の家の味噌汁と言うのは、面白いと、その時から思っている。
その友人宅の味噌汁は、具が大抵、ほうれん草だった。
赤味噌仕立てで、味付けは随分と塩辛い物で、それが普通だと言う。
しかし、汗をかいた後と言う事もあり、我家の白味噌で薄い味付けの味噌汁よりも、
一層旨く感じた。
しかし、家族の多い友人宅であったから、いつも賑やかな卓を囲んで食べていたから、
旨く感じていたのかもしれない。
などと、回想の中を回遊している。
そして、本日夕刻である。
実は私、本企画の最終的な参加者人数を知らない。
果たして、何人、来てくれるのか。
カウンターしかない店で焼き鳥を突いたって、やはり、
賑やかな方が旨いのではないだろうか。
特に夏は、そう思う。

584声 世知辛人の侵入を禁ず

2009年08月06日

80代の半ばに差し掛かる私の祖母祖父は、田舎で静かに暮らしている。
不精をして、余りか顔を出してなかったのだが、
先日、お盆も近い事だし、行ってみた。
暫く見ない内間に、また一回り小さくなった印象を、特に祖母から受けた。
最近は、めっきり足腰が弱り、外へ出るのが億劫だと言う。
「ちっとんべぇだけど」
そう言って、もういい歳になった私に、いつも、小遣いをくれる。
数年前から、気掛かりな事がある。
今回の訪問も、半ば、それが気になって、足が向いた。
それは、体調も然りなのだが、金銭の問題なのだ。
近年は、振り込め詐欺だとかで、高齢者を狙った詐欺が横行している。
祖母祖父、振り込め詐欺には引っ掛からないが、
細かい詐欺や、高齢者を狙った悪徳商法には幾度となく遭っている。
電気ブレーカー交換においての、過剰な代金請求。
通信販売の、怪しげな健康薬品。
訪問販売の、粗悪品の数々。
私が知るのは、氷山の一角である。
つい先日は、テレビの調子が悪く、電気屋を自宅まで呼んだ。
数分、異常箇所を見てもらっただけで、帰る時、
ガソリン代として約五千円取られたそうだ。
勿論、部品交換も何もしていない。
後で話を聞くと、何も異常は無く、単に、
リモコンボタンの押し間違えによる、勘違いだったらしい。
勘違いするほうも悪いが、それにしても、出張料金五千円は、
ちとボリ過ぎではないか。
この手の、商売以上詐欺未満ってのが、本当に多い。
世知辛い人には、あまり近づいてもらいたくないのだが、
中々、此方の思う様にはならない。
田舎も暮らしにくい。
とは、思いたくないのだが。

583声 去年の旅をつかまえて

2009年08月05日

この日刊「鶴のひとこえ」に、バックナンバーを付けたおかげで、
過去の記事が、容易に一覧参照出来る様になった。
故に、クリック一つで、去年の8月、自分がどんな夏を送っていたかが、
一目瞭然である。
見ると、お盆辺りに、約一週間程、旅に出ていた。
「高崎〜静岡〜名古屋〜岐阜〜富山〜甲府〜東京〜高崎」
と言うルートで、青春18切符片手に、普通列車に揺られて行ったのであった。
思い返すだけで、脳天に照りつける、苛烈な日差しの感覚が、甦って来る。
そう言えば、去年の夏は暑かった。
翻って、今年の夏である。
もうお盆も近いと言うのに、遠出の計画などは立てていない。
其れは何故か。
7日に「第1回ぐんまの名店めぐり」、
15日には「第9回ワルノリ俳句ing」の予定が入っている事もある。
しかし、最大の要因は、連日の愚図ついた天候の仕業だと踏んでいる。
そして、金欠と言う有力な説も浮上している。
ジーンズのポケットに切符を入れて、
慣れた靴とバッグ、
Tシャツだけは新品の物を下ろして、
さぁ、旅に出よう。

582声 熟成された本質

2009年08月04日

偶に、酒席でワインを奨められて、飲む機会がある。
私は、ワインの良し悪しが、どうにも覚束ないまま、飲んでいる。
つまりは、飲んだところで、美味いのか不味いのか分からず、
赤は赤、白は白としか判別出来ないのだ。
ロゼになると、飲んだ事すら無い。
しかし、ワインほど、その味のディテールを伝える為の形容に、
創意工夫を凝らしている酒はないであろう。
「ビロードの様な柔らかな喉越し」
「過熱したブドウの蜂蜜の様な甘美な香り」
等々、その表現の裾野の広さには脱帽する。
ワインにおける味の特徴は、各国のワイン法に基づいて生産されるので、
産地によって明確に分かれる。
そして、愛好家たちの間では、20年から30年も寝かせ、熟成させたワインが、
高値で取引されている。
角が取れてまろやかになった味と、芳しい香気を楽しむのだそうだ。
ワインにおける熟成はさっぱりだが、本棚に埋もれている本の熟成についてなら、
一考察ある。
ここで言わんとする熟成は、本棚で埃を被っている期間ではなく、
その本が発行されてから、経て来た時代の期間である。
例えば、「明治文学」と括られている本を、本棚から引っ張り出して、読んでみる。
仮に、言文一致で有名な、二葉亭四迷の「浮雲」とする。
刊行されたのは、1887(明治20)年、今を遡ること、約120年前の小説。
内容は、主人公の青年、内海文三が、文明開化以後の東京で、仕事に恋に悩んでる。
極端に概略して、そう言う事である。
100年やそこらで、社会における青年の悩みの本質は、変わらない。
と思わせてくれる味わい深い内容であり、そして何より、
明治時代のふくよかな香気を感じさせてくれる。

581声 後の祭りの舌打ち

2009年08月03日

祭りの喧騒から逃れる様に、街外れの居酒屋に入った。
席に着いて、徐にメニューを取ると、カウンターのおばちゃんが、矢を射る様な声。
「今日は祭り限定メニューだけだから」
促されて、テーブルの横を見ると、一枚の紙っぺらが置いてある。
即席で作った、手書きメニュー。
どうやらこれが、その限定メニュ−らしい。
見ると、全体的に値段が高い。
この店は、以前、一度だけ寄った事があるので、大体の値段見当は付いていたが、
それを随分と上回っている。
私が見当を見誤った。
と言うより、端的に言えば、明らかに便乗値上げだろう。
一年に一度の祭りなのだ。
割り切って、幾つか見繕って注文。
往来の屋台の倍もする値の生麦酒を飲みながら、
衣の剥げた、いかげそをつまんでいると、無意識に舌打ちが出て困った。
当然、店に居着く事無く、早々と辞した。
その後、足を伸ばした商店街。
往来の脇に立ち並ぶ、水商売店。
客引きする御姐さんの横で、簡易コンロで焼き鳥を売っているボーイさん。
こっちの方が、よっぽどよっぽど良心価格で、よっぽどよっぽど味も確かである。
先程の店で勘定を済ませ、随分と薄くなった財布を取り出すと、
また、舌打ちが出た。

580声 傘の下の夜空の花火

2009年08月02日

傘さしの花火大会となった、昨日の高崎花火大会。
花火開始時刻になっても、次第に強まって行く雨足。
沿道に列をなす観覧客にも、不安の色が濃くなる。
打ち消す様に、一発。
夜空に咲く大輪の花。
人込みを避け、迷い込んだ住宅街で観覧していた、私。
路地裏で、自らの野良猫的習性を、しみじみと感じていた。
花火も佳境に差し掛かる頃には、雨も上がって、ゆったりと観覧。
畳んだ傘が倒れ、拾い上げようと視線を落とした、道路の先。
暗い地面の水溜りに映る、鮮やかな花火の、
なんと壮麗で、なんと妖艶なこと。

579声 いつか宇宙で俳句ing

2009年08月01日

今日、138日間の宇宙滞在を終えて、若田さんが地球に帰って来た。
若田さんは、日本人初となる、宇宙長期滞在を終えた宇宙飛行士。
「ハッチが開いた後、草の香りがシャトルの中に入ってきた時に、
優しく地球に迎えられた感じがした」
と、取材で語った若田さん。
4ヶ月半もの間、過酷な宇宙空間で多忙な日々を終え、
帰還した直後のコメントとは思えない、鋭敏な感覚。
もっとも、感覚が鋭敏だからこそ、宇宙飛行士になれるのだろう。
今回の宇宙滞在では、ISSの建設・修理に、生物、物理、医学の実験や地球観測など、
毎日、過酷で多忙な日々を送っていた。
そして、日本の念願であった、日本実験棟「きぼう」を完成と言う、
大きな功績を残しての帰還である。
この報道を見ていて、まさに、「希望」が芽生えてくる。
もしかしたら、「自分が生きている間に、宇宙から地球を眺める事が出来るだろうか」
などと思い巡らせてしまう。
その時は、宇宙から一句、詠むとするか。

578声 夏の習性

2009年07月31日

取りこんだ洗濯物にでも紛れ込んだか、
親指位はあろうかと思われる、大きな蛾が一匹、部屋に入った。
私が帰宅し、部屋の電気を点けた瞬間、目の前を横切る影と羽音。
黒い影は、「ブーン、コツン、ブーン、カツン」と、天井の蛍光灯に激突しては弾かれ、
また激突して弾かれと言う、飛翔行動を繰り返している。
私は、窓を開け、丸めた新聞紙で誘導しようとするのだが、
どうしても蛍光灯の光に吸い寄せられてしまう。
羽虫の習性なのだろうが、蛍光灯に激突していても、いずれ息絶えてしまうだろう。
それでも、光の傍で往生する事を選ばざるを得ない、運命なのだ。
明日から2日間、高崎市街地では、「高崎まつり」が開催される。
そして、明日から8月入り、日本各地で祭りの季節が到来する。
この祭りに、吸い寄せられてしまうのが、お祭り人間である。
もう、祭り囃子が聞こえて来ると、お神輿を担がなくては、居ても立っても居られない。
俗に言う、「血が騒ぐ」と言う状態で、どうしても祭りのさざめきの方へ、
足が向かってしまう。
これも、習性である。
蛍光灯の電気を消して、丸めた新聞紙で追うと、迷い蛾は窓から飛んで行った。
窓の外は宵闇。
思い出した様に鳴き出した蛙の声が、暗い部屋に響いた。

577声 少年少女の夏時間

2009年07月30日

サマータイム。
思い知らされたのは、本日、高速道路のサービスエリアである。
関越道の上り、奇襲攻撃の睡魔を交わすべく、上里SAに寄った。
驚いた事に、平日にも拘らず駐車場混雑。
店内は、もっと混雑。
特に、夏休みの学生と思しき、団体客が多い。
皆、観光バスで来て、休憩時間30分ってな予定で動いているのであろう。
矢鱈と買い込んだお土産の袋を両手にぶら下げ、
慌てふためいてバスへ戻って行く。
すると、また別のバスが着いて、お土産ハンターたちが、大勢降りてくる。
食堂の隅で、カップコーヒーを飲みながらその光景を見ていたのだが、
半ば、感心していた。
彼等の、気風の良さにである。
夏休みの開放感も手伝ってだろうが、満足に選びもしないで、
12個入りだかの饅頭の箱を買って行く。
店にとっては、大人よりも彼等の方が、よっぽど上顧客であろう。
悩みに悩んで、結局、ソフトクリームを買わずに店から出ると、
入口の前には、ソフトクリームを食べる少年少女の一群。
横目に羨望の眼差しを向けつつ、通り過ぎる。
瞬間に踵を返して店内へ戻り、
「三之助豆乳入りソフトクリーム」を買って、外へ出る。
炎天下、ソフトクリームを舐めつつ、観光バスを見送っていた。

576声 個室狂時代

2009年07月29日

天気は未だ愚図ったまま、どうやら7月が終わってしまう様である。
夏の行楽地、海やプールの来客数に、その影響が及んでいる。
蒸し暑く、ジメジメした天候が続くと、路地を抜ける風も、どこか黴臭い。
その黴臭い路地へ、自ら進んで、足を向ける。
行き先は、路地裏に在る小さな食堂であったり、飲み屋であったり。
本日、カウンター席でラーメンを啜っていて、ふと気付いた。
古い食堂や飲み屋ってのは、店内に仕切りが無い。
現代の客は、特に若い人に顕著な傾向だが、
仕切られた空間で食事をする事を望んでいる。
外食業者も、需要があれば供給で、店内に仕切りだらけの店舗を設計する。
やはり、そう言う店には、若い人が寄り付く。
若い人に人気の居酒屋などに行くと、店内はもう、迷路の如き入り組んだ設計。
また、店内の間接照明が薄暗いので、仕切られた部屋を出て、トイレに行くと、
もう帰り路が分からない。
おまけに、部屋に仕切りがあるので、中に居る人の顔が見えないので、探せない。
酔いも手伝って思考が混乱し、容易には来た路を思い出せない。
打つ手無く、独り悄然として、廊下に立ち尽くしている状況がある。
どうしても、パーソナルスペースを確保したいらしい。
近年では、老舗温泉宿でも、若い客向けに、
部屋にプライベート露天風呂を設置し始めている。
また、そう言う部屋が大人気だってんだから、
いよいよ個室時代の到来を感じざるを得ない。
街のネットカフェなどは、その最たる例であろう。
海やプールの来客数が減っているのも、どうやら、
天候の影響ばかりでは無いのかも知れない。
ともあれ、かく言う私も、個室は余り嫌いで無い。
むしろ、落ち着いてしまうのが、現状である。

575声 血の玉

2009年07月28日

図書館の本棚。
一冊の本を取ろうとすると、
「痛てっ」
と、感覚が走った。
咄嗟に右手を離し、指を見る。
人差し指の腹、赤い血が、「ぷくっ」と小さな玉になってゆく。
本を手に取り、異常を確認する。
すると、
頁の間から、
爪楊枝の先端部分が、
飛び出していた。
爪楊枝を取り出して、本を戻す。
この哀しい仕業の主は、きっと、詩が好きな人なのであろう。