日刊鶴のひとこえ

この鶴のひとこえは、「めっかった群馬」に携わる面々が、日刊(を目指す気持ち)で記事を更新致します。担当者は堀澤、岡安、すーさん、坂口、ぬくいです。この5人が月替わりで担当しています。令和8年度は4月(坂)5月(ぬ)6月(岡)7月(す)8月(堀)9月(坂)10月(ぬ)11月(岡)12月(す)1月(堀)2月(坂)3月(ぬ)の順です。

520声 飼い猫の最期

2009年06月03日

「はっ」
として、走行中に思わず急ブレーキを掛け、車を減速させる事が、最近しばしばある。
原因は猫である。
それも、飼い猫と思しき、毛並みの良い良家の子息。

車道を走行中、前方を横切る猫が一匹。
「車に気付いて逃げるだろう」
などと、こちらも高を括っているので、減速せずに猫との間隔が狭まって行く。
しかし、その猫、一向に逃げる気配無く、悠々と車道を横切っている。
間隔が、目測での限界領域に達した刹那、堪りかねてこちらがブレーキを踏む。
その音に驚き、目ん玉を丸くし、重たそうなお尻を振りながら、脇の茂みに消えて行く。
大抵、その手の猫は肥え太っており、大きな顔の下に、
窮屈そうに首輪なんか付けている。
そして、その愚鈍な挙措からは、動物的反射神経の著しい退化が確認できる。
つまりは、飼い馴しすぎた弊害が、敏捷性に及んでいるのだ。

子供時分、自らが拾ってきた子猫を、飼っていた。
家に来た当初、食が細く、体も痩せ細っていたので、取り分け、大切に育てた。
それから猫は、健康的に活発に育って行った。
ただ、飼い猫特有の、緩慢な動作でおっとりとした猫になってしまった。
けれども、そこが愛くるしくもあり、皆に好かれた。

人間で言えば壮年期位であろうか、つまりは、気力体力共に充実し、
これから猫社会を、力強く生き抜いて行こうと言う年頃。
その猫は、ある日、呆気無く死んでしまった。
家に訪れていた客人の車の下で居眠りをしていて、轢かれてしまったのだ。
私が学校から帰って来た時には、もう、土の中に居た。
小さく盛り上がっている土を眺めながら、ぼんやりと、
土の中で丸まって寝ている姿を想像して、泣いた。

519声 伝統銭湯

2009年06月02日

私は、この日刊「鶴のひとこえ」も然りであるが、
サイト内のコンテンツ【とっておき探訪】も、精力的に更新している。
「群馬路地裏銭湯記」と銘打ち、2008年5月1日に更新した「藤守湯」から、
丸一年を費やして、県内銭湯を巡っては掲載してきた。

そして、先月29日に更新した「上の湯」が、第29軒目の銭湯となった。
次回は、同じ桐生の銭湯で、「三吉湯」と言う、これまた情緒ある伝統銭湯を、
掲載する算段が既に整っている。
第30軒目となる、この三吉湯を掲載すれば、群馬県内の銭湯で、
現在営業中の銭湯は残す所、後1軒となる。
私の路地裏走査線が確かならば、この6月には、県内銭湯を全て網羅できる予定だ。

一年を費やし、巡りに廻った、この伝統銭湯たち。
取材時は営業していたのだが、現在、惜しまれつつ暖簾を下ろした銭湯も在る。
ならば、それを全て掲載できた暁には、一寸した企画を催そうかと、考えている。
地域の伝統文化に触れられる様な、一寸したヤツを。

518声 自由な俳句が或る

2009年06月01日

昨日開催された、「第2回ワルノリ俳゛句ing」も無事終了し、
自宅で一息付いている。
雨天での吟行を心配していたが、雨が推敲の手助けをしてくれた様で、
参加者の句には、しっかりと五月雨の風情が刻み込まれていた。

今回も例外無く、ワルノリ俳句ingに参加する人の大半は、
日常において俳句に触れる機会の少ない方々。
平たく言えば、私も含めて、皆素人である。
吟行して句作する。
と言うよりもむしろ、5・7・5と言う17文字の詩形を使って、
言葉遊びをすると言った方が適当である。
当日来て、まるでカードゲームでもする様に手軽な感覚で、参加者一同、
句を詠んだり、選んだりしている。
それで、良いのだ。

或る人が詠む。
季語など入れずに、自由な俳句を。
また、或る人が詠む。
詩形に捉われずに、自由な俳句を。
そして、或る人が選ぶ。
心が感じるままに、自由な俳句を。

517声 なめくじ君!

2009年05月31日

「ケッ、ケッ、ケッ、ケッ」
裏の田圃から聞こえる、蛙の輪唱に起こされた、今朝。
なめくじの如く、ノソノソと蒲団から這い出て、カーテンを開け放つと、霧雨。
ぼんやりと、鈍い濡光りを放つ、向かいの家の屋根瓦を眺めつつ、考える。
「なめくじ」を、漢字で「蛞蝓」と書ける人は偉い。
偉いけど、一寸、気色悪い。

今、蒲団から這い出た、このなめくじ。
本日、碓氷峠まで這って行き、俳句を創作しなければならないのだ。
窓際で悠長に、薄いカルピスの様な空を、眺めている場合では無い。
主催の私が遅れたんじゃ、洒落にならん。
高崎から碓氷峠まで、さて、間に合うかしら。

・遅刻だよ早く行かなきゃなめくじ君

516声 夜半、滝壺へ向かって

2009年05月30日

夜半。
椅子の上で胡坐をかきながら、腕を組んでいる。
やがて、懊悩煩悶の滝壺へ向って、緩やかに流されて行く。
すんでのところで、発想の断片、つまりは、川岸に倒れている木の枝を捕らえる事に成功し、
どうにか免れる。
危機一髪。
九死に一生。
後は、渾身の力を振り絞ってそれにしがみ付き、流れから身を取り戻すのみ。
そんな状況下で、日々の更新を行っている。
そして、疲れ果てて潜り込んだ寝床の中、文庫小説に指を挟んだまま、寝ちまうんだ。

515声 心のネガ

2009年05月29日

先日、銭湯入口に屯する一番湯待ちの湯客に加わって、
今や遅しと、開店を待っていた。
私の目的は、一番湯前の撮影にあるのだが、湯客たちの挙措からは、
一番湯を争う熾烈なレースが予想される。

その中、草臥れたランニング姿のおやっさんが、おもむろに向かい側の塀へ身を寄せた。
その顔一杯に、含み笑い、と言うよりも、企み笑いと言った風な、怪しい笑いが浮んでいる。
チラチラと、塀から顔を出して往来を覗いているので、やっと、隠れているのだと分かった。
その内に、往来から、おやっさんと同じ年配と見受けられる、
スラッとしたおばちゃんが歩いて来た。
腰を落として決行を待つ、おやっさん。
計画の全貌を理解し、その光景を息を呑んで見守る、向かい側の私等湯客。

「わっ」
塀から、蛙の如き格好で飛び出す、おやっさん。
寸前で避ける様にして、何事も無く一瞥をくれる、おばちゃん。
すんなり私等の所まで来たおばちゃんは、おやっさんに、
敗北者の引導を渡すべく、捨て台詞を吐く。
「アンタ、塀の裏にいるの、分かってたんだよ」
はにかんで、照れ臭そうに笑みを漏らす、おやっさん。
まさに、鼻垂れの悪餓鬼そのものである。

程なく戸が開き、それぞれの湯に、パチンコ玉の如く突進して行く私等。
先程、お気に入りのおばちゃんを、脅かし損ねたおやっさんなどは、
その頭の風貌から見るに、パチンコ玉そのものである。
一番に浴室へ入る事に成功した私は、
靴下を濡らしながら、一心不乱に浴室内でシャッターを切る。

何枚も写真に写したが、本日のベストショットは、
心のネガフィルムに写っている光景である。
それは、塀に隠れているおやっさんが、向かい側にいる私等に向かって見せた笑顔。
顔の前で人差し指を立てて、無垢で嬉々とした笑顔を浮かべていた、おやっさん。
向かいに居る私等に向かって、「シーッ」、だって。

514声 8対2 〜本棚に於ける黄金比率〜

2009年05月28日

本日は雨。
天気予報によると、全国的に、五月雨模様の空が続くらしい。
雨降りなので、読者諸氏も、生活における読書指数が高くなっている筈。
かく言う私も、この稿を書き上げて、未だ読んでいない本に、
一刻も早く手を付けてたい心持である。

蔵書なんて程の事でもないが、私の持っている本(漫画等を除く)、
全体の7割は読了済みで、残り3割が未読。
理想は8対2位なので、あと1割程読み進める必要がある。
しかし、ふらりと入った古本屋などで、1冊2冊と買い足している内に、
徐々に比率が崩れて行くのである。

ではなぜ、その8対2と言う比率を重視するのか。
私は、本棚には未読の、つまりは、「よしよし、これから読んでやるからな」と言う本を、
入れて置く。
並んでいる、未読本の背表紙を眺める。
そこに、ささやかなる贅沢感を感じ、日々の読書生活も、より楽しいものになる。
その未読本が、全体の3割を占めていると、「一寸、最近本を買い過ぎているな」とか、
「全部、読み切れるんだろうか」などと、不安になってくる。
それが、全体の1割になると、「もう、読む本が無くなってしまうぞ」と、
これまた不安の種になる。
だから、先行きの不安無く、日々の読書を快適に進められる、
本棚に於ける黄金比率が8対2なのだ。

本日は、小さく纏まった、極々個人的な読書雑感に終始する。
しかし、これも残りの1割を掃討する為、そして快適な読書生活を実現する為なので、
此れにて御免。

513声 西口広場の花見酒席

2009年05月27日

「花と緑のぐんまづくり−花路花通り2009」
と言うイベントの一環で、現在、高崎駅西口広場では、花見をしながら飲食できる。
広場中央の花壇を囲む様に、並べられた机と椅子に座り、麦酒片手に七輪で焼肉。
つまみは、広場に出店している3つの店舗で購入する形式。
その種類は、ホルモンなどの焼き肉類や、野菜の和え物、
世界各国の麦酒に、地酒と言った具合。

花壇に植えられた赤、白、黄色、鮮やかなパンジーを眺めつつ、
駅前ロータリーの、ど真ん中にある広場で一杯。
私も先日、誘われて飲んで来たが、開放的で非常に心地好く飲めた。
ビルに囲まれた都市風景の中ではあるが、可愛らしいパンジーを眺めながら、
なかなかオツな晩酌となった。

飲んでいる人間は、良い心持になっているのだが、如何せん、ターミナル駅の前である。
五月の宵にしては、どうも涼やかな風が通り抜けると思っておったら、どうやら違う様子。
それは、仕事帰りのサラリーマンや、学校帰りの学生諸子、バスを待つ高崎市民の方々から、
私共へ向けられる視線。
確かに、宵の口、急ぐ家路の途中で、七輪からの香ばしい匂いや、
机の上に並ぶ麦酒ジョッキを見せられたら、私もたまったものでは無い。

ぺデストリアンデッキから階段を下って行く、塾通いの中学生だろうか、男の子が一人。
奇異な動物でも見るかの如く、猜疑的な眼差しを広場に向かって、注いでいる。

512声 親父の新車 後編

2009年05月26日

垂れ落ちて来て、後編の始まり。

前橋ICから赤城ICまで、新車はそれまでのオンボロの車と違って、
力強く、猛々しく、夕暮れ色が溶けだした高速道路を疾駆した。
なんとも誇らしく、甘美なドライブの思い出として残っている。
同時に、早く大人になって、自分の車を運転してみたいと、何度も夢見たのものだ。
しかし、高校に進学する頃には、運転への情熱は次第に冷めて行き、
皆が教習所に通い出す卒業時には、運転願望はすっかり皆無になっていた。
大学に進学し、鉄道網が整備された首都圏に住む様になると、自動車は、
どこか自分とは縁の薄い乗り物、社会的な拘束感を余儀なくされる乗り物として、
避ける様になった。
出来れば、社会に出てからも「運転しないで済めば」、などと考えるまでになった。

ところが、地方社会へ帰郷する身としては、生活上やはり運転免許が必要で、
慌てて学生生活も後半に差し掛かってから、運転免許を取得した。
その後、就職し、初めて自分の、あれ程子供時分に焦がれた車を持った。
自分の車を自分で運転し、あの頃父と走った、前橋ICから赤城ICまで走った。
ささやかな夢を実現した事になり、確かに嬉しかったが、感慨は思ったよりも浅かった。

現代の子供は、この「プリウス」や「インサイト」などのエコカーに、
憧れるのだろうか。
自分の車を駆って、見慣れた風景を追い越したいと思うのだろうか。
それとも、悪化する地球環境と思い病んで、
出来れば自分の車は持ちたくない、などと思うのだろうか。
未だ親父になった事のない私は、容易に推測しかねる。

あの時、我が家に来た親父の新車は、トヨタのカルディナと言う車。
何の変哲も無い大衆ステーションワゴンだったが、誇張して言えば、
当初は新しい家族の様に感じていた。
その後12年、親父の荒っぽい運転に耐えて下取りに出された。
そしてまた、親父のピカピカの新車、言わば新しい家族、が納車された。
しかしどうも私の中での新車は、ボンネットの塗装が疎らに剥げ、
全体的に草臥れてくすんでいた、あのカルディナの方が、しっくり来る。
いや、正確に言うと、ピカピカの新車だった頃の、カルディナである。
どうやらあの頃より、親父の方も随分と草臥れて、安全運転になった様だ。

511声 親父の新車 前編

2009年05月25日

最近、「エコカー商戦」関連の記事を、良く雑誌などで目にする。
この商戦激化への口火を切ったのは、
5月18日にトヨタ自動車が発売したハイブリッド自動車の「プリウス」である。
ハイブリッド自動車の先駆車であり、代表車種である「プリウス」を、
約6年ぶりに全面改良して発売したのだ。
これによって、ホンダ自動車が既に発売し好調な売れ行きを見せている、
ハイブリット自動車の「インサイト」と、直接対決の様相を呈している。

歳のせいか、などと言うと、また自らの若年寄り気質を露呈する様だが、
どうも私の目には、近未来の話題の様に映る。
つまりは、車に執着の無い私には、いまいち現実を感じさせない。

しかし、思い起こしてみると、子供時分の私は、自動車が大好きだったのだ。
子供に在りがちな、「乗り物好き」ではあったが、
周りの子供の中でも群を抜いて、自動車の車種を知っていた。
例えば、道路ですれ違う車の車種を言い当てるのが得意だった。
「今の車は、チェイサーだよ」
「えっ、マークツーじゃないの」
「チェイサーとマークツー、あとクレスタは姉妹車なんだよ」
「へぇー、良く知ってるね」
こんな具合に、駒っしゃくれた餓鬼だったのである。

ここらで逸れた話を戻す。
私が車好きの子供だった時分には、エコカーなんてSFの中だけの話で、
世間的には、大型排気量の4WD車や、ターボチャージャー付きで、
燃費効率が恐ろしく悪いスポーツ車が、人気を博していた。
各新車は発売毎に好調に売れ、道行く車は新車ばかりだった気がする。

そんな時節の折り、我が家にも遂に、新車が納車される日が到来したのである。
学校から帰って来た私は、我が家の駐車場にピカピカの新車を見つけ、仰天した。
洒落た言葉で言えば、「サプライズ」だった。
当時自営業者で、時間の融通が利いた親父は、
直ぐに私を乗せてドライブに出かけたのだ。

花粉症の鼻水の如く、知らず知らずの内に、文章が明日へと垂れ落ちる。

510声 作戦、一時休戦

2009年05月24日

桐生の銭湯を2軒訪問。
桐生市内に在る銭湯は、7軒。
内、1軒は休業中なので、これで全て写真が揃った事になる。
予定時刻通り撮影を終えて、日が傾く前に東武鉄道で太田市へ向かう。

伊勢崎駅で乗り換える頃には、雲行きが怪しくなってきており、
太田駅南口を出てたら、鉛色の雲が空を覆っていた。
急ぎ足で、当てずっぽうに住宅街を彷徨っていると、
やはりパラパラと降りだして来た。
雨足は急速に強まり、逃げ込む様に人気の無い公園に転がり込んだ。
大木杉の下、手拭いで髪の毛を拭きつつ、通り雨である事を祈りながら、
呆然と待つ。
銭湯に入った後なので、既に濡れている手拭いは、心地が悪い。

疲労と不安。
孤独と焦燥。
雨音と雨香。

「帰ろう」
白旗を振って退散しようと腹を決め、雨の中、来た路を戻る。
住宅街の薄闇を溶かす様に、ぼんやりと灯る居酒屋の看板が前方に見えた。
駆け足で暖簾を揺らし、赤提灯に吸い込まれる。
瓶麦酒を傾けつつ、店主のおやっさんに、近所の銭湯の事を尋ねてみる。
近所に在った「新島湯」は、取り壊されて、現在は跡形もないらしい。
どおりで見付からない訳である。
市内に残るもう1軒の銭湯は、駅の反対側。
もはや、訪問する気力は摩耗していた。
肴が美味く、おやっさんの人柄も良い。
他客が居なかった事もあり、銭湯の無念を晴らす為、店内の写真を撮らせて頂く。
居心地良く、小一時間程飲んでから、店を後にした。

帰り際、太田駅で偶さかに知人の方に出会い、新伊勢崎駅で途中下車。
連れ立って飲む。
またもや肴が美味く、直ぐに卓の上は瓶麦酒の列。
伊勢崎駅まで歩き、終電に転がり込む。
小豆色の席に腰を下ろし、ぼんやりと揺られる。
作戦、一時休戦。

509声 東毛方面銭湯一網打尽作戦

2009年05月23日

現在時刻午前十時。
向かいに並ぶ家々の瓦屋根は照っている。
徐々に、部屋の中も蒸し暑くなってきた。
テレビ画面の隅に表示されている天気予報によると、
群馬県の本日最高気温は30℃。
そして本日は、作戦決行日でもある。

先程まで、東毛方面へ行く電車の時間を調べ、作戦計画を練っていた。
目標となる市街地は2つ。
桐生市と太田市である。
この作戦が成功すれば、一段落。
後は、止むを得ない事情により、
浴室内を撮りこぼしている銭湯が幾つかあるので、再訪するのみ。

そう、本日の計画とは、東毛方面銭湯一網打尽作戦である。
未だ訪問していない銭湯や、浴室内を撮れていない銭湯を再訪し、
東毛方面に残る銭湯を、全ておさえる。
夏日の気候が予測される、本日。
夕方から夜半にかけて、一寸でも気を緩めれば、
赤提灯から夜の底へと落る可能性の濃い、危険な作戦なのである。
さて、時刻はそろそろ十時半に差し掛かる。
いざ、作戦決行だ。

508声 古い、安い、旨い

2009年05月22日

また一軒。
前橋市内の老舗食堂が、来月で暖簾を降ろすとの情報を掴んだ。
この食堂は、「古い、安い、旨い」の三拍子揃った、クレインダンス特推奨店。
「早さ」よりも「古さ」、を重視する私は、一度行って気に入ってしまった。
  
近年、市街地では次々と老舗食堂が暖簾を降ろしている。
偶に出かけると、軒先に「空店舗」と書かれた看板が、空しく掛っていたりする。
そして結局は、「早い、安い、旨い」店の入口自動ドア前に立っている。

こと現代人とやらは、「早さ」を求めるらしい。
早いは良い。遅いは悪い。
しかし、そんな事は無い。
と、私は思う。
毎日が、「早飯早糞芸の内」なんて生活だったら、疲れ果ててしまうでは無いか。
時には、古さを楽しむゆとりが欲しい。
古くて、安くて、旨い店。
それは、街の拠り所である。

507声 決意のタンメン

2009年05月21日

蒸し暑さが充満する、下仁田町路地裏の昼下がり。
熱さで弛緩する表情。
口はだらしなく半開き、垂れ目が、余計に垂れてくる。
風に揺れている紺暖簾までが、億劫そうである。

暖簾の下、硝子戸を開ける。
餃子の焼ける良い匂いと香ばしい音が、飛び込んで来た。
しかし、本日の私は、その誘惑を断固として退けなくてはならない。
そして、炎天下の路地で決意した意思を、
L字カウンター越しのおばちゃんに、高らかに表明しなくてはならないのだ。

唾を飲み込み、意を決して、「冷やし中華」と言う、まさにその時、見てしまった。
L字カウンターの、短い棒の部分に座っている、白いポロシャツのおやっさん。
「ズーッ」と、小気味良い音をたてながら啜っているのは、
看板メニューのタンメンである。
その光景が目に入ると、私の固い決意は舌の上で溶ける様に消え、
口から零れ落ちたのは、決意の残骸。

「タンメン一つ」
初志を貫徹出来なかった私が受ける報いは、熱々のタンメンを、
汗だくになりながら食べると言う、我慢大会の如き昼食。
腕を捲り、額の汗を拭い、水を3杯おかわりして、やっとの思いで汁を飲み干す。
汗も引かぬまま、逃げる様に勘定を済ませて店から出る。
フワリと、紺暖簾を揺らす風、路地にひとすじ。
汗の冷える、風呂上りの様な、心地良い爽快感を感じつつ、角を曲がる。

506声 水茶屋の娘

2009年05月20日

嗚呼、倦怠感。
感じているのは、私だけでは無い筈。
本日、住んでいる高崎市では、最高気温33℃を観測したとの事。
日盛りの日中、油断して車などで寝ていると、突発性熱中症の危険がある。

「小まめに水分補給をして、熱中症を防ぎましょう」
可愛らしい声で啓発する、カーラジオ。
じゃあ、ってんで、日がな一日、水ばかり飲んでいた。
水だけなら良いが、清涼飲料水。
つまりは、紫やら緑やら、怪しげな色したジュースを過剰に摂取してしまう。
おかげで、腹の具合が芳しくない。

同じ腹くだしでも、江戸の川柳ともなると、これがちと粋である。

水茶屋の 娘の顔で くだす腹

滑稽で、ほのぼのした一句である。
一寸注釈すると、水茶屋に綺麗な看板娘でも居たのだろう。
彼女を一目見る為、男は連日通いつめ、水物ばかり飲むものだから、
腹をくだしてしまう。
私同様、同じ腹くだし同士でも、江戸の男は色っぽいではないか。

カーラジオ 娘の声で くだす腹

私の場合、娘との距離が遠い。
それでは、今夏の熱中症予防法。
まずは、娘の居る水茶屋を探すところから、初めてみる。

505声 安物の冷奴

2009年05月19日

風呂上がり。
冷蔵庫から引っ張り出すのは、賞味期限の切れた冷奴。
水気が付いたまま小鉢に盛ったものだから、かけた醤油が薄まってゆく。
買う時に貼ってあった見栄を剥がして、恵比寿麦酒をグラスに注ぐ。
麦酒対泡が、7:3の比率になる様に、丹念に注ぎ入れる。
傾いたグラスから、麦酒は一気に喉に滑り落ちて、
泡痕だけが帯状にグラスに残る。
風味が乏しく、味気無い冷奴。
硝子窓に映る、味気無い表情。

味気無い。
と言えば、生活の足が自動車である事も、その要因の一つである。
つまりは、生活の中で、歩く時間が極端に減っているのだ。
私は勤人であるから、職場までの通勤は車、仕事の移動は車。
生活の中で、車に乗っている時間が非常に長い。

この車で移動している時間に、生活の旨味。
例えば、電車の中で、偶さかに友人に出くわしたとか、
毎朝の通勤時に、必ず商店街の人に挨拶するとか。
生活の味をふくよかにする、旨味成分が失われているのではなかろうか。
などと、感じる。
そして、生活が味気無いものになって行く気がする。
安物の冷奴みたいに、味気無いのっぺら坊の生活。

とは言え、満員電車で通勤しないで済むだけマシか。
と言う結論を当てがって、最後の冷奴の欠片を口に運ぶ。

504声 蛇口と作品

2009年05月18日

理屈を附けるな。
日日を生きる事が作品なのだ。

そう思い、一応のところ、落ち着いて、床に就く。
真夜中に起き、よろよろと、蛇口から、水を飲む。

503声 寝床の煎餅座布団

2009年05月17日

煎餅蒲団。
ならまだしも、煎餅座布団を背に寝たからだろう。
朝起きたら、背骨の継目が痛い。

この部屋に泊る時は何時も思う。
「良く寝れたものだ」と。
「ワシは、鰻か」とも。
起床して、半身を起こす私。
官桶から甦る、死者の如し。

深酒の次朝は、決まって水分渇望が甚だしい。
よろめきながら蛇口に近付き、直に水を飲む。
若干、鼻に入って噎せる。
そう言えば、体が何だか、カレー臭い。