日刊鶴のひとこえ

この鶴のひとこえは、「めっかった群馬」に携わる面々が、日刊(を目指す気持ち)で記事を更新致します。担当者は堀澤、岡安、すーさん、坂口、ぬくいです。この5人が月替わりで担当しています。令和8年度は4月(坂)5月(ぬ)6月(岡)7月(す)8月(堀)9月(坂)10月(ぬ)11月(岡)12月(す)1月(堀)2月(坂)3月(ぬ)の順です。

538声 カキクケコキリコ

2009年06月21日

断り。
本日、和のカルチャースクール「ほのじ」にて、渡辺氏による、
小さなチェンバロコンサートが開催されました。
この夏至の宵に、著者、いささか酒など嗜んでおります。
よって、酒中混濁状態により、更新困難。
それでも、何やら記載されている、メモ用紙の走り書きによる更新、奉り候。

バロック音楽。
菜食の美学。
ルイ14世。
瓶ビール。
音色が浸透。
エコでエロ。
コキリコ節。
八木節祭り。
谷中の銭湯。
バースデーケーキ。
やけっぱちの痛飲。
寝床の悔恨。

537声 休日

2009年06月20日

予定の無い休日。
足が向く場所、あるかしら。
私はなんだか、電車に揺られたい。
文庫本一つ、お尻のポケットに入れて、玄関の扉を開ける。
足が向く場所、あるかしら。

536声 ハイボール 後編

2009年06月19日

昨日の続き

勘定と引き換えに、小魚を数匹詰めたビニール袋を魚政の大将から貰います。
「はい、ありがとね」
大将の威勢の良いダミ声が、午後の空気がまどろんでいる商店街に、響きます。
ビニール袋を揺らすハイボール親父は、愛想の無い表情で、また此方へ歩き出したのです。

鉢合わせにならぬ様、私は慌てつつも平静を装い、回れ右して、
天心堂書店の先へと歩を進めます。
30歩程歩いた、龍盛薬局前で立ち止まり、店頭に並んでいるトイレットペーパーを見る振りで、
後ろを伺います。
右手に持ったビニール袋を、だらしなく揺らしながら歩いて来る姿を、確認。
滞り無く進んでいる計画に、胸を撫で下ろしたのも束の間。
ハイボール親父は、天心堂書店の角を折れて、路地へと姿を消してしまったのです。

私は直ぐ、小走りにその角へ駆け寄り、電柱の陰から、路地を覗き見ました。
その角から続く路地は、通称「でんでん通り」と呼ばれています。
路地の脇にはその昔、「電電館」と言う映画館があり、その時分には、
大層賑やかな通りだったと聞いています。
今では、電電館も廃業し、半ば朽ち果てた建物のみが取り残されています。
路地を漂う空気は淀んでいて、流れる時間までも、退廃した気配を感じさせる様です。
ハイボール親父は、よろよろと、電電館の前に差し掛ると、突然、歩みを止めました。
歩みを止めると言うよりは、周囲の時の流れまで、一緒に止まっているかの様に、
静止した状態なのです。
突如として路地に張り詰めた、只ならぬ気配を、私は電柱の陰で、
息を潜めて見守っています。

その気配を破ったのは、佇んでいるハイボール親父自身でした。
徐に右手を顔に近づけ、持っていたビニール袋を口に銜えたのです。
次の瞬間、「シューッ」と滑り落ちる様に形が小さくなったかと思うと、音も残像も無く、
ハイボール親父は一匹の猫になってしまったのです。
ビニール袋を銜えた可愛らしいその寅猫は、ズルズルと袋を引き摺りながら、
斜めに開いている、電電館入口シャッターの隙間に入って行きました。

暫くして私は、その路地から商店街へと目を移し、
二の句が継げない状態で、ぼんやりと視線を泳がせました。
往来も疎らな商店街の先には、いつもの様に、島田屋の褪せた紺暖簾が揺れておりました。

535声 ハイボール 中編

2009年06月18日

昨日の続き

それは、いささか稚拙な行いですが、こっそりと尾行してみる事にしたのです。
ハイボール親父の、「島田屋後」には何か有ると言う、自らの嗅覚に従った訳です。
決行の日は、蒸し暑い梅雨の正午でした。
灰色の雲が垂れ込め、今にも雨が降り出しそうな空色でしたが、ガード下には、
いつも変わらぬ薄暗い商店街がありました。
天気に似合わず陽気な演歌が流れており、自転車や歩行者が、
チラホラと往来して行きます。
島田屋の褪せた紺暖簾をくぐると、まず、右斜め奥の席を確認しました。
酷く丸めた背中がありました。
今日は緑色のギンガムチェックを着ている為か、普段よりも幾分、陽気に見えます。
私は、入口に一番近い席に陣取り、モツ煮定食を食べながら、
右斜め奥の席に注意を払います。

さて、テレビに映る時刻は正午半です。
徐に、ハイボール親父が席を立ちます。
レジへ近づくと、女将さんが言います、私もモツを噛みながら呟きます、「はい、1300円ね」。
ハイボール親父が、代り映えの無い調子で勘定を済ませます。
いつも釣りが出ない様、ぴったり払って行きます。
思い通り、規則的な注文と行動を目の当たりに、
私の好奇心は、一層強固な衝動へと変わって行く様な心持です。
「まいど、ありがとうございました」
女将さんの元気な挨拶を合図に、私も席を立ち、勘定を済ませて後を追います。

島田屋から出たハイボール親父は、のろのろ、と言うよりは、よろよろと歩いて行きます。
私は、一旦追い越してから、先の天心堂書店に入り、
店頭に並んでいる週刊誌を立ち読みしながら、待ち受ける事にしました。
週刊誌の頁を捲り、水着を着たお嬢さんのグラビア頁などに気を取られていると、
目的人物が、一向に歩いて来ないのです。
不安に思った私は、本を棚に戻し、別の本を選ぶ所作の中で、
注意深く目線を商店街へと向けました。
ハイボール親父は、魚政の店頭に立っていたのです。
店頭の魚を真剣に選んでいるその眼光は、何やら底光りしており、
得体の知れぬ気迫を帯びていました。
島田屋の角席で、ハイボールをチビチビやっていた猫背の親父とは、
見違える程に快活な印象です。

明日へ続く

534声 ハイボール 前編

2009年06月17日

ガード下商店街に在る、「島田屋」は大衆食堂です。
私は週に一、二度、訪れる、言わば常連と言える存在なのですが、
正午の島田屋の店内は、その殆どの席が、常連で埋まっています。
暖簾をくぐって店内に入り、空いている席に座る迄、徐に席の顔を見渡します。
声こそ掛けないのですが、「あの親父今日も来てるな」とか、
「カツカレーか、何か良い事でもあったな」などと、無意識に暗黙の確認を行っているのです。
その無意識の所作が、常連を常連たらしめる行為だと言えます。

さて、私があの親父の事を気に掛ける様になったのは、定かではありませんが、
一ヶ月前位だったと記憶しています。
その親父は60年輩で、私が島田屋に行く正午過ぎにはもう、右斜め奥の席で、
いつもハイボールを飲んでいました。
二つある中の、通路側の椅子に座っている姿は、酷く猫背で、
着ている服から見ても、多少うらぶれた雰囲気です。
鼠色の長袖ポロシャツ、緑色のギンガムチェック柄のワイシャツ。
この二つの着回しで、スラックスは膝の抜けた、黄土色の物しか見た事がありません。

私が気に掛った点は、その親父の注文と行動です。
まず、焼き魚とハイボールを3杯。
決まってこの注文を平らげて、出て行くのです。
当然、勘定はいつも同じ、1300円。
そして行動ですが、親父が席を立って帰る時刻と言うのが、
いつも決まって、正午半なのです。
私はいつも、店内に映っているテレビで確認しているので、時刻に狂いは有りません。
或る日、この注文と行動の規則性に気付いた私は、それからと言うもの、
どうにもこのハイボール親父の事が、気に掛るようになりました。
他の常連客、店の女将さんは、知ってか知らずか素知らぬ顔で通しています。
私も、ハイボール親父が去った後にでも、誰かに聞いてみようかとも思いました。
しかし、常連たちの間に結ばれる、暗黙の不可侵条約を破る気概は、私にはありません。
そして、つい先だって、私は湧き上がる好奇心を抑えきれず、
或る行動に打って出たのです。

明日へ続く

533声 湯に浮かぶ理屈

2009年06月16日

「何で、そんな事やっているんですか」
思えば、そんな事を問われ、一寸口籠ってしまった事が、度々あった。
それは、私が写真撮影を申し出た、銭湯の主人あるいは、
このWebサイトの読者だったり。
口籠ったのは無論、私にもその動機が分からないからだ。

否、正確に言えば、漠然としているが、その動機は認識している。
それに理屈が付いていないだけ。
もっとも、動機に理屈を付けられる人間ならば、「群馬路地裏銭湯記」などと言う、
酔狂な事はやっていないだろう。

その群馬路地裏銭湯記も、先週の土曜日に訪問した銭湯で、一区切り。
つまり、私が確認している県内の伝統銭湯は、全て訪問した事になる。
これから記事を作成して、今週末辺りにでも掲載するつもりである。

理屈は何処かにうっちゃっておいて、唯々、知らないお爺ちゃんと一緒に、
熱い湯へ浸かる日々。
湯から上がって、腰に手を当て、瓶牛乳を一気飲み。
さて、ぼちぼち、忘れかけていた理屈を、付け始めようと思う。

532声 にわか雨

2009年06月15日

今年の梅雨は、雨の降り方が奇妙だ。
梅雨と言えば、終日降り続くしとしと雨と言う印象である。
しかし、今年の場合はそれとは違って、にわか雨が終日、断続的に降り続いている。
数年前の冷夏が思い重なり、
「夏の異常気象に繋がらねば良いのだが」
などと、気を揉んでいる。

週の始まりと言うのは、何かと気を揉む事が多い。
週の真ん中辺りで、幾分揉み解されて、週の終りには忘れてしまう。
そしてまた、忘れた事を思い出す。
思い出した様に、また、雨が降る。

531声 6月の交差点

2009年06月14日

日曜日の街、交差点の信号待ち。
点滅する赤信号、小走りの女性。
私の横を、走り抜ける。
横目で後を、追っている。
街角の紫陽花、ふと目が合う。
日曜日の街、交差点の信号待ち。

530声 鳥物帳

2009年06月13日

私の車目掛けて、糞を垂れる。
そう言った風潮が、明らかに界隈の野鳥連に蔓延している模様である。
それとも、最近の野鳥等は、黒い車を上空より見付けたならば、
すべからく糞を垂れる習性でもあるのだろうか。
私の車には、今、ボンネットに爆撃痕が2箇所ある。
そして屋根には、3箇所もある。

実は、犯行グループの目星は付いているのである。
その主犯格と思しき、野鳥連の元締めは大胆な奴で、
犯行に及んだ後も、いつも鼻歌交じりで、犯行現場の上空に留まっている。
奴の憎たらしい所は、社会的には「平和の象徴」などと、
美辞麗句で持て囃されるせいか、節操無く人に近付き、食料などを集団で無心する所だ。
公園や、駅のホームなどで、読者方々も、一度足らず幾度も、
その集団に出くわした事があると思う。
あの、すっと呆けたドングリ眼と、歩く毎に小刻みに前後する丸い頭。
そんな、おどけた外見や、聞こえの良い風評に騙される事無く、
私等は、断固として奴等の犯行を見逃してはならんのだ。

私は決めた。
今日こそはホシを挙げる。
それも現行犯で揚げるべく、現在、自宅2階の窓辺より張り込んでいる。
硝子越しに見えるのは、電線の上で退屈そうに腰掛けている一羽のドバト。
その真下には、私の黒い車。
条件は整った。
正義は我に在り。

529声 両掌の明滅

2009年06月12日

今日は梅雨の中休み。
久しぶりの青空だが、昼間は陽が照りつけるので、暑い。
車を運転しているので、腕ばかりが焼けてしまう。

今年も、蛍の季節になった。
明日の夜は、前橋の田口町で蛍祭りが催されるらしい。
天候がいささか心配である。

昭和63年から、町の有志たちの手により、
蛍を守る活動を続けてきた田口町。
裏を返せば、人の手によって守らなければ、
蛍が飛ばない環境になってしまったと言える。
かく言う私も、野生の蛍が舞う姿を、一度も見た事がない。
この田口町の蛍が、最も身近な蛍だと言える。

今宵は、風が凪いで、蒸し暑い。

蛍の光を追い掛けて、田圃の畦道を走り回る子等。

蛍を捕まえた子に近寄って、見せてもらう。

蛍は、子供の両掌の中、静かに呼吸する様に、優しく明滅していた。

今宵は、風が凪いで、蒸し暑い。

528声 遠くに聞く音

2009年06月11日

日曜日の昼間などに、自宅の庭に居て、「ポーッ」と言う、
汽笛の甲高い音を遠くに聞く事がある。
新前橋駅を発車した、SLみなかみ号だろうと思う。
家の所在地は、旧群馬町の外れである。
新前橋駅から家まで随分と距離があるのだが、
遮蔽物の密度も余り濃からぬ為か、割合、鮮明に聞こえる。

遠くに聞く音で、一等好きなのが、祭り囃子を練習する音である。
隣町で開催される盆踊りに向けて、時期が来ると、地元の子等が毎夜、
神社の境内で練習する。
練習は決まって日暮れてからで、私は風呂に浸かりながら、
窓から風に乗って祭り囃子が漏れ聞こえてくると、なんとも風流な良い心地になる。
風呂で目を閉じて、夜風に乗る祭り囃子が、水田の稲を撫でて行く風景を、
想像している。

527声 街角のサポーター

2009年06月10日

現在、テレビに映っているのは、ピッチ上で試合後の会見を行う、
サッカー日本代表メンバーたちの、渋い表情である。
カタールと、一対一の引き分けで終わった試合。
先程まで、オリオンビールを飲み、文庫本を読み、ながら気も漫ろに観戦していた。
遠くで聞こえる蛙の大合唱が、恰もサポータ陣の大声援の如し。
マイクの前で、引き分けに終わった事を悔やむ、メンバーたち。
後悔の念を吹き飛ばす様に、力強くさんざめく、サポーターたち。

話は飛んで本日、昼に入った食堂での事。
暖簾をくぐったのは、正午過ぎ。
店内にいた先客の4組は、全員漏れなく、呑んでいた。
入口付近の席に座っているのは、作業着姿の40年輩の男性と、水商売風の40年輩の女性。
平日の真昼間から、焼酎のボトルを開けて、ロックアイスで割って呑んでいる。

私は、アウェー感をひしひしと背中に感じつつも、
そそくさとモツ煮定食を注文し、ワシワシと丼飯を掻き込んで行く。
隣の席、出涸らしの風情漂う、初老のおやっさんがのそのそ立ち上がり、
会計を済ませる。
呑んでいたのは、どうやらハイボール。
それにしては、血色の悪い顔をぶら下げて、開け放たれた入口から、
往来へ出て行った。
入口を出る瞬間に踵を返して、血色の割に晴れやかな笑顔を作り、
「おれ、2杯じゃなくて、3杯飲んだ」
と、女将さんに向かって、朴訥に申告したのだ。
おやっさんは、もう1杯のハイボール代金300円を女将さんに渡し、
のそのそと往来に戻って行った。
おやっさんが入口を出る瞬間に、横に座っていた、赤ら顔の作業着が声を掛けた。
「おじさん、偉い!」
私は、おしんこを噛み締めながら、「もっともだ」と呟いた。

526声 車中、如何ともし難し

2009年06月09日

いつも、本庄駅辺りで目を覚ます。
東京に遊んだ際、帰路で乗る高崎線。
家路に身を置く安心感に、胃の腑からジワリと浸透して来る酔いも手伝い、
上野駅を発車して直ぐ寝てしまう。
一応、手持ちの文庫本を開き、栞を抜いて見るのだが、2、3頁と捲らぬ間に、
睡魔と鉢合わせて御用となる。

目を覚まし、軽い頭痛を帯びた頭で、酔眼朦朧状態となりつつも考える。
先程まで、自らの睡眠は如何なる形態だったか。
口元に涎の形跡は無いにしろ、いささか心配である。
斜向かいの席に睡眠中の御仁。
歯医者の患者顔負けに大口を開けつつ、革の手提げ鞄を抱きしめながら寝ている、
鼠色の背広を着たおやっさん。
車両後方、私の座っている席とは反対側になる、右隅の席にも、また一名。
耳にイヤホンをしたまま、大股を広げて、壁にしな垂れかかる、
リクルートスーツのお嬢さん。
人の振り見て我が振り直せ。
とは言うが、寝姿を直せと言うのは難題で、如何ともし難い状況である。

高崎駅に着き、電車は大きな溜息と共に、一斉にドアを開ける。
飛び起きたのは、夢から覚めた、背広とリクルート。
既に眠気が引いた私は、颯爽と夜風を切りつつ、早足でホームを行く。
寝起きの為か、足元がおぼついていないリクルートを、追い越す。
階段前で振り返ると、ホームの彼方、ベンチ横の時刻表を呆然と眺めている、
鼠色の背広が見えた。

525声 俳句紫煙

2009年06月08日

友人諸氏の話を聞くに、市井生活は未曾有の経済不況。
その暗雲が、依然として晴れる気配が無いと言う。
私も、社会人のはしくれであるから、その暗雲の中を蠢きつつ、日々痛感している。

製造業勤務の、或る友人。
昨年暮れより、勤め先で始まった、大量リストラを免れたは良いが、
先月より、勤務形態は週休4日制になった。
週の中、火、水、木曜日の3日だけの出勤である。
当然ながら、月給は大幅に減少。
遂には、手取り一桁万円台だと嘆いていた。
「休みは有るが金は無い」
効率的な休日活用に疎い、典型的日本人気質であるこの友人。
月曜日の今日も、恐らく、朝から呆然と煙草を呑んでいる姿が、容易に想像できる。

仕事量の減少に伴う、余暇の増大。
其処に付随する、生活の不安。
少しでも紛らわす為、外へ出て俳句など良いのではないか。
掛る費用も少ない事だし。
呑気な様だが、少なくとも、紫煙渦巻く部屋に居るよりは、良さそうだ。

524声 群馬県観光促進戦略最前線

2009年06月07日

前橋市内の赤提灯で、レモンサワーと焼き鳥をつついていた。
一晩明けて、翌日の夜半。
有楽町のガード下をほっつき歩いているのだから、
思考回路がいささかよろめく。

「群馬の観光」
と言うものを意識しつつ、文章作成や、企画構成をする機会が、近頃増えてきた。
その中で、かねてより、是非に行かねばと思っていたのが、
銀座に在る、群馬県のアンテナショップ「ぐんまちゃん家」である。
この、群馬県観光促進戦略の最前線に、昨日、ふらりと行ってみた。

場所は、東京都中央区銀座5-13-19デュ−プレックス銀座タワ−の1/2階。
平たく言うと、歌舞伎座から道を挟んだ前の、昭和通り沿いの黒いビル。
一通り見学していたのだが、どうも虫が疼いていけない。
と言うのも、ここは銀座5丁目。
一寸歩いた銀座7丁目には、ビアホール「ライオン」があるのだ。
群馬県観光促進戦略の最前線より一時撤退。
生麦酒の最前線へと吸い寄せられる様に歩きつつ、
薄い財布から帰りの電車賃だけを抜いて、ポケットにねじ込む。

523声 関西風

2009年06月06日

昨夜夜半の事。
前橋市内にある、赤提灯の焼き鳥屋。
カウンターと差向い、冷蔵庫の上に設置されている、
14インチ型ブラウン管テレビ。
焼き鳥の煙巻く中、朧な色調で映し出していたのは、ボクシングの試合。

店内の客は、カウンターで背中を丸めている私等のみ。
店の大将はもう、後の座敷で老眼鏡を当てがって、新聞を読んでいる。
リングアナの白熱した解説が、店内に響いている。
その声に釣られ、緩やかに、テレビに熱中してゆく店内の一同。

「あー」とか、「うー」とか、お互いの選手に良いパンチが入る毎に、
試合を観ている一同から、吐息が漏れる。
「あーアカン。なにやっとんじゃ。あーもうダメやで」
新聞越しに、大将も老眼鏡の上から叱咤する。
そして、最終ラウンドが終わって判定。
実力伯仲の試合ながら、紙一重の差で判定が下り、
大将が応援していた選手が肩を落とす。
大将もまた、視線を、新聞に落とす。
一寸して、カウンターに運ばれて来た、最後の注文品である、お好み焼き。
やはり関西風、だった。

522声 梅雨闇の街

2009年06月05日

雪崩式に梅雨入りしてしまったのか、天気予報図の日本列島は、傘模様一色。
厚い雲は空で鬱積していて、今にも泣き出しそうである。
傘を片手に、出掛けようと思うのだが、足が重い。
それでも、梅雨闇の街へと、飲み込まれて行く。

521声 恋はあせらず

2009年06月04日

恋わずらい。
なのは近所の猫たち。
是を書いている夜半にも、窓の外には唸り声、はたまた、
呻き声とも聞こえる恋猫の奇妙な鳴き声が、宵闇に響き亘っている。

わずらっているのは、猫社会どうやら人間社会も同じらしい。
と感じたのは、帰宅途中に寄った書店での事。
雑誌の表紙に躍っている文字は、「ジューンブライド」や「6月の花嫁」と言った、
結婚に関する特集企画。
昨今、結婚活動を就職活動に見立て、結婚する為の活動を精力的に行う「婚活」が、
社会的な注目を浴びている事も相まって、それらの特集に拍車が掛っている模様。

さしずめ、今、外で奇妙な鳴き声をあげている恋猫たちは、各々の婚活に勤しんでいる。
と言った具合であろうか。
しかし、先程から熱心に、我家の庭先において、赤ん坊の歌う演歌とでも言おうか、
妙な節回しでもって、鳴いている猫たち。
どうやら状況は、三角関係の縺れから、大乱闘に発展。
私の脳裏で針を落とす曲は、「You Can’t Hurry Love」。