858声 雨の日のジンクス

2010年05月07日

雨の日、古本屋へ行くと、思わぬ掘り出し物に出会える。
ジンクスと言う訳でもないが、結果からみるに、そう思っている。
勤め先から帰宅途中、黄昏の街は雨上がりだった。
寄り道して、チェーン店の古本屋。
「105円」の棚、「あ」行の作家から、背表紙を刷毛でペンキでも塗るかの如く、
顔を近づけて、丁寧に物色して行った。
すると文庫本、みるみる、私の手に高く積まれる。
つまりは、掘り出し物が多く見つかったのだ。
購入できずにいた本が、次々に現れ、雨の日のジンクスが、
私の中で一層強固なものとなった。
「井伏鱒二」に「海音寺潮五郎」と来たところで、ふと、手が止まった。
思考に横やりを入れてきたのは、昔読んだ、エッセイ。
井伏鱒二作品の「文士の風貌(福武書店)」の中にある、「入隊当日のこと」。
その中、井伏さんが戦争中の陸軍徴用で、大阪市の兵隊屋敷に入隊した時に出会った、
戦友、海音寺さんの描写が出てくる。
釣師の服装をして、細身の軍刀を入れた竿袋を持って入隊した井伏さん。
その井伏さんが見た、海音寺さんの風貌が強烈である。
抜粋すると、
「朱鞘の大刀を眞田紐で普断着の背中へぶら下げていた」
まさに、海音寺さんの小説に登場する、激動の時代を駆け抜けた歴史上の人物。
著者自身が地で行っている。
そんな姿が茫漠と頭に浮かび、一瞬怯んだが、恐る恐る本棚から抜き取り、
しっかりと手の中へ納めた。