日刊鶴のひとこえ

この鶴のひとこえは、「めっかった群馬」に携わる面々が、日刊(を目指す気持ち)で記事を更新致します。担当者は堀澤、岡安、すーさん、坂口、ぬくいです。この5人が月替わりで担当しています。令和8年度は4月(坂)5月(ぬ)6月(岡)7月(す)8月(堀)9月(坂)10月(ぬ)11月(岡)12月(す)1月(堀)2月(坂)3月(ぬ)の順です。

4153声 Little Person

2019年03月29日

今日目にした冊子に「誰も自殺に追い込まれることのない社会の実現を目指して」とあった。

 

僕は親から引き継いだのか、なんだかんだ言ってもポジティブ思考で、そこまで追い詰められることはなかった。「あの踏切、暖かそうだな」と思った瞬間はあったが、若さゆえに自分に酔っていただけだったと今では思う。だから、本当に悩んでいる人には「わかるよ」とは言えない。

 

そんな僕ではあるが、近年未だかつてなく、どよーーーーーーーーんとした時期があった。目先がまっくらになるとはこのことだ!と思ったり。そんな時、SNSで誰かがシェアした「Little Person」という曲を気に入り、夜眠る前に何度も何度もリピートして聞いていた。映画の主題歌だがその映画も見ていない。翻訳もわかるようでわからない歌詞。でも、他のなにかよりずっと、この曲が心を安らげてくれた。

 

そういうものだと思うけれど、今はこの曲をまったく聞かなくなった。でも「いざという時はこの曲があるぞ」と思える曲があることは幸せなことだと思っている。

 

google頼りに見つけた歌詞の和訳:

 

僕はちっぽけな人間
この海の中で一人
他のちっぽけな人々の中
彼らは僕に気づかない

ちっぽけな仕事を持ち
ちっぽけな生活を送り
ちっぽけな食事をして
ちっぽけな娘と妻を恋しく思う

でも、いつか、どこかで
はるか遠い場所で
僕はもう一人のちっぽけな人に出会う
その人は僕を見て言うんだ

あなたのことは知っているわ
ずっと待っていたから
二人で楽しみましょう

人生は素晴らしい
その一瞬一瞬が
あなたがいればもっと素晴らしくなる
だから一緒に楽しみましょう

僕はもう一人のちっぽけな人と出会う
そして外で一緒に外で遊ぶんだ

 

4152声 あなたは太陽

2019年03月28日

天地四方を以って六合と為す。

 

穴熊のような編集作業が続く。ふと、実はめんどくさがりな自分にとって、「仕事やボランティアの名目で外に出ることの貴重さ」ったらないな、と思う。中之条町と六合が合併したのは2010年。それまでは通過すらほぼしなかった六合。中之条ビエンナーレをきっかけに訪れるようになり、僕にとって決定的だったのは日本映画大学の学生たちの六合ドキュメンタリー制作を手伝ったこと。噺家ばりにしゃべりも達者なこね鉢職人の関千代衛さん、田代原の開拓時代を知る六合納豆の山口一元さん、六合を見続けてきた山本茂先生、森で呼吸するように作品を作り続けたスタン・アンダーソンさん・・魅力的な人々を知った。先日、伊参スタジオ映画祭シナリオ大賞で今年夏撮影する六合等を舞台とした映画『黄金』の撮影協力のお願いで笹谷遼平監督らと六合を回った時も、それまでの関係性に救われた。そして今夜も、中之条町観光協会が発行している冊子「nakabito」に関連した六合の人々のショートドキュメントを編集している。

 

仕事やボランティアがなければ、ぼくはほぼパソコンの前的な場所に居続けるだけで、こんなに六合と触れることはなかった。むしろ、穴熊生活の反動で「仕事やボラ活動抜きで遊びに行きたい!」欲も出てきている。川魚食べて酒飲んで温泉に入りたい!釣りは・・すーさん教えて!

 

しかし、何度足を運んでも、動画の撮影や編集を繰り返しても「六合の風土の魅力・そこに暮らす人の力強さ・過疎化に対抗できる手段」の謎が解けない。でも僕にとって六合は、僕がくらす場所から西側にあってしても、どちらかというと「太陽が登る方角」なのである。

 

4151声 東京の空

2019年03月27日

髪が伸びてきた。物心ついたころからの天然パーマ。もじゃりだしたらきりがない。

 

2年前の太田市美術館図書館の開館記念展『未来への狼火』では、アート作家にまじってシンガーソングライターの前野健太さんが出展をした。前野さんをセレクトするあたりが美術担当・小金沢智さんの素晴らしさなのだが、前野さんは太田市をあるいて詩と歌を作り、ライブパフォーマンスも行った。僕と同じ天然パーマであることは前から知っていたが、僕と同じ1979年生まれと知ってなおさら親近感が湧いてしまった。

 

今時代の音楽にあって、前野さんの曲調は「なつかしい」と括られる事もあるのかもしれない。でも彼はここではないどこかではなく目の前のことから詩や歌を作り続けているし、同じ天然パーマ&1979年生まれとして、意識し続けたい歌い手なのだ。

 

4150声 ghost

2019年03月26日

忙しくなると痩せる、というのは嘘である。

 

肉体労働は別なのかもしれない。今月は出る機会も多かったがPCの前に張り付くことも多く、生活が不規則なのでぼーっとした頭のまま「たべること」の制約を外してしまった(普段からあるかといえば疑わしいが)。4月からはちゃんとしよう。

 

最近「もし僕が地球外生命体に体をのっとられたらダイエット」というのを思いついた。今の僕は僕なので不摂生な生活を続けているのだが、もし地球外生命体が僕の中で意思を持ったら何をするか?地球侵略より先に「なんだこの生き物、加齢もあるようだが動きづらいったらありゃしない」と肉体改善から行うのではないか?僕が頭のなかで気づいていても実行できないそれを、「動きやすい体にするんだという地球外生命体の意思だと思って考えずに実行する」というダイエット法である。

 

・・万が一成功したら、本として出版しようと思う。

 

4149声 波よせて

2019年03月25日

今日から31日まで編集デイと決めていたけれど、明日納品のDVDのパッケージ化作業で時間を費やしてしまった。ちなみに、マニアックな解説をすると、編集し完成した動画データをPCのオーサリングソフトというソフトを使って家庭用DVD再生機でも再生できるDVDに焼き付ける。DVDのパッケージデザインとDVDの盤面デザインは自分で行いそれぞれに印刷、パッケージは1枚1枚カッターで切り取りをする。あとは大量購入したトールケースとそれらを組み合わせ、市販されているものに近いDVDを「自炊」する、という工程を行う。

 

僕は企画や撮影や編集も好きだけど、この最後の「DVD自炊」作業も地味ながら好きだ。ケース入りのDVDになるとはじめて、映像が「モノ」になった気がするから。

 

DVDの自炊をしながら、youtubeで「クラムボンによる、デビューシングル発表から20周年記念ライブ生中継」を聞いていた。マニアックな解説をすると、デビューシングル「はなればなれ」のジャケットイラストは高崎市出身の小池アミイゴさんによるもので、彼が企画したライブでクラムボンは彼らのライブの定番曲である「波よせて」(実は他のアーティスト曲のカバー)をはじめて歌った・・みたいなことを言っていた気がする(聞き流していたのでわりと曖昧)。今日の中継でもこの曲を歌ったが、会場にいるみんなが一緒にくちずさみたくなる名曲だと思う。

 

4148声 帰っておいで

2019年03月24日

昨年末より度々、八ッ場ダム周辺を撮影している。

 

来年から本格的な運用が始まる八ッ場ダム。わりと近所の僕でなくてもいわずがな、その名は日本中に知れている。ダム建設のための川原湯温泉の大移転。民主党への政権交代による工事の停止。計画の発表は昭和27年、それ以降現在に至るまで様々なことが語られてきた。

 

完成の節目に、ダムを保有する長野原町が映像を制作することになり、同町の北軽井沢にて優れたフリーペーパー「きたかる」を制作している森の写真館が手を上げた。写真とライター等によるチームのため、動画スタッフとして僕が参加。そして度々八ッ場ダム周辺をチームにて回ることになった。季節は春へと変わりゆくが、撮影はまだ始まったばかりだ。

 

チームリーダーの田淵章三さんは東京を拠点に商業写真の第一線でフォトグラファーをしていた方で、現在は北軽井沢を居としているが、過去には北軽に縁がある谷川俊太郎さんと本も出版している。情とユーモアを持ち合わせたベテラン具合に、お会いして一発でファンになってしまった。

 

「ふるさととは何か?」

 

を問う映像にしようと田淵さんは言う。ダム、かっこいいではなく、代々受け継いだ住処を去らなければいけなかった人たちの声なども拾う映像になる予定だ。難しいだろうけど、頑張りたい。

 

今は地方映像も花盛りと言っていいのではないかと思う。奇をてらったものがバズる(再生回数を伸ばす)のを横目で見つつ、数ある中で一番好きなのは、青谷明日香さんが歌う「帰っておいで」が印象的な一連のPVのこの冬の映像だったりする。

 

4147声 あなたへ

2019年03月23日

気軽に受けてしまった保育園の卒園式撮影が今日と明後日に。ためてしまった仕事が気になり、行きの車はもんもんとしていたが、いざ撮影が始まると卒園を迎えるお父さんお母さんたちの嬉しいさま、泣くさまに感化され、いいものを見た気になった。

 

こういう撮影もだいぶ数を重ねてきたが、いつの間にかお父さんお母さんが僕より年下になってしまった。写真撮影でこういう式に入る同い年のフォトグラファーと前に話をしたのだが「人のこどもを見ても感動できる年になってきたね」ということ。形式的ではあるが花を手に駆けてきた園児を半泣きで抱きしめるお母さん。その瞬間には、何かがある。

 

壁には園児たちが将来なりたいものが一人一人書き出されていた。ほいくえんのせんせい、はなやさん、でざいなー・・youtuberがなくて、ちょっとホッとした。

 

何かになりたいと、あなたは言う。

 

4146声 Blurred

2019年03月22日

とある人のアトリエを訪ねた。

 

創作が捗るか否かは、心にあらず、場所と時間を作れるかどうかだ。と、その作家が言った・・わけじゃなくて、僕がそう思っているだけなんだが、心身尽くして作品に没頭できるような素敵なアトリエだった。

 

他の来客もあり、作家は飼っているインコをその子の手に包ませた。ひょっこりと顔を出すインコに場の空気が和む。ふいに、インコはその子の手を離れ、飛び立った・・

 

窓はすべて閉められていたので、それほど騒ぐことはなかったのだが、白い部屋を飛ぶ色鮮やかなインコはむしろ、僕の気持ちを軽くしてくれた。

 

4145声 CLIMAX NIGHT

2019年03月21日

祝日だということを直前まで忘れており、藤岡のあぜがみシール印刷さんに打ち合わせのアポイントメントを入れてしまった。「いやー年度末なもんで、うちも今日は仕事です」と社長さん。シールに特化した工場はコンパクトながら無駄がなく、従業員さんたちがせっせと働いていた。良い職場であることはすぐにわかった。

 

次の打ち合わせまで時間があったので、途中にあったけやきウォーク前橋へ。ものすごい数の車。駐車場内渋滞が起きており、ふんふんふんとハンドルを切ったのだが駐車できずに外へ出てしまった。外を囲む道路をぐるっと回って今度は中へ入れたが、新しく出店した東急ハンズ含めぶらぶら歩いても物欲が湧かない。

 

僕にとってのショッピングモールは、買い物の場所というよりは「大勢の顔の知らない人の間を通り抜けることによって、一人ばかりの、または決まった顔ばかり相手にしている自分自身をチューニングする場所」なのかもしれない(それ、寂しすぎねーか?)。東京の夜、行く先を決めず(どこへ辿り着いても電車あるからね)ぶらぶらとビルの間を歩いていた、あの夜みたいに。

 

4144声 愛をこめて花束を

2019年03月20日

カーラジオを聞いていたらNHK-FM、長いこと続いた演歌の公開生放送番組が今日が最後の放送とのこと。度々車で耳にしていたのだろうが、特に意識したことはなかった番組。それでも最後と聞くと意識するようになって、川中美幸の「二輪草」いいなぁとか、冠二郎ってギャグだと思っていたけど(ごめんなさい)アイアイアイライク演歌って歌熱いじゃないかとか、演歌の良さもちょっとはわかる年になってきたのかもしれない。

 

一昨年昨年と、「紅白歌合戦」を見た。中学生くらいまでは家族と見たが、アイドルと演歌が繰り返す構成に全く飽きてしまい、ずっと観ずにいた。けれどここ数年の紅白は「なんでもありのエンターテイメント化」に振り切っており、とても面白い。昨年のユーミン&サザンもすごかったが、一昨年聞いて一番ぐっと来たのがSuperflyの「愛をこめて花束を」だった。

 

その曲自体は、10年ほど前の歌で懐かしい曲の部類に入るのだと思う。ぐっと来たのはその歌唱力の凄みだった。彼女は休養していた時期もあったそうで「10年経過しての重み」が歌に乗っている気がした。そして実は、歌い手の力だけではなくこの歌が「10年経過しての重みが乗せられる歌だった」ということも大きい気がした。そういう曲はそれほど多くはなく、演歌に多いのかもしれないが、例えば「川の流れのように」や「マイウェイ」などはそのわかりやすい例だと思う。年ととるごとに、そういう歌が良いと思うようになる・・のかな。

 

4143声 Eureka

2019年03月19日

簡単な仕事だ、と手をかけずにいた仕事でミスがみつかり、
依頼者と製本会社に迷惑をかけてしまった。
地道な作業を終えて午前2時、朝の納品には間に合った。
階下では僕と入れ替わるようにして新聞配達員たちが集まる。
表面的なことばかりで、深い部分でのコトが進められない。

ふっと顔をあげるたびに、カレンダーをめくるはめになる。

 

4142声 人間の森

2019年03月18日

今日はほぼ一日、六合地区を回っていた。
茅葺養蚕3階建て現役住宅。
稜線が重なる雄大な景色。
格好良すぎる隠居小屋。

 

そこそこ六合を見た気でいたが、
まだまだ知らない、知られていない魅力がある。
今年、ここを舞台にまた新たな映画が作られる。

 

六合の人々は、森と暮らしてきた。
過疎化という弱々しさとは真逆にある、人間の強さ。

 

4141声 かかってこいよ

2019年03月17日

ベテランの映画カメラマンと話し込む機会があった。僕は『ぐるりのこと。』や『恋人たち』で知られる橋口亮輔監督の映画がとても好きで、それはいわゆる社会的弱者と呼ばれる人たちを主人公とし、彼らの喜びよりはむしろ悲しみ、そこまで見せるかというつらい状況を描きながら、無根拠なハッピーエンドではなく、現実に起きそうなささやかな幸せを描くからだ。

 

「橋口監督は僕より年下だけど、僕は彼から映画を教わった」

 

そのカメラマンの言葉にグッときてしまった。映画監督とカメラマンの本気の共闘、時としてぶつかり合い、強い信頼が、時を経てもふるびない強度のある映画を作る。しんどい時の方が多いのだろうが、そんな関係性をうらやましくも思う。ただ同時に、その関係が成り立つには、たぶん1つの条件がある。それは、常に自分自身とも戦っているということ。

 

4140声 ダンスに間に合う

2019年03月16日

時にはボヤこうよ、酒を飲もうよ。
噛んだガムをペッと道端に吐く、
大人になったらそんなことしちゃいけないって
誰もが知ってるけど、せちがらい夜なら一度だけ
それくらいまでならやっていい気がするんだよな。
それは気がひけるよ、って人にオススメなのは、
何も書いてない真っ白い紙をビリビリにやぶくんだ。
1枚が2枚、2枚が4枚・・32枚くらいになったらさ、
それを「わあっ!」て天に撒くんだ。
一瞬さ、解放されるぜ。・・そのあとは地味に掃除機。

 

今夜、ダンスには間に合う。

 

4139声 きみはうつくしい

2019年03月15日

AIS。アーティスト・イン・スクール。

 

アーツ前橋が2017年より行っている、芸術分野のアーティストを前橋市内の小中高校へ派遣し、アーティストそれぞれの方法によって学生たちと創造的な行為を行う取り組みだ。今日は「アートと触れる場・きっかけを作るアーティスト」である住中浩史さんが行ってきた学内活動の撮影を行った。

 

「美術」の授業。インドアな僕はわりと好きだったように思うが、得意だと思っていた絵を描くということが、中学校くらいから僕より上手な同級生が幾人も見つかり、苦手なのだと思うようになった。鑑賞についても、ゴッホの絵は見てわかるぞ程度。どれも同じに見える西洋絵画にも古くさく見える浮世絵にも興味は持てず、「美術」は僕から遠い存在となった。

 

今でこそ、アーツ前橋や中之条ビエンナーレのおかげで、映画や音楽と同じくらいに現代美術に興味が持てるようになってきた。そして学校の空き教室に全面白塗りのギャラリーを作ったり、子どもが描いた絵を映えるように飾る什器を作ったりする住中さんの活動を見ていると、「子どもたちに足りないのは、美術を押し付けることではなく、興味を持ったり自分らしい表現ができる“場”なのだ」ということに気づく。

 

“場”を与えられた子どもたちは、目をらんらんとさせ絵を描いたり紙を切ったりしている。見て見てわたし上手でしょ?という子が作った作品よりも、無我夢中で作った子のよくわからない作品の方が胸を打つことも面白い。

 

4138声 月の丘

2019年03月14日

つかれた。3月がもう半分終わるなんて・・

締め切りがないと仕事を終われないタイプではあるが、

3月を無事に終われるのだろうか。

 

めったにライブに行かない人間ではあるが、

先月、電車に揺られて青葉市子さんのライブを観に行った。

あれは、幸せな夢の中だったんじゃないか、

というような静かな忘れ難い時間だった。

 

今も眠る前にこの曲を聞くだけで、

その日をちゃんと終われる。

 

4137声 君は今

2019年03月13日

東日本大震災関連の番組をいくつか見た。震災直後に現地でリポーターが出会った女性が8年がかりで亡き母と営業していた美容室を再開した話。劇作家の鴻上尚史さんが東北の高校生たちと演劇を作り上げる話。それらは8年が経ったから作れる番組でもあるのだと思う。

 

11日の夜にはNHKの「あの日の星空」という番組を見た。大停電の夜、東北地方には満天の星空が広がっていたらしい。気象の状況もあるが、一番の理由は街がまっくらだったからなのだろう。人々が口々に「いまだかつて経験したことのない悲惨な状況の中で、それでも星空がとてつもなく美しかった、けれどそんなことを口にすることはその時ははばかれた」というような内容を口にする。番組全体として情緒に訴えかけすぎな気もしたが、こんな番組があっても良いな、と思った。

 

エンディング曲はタテタカコさんの「窓」という曲だった。僕が彼女を知ったのは是枝裕和監督の『誰も知らない』の主題歌「宝石」あたりだったが、それ以降ずっと彼女の曲を聴いていた。最近聞かずにいたが、ふと思い出して「君は今」という曲を聴いた。作られたのは震災前。聞くたびに励まされていたことを、思い出した。

 

君は笑ってるかな
何を見ているだろう
僕は春をようやく
歩き出したとこだよ

 

4136声 BUNKA

2019年03月12日

せっかく東京さ来たのだからと銀座まで足を運ぶ。友人であるseki miraiさんのグループ展示と、太田市美術館・図書館の仕事でインタビュー撮影をさせていただいた岡村桂三郎さんの個展を見に行った。岡村さんの個展会場は、華やかすぎる銀座の通りにあって、奥1つ道を挟んだビルの地下にあるコバヤシ画廊。喧騒が届かない静かな部屋は小ぶりで、けれど毅然とした空気を持ち合わせていた。運良く岡村さんも在廊で、新作について話を伺うこともできた。

 

多摩美術大学の講師も務め、ふるいもの・みやびなものという僕の過去の日本画のイメージとは遠い独自の世界を描き続ける岡村さん。ここ十数年の作品は、バーナーで焦がした板に、木炭やへらを使って線を描く、なおかつその作品は背丈8メートルを超えるものもある!という凄まじい作品が多い。今回の展示では場所により作品は高さ2メートルほどなれど、前回平塚での個展ではなかった「変化」を施した作品もあり、常に自分を刷新していく凄みも感じた。日本画について無知な僕がそう感じるのだから、美術大学の学生等にとっては岡村さんは文字どおり巨大な壁なんだろうな。

 

帰りの電車では「タブーこそを撃て!原一男と疾走する映画たち」という極めてマニアックな本を読んでいたのだが、ドキュメンタリー映画における先駆者、小川紳介、土本典昭、この本の著者であり日本映画学校で僕も教わった原一男・・時代や社会と真っ向勝負を挑んだ文章が続く。映像を生業としはじめた、すみっこの僕には、リスペクトする先人たちが多すぎる。人生は短し、行く道の先は果てしなく長い。