日刊鶴のひとこえ

この鶴のひとこえは、「めっかった群馬」に携わる面々が、日刊(を目指す気持ち)で記事を更新致します。担当者は堀澤、岡安、すーさん、坂口、ぬくいです。この5人が月替わりで担当しています。令和8年度は4月(坂)5月(ぬ)6月(岡)7月(す)8月(堀)9月(坂)10月(ぬ)11月(岡)12月(す)1月(堀)2月(坂)3月(ぬ)の順です。

4686声 内見者

2021年02月14日

春めいた一日。昨晩の地震で、いささか精神的に疲れて起床。チューリップの植え替え、ネット句会の選と投句だけで、特に何もせず過ごす。隣のマンションに、内見の一家族が不動産屋らしき人物と一緒に来ているのが見えた。自分も人生の折々のこんな時期に、内見をしていたことを思い出した。桜の時期も近づいている。

4685声 リモート句会本番

2021年02月13日

天気に恵まれた一日。日中は水辺のある公園などに行って過ごす。夜はリモート句会の本番。Zoomでの句会は初めてで、ぎこちなく進める。今回はゲストに芸人の方も交えの開催で取材も兼ねているので、よけい緊張でぎくしゃくする。ゲストの真摯な創作への姿勢に心を打たれつつ、最後まできごちない進行で、時間を超過しつつ終える。すぐ目の前に見えている画面の向こうが、はるか遠くに感じた。

4684声 リモート句会準備

2021年02月12日

意を決して、伸ばし伸ばしにしていた総合誌の原稿に取り組む。そう思い立ったのはすでに夜半だったが、なんとかめどを付ける。もう早く手放したくて仕様がないが、これから幾度も微調整をしなければならない。ネット句会の選と投句をしてから、明日のリモート句会の準備をする。

4683声 麦酒の魂

2021年02月11日

天気も良く、穏やかな建国記念の日。気分転換に外房の海を見に行く。海見て帰る何のことはない一日。帰り際に7買い物をして帰った。がさつな詰め方だったことが災いし、袋の端から瓶麦酒の大瓶が路上に落ちてしまった。次の瞬間、王冠が吹き飛んで泡が天上に向け、盛大に噴き出した。慌てて王冠を拾って、噴き出る泡を押さえつけながら栓をしたのだが、街灯に透かして見ると、およそ八割が失われているようだった。麦酒まみれのままとぼとぼと家に帰り、瓶を良く拭いてよく冷やしてから飲んでみた。注いだ瞬間に気が付いたのだが、まったく炭酸がなくなっており、まずそうったらない。案の定、全く炭酸が抜けてしまって、どういうわけか味まで抜けてしまっている。麦酒の魂が抜けてしまっているのだ。ほんのコップ一杯が喉を通らず、涙をこらえつつ流した。

4682声 楽しい弁当

2021年02月10日

緊急事態宣言の影響もあり、この頃は弁当を買う機会が増えた。昼も夜も弁当という日があり、今日もそう。私は弁当が好きだが、弁当の良さを再認識している。どのおかずから手をつけ、どんなアプロ―チでご飯を減らしていくか、そんな小さなプランを立てながら食べ進めることが楽しい。そして作り手の意図というか、計算されたおかず、ごはんの配置やチョイス、そのセンスを感じられることもまた、楽しい。例えば幕の内形式の駅弁のような、土地や季節の素材がふんだんに使われている弁当は、特に楽しい。

4681声 そろそろ赤

2021年02月09日

春寒の一日。今年から受け持った第2回目の通信句会の選を進める。この頃は気が付くと「早く寝なきゃ」という時間なことが多い。校正を見る予定でバックに入れている原稿は幾日もそのまま、赤を入れて返さないとそろそろまずい。

4680声 選のち選

2021年02月08日

冴え返った一日。やらねばならぬことに、中々手が付けられない。週末のWEB句会のための選句と、通信句会の選を進める。この頃はアサヒスーパードライの瓶麦酒を常用している。近頃うまい。夾雑物の少ない感じが心地よい。

4679声 春めく

2021年02月07日

あたたかな日、ということもあり、近場へ観梅に出かけた。小さな梅林は三分咲きといったところだったが、すぐ脇の公園にはたくさん家族連れが居た。たしかに、春が来ている。

4678声 リモート取材

2021年02月06日

朝に、俳句関連でリモートで取材をひとつ受けた。相手も家、こちらも家というのは、気持ちが外へ向かわずに何だかやりずらかった。日中は仕事で都心あたりを移動していた。列車の混雑具合はまずまずで座れるか座れない程度といったところ。ただし土曜日の昼間というのに、街中には本当に人がいなかった。用事を済ませて帰宅し、慌てて投句やら選句やら。こんな時だからこそと言うわけではないが、ともかく、真っ直ぐに向き合ってみようと思う。

4677声 繋がる

2021年02月05日

引き続き、晴れ。この頃、音声SNSアプリ「クラブハウス」の話題を聞くようになった。私自身はSNSなどとは距離を置いているが、やはり知識としてしっておかないと都合が悪い部分もあるので、いちおう頭には入れておくようにしている。SNSをやっている人は口をそろえて、「繋がる」という。誰と誰が、とか、自分と世界が、とか。そんな中、ごくたまにであるが、スマホも携帯電話も持たない主義、という人と出会うことがある。そういう人と一緒にいるときは何だか安心する。話していて、チラチラとスマホを見ることもないし、乗り換えアプリなどで最短時間を計算して行動することもない。そういう人と電話をするときは、自宅の固定電話にかける。だいたい奥さんなどが出てから保留になって、その人に代わる。このなつかしい「間」がたまらない。こっちのほうが「繋がっている」ではないか。実際、電話線で繋がっているし。

4676声 心地よいか

2021年02月04日

引き続き穏やかな日和。いろいろと締め切りが迫っているので、気が休まらない。今朝、庭に地植えしてある福寿草をのぞくと、開きかけた花びらの色が薄くなっていた。福寿草といえば、凛凛とした黄色が魅力だが、ずいぶんとぼんやりとした黄色になってしまった。近頃は霜がびっしり降りているので、その影響かわからぬが、すこし心配。先日はじめてZoomでリモート句会をした。労多くして功少なしという印象が強い。感染症対策でそれはそれでよいのだが、やはり現地まで歩いたり何なり、すこし体を動かしたほうが単純に心地よい。

4675声 初午

2021年02月03日

今日は穏やかな日和になり、立春らしい立春の日であった。仕事の関係で初午(はつうま)の参拝に行ってきた。初午とは、2月最初の「午(うま)の日」に、稲荷神のお祭りが行われる日である。 近所の稲荷神社で祝詞を聞いているとき、何気なしに本殿にかけてある立派な扁額を眺めていた。金箔の文字の神社の名が、貫禄ある筆さばきでしたためてある。その神社名の横には「侍従長 鈴木貫太郎」と署名があった。

4674声 夜八時

2021年02月02日

朝は強く降っていたが昼前に上がり、午後はすっきりとした青空であった。しろじろとした空の色に、しみじみと二月が来ているな、と感じた。緊急事態宣言下で、夜八時以降は街の灯が殊に少ない。焼き鳥屋や居酒屋などの店頭には、寒風の中テイクアウト用の惣菜がまばらに並んでいる。それをもとめるサラリーマンもちらほらいて、すでに片方の手にさげているコンビニにのビニール袋には、缶麦酒が透けていた。緊急事態宣言もさしあたり来月7日まで延長との由、街中はなんだか疲労の色が濃い。そんな中、きびきびと走っているのは、Uber Eatsのバックを背負った自転車だけである。短いはずの二月が、今年は長くなりそうである。

4673声 見えるもの

2021年02月01日

今日からは(ぬ)です。先月は毎日、堀澤さんのひとこえを読んでいて、こちらまで目が回るようなフットワークに関心していた。恵比寿で寿司を食っていたかと思えば、高崎のタリーズでモーニングコーヒーを飲んでいたり、空っ風のように猛烈な勢いで移動している。その文章の中の穴子の艶だとかコーヒーの香りがこちらにまで再現されて、読んでいてなんだか腹の減る思いがした。移動といえば、こちらは年末年始はほぼ自粛というような具合になり、毎年参加を欠かさなかった俳句ingにも欠席するような事態であった。そんな折、年末に高崎へ日帰りだが、行ってきた。高島屋で素竹さんの個展がやっていたからである。今年は「点と線」の書をメインに、鉛筆画の椿が展示されていた。点と線は文字とは違って、意味など考える必要がないので、作品からの印象もなんだか面白いものがあった。意味を失った変わりに墨の動きは、生き生きとしていた。そして、コロナによる自粛期間中に椿の画を描いていたとのことで、こんな状況だからこそ見えるものを自分は忘れていたと、反省した。コロナは見えないが、見ていないだけで、自分のやるべきことは見えているのかもしれない。

4672声 こんな感じ

2021年01月31日

朝から、昨日樽詰めが終わったタンクを洗う。カルダモンの香りがすごい。明日仕込みをしたいが、ビールの消費が少ないので冷蔵庫がいっぱいである。空き樽もない。どうするか。ザブンへ行き、魚の確認。米を研ぐ。今日はテイクアウトの予約がいくつかあり、店内営業をするには魚が少ない。テイクアウト営業だけにしてもいいかもしれないが、白子、うに、きんきなど、高価な食材ばかりが残る。1月は、こんな毎日である。現場対応に追われた。状況は急に変わる。休まないことを前提に対応してきた。少しは手応えも出てきている。所詮人生は、きっとこんな風な感じで終わるんだろうなぁと思いながら、1月が終わる。

4671声 仕事があるってありがたい

2021年01月30日

市場へ。相変わらず人が少ない。人が少ないのはお客が少ないのであって、魚屋には従業員が、いつものように何人もいる。従業員はやることがないので、買った魚の水洗いなどしてくれたりする。こちらとしては助かる。コロナ状況になって、仕事があるありがたさを身に沁みて感じた。仕事があるってほんとありがたいんだよな。もちろん、仕事があるありがたさの前には、仕事ができるありがたさがあって、仕事ができるのに仕事がないというのは、とてもつらいことだというのがわかった。肉体と精神のバランスが取れなくなる。取れているようでいても、どこかにそのひずみが出る。そんな時代もあったな。うに、白子、鯖、鰯、ほっき貝、赤貝、きんきを購入。きんきは買うつもりがなかったが、魚屋の気迫に押されて、箱ごと買ってしまった。いいきんきだ。

4670声 改めてコロナ渦

2021年01月29日

今日は7名。すべて一人で来店のお客さんだった。30才代〜50才代くらいだろうか。男女半々くらい。すべて一人というのはあまり記憶にない。そもそもザブンは、ふらっと一人で気軽に一杯飲める店が高崎にないと思って始めた店。思いがけずそんな現状になって、コロナも悪くない、と思った。そういえば、少し前に抜井から指摘された。「コロナ禍」という言い方は、「コロナ禍」が正しいらしい。私は「コロナ渦」だとばかり思っていて、そう書いてしまった。違いはなにか調べたら、「渦」は文字通りうず、最中という意味しかなくて、「禍」には災い、よからぬこと、という意味があるらしい。初めて知った。それで、せっかく教えてくれた抜井には申し訳なかったが、改めてコロナ「か」を考えて、「あ、渦でしかない」と思った。そういえばこのコロナの状況を、災いだと感じていない私がいる。自分のことだけを言えば、実は、この人と人との距離、静かさに心地よさすら感じている。不幸になる人が多いならば早く元に戻ってほしい、と願う反面、せわしなく騒がしい世の中は果たして幸せか、ということも、考えるきっかけではないか、とか。経済原理が簡単に勝つのだろうけれど。経済原理のはしたなさ、とか。自分の店で、複数のお客さんが、密を裂けて静かに飲むということが実現してしまった。

4669声 翻弄されやすさ

2021年01月28日

4時前に目が覚めて眠れず。6時まで持て余して過ごす。市場へ。金目鯛、小肌、鯵、鰯、鯖、鰹、墨烏賊、ほっき貝、白みる貝、穴子を買った。寿司屋の4日間が始まる。昨夜ザブンの電話が鳴って、テイクアウトの予約があった。遠くから買いに来てくれる方である。ありがたい。今日仕事があるとわかることが、1日に張りを生む。飲食店の基盤は脆い。3週間前に46,000人だった感染者数は55,000人に増えた。先週には75,000人位にまでなったから、むしろ、減った、という印象である。ほんの数日未知のウイルスの、けれどももうワクチンはできているというウイルスの感染者数の推移で、人の動きががらっと変わる。そもそも人間というものの基盤自体が脆いのかと考え直す。