今日から(ぬ)。一月は新春の俳句ingから始まり、俳句賞の贈呈式で慌ただしく終わった。朝から穏やかな日差しに、夢から覚めた思いがする。枝を移る鳥の声など、もう春がそこまで来ている感じがする。午後から法事のため群馬へ移動。移動に時間が取られ、前橋あたりに着いたときには、日が暮れていた。夜半に呑竜仲店などアーケード周辺をすこし歩く。
2020年02月01日
今日から(ぬ)。一月は新春の俳句ingから始まり、俳句賞の贈呈式で慌ただしく終わった。朝から穏やかな日差しに、夢から覚めた思いがする。枝を移る鳥の声など、もう春がそこまで来ている感じがする。午後から法事のため群馬へ移動。移動に時間が取られ、前橋あたりに着いたときには、日が暮れていた。夜半に呑竜仲店などアーケード周辺をすこし歩く。
2020年02月01日
穏やかに晴れた一日。そして、バレンタインデー。先日の句会で、日本におけるバレンタインデーの習慣はナンセンスと言い放った若い女性がいた。たしかに、昨今はそういう風潮があり、以前よりイベント性が薄まってきている感じがする。バレンタインの句も、令和時代はそういう雰囲気を孕んでいくのだろうな。
2020年01月31日
朝から樽詰めをしてタンク洗浄まで。IPAの時はホップ粕が大量なため手間取る。ひと通りきれいになったところで松屋へ。朝定食にギリギリセーフ。今日もソーセージエッグ定食はおいしかった。こんな生活も慣れてきた。先日亡くなった宍戸錠は晩年一人暮らしで、ほとんど食事は近くのコンビニの弁当だったらしい。よく買いに行くコンビニの店主ともすっかり顔見知りで、亡くなる前日も買いに来て「俺の身体はここの弁当でできている」と言っていたとか。ならば私の身体は松屋のソーセージエッグ定食とガストの目玉焼きセットでできている。そう言っても過言ではない、くらい食べている。松屋とガストにはとても感謝している。本当は、安住紳一郎アナのことを書こうと思ったのだが、また今度にしよう。昨夜安住紳一郎の日曜天国の前回放送分をラジコで聞いていて、あまりにもおかしくて、ニヤニヤ笑い転げた。オープニングのフリートークで30分、完全に芸になっている。もうそこいらの落語家もかなわない話芸だと思う。今私は同世代で一番自慢できる人は誰ですかと聞かれたら、イチローでもキムタクでも貴乃花でもなく、安住紳一郎と答える。そんなことは誰にも聞かれないだろうが。
2020年01月30日
朝から仕込み。通算150回目の仕込みは、今日で醸造をスタートしてからちょうど丸3年という、キリのいい日となった。今日の仕込みはふきのとうのビール。3年前と同じレシピで仕込んだ。どのくらい腕が上がったか見てみたくて。この3年間は、長かった。何がわからないかを少しずつわかっていく期間だった。何がわからないのかすらわからないのに、ビールは作らなければならない。こんな恐ろしいことはない。必死に探した。ようやく3年たって、落ち着いて仕込みをできるようになった。何もわからなかった時を忘れちゃいけないなと思う。でも忘れるんだけどね。ヨーロッパの旅のあの孤独感も、すでになかなか思い出せないんだから。忘れないで心に刻むことも大事かもしれないが、同時に、わかってきたことで得た安心をエネルギーに変えていく、という気の引き締め方もある。おいしいビールが作りたい。
2020年01月29日
酒のメニューを作って配達をして、今日もロイヤルホスト。身体が重い。けれどもコーヒーはおいしい。水もおいしい。珈琲館は水がおいしくない。おしゃべりのおばさんが入ってきた。おばさんのおしゃべりのリズムが苦手だ。苦手なのはおばさんのおしゃべりのリズムじゃなくて、おしゃべりなおばさんのリズムが苦手なんだと思う。おばさんのおしゃべり全てが苦手なわけじゃない。おしゃべりなおばさんは大抵が、リズムが悪い。ときに、リズムがない。垂れ流しなのである。日が出てきた。今日は暖かくなるようだ。
2020年01月28日
早く起きられた。雪は積もっていないと思ったがところどころ少しだけ白くなっていた。我が家は車の通りがそこそこある道路に近いのに加え、家の壁が薄いからタイヤの音や雨の音がよく聞こえる。雪が積もるときは音が静かだし、みぞれ混じりならばシャリシャリと溶けた雪を弾く音が聞こえる。それ以上積もればチェーンを履いた車の音がする。今日は雨の日の音だった。タンクの熱湯消毒、ドライホップをして税務署へ。その前にロイヤルホストで書類作成。ロイヤルホストのドリンクバーには、機械抽出とハンドドリップとコーヒーが2種類ある。どちらもおいしいんだが、やはりどっちかと言えばそれはハンドドリップに軍配が上がる。開店して間もなければなおさらうまい。2杯もおかわりしてしまった。
2020年01月27日
朝から樽詰め、タンク洗浄をする。うちのビールは発酵のキレが悪い。ダラダラと発酵が続く。原因は2つ考えられる。1つは酵母の発酵力、もう1つは麦汁の素性の問題。酵母については酵母に強い発酵力をあまり求めていない。健全かどうかだけを見ている。あわよくば何らかの不健全さがあったとしても、そこにいとおしさを感じればそれはそれで使いたいとすら思っている。問題は麦汁の素性である。うちはあの場所の水の根本性質を取り除きたくないため、水道水をろ過せずに使っている。当然塩素がいて、それは酵母にとってはウィルス、疲労物質に違いない。そこをなんとかしようと決めた。まず今仕込み水だけに使っている活水器を、水道栓の大元につけ変える。そうすれば店と工場全部の水が活水器を通したことになる。今活水器がついているところに、ろ過器をつける。炭ろ過の簡単なやつを。おそらくこれで、完全には塩素を排除はできないだろうが、今よりは酵母にとって生きやすい環境になると思う。来月中に工事をする。
2020年01月26日
都内へ。年末に購入した器を取りに日本民芸館へ。「祈りの造形」という企画展をやっていた。室町時代の黒塗りお面は迫力満点だった。沖縄の漆器焼き物もまたよかった。古物の多くに共通するのは、手数を惜しまない細かさや整えようとしない大胆さ。そこに念が浮かぶ。そういうものに接するたび、費やした時間は裏切らないなと思う。
2020年01月25日
元気があればなんでもできる、というのはアントニオ猪木の口癖だが、ではなんでもできるその状態は、いったいどんな状態なのだろうか?元気は、若ければ若いだけある。逆に言えば元気は、生きた年月と共に減ってくる。当然、なんでもできる状態が普通だった者も、なんでもできない時間が多くなる。なんでもできない状態が訪れたとき、多くの人は元気を自分に取り込むことを考える。元気はどこかにあるかもしれないから、それをもらって自分に追加する、と考えるのである。ところが、元気は本来、自分の中から出てくるものである。なのに外から取り入れると、その取り入れた元気の持つエネルギーにより、その元気が出た反動で、疲労も蓄積してしまうということが起こる。要するに、元気物質があるならば疲労物質もあると考えるのが自然である。なんでもできない状態には、元気物質が足りないという一面があるかもしれない。一方で、疲労物質が多すぎるという一面もきっとある。この疲労物質を排出することも、元気が出るきっかけになるのである。疲労物質を排出する方法にはどんなものがあるか。一番は、寝ることだ。ところがこれが年を取ると、どういうわけか眠れなくなる。寝たのに疲れた、という状態すらときに起きたりする。これは、眠るために必要な元気物質が足りないから眠れないのかもしれないし、逆に、疲労物質がありすぎて眠れないという、とても皮肉な場合もある。飲みすぎたときなんてまさにそれだ。他には断食なんかも、あれは疲労物質をわかりやすく排出できる。身体がリセットする。風呂もそうだし、温泉もそう。これは強度の差。他にはなんだろう。ただ太陽を浴びる、なんていうのだってそうだろうし、森林浴や海水浴もいいだろう。要するに、この、これらの多くに共通するのは、地球力を浴びることである。地球力が、疲労物質の排出、ひいては緊張、交感神経のシャットダウンをしてくれる。まさに強制終了である。疲れてしまい、次の元気がやってくるまで待てないときがある。そんなときは、強制終了が必要である。私はそういうときに、神川町の温泉、白寿の湯に来る。今日も来た。いま、風呂から出たところ。強制終了である。後ろで2歳くらいの女の子が、「おれんじじゅーしゅのみたーい」とずっと言い続けている。駄々をこねている声でもなく、かわいい声でずっと繰り返している。この子も元気がほしいのだろう。
2020年01月24日
よく働いた。案件が多ければ疲れる。そこに一つ一つ丁寧に向き合えばなおさら疲れる。そんなことは当たり前にしている人からすれば、当たり前である。けれども私は案件ばかり多くてその一つ一つに丁寧に向き合う余裕なんてないというのが、ずっと、常だった。ところがいつの間にか、丁寧に向き合うことは当たり前だ、になってきた。案件を減らせたことが大きい。それはビールを作るようになってからである。料理に比べてビールは案件が少ない。それにより落ち着いて目の前のことに集中できるようになった。集中できるというのは、深堀りできるということにもつながる。それが、丁寧さや気づきをもたらしてくれる。料理ははじめから、一度に2つ以上のことをできることを要求される。それを要求され続けると、一度に3つ4つ同時進行でできるようにはなるものの、目の前のことに対する深堀りが少なくなる。大変さ故に素通りになる傾向が高くなるのである。今日やったこと。税務調査対応、市場への仕入れから久しぶりに魚もおろしたし桂むきもしたこと、シンキチのビールを飲んでくださる団体のお客さんへの接客、スタッフへの、これは接客とは言わないが、信頼を目指した対応、その合間のケグ洗浄。このケグ洗浄で、調子を整える。ケグ洗浄が、自律神経を調整してくれるのである。ケグ洗浄の、なんとありがたいことか。
2020年01月23日
税務調査の一日目終了。あー、なんだろうこのもやもやとする感じは。このもやもやの中にきっと社会の成り立ちがある気はするが、とにかく慣れていないのだろう。慣れていないというのは、この歳で慣れていないのはつまり、今まで社会の成立要件の中に自分が入っていなかった、ということでもあると思う。つまりずっと、圏外だった、ということ。圏外にいたままでは守れないものがあることにようやく気がつき始めた。けれども圏外でしか守れないものがあることも、圏内しか知らない人間よりは、よく知っている。
2020年01月22日
帳簿をやりながら、ラジコで安住紳一郎の日曜天国を聞く。ラジコは過去の放送を聞けるからいい。46歳は人生で最も過酷で辛い年齢だと、安住さんは言い続けているらしい。そしたらアメリカの大学の研究で、人種民族に関係なく人生で最も憂鬱で不幸せを感じる年齢は47.2歳だという研究結果が出た、と話していた。来月3日に47歳になるからタイムリーな話題だ。安住さんと俺は、同世代らしい。自分は不幸せかと言われれば、不幸せだとも思わないし、憂鬱は、10 代の頃からずっと憂鬱だから、今更何をと思う。むしろ40代も後半になって、憂鬱とのつきあい方をわかるようになってきた。憂鬱と向き合ってきてよかったなとすら思っている。むしろその話題よりも、男は褒められたい、という話をしていたのがよかった。男は些細なことでも褒められたことに喜びを感じる生き物で、週に一度仕事で一緒になるあのビートたけしさんでさえ、ずっと楽屋で「褒められてぇなぁ」と言っていると話していた。いやほんとそうです。それを喋れる安住さんがいい。
2020年01月21日
昨夜寝たのは遅かったが、仕込みをした。動きは悪いが無事終わった。糖化の途中で松屋へ。いつものベーコンエッグ定食を券売機で購入。座ろうとしたら、カウンターに片付けられていないお盆がたくさんある。そこに数名の、まだこれから券を渡して食べようとしているお客さんが厨房を眺めている。厨房には女の子が一人。タッチパネルに向き合って何か一生懸命やっている。一人なのか?店を見渡しても他の従業員はいない。テーブルにも食べたあとのお盆。この子一人でやってるんだ。むごいな。
2020年01月20日
今日も帳簿。外は暖かい。着替えて走ってきた。腕立て伏せ60回、腹筋を60回、背筋40回。動かすことが大事。動かないときは動かない。動くときにボケっとしていないで動かすことが大事。動かさなければ動かなくなる。そういう歳だ。まずは身体。それから脳。おとといすずきに行ったときに、カウンターに一人客の女性が二人いた。一人は50代、もう一人は60代か。マスターに、夜眠れないという話を二人ともしていた。「疲れていないから眠れないのよ」と。なるほどなぁ。ちなみにマスターは5分で眠れるとのこと。マスターも60は過ぎているはず。使うことが大事。寝るために生きるというのがあったっていい。
2020年01月19日
椅子に座ったときに足を組む頻度が増している。いまその理由にふと気がついた。肉が落ちて、尻が骨ばってきたから足を組まないと痛いのである。足を組めば尾てい骨が倒れる。だから痛くない。なるほどこれも、老化の一つに違いない。今日千晶ちゃんに、「クレヨンの臭いがする」と言われた。加齢臭と、冬の閉じたニオイが合わさるとクレヨンなんだ。クレヨンの臭いがしたら要注意だ。火曜日に久しぶりに腹筋をしたのだが、実はまだ筋肉痛が残っている。たった40回である。今は一年で最も動きたくない時期。寒いから。その上椅子に座って帳簿ばかりやっていると気が狂いそうになる。よし、腹筋をしよう。
2020年01月18日
ケグ詰めとタンク洗浄をして、その後はずっと帳簿。一段落もしないが、腹が減ったのですずきに来た。すずきは手づくりの塩辛が食べられる。手づくりの塩辛を食べられる店が少なくなった。するめいかの値段が高いというのもあるかもしれないが、それだけが理由ではないだろう。高崎は新しい店がどんどんできる。新しい店の多くが、おいしいの基準がゆるい。そんなことは言われたくないに違いない。おそらくそれよりも問題なのは、いい店の基準がゆるいことである。いい店を説明するのは簡単ではない。いい店に共通するのは、すべてのメニューについておいしいかどうかに、ある一定以上の念を持って興味がある、ということである。料理だけでもだめ、飲み物だけでもだめ。その上、メニューだけでもいい店にはならない。人間そのものに対しても念を持って興味がないと、ただの気取っただけの店になってしまう。念を持って、というのは、人生を賭けて、ということである。飲食店を始める理由はいろいろだと思うが、いい店であるためには、飲食店でなきゃだめだった理由が何かあった、という前提がないとだめなのである。始めたときになかったら、あとから考えればいい。ところが、採算が先頭に立つと、念は削がれる。万人受けという体のいい店は増えるが、いい店は少なくなる。塩辛も手づくりではなくなる。
2020年01月17日
朝から帳簿。ビールの帳簿には、仕込み簿、発酵簿、容器詰め簿、原料簿複数、残しビール受払簿、廃棄簿、出庫簿、とこれは仕込みやケグ詰め、出庫の度に付ける帳簿で、これにプラス酒税申告、製造方法申告、表示方法申告、廃棄申告を毎月税務署に申告する。ここまでやるのは、米が税金だった日本ではきっと酒はお金であり、ならば他の酒も=お金で、密造や隠し酒は脱税そのものだからとにかく徹底して取り締まらなければならない、という考え方が根底にあるのだと思う。この帳簿をすべて把握するまでに、3年かかった。
2020年01月16日
11月にヨーロッパから戻った後ずっとビールの足りない状態が続いていたが、ようやく供給が追いついてきた。旅の前後を含めて1ヶ月の遅れを取り戻すのに2ヶ月半かかった。これを基準にすると、10日空けたらそれを取り戻すのにおよそ1ヶ月かかる計算になる。今後休みを取るとしても、最長の休みはこのくらいかなぁと思う。今日も朝からのんびり。ビールの発酵待ちの状態。来週税務署の検査があるからそれに向けて資料を整理していかなくてはならない。整理が苦手な自分にはいい機会だと思う。身体を休めながら。久しぶりにきゃらばん。坂口さん一押しのモカマタリ。深煎りだが透明感があって苦みが柔らかい。おいしい。