日刊鶴のひとこえ

この鶴のひとこえは、「めっかった群馬」に携わる面々が、日刊(を目指す気持ち)で記事を更新致します。担当者は堀澤、岡安、すーさん、坂口、ぬくいです。この5人が月替わりで担当しています。令和8年度は4月(坂)5月(ぬ)6月(岡)7月(す)8月(堀)9月(坂)10月(ぬ)11月(岡)12月(す)1月(堀)2月(坂)3月(ぬ)の順です。

5229声 蘇る勤労

2022年09月02日

先月から数回、県内の飲料工場の撮影をしている。広告代理店を通してそういう依頼があった時に、「僕実は群馬帰りたての時に別の飲料工場でバイトをしていて、それもあって興味あります」と答えていた。それは僕がまだ20代前半の頃のことであった。

 

不思議なことに、目にも止まらぬ速さで流れていく缶飲料やペットボトル、粉ミルクの香りが充満した配管ばかりの工場を歩くと、当時の記憶が蘇ってくる。当時はまだその先の人生に不安ばかりで、日勤夜勤が入れ替わる不規則なそのバイトの中で、僕はずっとこんな感じで働いて年老いていくんだろうな、と思っていた。そんな不安から逃げるために、1年くらいは続けたと思うが、僕はそのバイトを辞めた。

 

今撮影している工場は、働いている社員の平均年齢が若くて驚いた。僕が当時勤めていた工場のように威圧的な先輩もいないし、ルーティーンが多い工場だからこそ、みなが明るい雰囲気で働いている。高学歴の社員も多い。工場が違うからなのか、時代が変わったからなのか、働いている人たちの中に当時の僕のような顔をした人はいない。

 

夜勤、夜が明けて(僕が働いていた方の工場は窓があった)光が射す工場内で、まるで産湯を浴びた後のように湯気をまといながらわらわらと出てくるボトル飲料の光景を、今もなんとなく思い出すことができる。あと数時間で仕事が終わる、という気分もあったと思うが、その光景はなんだか美しくて、部分的に、良い思い出として残っている。

5228声 社名に名前を入れちゃう人

2022年09月01日

この夏から、長年お世話になった株式会社あがつま御縁屋を独立し、経理担当の竹内茂夫と共に「合同会社岡安映像デザイン」を立ち上げました。

 

事務所は、実家兼自宅のある群馬県中之条町の駅南から橋を一つ渡った東吾妻町植栗の、三件並んだ庶民的な平屋の一番奥。デスクの窓からは、中之条町のシンボルである嵩山(たけやま)がとても良く見えます。

 

何をする会社であるかは社名に入っています。自作のシンボルマークは、楕円の内に「必」の字。僕は、日本映画学校在学時に知った「内的必然性」という言葉を20年経った今も大事に思っているのですが、岡安映像デザインは、表立って見えるものを流行りに乗って誇張して見せる仕事ではなく、人の・物事の・集団の内側にある必然的なもの(本質的なもの)を、共に考え、映像とデザインと文章で見せていく仕事をしていきます。

 

まだ直接ご挨拶できていない方や、仕事案件で待たせてしまっている方には申し訳ないですが、環境は整ってきました。今までもこれからも、よろしくお願いします!

 

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という文章をFBに投稿した。とうとう、社名に名前を入れちゃう人になった。責任だけが人を大きくする。

5227声 まだ

2022年08月31日

南大東島付近に迫っている台風十一号の影響で、終日ぐずついた空模様であった。まだ猛威を振るっているコロナの影響で、九月の予定がひとつ中止になった。週末の高崎まつりは大丈夫だろうか。今月はまだコロナに罹らずに済んだ。そうなのだ、「まだ」という気がしており、いつか罹るものを先延ばしにしているような心持さえする。山間の町は秋が深まっているだろうか、九月からは岡安さんです。

5226声 不安定

2022年08月30日

小雨がち曇りで、秋のはじめらしい空模様。小中高生たちはおおむね明日が夏休み最終日であろう。何かと不安定な時期である。慎重に進みたいが、そわそわとあたふたとしている。

5225声 蟻の句

2022年08月29日

晴れ。三十度前後で暑さ和らぐ。発送したり、発送されたものを受け取れなかったり。昨日、ポストに句を寄稿した掲載誌が届いていた。十二句、全て蟻の句。どうかしている。

5224声 その日の出会い

2022年08月28日

降ったり止んだりの一日。このところ、夜は虫の音が高くなってきて、ぐっと秋めいてきた。一献傾ければ、牧水の白玉の一首のような風情であるが、目の前にある缶麦酒とパック寿司では大分風情に欠ける。日本酒なども分かるようになりたい。それはまず、良い店に出会わなければならない。堀澤さんのように、カウンター越しに厳選の一杯をさっと出せるようなことは重要なのだ。私で言えば、句会で厳選の一句をさっと紹介できるかどうか、といったところか。その人のその日の出会いとして、それが心に刺さるものであるか。

5223声 神鳴

2022年08月27日

飲み疲れているものの、まだまだ飲み、したたかに疲れる。夕立があり雷鳴とどろく。

5222声 山霧

2022年08月26日

続いて遅い盆休み。山に来て霧の句など作るが、ふとした時に昨日の訃報がチラつく。

5221声 寝耳に

2022年08月25日

遅い盆休み。心身を休めようと思うが、知人の訃報を耳にして、悲しむ。

5220声 一寸先

2022年08月24日

ちょっとした怪我で病院に行くことになってしまった。人間万事塞翁が馬になればよいが、そう思っているときは難しいだろう。一寸先は闇。心せねば。

5219声 鋭利

2022年08月23日

曇りで暑さ和らいだ一日。コロナ第七波ということであるが、ぽつぽつリアル句会に参加している。やはり、実際に会話できる句会は臨場感があっていいと思う反面、ときおり言葉が鋭利なことにも驚いたりする。投句して時間になったら結果が表示されるネット句会に、慣れてしまったからであろう。だからこその真剣勝負ということを、改めて。

5218声 外せない

2022年08月22日

先週末は久しぶりに外で飲んだ。食事中は当然マスクは外すのだが、こころのマスクは外せないというか、席を立つときにはマスク、飲んでも大声にならないようにとか、どこかそんな緊張を保っているところがある。そのおかげで、乗り換えを間違えないで帰ってこれるのだが。

5217声 ひぐらし

2022年08月21日

曇りがちな一日。どことなくやる気が出ず、くだらない映画など観ていた。夕方、ぼーっとしていたらと、窓の外からひぐらしの声が聞こえた。窓を開けると、みんみんや他の蝉がかまびすしい夕靄の中に、また聞こえた。ちょっとした感動であった。ひぐらしは、それきり鳴かなかった。

5216声 ばったそれぞれ

2022年08月20日

月例句会の日。朝からの吟行で大汗をかきつつ、句会を終えて帰ってきた。いつもの吟行地の境内はやはりそこはかとなく秋の様相で、蜻蛉や飛蝗がにぎやかであった。ひと月前に落としたハンカチが手水舎にかかっていた。「飛蝗」といっても、精霊飛蝗や蝗など、それぞれ飛び方とか、飛ぶ際のフォームなどが違うのだと気が付いた。

5215声 変わらないように変わる

2022年08月19日

振り返れば相当変わっていることというのは、生活上に沢山あって、ときどき不安になる。例えば、映画を観るにもインターネットに繋がったテレビからレンタルできるし、音楽を聴くにも「アレクサ〇〇かけて」と言えば済む。物を介するビジネスモデル自体が変革してしまった。そんなことを、高校野球のテレビがついている蕎麦屋で蕎麦を啜りつつ考えていた。この店は昔から変わっていない、などと思っているのは客目線だからで、コロナの蔓延とUber Eatsの躍進にはじまり、メトロジャパンの撤退やらなにやら、取り巻く環境は劇的に変わっていて、いちいち対応しているのだろう。変わらないように変わるというのも、変ないいかただが、そんなしなやかな変わり方には、安心を感じる。

5214声 ブックタワー

2022年08月18日

立て続けに句集が届く。句集を対象にした賞の締め切りの関係で、晩夏から中秋にかけては句集の刊行ラッシュになっている気がする。今日届いたのは二冊。どちらも重鎮と呼べる俳人の作品で、読みごたえがありそう。机の脇が平積みになった句集が積んであるが、読み終えて再び頁を開きたくなる句集は意外と少ない。少ないがあるにはある。そういう時に、すっと目当ての句集が出てこない。この間、平積みで収納可能な「ブックタワー」なるものの存在を知り、欲しくなっている。これならば、背表紙が一覧できるので、探しやすい気がする。来月にほんの些細な俳句関係の副賞がもらえるので、それで買おうか。

5213声 壇のようなもの

2022年08月17日

ある俳人より電話があり、久しぶりに声を聞いた。明確なことは言わなかったが、ちいさな「壇」の中でいろいろと腐っている部分があるのだろう。作品に対しては誠実でいたい。

5212声 充電

2022年08月16日

猛暑続きである。お盆も終わり、街は徐々にではあるが常の様相に戻ってきている。今年は帰省することはかなわなかったが、三年ぶりの行動制限のない盆休みとなり、交通機関はかなり渋滞しているとの報道があった。そう思えば、半年くらい帰省していないのではなかろうか。しかしながら、この間、出かけた際に熊谷市まで足を延ばして登利平に寄り、鳥めしを買ってきたので、上州力の充電はできた気がする。竹弁当をおかずに松弁当を麦酒と一緒につまむという、贅沢極まりないことをやってしまった。胃がはちきれそうな満足感である。いささか、過充電気味であろうか。