日刊鶴のひとこえ

この鶴のひとこえは、「めっかった群馬」に携わる面々が、日刊(を目指す気持ち)で記事を更新致します。担当者は堀澤、岡安、すーさん、坂口、ぬくいです。この5人が月替わりで担当しています。令和8年度は4月(坂)5月(ぬ)6月(岡)7月(す)8月(堀)9月(坂)10月(ぬ)11月(岡)12月(す)1月(堀)2月(坂)3月(ぬ)の順です。

6280声 蟻を払って

2025年08月17日

蔵前の「iwao gallery」で8/16-17開催の小金沢智著『歌は待っている 風と土と「ひとひのうた」と』刊行イベント「夏のうたげ、東京」の撮影と出演のために上京。昨年撮影編集を担当した芸術祭「山形ビエンビエンナーレ2024 ひとひのうた」の書籍が出来上がり、その刊行イベントなのだけれど、2日で10人が著者の小金沢くんとトークを行うという特殊なイベント。初日の今日は広くないギャラリーではあっても満員に近い時もあり、改めて小金沢くんとその周囲の人たち(僕も含む)の活動の豊かさを思った。

終わり、ギャラリーオーナーによる美味しい振る舞いもいただき、それでもすぐには帰れない我々はコンビニエンスで買い込み、隅田川のほとりで再び乾杯をした。いい大人ばかりなのに。こういう時はチートスでしょうとパーティー開きをして花壇に置いていたら、話し込んでいる間にチートスの袋では蟻の大晩餐会が行われていた。大丈夫だな、と蟻を払って食べた。

6279声 桃をカプレーゼにして 

2025年08月16日

福島の桃をいただき、ずっと冷蔵庫に入れていた。奈良、長野での仕事を終え、もう熟れきってしまったか、と思い冷蔵庫を開けてみたら、まだというか絶賛食べごろだった。その気まんまんでモッツアレラチーズも買ってある。共に切って、スーパーまるおかの周年特売で買った美味しいオリーブオイルをかけて、塩こしょう。桃と同じくいただいた福島のクラフトビール(ホップジャパン)と共に食べたら、一口ごとにフォークを置いて「くーうめえなぁ」と呟く美味しさだった。

仕事がらもあるが、僕はよく食べ物をいただく。きっと、欲しそうな顔をしているんだと思う。助かる。

6278声 歌に包まれて

2025年08月15日

奈良での行脚の途中で、一人が「天理教のお寺に行ってみましょう。信者でなくても入って大丈夫なので」と提案し、皆でそれにのった。天理教と聞いても、高校野球強いよね、という程度の知識しかなかったのだが、神殿と呼ばれる教会本部は半端じゃないスケール感だった。例えが合っているかわからないが、映画『ラストエンペラー』が撮影できそうな広大な広場の四方を、ものすごいお金と職人の技術を詰め込んだんだろうなという屋敷が取り囲んでいる。

夕方の時間で観光客はほぼなく、一歩建物の中に入ると信者の方たちがお祈りをしていて、僕らはすぐに部外者とわかる状態なのだけど誰にも何も言われなかった。お祈りの中には童謡のような歌もあり、聞き心地が良かった。その後ググったら、“天理教の教えは人々が互いに助け合い、喜びの中で生きる「陽気ぐらし」の世界を目指す”とある。全国各地の信者の方たちが奈良を訪れ、神殿の中で厳かな気持ちになっていることを想像する。無信心ではあるが、信じるものがあるって良いな、と少し思った。

6277声 買い物メモを握りしめて

2025年08月14日

父親が亡くなって節目の年だったので、お盆前に墓参りは済ませていた。このお盆は姉家族も来るかどうかわからなかったので墓参りは保留にしておいて、お盆の買い出しをしようと母を乗せて近所のスーパーへ。母はいつも買い物前に手書きのメモを用意しており、店内に入れば僕の方が探すのが早い気がするのでそのメモを受け取って店内を回っている。メモの中に

仏さまよう くだもの(なんでもいい)

という一行を見つけた。気持ちがあれば、なんでもいい。母に、(亡くなった)ねーちゃんはぶどうが好きだったよね、と声をかけぶどうを買った。お盆にした家族事はそれくらいなのだが、結局姉と姪っ子(下)が家に来てくれて、3人で墓参りにも行ったそうである。

6276声  店員に呼ばれて

2025年08月13日

奈良への往復車移動は、結構大変だった。宿泊先ではパソコンを開いて仕事をする気にはなれず22時には寝ていたからいつもより健康的。長時間の運転中も助手席に福西さん(彫刻家・三輪途道さんと活動している(一社)メノキ副代表)がいてずっと話しをしてくれたから、眠気でやばいということはなかった。

三輪さんや福西さんらを送り終えて夜深くのガソリンスタンド。給油をしたものの、ハンドルを置いても反応がない。レシートが出ないと領収にならないな、とぼーっとしていたら、「あの」と店員さん。その時間のセルフに人がいたことにちょっとびっくりして「レシートが出ないんですけど」と言ったら、「お客様、寝てましたよね」という返事。え、どういうこと?

(多分監視カメラで見ていて)車に頼りかかったまま、ハンドルは握っているものの給油を行わずにしばらくそのままでいる僕を見ていた、というのだ。レシートが出ないのではなく、握ったつもりのハンドルが浅くて1リットルの給油もされていなかった。わりと完全にはっきりしてきたので「あーなるほど、どうりで」という返事を返して、普通に給油してスタンドを去った。

その前橋から家までは1時間ほどだったが、スタンドのそばにある漫画喫茶に泊まった。みなさんも運転は気をつけてね。

6275声 角に触れて

2025年08月12日

奈良市について、ミーハーではあるがちょっと嬉しかったのは通りのあちこちに鹿がいることだった。中学校の修学旅行で来たよね奈良・・程度の思い出しか残っておらず、岡安少年が過去同様に鹿を見て喜んだかどうかも覚えていないのだが、普段見ない生き物がそばにいるというのは面白い。昨年も猟友会の取材で山に入り、それこそ鹿も何度も見たが、同じ生き物には見えない(奈良の鹿は人を襲う話を聞かないので、種類が違うのかしら、それとも環境?)。

同行していた彫刻家・三輪途道さんの娘さんが「あ!角が柔らかい」と言うので、僕もちょっとごめんよと触れてみた。角にも産毛が生えており、確かにちょっと柔らかい気がする。数日の滞在を経て、仕事じゃなくてじっくり来たいな奈良、という気持ちになった。

6274声 写鏡に映して

2025年08月11日

窓から東京スカイツリーがよく見えるホテルに泊まった。ビジネスホテルというのは、鏡が多い。壁だけではなく机の上にも角度調整ができる円鏡が置いてあり、ふと見ると、円鏡が壁の鏡を映しており、普段は見られない僕の頭頂部が良く見える。相変わらず薄毛が続いている。最近は頭頂部からおでこにかけても同様に薄毛になってきた。天然パーマでくしゃっとなるから乾いていれば気にならないが、風呂上がりは我ながら誰?って思ったりもする。

思い切り禿げても良いと思っているタイプだが、気にはなるようで、小心者である。

6273声 noteに綴って

2025年08月10日

会社のHPを持たない代わりに、名刺にはnoteのURLを載せている。文章中心のSNSで、書いたものを有料記事にできたりもする。それはしていないが、他のSNSでは流れてしまうような、それでは惜しいような文章を時々上げている。それを見てねと言うだけでも良いのだが、それで見に行ってくれる人は2~3人くらいだと思うので、最近(といっても6月に)書いた一編をここにも載せさせていただく。それは今も思い出して大事にしたいことであり、忙殺の中ですでに忘れかけていることでもある。noteは https://note.com/oka ちょっと気になった方は覗いていただきたい。

「明日死ぬかもと思った時には、チキン南蛮タルタル弁当ではなく幕の内弁当を選ぶ、という話。」

死ぬかと思う出来事があった。

今年のゴールデンウィーク序盤は、音楽コンサートと演劇を合わせたイベントの撮影があり、スタッフ少数ながらうまい事やり遂げた。

その数日後、胸が痛い。恋焦がれたわけではない、文字通り胸が締め付けられるように痛いのだ。僕は今でこそ45歳のまっとうな中年男性だが、遡ること15年くらい前にも胸に違和感を感じたことから、親父が診てもらっていた循環器病院でしっかり調べてもらったことがあった。

造影剤を飲み、CTスキャナーで心臓の断面図を撮る。造影剤というものは、反応は人それぞれということだが僕の場合は体中がグッと熱くなったことを覚えている。何も食べてないのに、口の中に苦味が広がる不思議。熱は瞬く間に体を下り、キャン玉も熱くなる。血管から入った造影剤が心臓を経由して体中に回っていくのが体感的にわかるなんて・・怖い。

結果医師から言われたのは「普通の年齢より10歳くらい早いけど、心臓回りの血管に脂肪がついてますね、もっといくとカテーテル手術(血管を広げる手術)です」という検査結果。親父が同手術をしていたこともあり、遺伝の可能性も含めて怖え・・と思ったの・・だが。人間とはいいかげんなもので。その怖さは一時期のものとなり、普段通りこってりらーめんを食べて、深夜寝落ちするまで仕事をする生活をその後もずっと続けていた。

あれから年をとり、さすがにこってりらーめんや徹夜とは体が距離を置くようになったが、今回の不調でその医師の言葉を思い出した。年齢的にも適齢期に入った頃だ。そして何よりあの時よりも胸が痛いのだ(体を動かすと痛いとかではなくて、ずっと痛い)。すぐに病院に・・と思ったが数日後に東京で仕事があり、それはなかなか代役を立てにくい仕事だったので、迷った結果その仕事が終わったらすぐに病院へ行こう、という自己決断をした。思えばその決断が・・



ショーペンハウアー著、鈴木芳子訳の「幸福について」(光文社古典新訳文庫)という本がある。人生ってなんなんだろうな、とyoutubeの本要約チャンネルみたいなのを見てしまった時期があり、このショーペンハウアーって人、ほんとみたいなことを言うじゃんと購入した本だ。

その冒頭、ショーペンハウアーが幸福について説く上での根本規定として、アリストテレスが人生の財宝を3つに分けたという話が出てくる。ちょっと自己啓発的なノリではあるが短く紹介したい。

一、その人は何者であるか。人間性、ここには健康も含まれる。

二、その人は何を持っているか。所有物や財産。

三、その人はいかなる印象を与えるか。他者評価(本にはその単語で書かれていないが、承認欲求もこれに含まれるだろう)。

ショーペンハウアーは、その3つの中で一番大事なのは一やで、と説いている。幸せになりたいなら、所有や他者評価じゃない、自分やで、自分の人間性を磨くことやで、と。

話が健康から逸れるので少し書くに留めるが、先日テレビで氷河期世代の生きずらさについて当事者インタビューを交えた番組が放送されていて、僕はその世代よりちょっと下ではあるが、当時は働き手の過多で(今では考えられないね)正規雇用してもらえず、所得も低く、自己評価が低いというその世代の方たち共通だという嘆きが綴られていた。それは確かに大変だなと思いつつ、氷河期世代に限らない今の人は、自分も含めて、二、三に囚われがちだよなと思った。あれがない、認められたい。それらは自分の人間性を高めることとイコールではないのに、自分以外のものに幸福を求めがち。

とはいえ、自分を大切にする、という言葉には自分勝手や自己完結、スピリチュアルっぽいみたいなネガティブなものが含まれている気がするので(スピリチュアルを否定したいわけではないです)、じゃあどうすれば良いの?という疑問は残る。SNSで簡単に他者評価らしきものを得られる分、自分で自分を褒めるのが難しい時代なのだ。



東京での仕事を無事に終えた。夜の有楽町を歩いて駅に向かう。その頃は、胸の痛みはピークに達していた。一緒に仕事をした人には「もしかしたら途中抜けるかもしれません」と事前に伝えていたが、親も含めて他の人には相談をしていなかった。しても「病院行け!」としか言えないと思うので。

あーなんかもしかしたら俺ヤバいかもな、と思いながら歩く夜の東京は違って見えた。綺麗な服を纏った都会的な人には目が向かない。交通整理や、夜であってもゴミ清掃をしている人に目がいった。毎日おつかれさまです。ショーウィンドウにはモノ、モノ、モノ。そもそも金持ちではないけれど、お金があってもあんま意味ねーなとも思った。明日死ぬかもと思っていればね。でも、恨み節がこみ上げる・・ということはなく、煌びやかな町を歩いていてなんとなくではあるが、世の中は優しいな、とも思った。なんとなくではあるが。

新幹線で群馬まで戻るのに、何時間もご飯を食べていないことに気付いた。駅のホームに弁当屋がある。まだ幾つかが売れ残っていた。その時の弁当の中で、普段であればチキン南蛮タルタル弁当一択であるが・・体は、地味めな幕の内弁当を指さしていた。

新幹線の座席のテーブルを広げて食べた幕の内弁当の味は、ちょっと忘れられない。鮭よりは、こんにゃくやしいたけの煮たやつが旨い。ご飯もいつもの倍の時間をかけてよく噛んだ。

高崎へ着き、そのまま車で病院に・・とも考えたが、明日きちんと予約をしてあるのだ。まさか死ぬことはないだろうと家まで帰った。着いたのは深夜だったが、あっと言う間に眠りに落ちた。



翌日、パジャマも持って、やれる仕事のデータを数日前に全て移しておいたノートパソコンも持って、いざという気持ちで循環器病院へ行った。

簡易的な検査を経て、先生は「問題ないですね」と言う。「へ?」と僕。「心臓のことで常時胸が痛いなんてことは普通ないんです。検査でも異常は見つからないので、逆に何か心当たりありませんか」と先生。拍子抜けだった。念のため、造影剤を使ったCTスキャナーの予約を入れて、病院を去る。

その翌日だったか、ふと気づいたのだ! ゴールデンウィーク序盤のコンサートで、PAの超重い機材を「大丈夫っすよ」と一人で運んだことがあった。短い距離だったし、その数日後からの痛みだったのでわからなかったが、どうやら 筋肉痛 のたぐいだったのではないかと。年寄りの筋肉痛は数日後から。ずっこーん。大騒がせなやつだ。そうなのだ、あの時新幹線でチキン南蛮タルタル弁当を食べても大丈夫だったのだ。



というオチでちゃんちゃん、と終えても良いのだが、今回の一連で僕は僕なりに「幸福について」考えた。

幕の内弁当を食べ終えた新幹線内。客はまばら。弁当を包んでいた紙を畳み蓋をして輪ゴムで止めて。その後、高崎へ着くまでの残り30分にも満たない車内で僕は、死ぬまでに買いたいものを探してアマゾンをディグるのでもなく、承認欲求を得るためにいつものようにSNSを流し見るのでもなく、ただ、自分の頭を撫でていた。

よくやった。今日の仕事も無事やり遂げたし、この年になるまでよくやってきたと思うぞ。ダメな部分も一番良く知ってるけど、その割にはよくやってきた。と。

明日死ぬかもと思った時、はじめて自分自身と向き合うことができる。それは、自分を大切にしよう、みたいなふわふわした格言ではなく、そうせざるを得ない必然性に駆られるのだ。それは、この年にして初めて体験したと言ってもいい特別な体験だった。



今日、検査の結果が出た。医師から言われたのは15年くらい前と同じ「心臓回りの血管に脂肪がついてますね、もっといくとカテーテル手術(血管を広げる手術)です」という一言。まだ若いけど、という言葉はなかった。そして、今回の胸がずっと痛い、以外で実はたまに胸に違和感があって、その相談をすると「動いた時に症状が出ずに、就寝時などにその症状が出るということなので、動脈硬化の気があります。頻繁に起こるようならカテーテルを入れた検査をしましょう」という具体的なアドバイスもいただいた。

今回僕に起きた一連は、そのほとんどがうっかり話ではあるが、ショーペンハウアーも言っているように、やっぱり健康って大事。少しでも他人事ではない、と思った方は、それに沿った検査を受けることを激推しする。

最後の晩餐かも、と幕の内弁当を嚙み締めなくてもすむ、健康な暮らしを送ろう。

6272声 時をはさんで

2025年08月09日

中之条町のはしっこ、市城に「うた種」という手芸カフェがある。店主の曽根原さんは、中之条町つむじが立ち上がった際につむじで働いていて、その時からの顔見知り。店では裁縫を教わることもでき、曽根原さんが目利きした雑貨を買うことやコーヒーを飲むこともできる。曽根原さんのパートナーである原沢さんは隣接する建物で「フクロコウジ」という名の小さな本屋を営んでおり、原沢さんとも彼の前職、中之条町観光協会時代から一緒に仕事をしてきた。その夫婦については色々書けるが、ようは長い付き合いという一言でも済む気がする。

看板を新しくしたい、という話をずいぶん前からもらっていて、ようやく事を進めている。いつも仕事をお願いしている看板屋もあったが、はじめて、渋川市の「中央広告」に施工のお願いをしてみた。僕が仕事で関わっている東吾妻岩島の「Serenite」でとてもこだわりを感じる看板を作っていた会社だったからだ。詳細をメールすると、その日のうちに現地に来てくれるという。

話をしてみると、僕が通っていた中学校の先輩であり、「フクロコウジ」の原沢さんと同級生の方がその看板屋さんだった。そういう偶然が起きても、そういうことあるよね、と慣れてしまっている自分がいる。とにかく、いくらか知った関係で良かった。いい仕事をしたい。

原沢さんと看板屋さんとは、同級生話でプチ盛り上がっていた。そうなるだろう。話し合いを終え、遅い昼飯でも買おうかとスーパーに寄った。買い物を済ませ外に出たら、ベンチに白髪の男性。ぼーっと目の焦点があっていない感じでただ棒アイスを食べていた。ふと、それは僕の同級生のSくんではないかと思った。齢45にして完全白髪は早い気がするが、顔がどうやらそうに違いないと。僕は声をかける・・ことはせずにその場を後にした。「おう、久しぶり」と声をかけるほど昔、話をしていたわけではないし、そのぼーっと目の焦点があっていない感じが接点をもつことを拒否している感じがした。中学生の同級生だからお互いにその倍以上の年月をはさんだのだ、お互い色々なことがあってもそれが普通である。

なんとなく、生きてるだけで良かったな俺ら、と思った。

6271声 生活が荒れて

2025年08月08日

齢45にもなって、そんな晩酌をしていると書くと生活が荒れているんじゃないかと思う人もいるかもしれないが、もともとそんな生活ではあったし、忙しい今もできることなら朝の散歩をしたりとか、なんなら食用ほおずきを苗から育てたり(それはこれを書いている8月末の時点で寂しい結果が見えているのだが)、夕顔を切って干してかんぴょうを作ったりしている。つまりは、仕事以外にも実感のある生活を求めやれることは実践している。けど、仕事が多い。であるから、時間と頭に余裕がない中で成立することをする、つまりは餃子の皮ピザを芋焼酎の水割りで流す。

6270声 餃子の皮を焼いて 

2025年08月07日

齢45にもなって、帰宅して何をつまみにしているかと言えば、やる気を出せば色々な料理もできる中で(ほんと料理が好きになりました)、結論を言ってしまうと餃子の皮ピザにはまっている。フライパンを火にかけ、油はいらない。餃子の皮を1枚ずつはがし(2枚重なっててもいい)フライパンに並べる。7枚くらいは並べられる。ケチャップをちょんちょんとそれぞれに垂らす。スプーンでぺいって平たくしても良いが口に入れば一緒なのでなるべく手間は省く。で、溶けるチーズをそれぞれに適量乗せる。で、フライパンにふたをしてほんのちょっと待つ。ちゃんと溶けるまで待たなくてもいい。それでパリパリに焼けた餃子の皮を、手で直に取って口に運ぶ。あついあついと口に出しながら芋焼酎の水割りで流す。そういう適当なつまみを今は好んでいる。

6269声 芋焼酎を水で割って

2025年08月06日

齢45にもなって、帰宅して何が飲みたいかと言えば、まだ缶ビール一本空けられる暑さではあるが、結論を言ってしまうと芋焼酎の水割りが良い。350mlくらいは入るアルミ製ぽくて氷が溶けにくいグラスみたいなのが1つあるので(どこでもらったか自分で買ったのかも覚えていないが)、それに適当に氷を入れて、1本1,300円くらいの高くも安くもない芋焼酎をそこそこ多めに入れて、水道水を注ぐ。少し待ったり待たなかったりしてぐいぐい飲み干す。甘くないのが良いし、冷えているのが良いし、翌日残らなそうなのも良い。そういう適当な酒を今は好んでいる。

6268声 1日で書けることを3回に分けて

2025年08月05日

書いてみた。今月が人生で一番忙しいか?と言われれば、人生で3番目くらいだと思うが、どうにか生きている。めっかった群馬を日々チェックされている方がいたとしたら申し訳ない。ここからどどーっと更新されます。

6267声 みょうがをお裾分けして

2025年08月04日

(前の続き)「こんなに採れたんだから裏の家にお裾分けすれば?」と母に言うと、さっそく持っていくという。僕は僕でみょうがの味噌汁を飲みながら、朝ドラを見ていた。「あんぱん」はそこそこ見ているが、我先にと人生を切り開いていたヒロインがやなせたかしの妻になった途端に内助の功に収まるのが事実ありドラマの限界を感じる。戻ってきた母が「おじさん(実際は名前で呼んでいます)はいなかったけど奥さんがいたから渡してきた。夫はこれをつまみに酒を飲むのが好きなので助かりますと言われた」とのこと。よい話だな。

6266声 みょうがを発見して 

2025年08月03日

(前の続き)というご飯を会社で済ませ家に戻ると、夜の台所に山盛のみょうが。朝、母に話すとうちの柿の木の下にわんさか生えているらしいことがわかった。買う必要なかったじゃんとも思いつつふと、うちの裏の家のおじさんが毎年自分の家に生えるみょうがを楽しみにしていて今年はならなくてがっかりしている、という母の話を思い出した。

6265声 みょうがを炒めて

2025年08月02日

やけにみょうがを食べたくなった。そのままではなく、豚肉と炒めたい。スーパーに行くと、両方あったので買った。疲れ気味なので、にんにくを炒めるところから始めた。豚肉、みょうがと入れて塩を振る。ジャっと料理酒も入れたが、それ以外にはいらない気がした。正解。めちゃくちゃ美味しい。

6264声 散歩を忘れて

2025年08月01日

今現在は8月15日。日々の投稿のめっかった群馬においてここまで空けてしまったのも久しぶり。今月に入り、奈良へ行ったり長野へ行ったり、明日からは東京での撮影。先月まではほぼ毎朝、家の周りの散歩を自分に課していた。最初は面倒だなと思う事もあったけど、2か月もするとそれは楽しみに変わっていた。そういう年齢になったとも言えるし、散歩の良さが年々わかっていくことが嬉しかった。8月に入り散歩もほとんどしていない。草は猛暑にも負けずぐんぐんと成長もする季節だが、僕自身はなんて成長がないんだろうとげんなりしている。今月、岡安担当月です。

6263声 地震と鯨

2025年07月31日

七月の最終日は、ロシアのカムチャツカ半島方面で地震があり、沿岸部で最大6メートルの津波が観測されたほか、火山の噴火も確認され、日本列島にも津波警報が発令されるなど、騒然としていた。その関連もあろうと思うが、千葉県館山市の平砂浦海岸の波打ち際に四頭のマッコウクジラが打ち上げられたとうニュースがあった。クジラは息絶えてしまったのだが、何か自然界で大きな異変が起こっていることは感じる。台風も迫ってきているし、胸がざわめく。そんな時に、また別の俳句大会の選句用紙がどっさり届いた。今度はジュニアの作品なので、まぁ趣向が変わってそれはそれでよろしい。さて、今月で私の担当期間は一旦終了し、次回はまた年末に。