早くも梅雨を思わせる、陰鬱な曇天の一日であった。
梅雨に吹く南風のことで、「黒南風(くろはえ)」と言う季題がある。
今日はまさに黒南風らしい、湿った風が路地をのっそりと吹き抜けていた。
梅雨は何が嫌って、麦酒がうまくないのが、嫌である。
湿度と麦酒の味との関係を明確に説明し得ないが、
とにかく、美味くないのである。
では、どんな状況下で飲む麦酒が美味いのか。
「朝イチ、歯を磨く前に飲む麦酒が美味い」
と言っていたのは、タモリである。
「歯磨き前」と言うところに、ただならぬ説得力がある。
中島らも作品の中にも、いくつか美味しそうな麦酒の描写がある。
エッセイの中にある、無職時代、朝起きてカーテンの隙間から、
通勤するサラリーマンの列を眺めつつ飲む麦酒。
小説の中にある、依存症治療で入院中、
病院を抜け出して行った蕎麦屋で飲む瓶麦酒。
中島らも作品の麦酒は状況がいささか過激であるが、
この二つの例を見ると、やはり不道徳な環境下で飲む。
と言うことが、美味しい麦酒へありつくキーポイントのようである。
しかし、こうなるともう麦酒に限らぬが、
一般的によく言う「昼の麦酒は美味い」 と言うのも、同じことであろう。
それが酒と言うのものの、真理のひとつかどうかは分からぬが、
前述の中島らもの小説の中、アルコール依存症治療のため、 これから入院しようと言う直前。
もうこれで飲み納めと言うことで、自動販売機でワンカップを買って飲む描写がある。
しかも、2本。
この描写は、悲しいくらい、切実に、不味そうな酒である。

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