日刊鶴のひとこえ

この鶴のひとこえは、「めっかった群馬」に携わる面々が、日刊(を目指す気持ち)で記事を更新致します。担当者は堀澤、岡安、すーさん、坂口、ぬくいです。この5人が月替わりで担当しています。令和8年度は4月(坂)5月(ぬ)6月(岡)7月(す)8月(堀)9月(坂)10月(ぬ)11月(岡)12月(す)1月(堀)2月(坂)3月(ぬ)の順です。

2406声 予定

2015年05月11日

整然と予定が書かれている手帳にあこがれる。
赤や青などの色で分類分けされていて、
文字の大きさも均等な頁である。
私は何年経っても手帳の予定がぐちゃぐちゃで、
その内容は理路不整然かつ意味不明である。
予定の欄には「はいく」とだけ書いてあり、
「俳句」に関する何の予定かが重要なのだが、
それが判然としない。
一年を通して、そう言う日にちが多々存在する。
昨日の5/11(月)の欄には「送信」とあり、
「何を」送信するべきだったのか、送信予定日
を一日過ぎた今日、催促の連絡が来るのではな
いかとびくびくしている。

2405声 冷やし中華

2015年05月10日

冷やし中華を食べた。
「冷やしたぬき」を注文しようと店内のメニューを見ていると、
壁にいつもと見慣れぬ文字が貼ってあったので、思わず注文した。
お皿には細切りの胡瓜、ハム、錦糸卵が放射状に盛り付けてあり、
紅生姜とカラシの鮮やかなさし色が食欲をそそる。
夏料理と言うのは見た目の清涼感が大切である。
などと、もっともらしい事を書きつつも、その一分後にはそれを、
ぐちゃぐちゃに混ぜて食べている。
冷やし中華を、どうもきれいに食べられない。
ラーメンはいまや世界的な人気者になり、
欧州ではひそかなブームにもなっているとか。
国内でも昔ながらの醤油味からトマトやらチーズやら、
安価なものから高級なものものまで、斬新なバリエーションが増殖しつつある。
冷やし中華は、冷やし中華とだけは、いつもでも食堂の片隅で出会いたい。

2404声 若葉風

2015年05月09日

定例句会のため、原宿へ出かけた。
原宿の街が発する活力から逃れるように、
駅を出ると竹下通りや表参道には目もくれず、
そそそそっと明治神宮の木下闇に紛れ込む。
桜の時期からたったひと月で、明治神宮や代々木公園の緑は、
ポップコーンがはじけるように膨らんでいた。
始めてこの句会に参加したのが、三年前の五月。
今日のような好天で、参道を抜ける若葉風が心地よかった。
若者の街である原宿には若葉が良く似合う。
だからであろうか。
風の香りが若者であった頃の自分を思い起こさせる。

2403声 花人

2015年05月08日

立夏を過ぎ、連日の夏日である。
近所では藤が散り、躑躅が瑞々しく咲いている。
数日前に北海道で散る桜を観ていたので、
感覚が追いついて行かぬ心持である。
私には俳句の師が居て、先日、忘れたころに便りが戻ってきた。
今回は随分と返信が遅かった。
便りの文面には、返信が遅くなった理由が書いてあり、
「花に心奪われ…」ていたとの由。
師は自他共に認める「花」好きで知られ、
さくらの時期は毎日どこかの花の下で酔っている、と言う具合である。
「花見」をしている人のことを、季語では「花人」と言う。
花人とは、そして俳人とは何かを、その一文を読みながら考えさせられた。

2402声 「北海道麦酒漬紀行」番外其之二

2015年05月07日

「バックは」
一挙に血の気が引いて行く心地。
部屋のどこを探しても、背負っていたバックパックが無いのである。
ひとまず、ベットに腰かけて缶麦酒を一口すする。
ホテルにチェックインした時点から、記憶を巻き戻して見るが、
酔いの回った記憶はもはや、砂浜の足跡のごとくであった。
残されている思考力を全て動員し、現場を突き止めねばならない。
重要なのはバックを「置いた場所」である。
チェックインする時、駅のトイレに行った時、列車に乗った時。
「列車に」と、来たところで記憶の中の捜査犬が吠える。
この犬も酔っているので定かではないが、乗車した際に、
網棚の上にバックを置いた。
どうやら、あやしいのはその場所である。
すぐさまジーンズに足を通して、札幌駅へ向かった。
駅構内の「忘れもの」窓口にたどり着くまで、
どのくらいの時間を経たのか定かではないが、
窓口の係員が親切な人だったことは、しっかりと覚えている。
結局、「赤色」と言う単純かつ派手な色が幸いしたのか、
バックは誰にも持って行かれず、初めて名前を聞く、
E駅に先ほど保管されたとのこと。
23時を回っていたので、本日中の回収が難しく、
帰りの時間との兼ね合いもあるので、図々しくも郵送をお願いした。
貴重品の類は全て手持ちの小型バックに入れていたので、
無くなっても大事には至らなかったが、
着替えは一個もなくなってしまった。
酔った若者たちのあふれる構内をとぼとぼと帰りつつ、
コンビニへで下着と缶麦酒を買ってホテルへ戻った。
その後、バックより早く帰ってきた持ち主は、この文章を書きつつ、
北海道から赤いバックの帰りを心待ちにしている。

2401声 「北海道麦酒漬紀行」番外其之一

2015年05月06日

麦酒漬紀行も、しこたま麦酒を飲んで、楽しく終了。
とは、やはり問屋が卸さない。
酒での失敗と言うのは、自責の念が甚だ大きく、
できればすぐにでも忘れてしまいたいのだが、
「北海道麦酒漬紀行」などと銘打って書いたのならば、
恥を忍び、オチを付けねばなりますまい。
小樽ビールにおいて、「麦酒純粋令」の素晴らしさに改めて感動し、
ホール係りの姉さん方の迅速な接客も相まって、次々に杯を開けた。
その時点で、酔いの進行に気づかねばならぬのだが、
ジャーマンポテトの脇に並ぶ、空のジョッキ。
頭の中では、タガがとうに外れていた。
運河に灯るガス灯の灯に千鳥足を照らされつつ、
小樽駅から帰りの列車でも、片手には缶麦酒。
よく冷えたサッポロクラッシックには、
麦酒漬人間なれども、明瞭に分かる清涼な味わいがあった。
麦酒の味わいは明瞭に覚えているのだが、記憶の方が曖昧模糊としていて、
「はっ」と気づいたのは、風呂上がりの一杯。
ホテルの一室でサッポロ黒ラベルの北海道限定缶を、勢いよく開けた瞬間である。

~つづく~

2400声 「北海道麦酒漬紀行」第二日目

2015年05月05日

ジンギスカンによる功績が大きく、
前日の麦酒漬けによる二日酔いが、ごく小規模で抑えられた。
串カツ屋では禁じ手の二度づけをするべく、一路、小樽を目指して列車へ乗った。
今日も浸かるなら麦酒である。
小樽市内は、防波堤から海風が吹き込んで、体感気温は札幌などよりも、
ずいぶん低く感じられた。
市内北側に伸びるこの防波堤は、日本初のコンクリート製外洋防波堤との由。
防波堤と運河観光もそこそこに、行くあてはもちろん麦酒。
今回は、運河倉庫の一角をビアパブとしている、「小樽ビール」である。
赤レンガの倉庫のやわらかな灯りに照らされつつ、早速、ピルスナーから始める。
ドンケル、ヴァイスと進め、限定醸造のへレスを流し込む。
隣の席では、大柄の欧米人男性が中ジョッキ、小柄な日本人女性が、
顔よりも大きな大ジョッキを両手で上げている。
実に、爽快な光景である。
へろへろくたくたになりつつ、夜風に背中を押され、帰りの列車へ転がり込んだ。
無論、ポケットにはお土産である小樽ビールの瓶と、
先ほどキオスクでもとめた、サッポロクラッシックの缶が詰め込んである。

2399声 「北海道麦酒漬紀行」第一日目

2015年05月04日

肉を麦酒で漬けると柔らかくなると言う。
ならば、今日の私の肉はほろほろと溶けるような食感が楽しめるはず。
朝から麦酒工場の見学へ行き、その後、当然のことながら試飲でがぶがぶ飲んだ。
「一番搾り」における「一番麦汁」の効用を暗誦しつつ、
一番搾り、ラガー、スタウトと、代わる代わるグラスの色を染めた。
普段は酒場の片隅で、何某の麦酒を云々しているが、麦酒も生鮮食品、
つまるところ新鮮なものは美味いのである。
その後、当然のことながら併設されているレストランに腰を据え、
ジョッキの柄を握りしめていたのは言うまでもない。
窓からは、風の流れに散る鮮やかな蝦夷山桜が見えた。
今日三回目であるが、その後、当然のことながら、
千歳市内にあるアサヒビール園なるビアホールへ移動し、
まだまだ、ジョッキの柄を離さない。
麒麟から朝日へと節操が無いのだが、この麦酒のちゃんぽんは至福である。

2398声 罫線

2015年05月03日

北海道では長袖一枚では寒く、
札幌市内に着くと、ウインドブレーカーを一枚羽織って丁度良いくらいの気温。
それを羽織っているのが旅行者で、薄着で街を闊歩しているのが地元民と言う、
大変わかりやすい人の往来であった。
札幌市内の桜は、いままさに散り際。
すでに葉桜になっている木も多数あり、
大通公園ではライラックが最盛を最盛を迎えようとしていた。
市内の植物園へ行き、木々の間を跳ねる蝦夷栗鼠の姿に感動していると、
すぐ隣にも、メモ帳を片手に栗鼠を凝視する年配の一団。
横目にメモ帳を覗き見ると、罫線が縦であった。
言わずもがな、私と同じ人種である。
「ひとつお手合わせ…」などと、流離の浪人のようには振る舞えず、
先ほどの蝦夷栗鼠のごとく、木立の陰に身を寄せてしまった。

2397声 夢中

2015年05月02日

葉桜をすべる日差しが瑞々しい。
わたわたしている間に桜が散ってしまった。
今年はめぐり合わせの悪さと、生来の出不精が重なり、
花見らしい花見を一度もしなかった。
よって、「桜」に関する俳句がどうにも不作であった。
その穴を埋めるように、今日から北海道へ桜を観に行く。
北海道なら、ゴールデンウイーク期間でも花見が出来る。
桜を観に行ったとて、興がのらず酒ばかり飲んで、
ぐでぐでしていることがしばしばある。
ましてや北海道は札幌。
サッポロビールの誘惑に勝てず、今回もそうなってしまう可能性が大である。
しかし、そよぐ若葉を眺めているとなんだか心が急いて、
何かに夢中にならざるを得ないのである。

2396声 主人

2015年05月01日

毎年のことであるが、昭和の日からゴールデンウィークにかけて、
降り注ぐ日差しが一挙に夏めく。
5月1日の今日も、例外なく快晴の夏日。
大人は青白い顔をして木陰にうずくまり、子供は素っ裸で噴水へ突撃している。
昨晩、群馬県桐生市にある銭湯の主人から連絡があった。
着信履歴が残っていて、まだかけ直していない。
ご主人は年に一度くらいのペースで、電話をくれる。
その時は、必ず酔っている。
前回は、湯銭値上げの件で組合と揉めたらしく、
小一時間ほど県内の浴場事情に憤慨してから、酒が切れたのか、
「まぁ、よろしく」と唐突に明るく電話を終えた。

都内の銭湯に比べ、地方の銭湯は風通しが良い気がする。
出歯亀をする人もなかろうと言うことで、いつも窓が開けてある。
今の時節、湯上りに触れる若葉風の心地よさはたまらない。
電話を見つめながら、そんな爽快な思い出に浸るばかりで、
すぐにかけ直せずにいる。

今日から抜井です。

2395声 夏に備える

2015年04月30日

暖かい。
このひと月で随分気温が上がった。
今年の夏は暑いのだろうか。
体が欲しがる食べ物も飲み物も夏モードになってきている。
食べ物ならば流し込み系、飲み物ならば浴びる系が欲しくなる。
食べ方も、流し込むように、飲み方も、浴びるように、したくなる。
ちなみに私にとってワインは浴びる系、日本酒は迎えにいく系。
それはさておき、とにかく、よく噛んで食べた方がいい。
そう言えば昨年大腸がんが、日本人の癌の中で最も多くなったという。
腸は発酵臓器で、体の根本的な活力、免疫力を作り出しているのが腸である。
ここが弱るということは生命力が弱っているということになる。
腸のことを思えば腸が欲しがる食べ物を食べる必要があるが、その前にまず腸が欲しがる食べ方で食べ物を腸に送り込んでやることの方が大事なのだと思う。
発酵しやすい状態で送り込んでやる。
それにはよく噛むしかない。
噛んで砕いてすりつぶして唾液と混ぜてやると、大体の食べ物は発酵のための餌としてもってこいの状態になる。
腸のことを思ったら、噛んだ方がいい。
あまり食べない、のはさらにいい。

ではまた。

真夏の8月に。

 

明日から抜井です。

2394声 ゴールデンウィーク

2015年04月29日

連休初日。
このところの好天はまだ続いている。
6日まで休みならば8連休になる。
すごいことだ。
お客さんの表情もいつもとは違った。
仕事の緊張から解放されていい顔をしている。
酒を飲みながらゆっくり休んでもらえたらそれが一番いい。

2393声 グルッペ

2015年04月28日

久しぶりにグルッペにそばを食べに行った。
伊勢崎の緑町にあるそばも出す喫茶店である。
ママはいくつになったのだろう。
確かうちのお袋よりは上だったと思うから70前後か。
昔この界隈で飲み歩いては最後にグルッペのそばを食べた。
どんなに酔っていても必ず瓶ビールだけは頼んだ。
そうすると柿の種が出てくる。
飲みきれないことも何度もあった。
ここのもりそばには必ず薬味としてねぎ、きゅうり、わかめ、天かすがついてくる。
これは好きなだけ食べて構わない。
とくにそう言われたわけでもないが、遠慮もなく好きなだけ食べていた。
こちらから話さなければ、とくにママは話しかけてこない。
そばはいつもうまい。
もう15年くらい前のことである。
ママは歳をとった。
私も同じだけ歳をとった。
グルッペは名店のしきたりに書いたろうか。
何も残さずこの店が終わったら後悔しそうだ。

2392声 平日の昼間から

2015年04月27日

今日は隣の洋服屋の企画展に合わせて昼営業をした。
快晴の月曜日だった。
本来ならば定休日で、しかも平日だからそう人は来ない。
ならばと昼間から外にテーブルを出して、飲んでいた。
うちの店は高崎駅近くの大通りに面している。
平日の往来は人も車もきびきびと動く。
前日の日曜日も営業したのだが、昨日とはまるで違って、平日はあまり目的のなさそうな足取りが逆に目立ってしまう。
サンダルにかんかん帽でゆるゆると歩いているおじいさんだとか。
スーツは来ているものの仕事にいく感じではない若者だとか。
世の中のペースに沿わない人がいると、街に幅ができる。
幅ができると安心感が生まれる。

2514声 こんなことして遊んでた

2015年04月27日

店の片付けは少しずつ進んでいる。
今日は主に書類、プリント関係の整理。
この10年くらいのあれこれが写真とともにどっと出てきた。
流石に10年前は若いよね。
あと10年経ったら、きっとまた今の写真を見て同じことを思うのだろう。
おそらく7、8年前だと思うが、七夕の時にやった句会の俳句が出てきた。
飲食店とはまるで関係ないが、こういうイベントごとの書類が多い。
その時の句を幾つか紹介したい。
誰の詠んだものかはほとんどわかりません。
「年一度顔見るくらいがちょうどいい」
これはもはや俳句ではない。
でも嫌いじゃない。
「彦星も今宵ばかりは朝帰り」
「七夕に棚ぼたを待つ祭りの日」
「天の川出会うことなく三途の川」
「叶うなら短冊よりも金をくれ」
ひどい。
こんなのばっかりだ。
最後に好きなのを二つ。
これだけは詠んだ人を覚えている。
元気にしてるかねぇ。
では。
「織姫に紹介してよとかぐや姫」
「天の川渡りきれずに流れ星」

2391声 ありがたみ

2015年04月26日

酒がありがたいのは、酔ってもいいという時間がありがたいということでもある。

だから酒のありがたみが身に沁みないのは、暇なのかもしれない。

2390声 辛口

2015年04月25日

お客さんが日本酒を注文する時、大抵の方が「辛口をください」と言う。
これは「口の中で重くない日本酒」ということだと思うけれど、辛さの基準はその人によっていろいろだから難しい。
たとえば酸が高いとその刺激で甘口でも軽く、辛く感じる。
あるいはアルコール度の高さもそれが高ければ重くなる。
アルコールは刺激だから高ければ辛く感じるのだが、口の中で重ければそれはお客さんの欲しい辛口とは違う。
甘口でも雑味が少なければこれも辛く感じたりする。
その辛口の判断が口に入れた直後なのか飲み終えた後なのか、二口目、三口目の判断なのかでも違う。
口に入れてすぐ甘味が上がってきれいにスッと切れていく酒は軽さを感じる。
逆に口に入れた時の甘みの盛り上がりはそれほどでもなく平坦でも、後半に雑味が出てくると重く感じる。
結局、それぞれ違う辛さの基準を把握するよりも、まず先にその人の欲しい甘味がどのくらいのところに設定されているのかを考える方が間違いが少ない。
ライトボディなのかミディアムなのかフルなのかというような。

ミディアムの中のライトなのかミディアムの中のミディアムなのかミディアムの中のフルなのか、くらいは考える。