日刊鶴のひとこえ

この鶴のひとこえは、「めっかった群馬」に携わる面々が、日刊(を目指す気持ち)で記事を更新致します。担当者は堀澤、岡安、すーさん、坂口、ぬくいです。この5人が月替わりで担当しています。令和8年度は4月(坂)5月(ぬ)6月(岡)7月(す)8月(堀)9月(坂)10月(ぬ)11月(岡)12月(す)1月(堀)2月(坂)3月(ぬ)の順です。

2310声 人ごみ

2015年02月05日

列をなし手をすり合うは福袋

 

早朝の高崎。吾妻線は終電が早いため、
車で高崎まで行き、駅へ向かう正月二日。
高島屋の前は、福袋を求める人の列。

 

2305声に抜井さんも書いていたが、
この日、抜井さん堀澤さん鈴木さんと共に
俳句ingの旅に出た。今年は大塚・池袋方面。

 

初めて立ち寄った池袋演芸場では噺家さんが、
「昔は正月なんてこのあたり誰も歩いてないが
今は正月からたくさんの人が歩いてらあね」
みたいなことを言っていた。

 

確かに多くの人が行き交う東京ではあるが、
だれかれもどことなくのんびりとしていて、
ほろ酔い気分でその中の一員になることで
正月がじんわりと身体に染み込むようだった。

 

親子連れ歩調合いたるお正月

 

自分とばかり向き合う日が続くと、
人ごみの中に紛れることで癒される事がある。

2309声 平和

2015年02月04日

部屋で一人。プッと放屁して、

「わー臭いな、いつもより臭いな」

と喜んでいるうちは、世界は平和。

2308声 女のいない男たち

2015年02月03日

村上春樹の新刊を読んだ。

 

妻に先立たれた俳優、宿命的な彼女との別れを選んだ男、

裕福な暮らしをし深い恋に落ち敗れ衰弱しきって死んだ男、など

まさに「女のいない男たち」の短編集であり、

男と女は、容姿や性欲や損得や建前などよりもっと深い、

人生を揺るがすものとしての関係である、と言わんばかりの小説だった。

 

やれやれ・・・僕は今までそんな、人生を揺るがすほどの恋愛

とは遠い生き方をしてきたけれど、ふと思い出したことがあった。

学生が終わってわりとすぐの頃、女の子を映画に誘った。

2人できちんと会うのは初めてだった。不忍の池のあたりだったかな。

彼女は、「友達に借りてきたの」とネックレスをしていた。

「映画さ、昔の映画なんだけどすごくいいんだ。『道』って言って」と僕。

僕はとても緊張していて、特集上映の古い映画を観て、歩いて、別れた。

その後は自分の引っ越しだのなんだので、会うこともなく、

その、ただ一度東京を歩いた、というだけで、終わった。

 

今ふと思うのは、映画のことなんか二の次にして、

その日のために友人に借りてまでしてくれたネックレスのことを、

一度でも褒めれば良かったな、という事。見た目じゃなくて、気持ちをね。

・・・まあ、昔のそんな事を気にする男は、往々にしてもてない男であり、

人生を揺るがすどころか、木々の葉も揺れないようなか弱い話だけど。

馬鹿なんだろうね、いくつになっても。

2307声 朝のリレー

2015年02月02日

大道の老人が 蚕の夢を見ている時
伊勢町のお母さんは 子供のお弁当を作る
西中之条の学生が 朝ランを終える時
美野原の牛は モーッと湯気を上げる
赤岩のおじさんが コーヒーをすする時
入山の蕎麦屋は ざくっと蕎麦に手を入れる
僕らは朝をリレーするのだ 緯度から緯度へと
そうしていわば交代で 中之条を守る
眠る前のひととき 耳をすますと
六合の山奥で きりんという名のヤギが鳴いている
それはあなたの送った朝を
誰かがあんじゃねーと受け止めた 証拠なのだ

 

高崎市も倉渕を越えて軽井沢の一歩前まで広がり
東西の幅がどーんと広いけれど、
僕が住む中之条町も六合との合併により、
広さを感じる町になった。暮坂峠を越えると、
文化が違うんじゃないかとさえ思う。

 

大字ってやつは面白くて、
中之条町には赤坂も青山も五反田もあり、

「小雨」という情緒感じる土地名もある。

 

夜明けすぐ、東から西へ車を走らせていて
浮かんだのがこの詩であった。無論、盗作。

2306声 ターニングポイント

2015年02月01日

2015年2月1日の朝は、ひどく不穏なニュースで始まった。彼岸の火事と高をくくっていた「戦争」の二文字は今後、僕たちにも歩み寄ってくるのだろうか。背中がじりじりした。

 

これは今起こったことではなく、1991年の湾岸戦争が原因という人もいる。遡ればもっと前の、ある日誰かの行動が、今を創っているのだと思う。

 

「自分にとってのターニングポイントはいつだったのか?」

 

中之条町のtsumuji。今に続く友人、尊敬できる人に会った日々か、

いい年して無職。日課の犬の散歩中に、映画の撮影隊を見た瞬間か、

学校の図書館。映画『カッコーの巣の上で』で号泣した20歳の時か、

 

案外、小学6年生。卒業文集を開き、田中の思い出欄の中に「3年生の時は、先生が岡安くんをひいきして問題になりました」という一文を目にした瞬間なのではないかと思ったりもする。背中がじりじりするのがわかった。今思えば気にすることでもないが、小学6年の僕にとっては「身の周りには僕に敵意をもつ人もいて、その人によってクラス皆の僕への態度が変わるかもしれない」という恐怖だった。大げさに言えば「はじめて、自分以外の“世界”を意識するようになった瞬間」だったのかもしれない。

 

その解決策は単純なことだった。二十歳を越えるまでという長い時間がかかったが、田中と心の底からの友人になったのだ。「なんでそんなことをするんだ?」とわからないからの恐怖であり、本人を知れば、その恐怖は消えていった。

 

今朝、報道番組に映画監督の是枝裕和氏が出ていて、「報道や皆の意識として、人質を殺害した彼らは理解不能な悪だ、と決めつけ思考停止に陥るのは良くない。同じ人間として知ろうとすることをやめてはいけない」というようなことを言っていた。

 

今日は、いつかのターニングポイントになる。

その先が、少しでも明るい方向へ向かう事を願ってやまない。

2305声 鯨の刺身

2015年01月31日

明日からは二月、書き手は私から岡安氏に交代となる。
正月二日に開催した俳句ingの行程にて、池袋演芸場へ入場する手前で、
付近の赤提灯へ寄った。
生麦酒中ジョッキを片手に、各々、壁に貼られたメニューを注文して行くのだが、
岡安氏が「鯨の刺身」を選んだことを、一行目を書いた、今、思い出した。
私などはどうもそのあたりのセンスに乏しく、青年時分から今まで、
どんな酒場へ行っても、同じものを注文してしまう。
から揚げだとか、トマトスライスだとか、その手の王道から逸れない。
結果、その店の鯨の刺身はたっぷりとしたおろしにんにくとの愛称が良く、
とても美味しかった。
小さな感動をかみ締めつつ、麦酒を流し込んだのだが、普段の私ならばその扉、
つまり未知の扉を開ける好奇心を押し殺していたに違いない。
さて、鯨の棲家からは遠く、群馬県中之条町から岡安氏の登場である。

2304声 雪山

2015年01月30日

朝から雪であった。
私の住んでいるのは千葉県市川市と言うところで、
東京都に江戸川を挟んで隣接する都市である。
最寄駅から乗車する際には薄っすらと降り積もっていた雪も、
列車が東京都に差し掛かる頃には霙になっていた。
このあたりは山など無く、土地も出水になるくらい低いのだが、
川を挟んで、気温の差が幾分かあるようである。
もっとも、こちらで「山」と言えば、
山頂に神社などある小高い丘を差す場合が多い。
そうすると私は、随分と山の方に住んでいることになる。

2303声 待雪

2015年01月29日

雪。

降るなと、口に出す言葉。

降れと、口に出さぬ言葉。

ふたつ自分の中に、ある。

2302声 魚眼

2015年01月28日

鯉と目が合う。
鯉の側はこちらの目を見ているわけではないのだろうが、
そう言う感覚になる時がある。
冬の間はじっとしてあまり動かない鯉も、小春日などは、
随分と活発に動く。
しかし、小春の鯉と早春の鯉とでは、あきらかに違うのである。
その動きと言うよりも、目に精気が宿るとでも言うのか。
眼光が、たしかに違う。

2301声 梅枝

2015年01月27日

朝から都心では小雪が舞っていた。
ほどなくして雨となり、午前中には快晴になってしまった。
あまねく降り注ぐ日差しには寒中らしい寒さがあり、
風物の影は凛と澄んでいた。
風の中で梅の枝は、ほの紅い光を纏っていた。

2300声 危機

2015年01月26日

朝方、どしんと突き上げるような揺れを感じた。
住んでいるこのぼろアパートは、ねじの外れた椅子のように、
ぐらぐらと不穏な揺れ方をしていた。
震源地である千葉県は震度4とのことで、
他の地域も大事には至らなかったらしい。
即座に、過去の大地震が思い出されたが、
危機に遭遇した時と言うのは、
未来よりも過去のことばかり思い出される。

2299声 印度

2015年01月25日

どういうわけか、生麦酒が美味しい店がある。
「どういうわけか」と言うのは、
私のあまり好きではない銘柄の麦酒なのだが、
その店で飲むと、これが絶品なのである。
生麦酒(中)三百円と言う安価な価格も、
精神的に作用しているが、何に起因する美味しさなのか、
いつも不思議に思っている。
思えばその店は不思議な店で、インドカレーの店なのであるが、
印度人シェフの作る出し巻き卵がとても美味しい。

2298声 耳栓

2015年01月24日

今晩は、いきさつがあり川越で飲むことになっていたので、
帰りを案じることなく、駅前のカプセルホテルに宿泊することにした。
いつものことながら、カプセルホテルはとても理にかなった場所である。
しかしながら、地響きの如くカプセル各所から押し寄せる意いびきに歯軋り。
素面で寝る場合には、耳栓を忘れてはならぬ場所である。

2297声 不純

2015年01月23日

今年も目当ての俳句賞が獲れなかった。
おそらく、足りないものなどなくて、
それよりも不純物が多いのだと思う。

2296声 古酒

2015年01月22日

サーバーやら諸々のシステム移管で、
数日間、更新を止めていた。
言わば車検のようなもので、ガタがきていたこのサイトを、
僅かながらも点検した。
高浜虚子に言う俳論の「古壺新酒」と言った具合に、
2007年にはじまった古いこのサイトにも、
新しい内容が更新できれば良いのだが、
私を含め、運営に携わる人たちがどこをどう切り取っても、
新酒とは言いがたい人物である。
「古壺古酒」と言うことにでもなろうか。
古酒と言っても、古酒になるべくしてなった酒と、
行き掛かり上、古酒になった酒、つまり売れ残りの酒とでは、
大きな隔たりがある。
前者でありたいとは思うが、それもどうだか。

2295声 氷粒

2015年01月21日

朝から小雨。
最寄り駅から出て、職場まで歩く。
道中、徐々に速度が落ちて行く。
雨の、である。
徐々にゆっくりになり、
淡い光と共に小さな氷の粒になった。

2294声 大寒

2015年01月20日

大寒である。
終日、すきっと晴れていたので寒さも厳しいが、
その分、闇が深くちりばめるような星空であった。

2293声 酒瓶

2015年01月19日

巷の量販店でも、クラフトビールの取り扱いが増えてきたように感じる。
特質すべきは輸入ビールで、一昔前はハイネケンやバドワイザーなど、
世界の大所が主だったが、ドイツにベルギー、アジア諸国など、
小規模なブルワリーのものも見かけるようになった。
マニアックなビールを見かけたときは内心、 狂喜乱舞しつつ買い物籠に入れてしまう。
様々な大きさの酒瓶を、カチャカチャ言わせながら会計を済ませるまでは良いのだが、
さて、自宅まで持って帰ることを考えると、
レジ脇にある「イートイン」スペースなる場所で、
一緒に購入した焼き鳥をつまみに、 二三本飲んで行きたい様な心持になる。