日刊鶴のひとこえ

この鶴のひとこえは、「めっかった群馬」に携わる面々が、日刊(を目指す気持ち)で記事を更新致します。担当者は堀澤、岡安、すーさん、坂口、ぬくいです。この5人が月替わりで担当しています。令和8年度は4月(坂)5月(ぬ)6月(岡)7月(す)8月(堀)9月(坂)10月(ぬ)11月(岡)12月(す)1月(堀)2月(坂)3月(ぬ)の順です。

2329声 食べてみ

2015年02月24日

「東吾妻町新名物料理コンテスト」のレシピ集が出来上がった。
昨年行われた同コンテストの受賞作の作り方を網羅した小冊子で、
原町保育所で大人気の豆乳を使ってコクを出す「いわびつ汁」や、
東吾妻町の特産であるナスを味噌炒めにしメンチで包むという
「コロコロメンチ」などの力作が並んだ。3月には町内に配布される。

 

「地産地消」という言葉は、たこができるほど耳にした。
それでは消費のたかが知れるから「地産他消」を推すべきだとか、
地産重視で無理な野菜を作らずに「適地適作」が良いとか、
TPP賛成だとか、反対だとか、農作物とその消費方法についての
話しは絶えない。言うは易し、行うは難し、の繰り返し。

 

そのように頭でこねくりまわしたり、
大枠としての「日本農業のこれから」を考えることも大事なことだけど、

 

「この野菜私が作ったんさ、食べてみ」
「うちのあたりではこういう食べ方があるんさ、食べてみ」
というやり取りを経て、野菜の作り手も料理の作り手も見える料理ほど、
お腹もこころも満たされるものはない。そう思う年になった。

 

群馬はほんとうに野菜がおいしいと思う。
昔はきらいだったけど、春にはフキノトウの苦さを、
夏にはミョウガのえぐみを、秋には舞茸の香りと甘みを、
味わえるこの町に生まれたことは、幸せなことだと思う。

2328声 鼻毛と政治

2015年02月23日

『「やっぱ、鼻毛って必要なんだなぁ」
と、再確認する、冬の朝。
指がかじかむ寒さでも、吸い込む空気は、
(それほど)冷たくないものなぁ。』

 

という投稿を見た。衆議院議員の福田達夫さんのFB投稿である。
緊張極まりない激務続きであろう氏の日常の中にあって、
時々書き込まれるこのような投稿が、僕は好きだ。
不真面目である!などという反応があるとしたら、窮屈だと思う。

 

僕自身の話では、最近鼻毛の白髪率が高い。
太めで立派な白く艶やかな毛が、鼻からピョーンと顔を出す。
頭髪や髭はまだ白髪ないんだけどね、鼻毛だけがね、白い。

 

群馬選出の衆議院議員と、群馬の片田舎で缶コーヒー代もケチる僕。
住む世界は違っても、鼻毛の存在を意識するという思いは同じ。

 

「政治は他人事」と思っている若者が多いとしたら、
鼻毛的感覚の共感、つまりは政治家だって人間味あるおじさん達なんだ、
からスタートする方法も、ありだと思う。

2327声 姉の家から来たクー

2015年02月22日

吉岡に住む姉から電話。
旦那のお母さんの容態が悪いから一家で家を留守にする、
飼っている犬のクーを実家で預かってはくれないか、という内容。
仕事終わっての夜、姉の家まで犬を預かりに行った。

 

物心ついた頃には柴犬のジョンがいて、
最後は病気も患い悲しい思い出もあるゴールデンのキャンディーも飼った、
犬派なぼくんちに、久しぶりの犬が来た。

 

クーはマルチーズなのかな、小型犬で、とにかく落ち着きがない。
姉に似ているんだろう、なんて呑気にギャンギャン吠えさせていたら、
「うるさくて寝れないじゃないか!」

隣のうちから怒られた。

 

仕方がないので以降、どんなに遅く帰宅しても散歩に連れて行き発散させている。
近藤公園の急な階段をてくてく降りていき、街頭照らすベンチ脇を通り、
ジョンもキャンディーも歩かせた、小さな川沿いの道を歩く。

 

落ち着きないしうるさいし、可愛げない犬だなと思っていたが、
散歩で一通りはしゃぎ終わると、僕の歩調に合わせ、歩みを遅めたりする。

 

短期で面倒をみる程度なら、犬との生活は楽しい。

2326声 3:5:2の割合

2015年02月21日

先日の温泉湯豆腐の興奮冷めやらないが、
気の合う仲間ですき焼きを囲もうという話になった。

 

あまり描写をすると反感をかいそうなので今回は書かないが、
牛肉は高崎「まるおか」で買われた絶品の増田牛でした!テヘペロ!
砂糖・醤油・酒の割合はどれがベストなのか、という話しで盛り上がった。

肉や野菜がいいものだったから、結果酒はいらなかったけれども。

 

一番のごちそう、というのは何だろう。

 

僕にとってのそれは、味だけのことじゃなくて、
住む場所や立場、やっていることは違くても、
なんらかの同じ気持ちを持っている人たちと食事を囲み、
飯のはなし3割、馬鹿ばなし5割、真剣なはなし2割くらいが
できるごはんが、そうである気がしている。

 

この日の割合も、そんな割合だったように思う。

2325声 実行する男

2015年02月20日

中之条町つむじで、「クリスマスローズフェア」が行われた。
つむじは以前の職場があった場所で、フェアのチラシも毎年担当している。

 

昨年はフェア初日が歴史に残るような大雪で、
クリスマスローズの花を見るためには雪トラック10杯は
かかねばならず、実質中止のような有様だった。

 

今年は無事に開催できて、クリスマスローズを扱っている
下里見の「富久樹園」の富沢登さんの講演は超満員。
花も文字のそのままに飛ぶように売れていった。

 

クリスマスローズはこの時期に花を咲かせる珍しい花で、
花びらに見える部分が「がく」で長期間楽しめることや、
赤・黄色・白・黒など色や形も様々で、とても人気がある。

 

富沢さんは里見の山に、「高崎クリスマスローズガーデン」という
クリスマスローズが山の斜面に美しく咲き連なる観光園を作った。
もう8年程前だろうか、この立ち上がりから見ているものとしては、
富沢さんのその「実行力」に只々感服するばかりなのだ。

 

裏山一体を、花で埋め尽くし、人を呼びたい。
的なことを言うことは、誰にでもできる。
ただそれを実現できる人は、ごくごくわずかだと思う。
まちづくり・地域づくりを第一に掲げないところも良い。
その精神はとても重要だけど、その精神に浸り過ぎは良くない。
「自分がやりたいからやった」その実現が結果、地域に人を呼び込む。
そういうある種「健全さ」を、富沢さんの仕事からは感じる。
褒めすぎちゃったな・・またガーデンでコーヒーでもごちそうになろう。

 

「高崎クリスマスローズガーデン」は今が見ごろ。
ぜひとも足を運んでいただき、その美しさに見とれて欲しい。

2324声 大地といのちの祈り

2015年02月19日

2012年秋、アメリカインディアンのデニス・バンクス氏が
福島県南相馬市を訪問した映像を編集した。

 

その映像は『大地といのちの祈り2013』という小作品になり、
翌年も来日したデニス氏を追った『大地といのちの祈り2014』と
DVD2枚組という形で、この度パッケージ化を行った。

 

僕もまたインディアン思想とは無縁の生き方をしてきたので、
「地球は人だけのものではなく、動植物含め皆のものだ」等の
彼の言葉がどれだけわかっているかは怪しいものだが、
客観的に編集できたと思うし、一連を通して気付いたこともある。

 

デニス氏が南相馬へ行き、震災以降も寺や地域を守る住職を訪ねる。
その地で彼らが自然に即した暮らしをしていることを褒め称え、
大地に向けて祈り、歌を歌う。
またある時は原発建設でゆれる祝島へ行き、人々を称え、祈り、歌う。

 

その事に何の意味があるのか?と思う人はいると思う。

 

天災の多い日本には、それを乗り越えるための精神性があると聞く。
危機的状況に対するいい意味のあきらめと、立ち直るタフさ。
そしてその精神性には、土地との結びつきが欠かせない。
野菜を作り魚をとり、生まれた土地を愛するから、再起を試みる。
原発事故はその土地との結びつきも断絶しようとするからたちが悪い。
けれど、そんな絶望的な状況にあっても、前を向く人々がいる。

 

保障や安全の問題、政治や企業がやるべきことは多々あるが、
その中には「ただその土地で祈ること」があってもいいのではないか、
むしろインディアンに限らず日本人もまた、祈り、歌ってきた、
そういう歴史・DNAがあったではないか。そんなことを考えた。

 

東日本大震災から、もうすぐ4年が経つ。

2323声 正論

2015年02月18日

とある講演会の撮影を行った。
集まったのは多くの経営者たち。
先が読めない時代を生き抜くにはと、
講演者が熱弁をふるっていた。

 

「社員やお客さんを変えようと思っても無理です。
まずは自分が変わらないと!」
講演者が語ることはどれも正論で、
なるほどと思いながら撮影していた。
けれど、一か所、妙にひっかかった。

 

東北へのボランティアに精を出す社長がいて、
私(講演者の方)は毎年のように褒めていたのだけれど、
ある時ふと「会社の方はどうなんです?」と聞いたら、
「ここ数年赤字ですわ」と答えたという。
ふざけるなと、褒め言葉を返してくれと。
納税は社会貢献。赤字続きで税金も払わない奴は、
道路のはしっこを歩いていただきい。

 

そんな内容だった。それは、正論、であると思う。
経営者たるもの、至福を肥やすのではなく、
たくさん稼いでたくさん納税してたくさん社会貢献せよ、
そういう人々がいなければ社会が成り立たないこともわかる。
そのボランティア社長も、仕事が安定するまでは仕事に
専念するとか、会社を閉じてNPOで活動するとか、
そういう生き方を選ぶ方が正しいのかもしれない。

 

けれども。

 

あくまでただの想像だが、会社経営がうまく行かずに、
でも必要とされたくてしたくて、ボランティアに向かう。
家族や社員や取引業者がその行為を非難することはできても、
それは間違った生き方なのだろうか?と考えてしまうのだ。

 

正論は絶対ではない、と思う。

正論逃れをしたいわけじゃなく、
正論では辿りつけない人生を見てみたい、

という欲求がある。

2322声 冬の本

2015年02月17日

まだ寒さ残る朝、夏葉社の「冬の本」を開いた。
「冬」と「本」をキーワードに、様々な文筆家等による
それぞれ1000字ほどのショートエッセイをまとめた本だ。

 

その中で山崎ナオコーラさんが挙げていたのが、
トーベヤンソンの「ムーミン谷の冬」であった。
それは彼女が幼いころ、冬眠にあこがれていた、
というくだりで始まる。

 

「ムーミン谷の冬」は僕もとても好きで、
家族より先に目覚めてしまったムーミンが生まれて初めて
雪の降り積もった世界を旅する様子が面白い。
見慣れた谷の姿はなく、いつもと違う生きものたちが
粛々と暮らしている。まるで別世界のように。

 

「ムーミン谷の冬」を読んだのは中学生だったか。
自意識過剰で、人と会いたくない、ずっと寝ていたい
とも思っていたが、好奇心旺盛なムーミンにつられ、
共にあの谷を歩いて岬まで行き着いたことを覚えている。

 

つまりは、本はいい。そういうこと。

2321声 温泉湯豆腐

2015年02月16日

「いいお土産もらったから食べおいでー!」
そう言ってもらえるお宅がある。
もともとは仕事のお客さんだったお宅。
僕は人見知りで遠慮する・・タイプではないので
「行きます!」とふたつ返事で飛んでいく。

 

この日は、佐賀県の嬉野温泉の温泉で煮る湯豆腐、
「温泉湯豆腐」があった。温泉はペットボトル入り。
鍋でコトコト煮ていくと、化学反応なのだろう、
豆腐の角が、ふわふわと溶けていく。

 

丁度のところをお玉ですくって、胡麻ダレの中へ。
ゆらゆら湯気を上げるので、ふーふーして口へ運ぶ。
胡麻のコクに先導され、溶けた豆腐が口中に広がる。

 

ここに書くと恨まれそうな銘柄の日本酒もいただき、
豆乳になった鍋には赤城の有名店「ぐろーばる」の
上質な豚肉が泳いだ。桜色程度でつまみあげる。
これがまた、やわらかくて旨い。

 

ごちそうしてくれたご夫婦は、若い時から汗水流して
働いて孫も元気で、招待された僕らがおいしそうに
食べるのを、ニコニコして眺めている。

 

とても幸せな夜だった。

自分の中に凝り固まっていた“何か”の角もまた、
ご夫婦の優しさによって、ふわふわと溶けていった。

2320声 Mの扉

2015年02月15日

歯医者が大嫌いだった。

 

「はい、口を開けて」と言われても断固開けず、
そんな聞き分けのない子ども対策的な
透明なゴムみたいなのを口にねじこまれたら
プッと吐きだし治療中止。
会計に立つ母に看護婦さんが
「お代はいりません。何もしていないですから!」
と怒られているのを聞いた記憶がある。

 

今、歯医者が嫌いでなくなった。というか、好き。

 

大人になると、痛い思いをする機会が減る。
無暗矢鱈にころぶこともないし、危険を学び回避するからだ。
だから、痛い思いができる歯医者は貴重ではないか・・論。
それも、痛いって身構える間があるから良い。
キュイーン・・きたコレ痛いぞきっと・・あ痛い痛い!

 

あまり度がすぎると、Mの扉を開けてしまいそうなので、
歯医者までで留めなければならない。

2319声 14才の君へ

2015年02月14日

14才。登校し、まあ下駄箱とか机のなかとかは漫画だよねと独り言を言い、休み時間にはそっけない顔で全方位に聞き耳を立て、授業が終わり、用もないのにクラスに残って同じ境遇の男子とテレビの話をし、廊下、下駄箱、校門付近ではスピードを緩め、帰宅し、母に板チョコを渡され、あぁと受けとり、夕飯後に自分の部屋、 今から呼び出しとかあったら・・・と独り妄想し、 板チョコをかじって、歯を磨き、風呂に入って瞼を閉じる。2月14日。

 

それでも大人になれた。だからあなたも生き抜いて。

2318声 らーめん馬鹿一代

2015年02月13日

学生時代、神奈川に越して一番にしたことは、
らーめん激戦区である相模原のらーめんマップを
作ることだった。らーめん好きを豪語する僕である。

 

僕が住む中之条町に「らーめんダイニング庵」という店
がある。ちょっと先のガソリンスタンドの店員だったにも
関わらず、らーめん好きが行き過ぎて、ちょっとへんぴな
場所なのにらーめん屋を初めてしまった角田さんの店だ。

 

ここの塩らーめんがうまい。開店当時の一杯目はスープが
ぬるくていらぬ心配もしたが、月を追うごとに勉強と味の変更を重ね、

個人的には群馬県でもトップレベルだと思う。

 

そんな角田さんが、全国規模のらーめんコンテストの
本戦に出場することとなった。テーマは「出汁」。
この店のファンの知人に誘っていただき、本戦で出す
らーめんの試食会におよばれした。驚いたことに、
前橋高崎はもちろん、県外からもらーめん好きが来ていた。

 

今回のためだけの「ホンビノス貝香る塩らーめん」を
いただく。はまぐりより小ぶりなこの貝は、たいした
価値もつかず注目されないが、いい出汁が出るのだそうだ。
貝の出汁と、いつもの鳥出汁がせめぎ合い、調和する。
うまいなーうまいなーと最後まで飲み干した。

 

「まだ調整が効くんで、ズバズバ言ってください」
と角田さん。すると出るわ出るわ皆さんから、
「チー油が強すぎる。というかいらないかも」
「らーめんの顔が貧相。貝の数をもっと増やした方がいい」
「貝を蒸す時の酒の味が邪魔をしている」
「麺はもっと固めに上げて、個性を出してもいいのでは」
・・・角田さんはそれを、嬉しそうに聞いている。

 

レンゲをわなわなさせ、僕は自分に対し思った。
何がらーめん好きだ・・・井の中の蛙ではないか。
やっぱ一日一食はらーめん食べないとな!仕方ないな!

 

・・・そういう馬鹿は置いといて、
角田さんにはらーめん馬鹿一代を貫いて欲しい。

2317声 笑い袋とブーブークッション

2015年02月12日

家の中から、ケタケタケタとものすごい
子どもの声が聞こえてきた。
壁越しにこの音量とは、よほどの笑いだ。
笑い袋の声みたいだな、と思った。

 

自分が笑い袋くらいの大笑いをした最後は
いつだったかと考えたけど、浮かばなかった。
たまにはyoutubeでお笑いも見るし、
友達と楽しく飯を囲むこともある。
けれど、ケタケタケタとは笑えていない。

 

最近、物事を詰め込みすぎで、
自ら進んでアップアップになっている。
そういう時期なのだと開き直ってはいる。
そういう生活は、笑いを遠ざけるのではないか。

 

ブーブークッションは、中に隙間がないと音はしない。
座って、ブーッってなって、やられたって人だって、
心の余裕がなければ怒る。その場に笑いは起きない。

 

あなたは今でも、ケタケタケタと笑えますか?

2316声 忍者の墓

2015年02月11日

いざ参らん、忍者アドベンチャー!

 

5月17日、中之条町にて「中之条真田忍者ウォーク」というイベントが開催される。そのチラシとポスターのデザインを担当した。その際ふと思いついたキャッチコピーがこれである。

 

三谷幸喜脚本の大河ドラマ「真田丸」を前にして、真田の歴史残る吾妻や沼田等では真田ブームがきている、らしい。僕もスタッフとして加わり昨年開催された東吾妻町「岩櫃城 忍びの乱」もしかり、この忍者ウォークもそれに乗っかる形ではあるのだろう。

 

道の駅にもなっている、中之条町にそびえる嵩山(たけやま)には室町時代、嵩山城という城があり、斎藤氏が治めていた。そこに南西から攻め入り打ち破ったのが真田の軍勢。また、山のふもとの五反田という地区には、真田幸村にもつかえたというこの土地出身の忍者の墓も現存している。

 

忍者ウォークは、その歴史にちなみ、花の駅美野原から嵩山までの往復の道9キロを、手裏剣投げや俵かつぎなどの難関を潜り抜けながら歩ききろう、というまさに忍者アドベンチャーなイベント。出場者みな「忍者コスプレ」が参加条件というぶっとび感も楽しい。みんな参加してね!

 

五反田にある真田忍者、田村佐次右衛門の墓は、細い山道の先にあった。いわゆる羊羹のような墓石ではなく、腰の高さほどの石を立て文字を掘った佐次右衛門の墓石は妙な説得力を帯びていて、付近には藁で作った紙垂のようなものが点在していた。

 

ちょっと寒気がしたので、木の幹がぺらっと剥がれて現われし忍者の手裏剣が僕のおでこにサクッと刺さるその前に、墓を後にした。

 

中之条真田忍者ウォーク

2315声 光と影

2015年02月10日

写真は奥が深い。
ビデオカメラによる撮影は20才のころからだけど、
カメラについては、もっと覚えよう・・のまま今に至る。

 

若い頃は、自分で写真がうまいと思っていた。
露出、シャッタースピードはオートである。
構図とタイミングだけで、いい線いってる気がしていた。
・・・茶番である。

 

「写真の醍醐味は、光と影を捉えることにある」
そう思うようになったのは、いつからだったろうか。
やはり写真も、映画から入った気がする。

 

佐藤真作『self and others』の牛腸茂雄が映す、
この世とあの世の境界のようなモノクロの世界。
是枝裕和作『誰も知らない』で川内倫子が映す、
白とびしているようで生々しく美しい世界。

 

人間の目は、暗くても明るくてもある程度見えてしまう。
限りなく優秀なオート機能がついているのだ。
だけど、ただの機械であるカメラが対象を捉える時、
肉眼では気づかない光や影を纏った世界を映すことがある。
その一瞬に、シャッターを合わせられるか、否か。

 

今日、障害をもった方とスタッフが共に力を合わせ、
パンを作っている工房を訪ねた。パンフレットを作るためだ。
写真を担当してもらったのは、近年知り合った上原さん。
彼女は、光や影と仲良くできる方のフォトグラファー。

 

上がってきた食パンの写真を見て、
あの時あの場所にはこんな光が射していたのかと感心する。
写真は奥が深い。

2314声 雪かき

2015年02月09日

一年前の今日は、前橋に大雪が降っていた。
中央商店街でミニドラマの撮影をしていて、
すってんころりんカメラがグシャ、
にならないようにとビクビクしたのを覚えている。

 

その1週間後には、記憶に新しい大豪雪。
玄関開けたら胸の高さまで雪が積もっていて、
雪の中から車を出すだけでも2日かかった。

 

僕が暮らす町内班は、誰かのうちで不幸があれば
皆で行ってお通夜の手伝いをするほどの仲なのだが、
小さな道一本先のアパートの住民のことはほぼ知らない。
朝会っても挨拶をかわす程度。

 

あの2月の豪雪時は、どの地域もそうだったと思うが、
僕の家の周りでも住民一丸となっての除雪が行われた。
何本ものスコップで雪を角田さんちの軽トラに積み、
先の畑にその雪を下すの繰り返し。
カチカチになった路面は、誰かが鶴嘴を持ってきて砕く。
途中ちょっと交代したが、キツイ作業。

 

そんな中、慣れた手つきで雪を捌くおじさんがいる。
トツーン、トツーンと鶴嘴使いも上手い。

 

「俺、実家は青森なんだよ。慣れたもんさ」

 

とおじさんは言った。アパートに住む人のようだった。
顔を見るのも初めてな気がしたし、そもそもすぐ近所に
そんな人がいることを知らなかった。格好良かった。

 

ある程度を済ませた皆の顔には、連帯感が生まれていた。
こういう状況になれば、人は、関わるのだと思った。

 

日が経ち月が経ち、雪は溶けてまた雪の季節になった。
青森出身のおじさんとは、それ以来会っておらず、
今もまだそこに住んでいるのかさえ、知らない。

2313声 場所に誇り

2015年02月08日

生活圏内は、中之条町と東吾妻町。
週に1度か2度は、高崎か前橋に出る。
なかなかそれ以外は足を運ばない。

 

めっかった群馬に書いているから
めっちゃ群馬愛に溢れている、ことはないけど
やはり県内で幾つか気になる場所はある。

 

館林市。

 

鶴舞う形のくちばしの所。茂林寺位しか知らない。
市内の「コト」という家具のセレクトショップで、
中之条ビエンナーレ出展作家の大和由佳さんが
2/17まで個展を行っているので、出かけてみた。

 

太田桐生ICを下りた後は、全方位が平野。
畑の中の道を行く。近くに山がないと落ち着かない。
市内に入ると、どこにでもある系列店が並ぶ。
その中にあって「コト」は、
かわいらしい佇まいでそこに建っていた。

 

そこで働く、いつもほがらかな石山さんと、
この日来ていた館林の建築家の中村さんとは、
以前他の場所で行われた大和さんの展示で出会った。
何をわかったわけではないけれど、
吾妻、前橋、高崎に住む人とは違う雰囲気がある。
市内のやや古くて見落とされそうな建物を、

写真に納めるワークショップも行っているそうで、
僕の頭の中には館林=そのお二人、と認識されている。
「コト」における大和さんの展示も素晴らしかった。

 

今日めくった本の中に、
「自分の場所に誇りを持つ人間が好きだ」
という言葉があった。リンカーンの言葉らしい。
そうか、僕はどこかへ行きたいのではなくて、
その場所を愛している人に会いに行きたいのだと思う。

 

館林へはまた、足を運ぶことになりそうだ。

2312声 鼻と口

2015年02月07日

この時期に薄い布団1枚で寝て、
ジャンパーとかを着こんだのだけれど、寒い。
寝たとおもったら小刻みに目が覚め、
薄布団の先を足で伸ばそうと思ったら、
足をつった。

 

そして迎えた奥歯震えるような朝に、
前橋の天神の湯に駆けこんだ。
ここは夜は簡易的に泊まることもできて、
朝6時からは普通料金で入湯ができる。

 

内湯である程度体の芯を温めた後で、
露天風呂に浸かる。尻を水面に浮かべ、
うつぶせの姿勢でのべーっと温まる。
頭蓋骨まで冷えた気がして、鼻の下ぎりぎりまで
湯船に浸かった。あごの周りも温かい。極楽。

 

ふと、鼻と口別々に穴があるのは素晴らしいことだなぁ。
と思った。だってこんな姿勢で湯に浸かれるのだから!
水面ギリギリで鼻をふんがふんがし興奮する僕を、
隣のおじさんが怪訝そうな顔で見ていた。

 

それをあたかも世紀の大発見的に思ってしまったのは、
脳みその芯まで冷え切っていたからかしらん。