ただ、最初から水面を放棄し、
水底の砂利を1日中漁っている魚も居る。
お腹が平べったく、口がバクみたいにホース状になっている。
運良く沈下した餌や他の魚の排泄物などを餌にしている。
2018年12月07日
ただ、最初から水面を放棄し、
水底の砂利を1日中漁っている魚も居る。
お腹が平べったく、口がバクみたいにホース状になっている。
運良く沈下した餌や他の魚の排泄物などを餌にしている。
2018年12月06日
水槽の中は隔離された空間で
そこには社会があり、ヒエラルキーも存在する。
体が大きく泳ぎが上手い魚は水面近くを回遊し
他の魚が近寄ると威嚇をする。
何といっても浮遊する餌を最も捕食できる場所できるためである。
2018年12月05日
故に同じ水槽内で飼う魚については
気を遣わなければならない。
ただ、アクアリストとして初心者が故に
魚の相性よりも、この魚を見てたいという
欲望を抑えきれず、尾びれがヒラヒラした魚を買ってしまう。
いじめっこを隔離して反省を促したりと
試行錯誤を繰り返したが、結局☆になってしまった。
2018年12月04日
水槽はとても限られた密閉空間だ。
逃げ場はない。これで嫌な奴がいれば
1日何度も顔を会わせることになる。
いじめっこといじめられっこがいれば
それは命の危険がある
2018年12月03日
水のゆらぎを見ているだけで
人は癒やされる。
夜部屋の電気を消して水槽のLEDライトだけ点灯すると
水面のゆらぎが壁や天井までうつる
これでミスチルの深海を聞いていると
α波が脳内にて大量分泌され、クラゲにでもなった気分
2018年12月01日
鶴瓶の家族に乾杯。今回のゲストが加山雄三。
民家にあがりこんでのピアノ弾き語りで「海よ」の熱唱
日蓮宗の寺に行けば、住職の存在が霞む説法。
高齢世代への抜群の知名度に裏打ちされた圧倒的な包容力と存在感。
いや素晴らしい。ある種、理想の番組
2018年11月30日
今月は、大きめな仕事が幾つかはじまり、既存の仕事もつまっていて、年に一度の映画祭もある。果たして寝られるのだろうか、やり切れるのだろうかと思っていたら・・
案の定
眠い時は寝ちゃったし、「どうしても今日まで!」という締め切りは守り・・つつ、冬を迎える小動物が巣穴に木の実を溜め込むように、たくさんの仕事を溜め込んだまま11月が終わろうとしている。
今日、ボールペンの替え芯を買って、赤と青しか出なかったボールペンに着装した。二ヶ月ぶりに、黒が書ける!それだけで、12月が始められる気がした。月の終わり、僕はここまでです。
気が早いけど、みなさんいい年を!
2018年11月29日
夜の帰り道とても眠くなって
コンビニの隅に駐車し少し寝させてもらう
ふと起きるとどこのコンビニかわからず
右へ行くのか左へ行くのかもわからない
深夜なので急ぐ必要はなく
今いる場所のわからなさが
少し心地よかった
大人にはきっと
迷子になりたい願望があるんだろう
2018年11月28日
朝5時集合で19時まで、ある大学の撮影を行った。時間に沿って登校、授業、昼食、授業、学外活動などを撮影する。僕は大学は出ていないので、はじめてまじまじとキャンパスライフを眺めた。学生は当然いろんな学生がいる。この大学の特徴でもあるアクティブラーニングと呼ばれる、先生の話を聞くだけじゃなくて、自ら活発に意見を言い合う学生もいる。意識が高い系、と呼んだら怒られるだろうか。その一方で、ホールの端っこの机でボーッとしている学生もいた。個人的にはそっちの方が親近感が沸くし、僕がもし大学へ通っていても後者の側だったのではないかと思う。
「社会人になった今思うと、学生の時の何もしない時間はもったいなかったですよね。もっと勉強しておくべきだったって、今になって思うな」同行したIくんが言った。その気持ちもわからなくはないが、今の僕の大半を作っているのは、学生時代の仄かに暗いモラトリアムな日々だったように思う。
2018年11月27日
今年、伊参スタジオ映画祭「シナリオ大賞」の大賞受賞をしたのは、短編の部は胡麻尻亜紀さんによる母と娘がラップバトルを繰り広げる破天荒な物語「15歳の総理大臣」。そして中編の部で大賞受賞したのが、サンカと呼ばれた山の民の社会との衝突と、都会から来た少年との交流を描く笹谷遼平さんによる「黄金」であった。笹谷さんは、3年にわたり「サンカ」をテーマにシナリオを送って来た。山の中である種原始的な生活を送る人々が、村の人たちから差別の目を向けられていたという史実をもとに、「人間らしい生き方とは何か?」を彼は考え続け、ものがたり続けてきたと言っても過言ではない。昨年の「お還り」という脚本も素晴らしかったが受賞は逃し、それでも彼は諦めなかった。今年大賞を受賞した「黄金」は、来年の映画祭までに映画化される。
笹谷さんは、もともとドキュメンタリー作家であり、まだ観てないけど彼が監督した『馬ありて』というドキュメンタリーは来年グループ現代配給で公開されるという。ドキュメンタリーから劇映画へという流れも、個人的にとても関心がある。またシナリオの場所性から言って、中之条町の中でも六合地区が撮影現場として選ばれるのではないかと思っており(彼は2度ほどシナハン(シナリオを書くために場所を回ること)で六合にも来たそうだ)、六合は僕も大好きな場所なのでそれも楽しみなのだ。
短編もそうだが、できる限りの応援をしたい。
2018年11月26日
2日間の映画祭が終わり、今日は後片付け。体育館のシートをはがし、スタッフルームの不用品を捨て、よく働く仲間たちのおかげで伊参スタジオはいつもの静かな状態に戻った。
あらかた片付いて、映画を上映した体育館の裏手を見ると枯れかかった銀杏の木、青空を背景にはらはらと落ち葉落とすその木が美しかった。映画祭の準備日や当日も何度も目に入っているはずだけど、気づかなかった。
そんなことがあったから、「自分でも気付いていないことで、終わると心が軽くなって、無意識のうちに気にしていることって結構ありますよね」という話をIさんとした。そうだよね、とうなずく彼。聞くと今年1年、色々大変なことが重なり、周囲の「色」を感じられない状態まで思いつめてしまったそうだ。
「自分でも何がきっかけかわからないんだけど、だんだんと気持ちが前向きになって。色を感じられるようになってきました」と彼は言った。それはとても静かな変化であるけれど、とても嬉しいことだと思った。
空の青に銀杏の葉の黄色。ちまたにはきれいな色が溢れている。そのままの色を感じられる自分でいたい。
2018年11月25日
伊参スタジオ映画祭2日目の恒例企画。前日からスタッフが手塩にかけて作ったカレーを、お客さん、映画監督、俳優など、来場したみなさんにふるまう交流会である。昨年「シナリオ大賞」で大賞を獲得し、それから1年をかけて映画化された『あるいは、とても小さな戦争の音』(村口知巳監督)と『なれない二人』(樋口幸之助監督)の上映が終わった直後なので、両監督も緊張から解かれ、とてもいい顔をしている。
今年の映画祭ポスターに、僕はそれほど考えずに「映画のふるさと」というコピーをつけた。伊参スタジオができるきっかけとなった『眠る男』(小栗康平監督)と『月とキャベツ』(篠原哲雄監督)の2作品を意識しつつ、「シナリオ大賞」によって2003年から実に30本近い(!)映画が今までに作られ、それらの監督にとってもこの映画祭が「ふるさと」であってほしいという思いからだった。大げさではなく、それが実感できる2日間だった。
交流会の時は、僕らスタッフはもてなす側でありカレーも我慢するが。準備日含めて連日カレーをいただいた。例年通りいくと明日の片付けではカレーうどんが出るかもしれない。思い出の多くと胃袋を、カレーが締める。それも、伊参の特徴。来場してくださったみなさん、ありがとうございました!
2018年11月24日
今年の伊参スタジオ映画祭がはじまった。2001年の第一回はお客として参加し、2004年からスタッフに入り、実行委員長になってから2度目の映画祭。それでいいのか?と自分でも思うくらいに気負いはなく、気持ちとしては清々しい。役場担当者以外は僕を含めてボランティアからなる映画祭スタッフ。映画祭に限らずボランティアによるイベント継続が難しいのは、スタッフのモチベーションをいかに保つか。今年は例年以上に準備段階で集まりが悪かったけれど、映画祭当日にスタッフがすばらしい動きを見せるのも例年通り。僕も今日何度となくスタッフに助けられた。
シナリオ審査員として例年親身に関わってくれる映画監督たち、「シナリオ大賞」の歴代受賞者たちも作品をひっさげたり、普通にお客として参加してくれる。世の中には「映画祭好き」な人たちもいて、北から南から映画祭を渡り歩く中で伊参にも必ず顔を出してくれる常連さんがいる一方で、多分それほど映画マニアではないけど毎年通って朝早くから列に並んで一番に入ってくれる地元の方もいる。つまりは毎年顔を見る人たちを見ると、「映画祭がはじまったんだな」とようやく実感ができる。
2018年11月23日
いよいよ明日より「第18回伊参スタジオ映画祭」が開催される。実行委員長になってから2度目の映画祭だ。祝日の今日は10時から会場となる伊参スタジオにスタッフで集合し、会場設営や手渡しチラシの準備、日曜に上映する映画のスタッフ試写などを行った。
役場の映画祭担当をのぞき、関わるスタッフは僕ふくめ皆ボランティアだ。そうなるとつまるところ「関わったもの勝ち」ではないかと僕などは思う。例えば今年スタッフの1人が試写会へ行き、文化庁の映画制作支援事業「VIPO」の上映作品1つを上映したいと提案してくれた。その映画『もんちゃん』は監督来場もついて25(日)に上映するんだけど、提案したスタッフはきっと誰よりも嬉しいに違いない。そしてお客さんに配る木札も、交流会で無料提供するカレーも、関わっていれば「私が関わったんだ」と胸を張ることができる。そういう関わりが一つもないと、ただ何かの係として決まったことをこなすだけになる。
映画祭もきちんとやろうとするとやることは盛りだくさんなんだけど、それらに向き合うことで「映画祭スタッフの中で一番楽しんでいるのは僕なんじゃないか」と思うようになった。
ではでは、この土日、中之条町伊参スタジオでお会いしましょう!
2018年11月22日
コンビニでリポビタンDのちょっといいやつを買って、駐車場の車の中、スマホでメールを返していた。
コンコンコン
窓ガラスを叩かれ「エッ」と顔を上げたらコンビニの店員。ボタンを押して窓を開ける。
先ほど、辛いらーめんを買われた方ですか?
「いえ、違います」と言うと、店員は首をかしげ店へと戻って行った。辛いらーめんを買った客に何が起きたのかも少し気になるものの、僕はそうか、コンビニで辛いらーめんを買うような顔なんだなと、多分そうだろうなと、一人納得してしまった。
2018年11月21日
『のび太の魔界大冒険』が好きだった。のび太が魔法をかける時の合言葉はチンカラホイ。
僕の方は随分大人になってしまったが、急いでいる時に目の前の信号は赤信号、そんな時、信号に向かって
チンカラホイ!
と唱えると、30回に1回くらいの割合で、青信号に変わる。魔法である。
2018年11月20日
伊参スタジオ映画祭では11/24(土)に『高崎グラフィティ。』を上映する。
今年の春で32回を数えた「高崎映画祭」は偉大な映画祭だ。その発起人であった茂木一男さんはもちろんのこと(まだご存命の時に山形映画祭でばったり会って「伊参はいい映画祭だよ」と言ってもらった事がとても嬉しかった)、現ディレクターの志尾睦子さんは僕にとってのアイドル・・違うか、映画と深く関わる姿勢に、ずっと刺激をいただいている。
高崎との関係といえば、伊参のメイン企画である「シナリオ大賞」作品は、2014年の『震動』『独裁者、古賀。』の上映を皮切りに、今年に至るまで高崎映画祭で毎年上映していただいている。高崎映画祭での上映に立ち会った伊参関連監督も皆たいへん喜んでいるし、同じ群馬の映画祭として関係できることは、とても嬉しいことだ。・・と、前置きが長くなりましたが・・
■
今年の伊参スタジオ映画祭の上映作品が何がいいか悶々と考えていた時に、高崎の駅前を歩いていて、『高崎グラフィティ。』の大きな横看板を見つけた。今年の高崎映画祭でクロージング上映を飾ったそれは、調べるにオール高崎ロケ映画だという。しかも、未完成予告編大賞という「映画の予告編をまず作り、これは本編が見たいぞ!という最優秀作品を映画化させる」プロジェクトの第一作目。シナリオ大賞もそうだけど「映画の作られ方」としても面白いではないか。興奮しながら上映中だったシネマテークたかさきへ足を運んだ。
電車に乗ってしまえば東京はすぐ側だけど、都会とは言い難い町、高崎市。『高崎グラフィティ。』は、高校卒業を迎える5人の若者の葛藤を、実にストレートに描いた青春映画だった。アーケード街から河原まで、高崎という場所のドキュメントでもあり、演じる若者も・・まだ何者かになれていない自分を役に投影しているかどうかはわからないが、その年齢でしか出せない表情を見せる。で、若者に混ざり短い時間でも後引く個性を見せるのが渋川市出身の渋川清彦さん。映画のはじめから終わりまで、「映画を作るんだ!」という熱を帯びた熱い作品だった。伊参スタジオ映画祭の今年の上映候補に推した。
当日は、川島直人監督と、本編撮影前の予告編大賞の段階ですでに役者として関わっていた佐藤玲さんがゲストで来場する。多くの人に観てもらいたいのは当然なのだけど、「高崎に暮らしているけど、この映画を見逃してしまった」という高崎市民のアナタ!には特に観ていただきたい。