猛烈なる暑さであった。
今年初の炎天で、列島各地では軒並み猛暑日を記録した。
千葉県西部では夕方にぱらりと通り雨があって、大きな虹が架かった。
河ひとつ隔てて架かる虹は壮大で、現れている間に、
何故か願いを託してしまうのは日本人としては習慣なのだろうか。
今日は、七夕。
数年ぶりに、七夕の前に梅雨が明けて、空に星が見えた。
【天候】
終日、晴天で炎暑。
夕方、通り雨。
2013年07月07日
猛烈なる暑さであった。
今年初の炎天で、列島各地では軒並み猛暑日を記録した。
千葉県西部では夕方にぱらりと通り雨があって、大きな虹が架かった。
河ひとつ隔てて架かる虹は壮大で、現れている間に、
何故か願いを託してしまうのは日本人としては習慣なのだろうか。
今日は、七夕。
数年ぶりに、七夕の前に梅雨が明けて、空に星が見えた。
【天候】
終日、晴天で炎暑。
夕方、通り雨。
2013年07月06日
蛍を見に行った。
場所は南内房である。
山道を車で進むのだが、群馬の峠道とは違い、高低差が無い分、
運転していると疲労感が少なく感じた。
七月前半という事で、平家蛍の最後の時期に滑り込めて、
乱舞、とまではいかないが、飛び交う蛍を見られた。
無論、私は暗闇の中で句帳に句を書き留めていたのだが、
明るい場所でよれよれの字を確認してみると、なんとも駄句ばかり。
先達によっておびただしく詠まれてきた蛍で、
「これは」と言う句を作るのは、針の穴を通すかの如く、至難の業である。
至難ではあるが、その日その場所で見た蛍の中には、
針の穴を通り抜けて行くやつもいる。
【天候】
梅雨明け宣言が出されたが、終日曇天。
2013年07月05日
前橋中心市街地では、恒例の七夕祭りが昨日から始まったようである。
高校生時分。
この時期になると毎年、先生に七夕祭りにおける諸注意を、
口酸っぱく言い聞かされていた。
平日、しかも夏休み前のテスト時期と重なるこの行事は、
学生にとっては悪魔の誘いの如く危険である。
だからこそ、魅力的なのではあるが。
昼間のにぎやかな七夕祭りよりも、七日の夜。
人気のない商店街に、七夕飾りが揺れている、あの寂寞とした光景が思い出される。
近所や都内の各所でも七夕飾りを見かける。
四季の運行が感じられると、記憶を新鮮な状態にできる。
【天候】
終日、蒸し暑い曇天。
2013年07月04日
近所の商店街の小売店で、夕餉のつまみを見繕っていた。
手っ取り早く刺身などと思って売り場を眺めていたら、
ひと際値段の安い魚を見つけた。
魚の名前を確認すると、「ぼら」と記載してあった。
ぼら、漢字で書くと「鯔」てぇのは、釣り人から不人気の魚と言う印象があったが、
切り身を見てみると、鮮やかな血合いにほのかに脂がさしていて、美味そうである。
美味そうではあるが、海なし県の山国育ちの身としては手が出せなかった。
コロッケを買って帰った。
【天候】
終日、曇天。
※再開に際してメールをくだっさった方に、感謝。
2013年07月03日
これからまた、毎日これを書かねばならぬと考えると、
いささか気持がげんなりしないでもない。
二月半も書いていないので、再開するのに苦労するかと思ったが、
割とすんなりと書きだせた。
アスリートや音楽家は、一日練習を休んだだけで、
それを取り戻すのに倍以上の時間を要すると聞いたことがあるが、
私の場合はもうすこし人間が鈍感にできているらしい。
夜、麦酒を飲みながらほりさーさんの書くこの頁を読むのが、
ささやかなる楽しみであったが、その楽しみが泡の如くに消えてしまった。
わざとらしく麦酒を添えて、泡の比喩など使っているあたり、
どうやら、二月半で文章の腕は確実に鈍ってしまったようである。
あるいは、元から。
【天候】
曇ってはいるが、明るさを透かせる雲。
都内では夕方前に、一時ぱらりとあたたかな雨。
2013年07月02日
私が現在、住み暮らしている場所。
つまりこれを書いている場所は、下総の国。
詳細に言うと、千葉県の市川市。
群馬県人には地続きの県でない、
且つ海のある県なので余計馴染みがない。
関東地方において、千葉県と群馬県てぇのは、
一番馴染みの少ない県同士なのではなかろうかと思う。
そもそも、なんでそんなところにいるのか。
ここで語るのはいささか骨が折れるし、現在は夜更けである。
ともあれ、これからは以前の高崎市ではなく、
市川市あるいは東京近郊の近所の風光を書いて行こうと思う。
未だに、このどこを探しても山の見えない土地てぇのは、
なんだかけつの座りが悪い気がする。
【天候】
梅雨の晴れ間で気温が上がる。
空はもう夏空のような青さ、雲の白さ。
2013年07月01日
今日は梅雨の晴れ間。
久しぶりに見た青空は、その青さがずいぶん深まっていた。
木陰でさらさら流れる葉の音を聞いているのが、まだ心地よい。
この木陰からあと半月も経てば、
もう岩にしみいるくらいの蝉しぐれが降り注いでいるのだろう。
あれはまだ、桜の咲いている時分。
ほりさーさんに代演をお願いした日から、今日でおよそ二月半。
今日からはまた抜井が、この日刊「鶴のひとこえ」を担当致します。
しかしながら、肝心の「鶴」には居ないのだが、それはまた追々。
【天候】
梅雨の晴れ間、雲多くも青空が見える。
ここから、抜井諒一が担当。
2013年06月29日
結局過去を振り返ることも未来に思いをはせることも、
どういう死に際を迎えるのだろうかという不安とつながっているのではないだろうか。
かりに「死ぬなんていつそうなるかもわからないことを考えても仕方がない」と死を追いやろうとしてみたところで、
どれだけその不安を払しょくできているのかと言えばこれはどこまでもわからない。
しかし同時に「わかりたい」と言って誰にもわかれるものではないのが「死」で。
「仕方がない」というものわかりの良さと「死をわかりたい」というものわかりの悪さは同居する。
そして 駄々をこねる子供に頭を抱えて思案する親のごとく、
人間にどう生きるのかを考えさせるのはものわかりの良さよりもものわかりの悪さ。
ものわかりの悪さとは 現実へのやむにやまれぬ問いかけである。
私にとっての生きるとはたぶんそういうことで。
2013年06月28日
「ひんやり氷の本」という本が池田書店から全国発売となった。
氷をいろんな視点から物語形式で紹介する氷大全のような本。
中で「氷を料理に生かす」というページ、
そのレシピのいくつかを担当しました。
この夏の昼下がりの読書にいかがでしょう。
夏バテ対策には「麹でつくる甘酒のレシピ(自著)」もどうぞ。
2013年06月27日
ビールをびんや缶のまま飲むと、
炭酸と苦みは強く感じられるが麦汁の味はうまく味わえない。
グラスに注ぐと、
発酵臭が強くなるが麦汁の味はしっかりと感じられる。
いいビールはグラスで飲む方が断然おいしい。
おおむね口径が小さめのグラスがよいようだ。
2013年06月26日
義理を欠く相手とは戦うしかない、
というルールを作ったのはいったい誰なのか。
その発端、起源は対等関係よりも上下関係にあるような気がする。
あるいは共生関係よりも依存関係、と言うか。
義理を欠く相手とは戦うしかない、
というルールを作ってしまうのは、
どこかの誰かではなく結局、
当人なのだろう。
2013年06月25日
東京はいまや世界中の料理を味わうことができる。
かと思えば、
昔ながらの定食屋から洗練の料理屋までこちらも抜け目ない。
そんなことに感心しながら裏通りを歩いていると、
たっぷりと時代のついた喫茶店を見つけた。
そんなときが一番うれしい。
なんとも言えないほっとするような気持ちと、
わくわくする気持ちの両方に襲われる。
2013年06月24日
想定外というのは自分の考えが及ばなかった出来事という意味で、
想定外のことが起きた時に動揺するようにできているのが人間で。
そのとき動揺の原因が自分以外であることを望むのは、
自分以外が原因であれば自分を責める必要がなくなるため想定外を受け入れやすくなるからだろう。
想定外のことが起きた時にとっさに自分の外に原因を見つけたがる傾向というのは、
そうやって生まれるのだろう。
2013年06月23日
うちの店(ほのじ)でライブをした。
小林頼司という伊勢崎在住のミュージシャンのライブだった。
音楽のことなんてよくはわからないけれど、
琴線に触れるミュージシャンとそうでないミュージシャンくらいはわかる。
彼はそういう意味で琴線に触れてくる。
葛藤をさらけ出すことで。
2013年06月20日
お客さんでもある知り合いのセンパイと久しぶりに一緒に飲んだ。
これがまたよく飲む方。
自分の酒量はほとんど省みることがないのに、
人が急ピッチで長時間やってると心配にもなる。
「普段はちっとも頭が働かないのに飲むと覚醒するんだよ。まったく」というのは昔からの口ぐせ。
店も4軒目のはしご酒となったころ、
いきなり何を言い出すのかと思ったら「釈迦の気持ちってわかる?」と切り出され。
「俺わかんないんだよね。釈迦もキリストも池田大作も。みんな本読むんだけど」と。
真顔でね。
私は控え目にうなずくばかりで。
わかんないよなぁと思いながら。
帰り道、
そういうセンパイがいるのは幸せなことだと思った。
センパイはたしか、
今年74才。