梅雨らしい曇天の月曜日である。
朝の通勤時間帯、道行く人たちの顔もどんよりとしている。
私の前を歩いている初老の男性。
よれた背広に猫背が拍車をかけて、朝からとても疲れて見える。
駅前の公園に差し掛かると、作業服の男衆が祭りの舞台を組んでいた。
その風景を振り返る初老の男性の顔が、ふわりと明るくなったように見えた。
歩きつつ、次の瞬間には、また疲れた猫背になってしまった。
おじさん、きっと祭り好きなのだろうな。
2016年06月06日
梅雨らしい曇天の月曜日である。
朝の通勤時間帯、道行く人たちの顔もどんよりとしている。
私の前を歩いている初老の男性。
よれた背広に猫背が拍車をかけて、朝からとても疲れて見える。
駅前の公園に差し掛かると、作業服の男衆が祭りの舞台を組んでいた。
その風景を振り返る初老の男性の顔が、ふわりと明るくなったように見えた。
歩きつつ、次の瞬間には、また疲れた猫背になってしまった。
おじさん、きっと祭り好きなのだろうな。
2016年06月05日
天気予報では関東も梅雨入りしたとの報。
昨夜から朝まで降っていた雨は上がって、
午後からはけろっと晴れ上がってしまった。
二日酔いの顔を洗って、家から出たのはもう青空の見える午後だった。
悔やんでも仕方ないが、香辛料の効いたスナック菓子を深夜に食べたせいで、
食道から胃にかけて、化学調味料特有のもたれ感がまとわりついている。
紫陽花を観る時もそうだが、二日酔いのときは雨が降っているくらいの方が、
心安らぐ。
ひとたびリズムを失うと、休日の予定というのは総崩れで、
昨日から棚上げしていることも棚に乗っかったまま、深夜にこれを記している。
昨夜の深酒で少々胃が疲れていたが、缶麦酒は美味しく飲めた。
これが麦酒の、ことピルスナーの良いところだと思う。
2016年06月04日
一切のことを放擲して、紫陽花を観に行くことにした。
紫陽花と言えば鎌倉や飛鳥山が思い浮かぶが、混雑を思うと足が遠のく。
近場で調べたところ、松戸市に「本土寺」なる名所があり、
別名は「紫陽花寺」である。
咲きはじめではあったが、まず、境内を埋め尽くす紫陽花の数に圧倒された。
紫陽花もさることながら、幾千本あるかという花菖蒲の田も見事であった。
天気は快晴であったが、小雨でも降っていた方がこの時期の花々は、
本来の風情が醸し出されるであろう。
照りつける日のためか、どうも花に疲れの色が見えてしまう。
ひとしきり観て、自宅に帰って来たころは夜であった。
天気は下り坂で、小雨が降りだしていた。
信号待ちの車窓から、電話ボックスの光に浮かぶ、道端の白い紫陽花が見えた。
ぞくっとするほど、可憐であった。
2016年06月03日
この間から句集の校正をしている。
現在、まだ初校の段階だから仕方ないが、
原稿は赤文字だらけである。
これは、間違いだらけの原稿を入れていること、
収録する句をあれこれと決めあぐねていること、
つまりは、全て自分せいなのである。
しかしながら、やはり少しでも良いものにしようと、
意欲だけはあるので、やらねばなるまい。
引っ越してから、二階の部屋はすり硝子になっているのをいい事に、
面倒なので、まだカーテンを付けていない。
よって、いま煌々と灯りの点いている部屋の硝子窓には、
夜の闇が殺到している。
まるで、地底にいるようである。
机に向かっていると、どうも落ち着かず、
昔の俳句を眺めている時間が合ったら、
外へ出て新しい俳句を作りたくなってしまう。
外へ出たって藪蚊に刺されに行くようなものなので、やめた。
2016年06月02日
一月ほど前に引っ越した。
徒歩三分程度の場所への住み替えなのだが、
近場とは言え、生活環境を変えるのには、とても骨が折れる。
今度もまた賃貸物件だが、ごく狭小な古い一軒家である。
一軒家なのでアパートやマンションなどと違い、
まず狭庭の草刈からやらねばならぬので、大変であった。
蚊取り線香をもくもくと焚き、庭に蔓延っていた、
どくだみやら得体の知れぬ葉を刈り込んだ。
中年となったいま、こども時分の好奇心などは消え失せ、
草いきれのする鬱蒼とした草むらは、ただただ気味が悪かった。
「草刈」や「草取」は夏の季語だが、自分で草を刈っている最中は、
到底、俳句など詠む余裕は無い。
つくづく、こういう季語は傍観者として作るのが賢明であると感じた。
旺盛な草や蔓などに小言念仏を唱えつつ、一心に枝切鋏を動かしたのだが、
中途で挫折し、あとはもう半ば自棄になって除草剤を撒き散らした。
蚊取り線香もそろそろ灰になる頃に手を止め、夕風の中で缶麦酒を開けた。
缶麦酒片手に、乱雑に草が散らかる庭を眺めていると、
するすると蜥蜴が一匹、庭先に出てきた。
「余計なことしやがって」
そう言わんばかりの一瞥をくれ、
またするすると倉庫の下の暗がりに消えて行った。
2016年06月01日
二三日前から、近所の紫陽花が色づき始めました。
今日は晴れていても空気は湿っぽく、梅雨の気配を感じる陽気。
そして、今日から一月のお付き合いは、私、抜井となり、
この章はさらに湿っぽくなる予定です。
それはそうと、堀澤さん、松屋に行き過ぎです。
腰の激痛、ガールズバーの呼び込み、他人の闇、隣人の狂気、
保険屋と市役所の板ばさみ。
伊藤若冲展からさわやかに始まった五月の章が、店が暇すぎて飲み過ぎ、
二日酔いで終わるなんて、こちらがやや焦りを覚えるほどの完成度です。
ひとまず、一月の間、お疲れ様でした。
2016年05月31日
5月も今日で終わり。
雲が多いが晴れ間も見えた。
私は二日酔い。
夕べ店が暇すぎて、飲み過ぎてしまった。
保険屋と市役所のせいではない。
5月のひとこえを一ヶ月担当して、5月はいい陽気の日が多いんだな、ということがあらためてわかった。
昨年までは主に4月だったのだが、4月の私は5月よりも調子がよくない。
それも今回改めてわかった。
天候によってこんなに違うんだなと思いながら、そういう、今その年その時を綴って行くことの中にも、このひとこえを書く意義みたいなものがあるのかもしれないとも思った。
後から読み返して、あの時はあぁだったと、誰かが確認できるように。
明日からまた抜井。
正月以来会っていないが元気だろうか。
2016年05月30日
終日曇り空。
少し肌寒い一日だった。
朝保険屋から連絡があり、補償費の計算根拠を提示される。
その根拠も額も、これがよくわからない。
「こういう事故の補償の場合は根拠がありそうでない」と、この後に及んでそんなことを言う。
だからその根拠をすり合わせるのが仕事だろうに、彼は何もしていないんだが、私にはそうとしか思えないんだが、なんでそう言えるのか。
事故は7ヶ月前。
そういう計算式ならば、最初からその計算式で提示してくればいい。
その間必要な根拠について何度も聞いた。
聞いて、時間をかけて根拠を準備して計算して提示したら、電話一本でおかしな結論を持って来た。
考えれば考えるほど、共感を見つけられない。
不幸の結末だ。
額の問題ではない。
全部肩透かし。
猫だまし。
そのつもりが案外なさそうなところが、余計に恐怖心を誘う。
払いたくない!とでも言ってくれれば、それをまず言ってもらった方がまだいい。
困ったなしかし。
昼過ぎに銀行へ行って、帰りに市役所へ。
Aの部署から連絡があり、市税の滞納があるようだから市役所へ来て、Bの部署に確認してくださいと言われて行ってきた。
Bの部署に行って確認したら納入済みということで、なんでそうなったのかと言うと、市民の税金納入確認システムが部署によって違うかららしい。
それをAの部署に伝えたら、わかりました、こちらで確認します、とのこと。
だったら最初から確認してくれたら、市役所まで行かなくて済んだのだけど。
毎日いろいろある。
2016年05月29日
落語家の立川志らく原作の舞台「不幸の家族」を見てきた。
元海上自衛隊の男2人とその家族の物語。
家族であることと男2人の友情が交錯したところに生まれる不幸の物語。
そこに恋が重なって、全員の関係が揺らぐ。
話の展開が現実的すれすれのところで進むのは、落語的だった。
あくまで現実を基軸としながら、その逸脱が絶妙に大きくなったものがイリュージョン。
私が勝手に考えた。
これが非現実となってしまうとファンタジー。
いずれにしても、逸脱感が大きくなればなるほど感情移入が難しくなる。
話のつなぎ目に感情が着いてゆけないから。
ましてやそこに笑いを盛り込めば尚更に。
文字通りてんこ盛りな内容だった。
なのに後半話が一気にシンプルになる。
プライドと優しさに挟まれた、どちらもリアルな葛藤と、その葛藤を飲み込みたくても飲み込めない切なさが、落語的了見の琴線を刺激してくる。
そのまた描き方が、シンプルなフレーズに乗っかるから余計に。
優しいってこういうことだ、というのに気づかされた時には時すでに遅し。
涙腺崩壊。
師匠のブルースハープがまた、よかった。
2016年05月28日
隣の家のご主人が朝から怒鳴っている。
自己制御がまるで効いていないのはその音量でわかる。
2月位から時々こういうことがあって、4月が最もひどかった。
普通の時もある。
数日前にうちに町内会費の話をしに来た時はごく普通だった。
孫と遊んでいるのを見たことがあるが、ただの優しいおじいちゃんである。
これまでどんな人生だったのか知るべくもないが、今になって自分の尊厳を自分で保つための何かが足りないのだろう。
本人は苦しいのだろうか。
奥さんは苦しいと思う。
人間の脳はその基本構造として、自己認識機能を備えていない。
他人のことはわかるのに自分のことはわかりにくいという皮肉な構造をしている。
せめて最低限の浄化機能だけでもつけておいてくれたらよかったのに。
最近よくあるエアコンのお掃除機能みたいなのでいい。
神様は気が利かない。
この頃子猫の泣き声をよく聞く。
夕暮れ時に、明け方に。
仮に猫であっても、子供の泣き声はとても悲しく響く。
おじさんの怒鳴り声も、ある面においては悲しい。
二つの違いは、子猫の声は聞いている方にエネルギーを誘発するのに対して、おじさんの怒鳴り声はエネルギーを奪うばかり、というところか。
おじさんの尊厳を、おじさん自信が取り戻せることを祈りながら、怒鳴り声を聞いている。
2016年05月27日
この2週間の沈酔メモ。
・辛さは諦めを要求する
・他人の闇に興味がないとは、ミッキーの袋を膝の上に置いて終電に乗っている、みたいなことである
・酒を飲んでいると、誰も隣に座らない。ちーかまを食べていれば尚更
・なくなったらすぐに注いでくれるところがいい(ワイン会にて)
・子供は寝ていた(ワイン会にて)
・回避したさは自意識を強くし、欲しさは被害意識を強くする
・良識は黄身よりも白身の方にある
2016年05月26日
久しぶりに伊勢崎へ。
駅前区画整理に伴う、公園整備の会議。
いろいろ形になってきた。
けれども、パッとする案もドキドキする案も、ほぼ出ない。
私も出ない。
そうすると、放っておくと、やっぱり流れはとても伊勢崎っぽくなる。
ディテールの違和感に対して無頓着なままことが進んでゆく。
琴線のありかが違う。
違和感を感じても、話し合いは代替案を出さなければただの文句になってしまう。
なので私につべこべ言う資格はあまりない。
それでもつべこべ言ってみたりはしたけれど。
あの会議に出ると、自分の能力のなさと体力のなさを思い知らされる。
2016年05月25日
観音山の清水寺に行った。
参道の両脇には下から上まで紫陽花が植えられていて、花が咲くのを今かと待っているようだった。
日に日に緑が深くなる。
蚊も出はじめた。
夏ももう少しなのかもしれない。
銀行からちょくちょく電話が来る。
どうも保証協会が、保証を渋っているらしい。
税務署の、酒類製造免許許可見込み証明がほしいと。
ちゃんと免許出しますからお金を貸して大丈夫ですよ、という証明が。
税務署は税務署で、資金繰りが万端でなければ免許を出さないと言っている。
どちらもリスクを負いたくないのだろう。
俺に信用がなさすぎるだけか。
人間の闇にスポットを当て続けることをやめない、という性質に信用を見出して、金を貸してくれる人がどこかにいないだろうか。
2016年05月24日
深夜の1:52。
家の棟も三寸下がる、という時間。
駅前の温度計は23℃で、半袖で歩いていても気持ちがいい。
今日も松屋に寄る。
昨日も、一昨日も。
毎日来るのは、食べたくなるから。
昨日は牛飯と生ビール、一昨日はカレーと生ビール、今日は豚汁と生ビール。
ビールは7割がたおいしくないが、食べ物がおいしい。
おいしくて、安い。
豚汁と生ビールで330円である。
深夜の松屋は疲れている。
そこで普段通りの、いつもの高いテンションの若い男性店員のときは面食らう。
もう少し下げてもいい。
今日は店は暇だった。
街全体が閑散としている。
けれども外の空気は、とても気持ちがいい。
ローソンで缶ビールを買って、お堀端を歩いて帰ろう。
2016年05月23日
醸造用圧力タンクの打ち合わせでタニコーの本社へ行く。
立派な会社だった。
黒革の椅子の会議室で、営業と設計の方の話を聞く。
営業と設計は本当に対照的だ。
営業の、基準が売ることから始まっていて、そこにつながっていることが判断基準になっている判断は、やはり違和感がある。
ここから、というときに、筋が通っているだけのいい加減な話をする。
国産タンクは割高だが、製品の扱いを含め今後のことを考えるとできれば国産にしたい。
「ビール会社は設備産業だ」と嬬恋高原ブルワリーの黒岩さんが言っていた。
つくづくお金がかかる。
群馬で、高崎でブルワリーが成り立つのかもよくわからないが、自分で作ったビールで乾杯できたらいいなとは思う。
それだけだと思う。
早くうまいビールを作れるようになりたい。
今日の東京はとても暑い。
昨日までの持ち越しも含め、歩き疲れた。
どこかでビールをのみたい。
2016年05月22日
今日は昼営業のため午前中から出勤。
昨日は結局忙しく、閉店後飲んでいたら、明け方になっていた。
仕事量があったときはその分ゆっくりしてしまうのは昔からそうで、疲れているからまた時間が経つのも早い。
今日も早い時間から席は埋まり、忙しかった。
ビール樽がいつもと違う大きさのため冷蔵庫に入らないのと、交換用のヘッドとうちのタップが形状が一致せず取り付けできなかったのとで、取り寄せたビール全てをサーバーにつなぐことができなかった。
それを目当てに来てくれたお客さんには申し訳ないことをした。
キリンのヘッドは厄介だ。
閉店後近所の洋風居酒屋で一杯飲んで、その後松屋でカレーを食べて帰宅。
まだ飲んでいる人もいるが先に失礼した。
こういうときに一人で少しくつろげる店があると嬉しいが、今日は日曜日でそれらしい店はやっていない。
よく働いた週末だった。
2016年05月21日
鶏肉7枚、セロリ3本、うど1本、卵20個、みょうが4パック、レタス2玉、鰯10尾。
メモ。
玄米と炊飯器とビール代を持って行く。
サンドのペーパー。
買い物をして、店に行って仕込みをしながら営業。
それにしてもいい天気だ。
鳥がチュンチュンないている。
これだけ陽気がいいと鳥じゃなくてもなくと思う。
夕べは週末なのに暇だった。
今夜はどうだろうか。
足が鈍く重い。
2016年05月20日
イベント出店のための仕込みを終えて帰宅。
もう朝。
外は明るい。
さっき帰り道、猫の親子が目の前の道路を横断して行った。
親一匹に子供が四匹。
元気そうだった。
私は眠くてわけがわからない。