1年ぶりぐらいに歯石を取りに歯医者へ。歯の裏側にどん引きするぐらい茶色になっていた。喫煙はじめて1年半ぐらいか。歯磨きの指導を受け、念入りに歯磨き続行中である。年を取っても自分の歯でご飯たべたいものである。
2015年11月03日
1年ぶりぐらいに歯石を取りに歯医者へ。歯の裏側にどん引きするぐらい茶色になっていた。喫煙はじめて1年半ぐらいか。歯磨きの指導を受け、念入りに歯磨き続行中である。年を取っても自分の歯でご飯たべたいものである。
2015年11月02日
ここでもたびたび登場する、利根川遊歩道沿い、お気に入りの通勤路。前橋で主要なロケをした映画「そして父になる」で登場していたらしい。季節はいつだったのか。この通勤路で詠んだ都々逸を。 桜散り落ち紫陽花しおれ朔太郎の碑蝉時雨
2015年11月01日
堀澤さんがやっているザブンが、事情あってMOTOKONYAにて営業を始めた。MOTOKONYAでの営業は1年半ぶりぐらいかな。裸電球の素朴な灯り、コンクリートの土間。あの場所は良いなぁ。料理も同じなのに味が違う。なんか染みるんですよね。タップも一つで、四万温泉のエールのみ。選択できないのが、また良い。
2015年10月31日
普段より忙しめな10月に、
1日1本思いついた映画について書く。
しかも、やると決めたら2~3行では収まらない。
もう全然、ひとこえ、ではない。
そんなことをしていたら、10月が終わっても
書き切れなかった。書けなかった日を後で
埋めることはあっても、僕以外の書き手の皆さん
月末にはきちっと書き終えバトンを渡していたので、
申し訳ない気持ちであります。
その代わり、地元映画祭に長年関わっていながら
以前とは全然映画と距離をとってしまった僕に、
再度映画の良さを実感させてくれる一か月となった。
僕が挙げた映画の中からひとつでもひっかかるものが
あれば、ぜひとも観ていただきたい。
工業学校にいたとき、英語の先生が突然、
今日は映画を見せます、と言い出した。
そして僕ら学生が観せられたのが『ハロルドとモード』
だった。
自殺願望のある少年と、破天荒な老婆の恋物語。
多くの学生はぽかーんと観ていたと思うけど、
よくわわからずも僕の心の何かには触れた。
エンディングで流れるキャットスティーブンスの歌が
物悲しくて小粋で、今に至るまで脳裏に焼き付いている。
今思えば、あの英語の先生にとってこの映画は、
忘れられない映画だったのだと思う。それを大胆にも
授業で学生に見せたことを、僕は素晴らしいと思う。
これからも映画を観続けたい。作ることも・・
11月からは、すーさんにバトンタッチです。よろしくです。
2015年10月30日
真田幸村が幼少期を過ごしたとされる東吾妻町岩櫃山。
来年の大河ドラマ「真田丸」の放送人気にも便乗すべく、
東吾妻町がにわかに活気づいている。
昨年より、「忍び」をテーマに色々な催しを集めた
「岩櫃城 忍びの乱」というイベントが始まった。
地元町民スタッフを主体に行政の協力もあり、
僕も一応副実行委員長の肩書きをいただいている。
高さ10m以上はあろうかという大樹に登ったり、
綱渡りをしたりという「忍者修行わあるど」のほか、
真田市からは信州真田鉄砲隊による火縄銃の演武、
東吾妻町特産の岩島麻の加工体験など、色々をやる。
「忍び」とは関係ないけど、今年初めて東京からの有名店
3店も含む「岩櫃ラーメンの陣」なるラーメンイベント
も行った。僕は主に出店担当なので、1日2食たべた。
受付をしていると、以前みなかみ町で「さるしょうの乱」
という、これまた北毛の色々を集めた複合イベントをした際の
スタッフの一人、辻田さんが奥さんと来てくれた。
「乱」と聞いて来ずにはいられなかったらしい(笑)
普段は尾瀬などで子どもたちに自然体験をさせる
「あるきんぐクラブ」の仕事をする、爽やかお兄さんだ。
その時ふと思ったのは、
忍びの乱も個性豊かな地元の皆や、県外から参加している
殺陣集団、和楽器グループなど様々な人が関わっているけど、
その気になれば辻田さん等経由で北毛と繋がる可能性もある。
そして乱とは関係ないけど、今日もこの会場から近い
中之条の酒蔵では手工芸等のメンバーによる「秋、酒蔵にて」
という催しが行われている。つまりは、
「個性的な人と人とが繋がるのは面白い」ということだった。
それは、半ひきこもりのような十代後半にはわからなかった。
大人になるにつれ、社会に出るにつれ、その面白さにはまった。
僕は無個性な平々凡々人ではあるが、周りはほんと濃い人ばかり。
イメージとしては、Xメンや里見八犬伝である。
人と関わることは、やっかいな事も多いけど、得るものも多い。
2015年10月29日
先に書いたぐんまちゃん家での審査会のあと
近くの飲み屋で懇親会となった。
第一線で活躍する映画関係者と、町民主体の映画祭スタッフ、
その垣根をこえて交流ができるのも、映画祭の魅力。
面白い話が多々あったが、どんな話の流れだったか、
小説家の横山秀夫さんと脚本家の龍居由佳里さんとが
「犯罪を描く時に、無意識での犯行は書かない」
という話しをしていた。とても興味深かった。
人を殺したのは太陽のせい。
ぼんやりと嫌になって人を差しました。
「加害者の闇」で片づけられてしまう事件も多い昨今。
物語を紡ぐ小説家や脚本家は、それが人に影響を及ぼす以上、
犯罪に至るまでを書く責任がある、
というような話しだった。それがされない話が多いと。
その話でまず浮かんだのがガス・ヴァン・サント監督の
『エレファント』。コロンバイン高校の銃乱射事件をベースに
少年たちが強行におよぶ1日が淡々と描かれる。
コンピューターで虚無的に戦争ゲームをするシーンなどはあるが
「少年たちはなぜそれをしたのか?」は特に描かれない。
それが作家性であり、ありと思っていたが、横山さんらの話を
小耳に聞き、間違っていると言ってもいい気がしてきた。
一方、忘れらない映画に青山真治監督の『ユリイカ』がある。
バスジャック事件の生き残りである幼い兄妹と、バス運転手が
疑似家族となり、あてのないバスの旅に出るという物語だ。
バスジャック犯のそれまでは描かれない。
得体の知れない闇として、前触れなくふりかかる闇として、
冒頭、事件は描かれる。使われる尺(時間)も短い。
その後、事件により社会と隔離された兄妹とバス運転手との旅は
ちょっと長すぎるんじゃないの、というほど淡々長々と描かれる。
「生きろとはいわん、死なんでくれ」というセリフが表すように、
そこに道徳的、劇的な飾りはない。ただ共有する時間がある。
でもそれは、彼らにとっても映画にとっても、必要な時間だと気づく。
理不尽な犯行による闇は、その意味を問い返しても答えがないので
癒えることがない。その闇に対抗する手段は、格言ではなく、
愛情にもとづく行為を繰り返すこと、日々を過ごすこと。
この映画はそれを描いていた。つまり、
『ユリイカ』とは、言語化できない時間、戦いを描いた映画だった。
この映画を観たのは二十歳過ぎ。それから10年以上経って、
ある懇親会での話しをもとに、違った見方でその映画を思い出す。
そんな偶然があるからこそ、映画ってやつは観ておいた方がいい。
2015年10月28日
11/14-15の開催となる伊参スタジオ映画祭。
そのメイン企画となる「シナリオ大賞」の審査会のため、
銀座・ぐんまちゃん家に行った。
全国から映画シナリオを募集し、短編中編の大賞作品を
映画化させるこの企画も13年目。来月の映画祭での上映作品
を含めればすでに24人の映画監督を輩出するまでになった。
僕は今年、映画祭の副実行委員長になったことで、
最終審査にも初めて同席させてもらった。
最終審査は、
篠原哲雄監督(『月とキャベツ』『起終点駅 ターミナル』)
松岡周作プロデューサー(『眠る男』『時をかける少女』)
豊島圭介監督(『花宵道中』『海のふた)
坂井昌三先生(シナリオセンター講師)
龍居由佳里さん(脚本家「星の金貨」『ストロベリーナイト』)
横山秀夫さん(小説家「クライマーズハイ」「64」)
といった錚々たるメンツによって行われる。
今日も、5時間以上にわたる熱い議論が交わされた。
最終審査に残ったシナリオを各審査員は熟読し、
作品に込められた意図や、映像化にあたっての実現性を探る。
審査員によっておす作品もおす理由もそれぞれなので、
時にどう収拾するのかもわからなくなったが、無事選考を終えた。
過去シナリオ大賞で大賞を獲得し『星屑夜曲』という中編を
撮影した外山文治監督は、その後商業映画デビューも果たした。
その『燦燦』という作品は、モントリオール世界映画祭にも
出品され、伊参スタジオ映画祭でも上映。とても良い映画だった。
審査会では、若手監督たちの映画の作りづらさの話もされた。
お客の見込みがたつ人気漫画や小説の映画化が続く日本映画界。
オリジナル脚本で商業映画を成立させるのは、至難の業ともいえる。
けれども、外山監督はじめ多くの映画監督たちは、
いつの日かの映画化をめざし、今日も自らの物語を紡いでいる。
シナリオ大賞の結果発表は11/15。大賞に選ばれた2作品は、
来年の映画祭までに中之条町を中心に撮影・映画化される。
「映画が生まれる瞬間」を見に、ぜひともご来場いただきたい。
2015年10月27日
国道を走っていると、「男のDVD」なる看板を見かける。
言ってしまえばアダルドショップだ。
先日ある店に「麻美ゆまサイン会」というポスターをみかけた。
北斗晶のがん宣言がTVを賑わせたが、
AV女優として人気を博し、深夜番組「恋してマスカッツ」で
アイドル的人気も得て、数年前にがんによる闘病の様子を
公表した麻美ゆまさん。wikiったらなんと高崎出身!
・・めっかった群馬はHな話ないですからね、
みなさん話しについて来てますか?
AV女優と差別する時代は、ある程度過ぎたと思う。
僕がバイトしていた町田のTUTAYAでは、他にないこととして、
蒼井そらや紋舞らんといった人気女優のサイン会があった。
レンタル担当の僕は仕事だから仕方なく・・仕方なく、
その準備やアテンドをしたものだった。鼻の下のばして。
女性ファンも多く、サイン会は終始和やかだった。
日本映画においては、Hなものと映画との関係は切り離せない。
『Shall we ダンス?』の周防監督や、『おくりびと』の滝田監督、
僕が好きな『CURE』や『トウキョウソナタ』の黒沢清監督も、
アダルトなシーンを含むピンク映画出身の監督だ。
変態そうな映画だから・・と避けてしまうのは惜しい映画として
問題作を連発している園子温監督の『愛のむきだし』がある。
厳格なクリスチャンの家に生まれた盗撮マニアの少年と、
チンピラどもにパンチラかまわずとび蹴りをかます少女との
237分にもおよぶ常軌を逸した愛の物語。
もう真面目とか変態とか愛とか信仰とかごっちゃになって
観終わった後はただただ放心。そんな体験も映画ならでは。
ちなみに、麻美ゆまさんの両親は日本最古のフィリピンパブ
「ドリーム」の経営者だったらしい。高崎にあったのかな。
高崎は今後、麻美ゆまさんおしで行くしかないね!
2015年10月26日
中之条町に「山里テーマパーク部会」という団体がある。
主に町内ボランティアからなるその会は、畑に入って
つかまえたバッタの数を競い合う「イナゴンピック」や
野外の石窯で地産の野菜を乗せたピザを焼く体験など、
町内や町場のこどもに山里の良さを伝える活動をしている。
そんな山里テーマパークの秋のイベントが、
ハロウィンカボチャをつかったランタン作りワークショップ。
今年もtsumujiには、オレンジのカボチャをくりぬいて
目や口を掘って、思い思いの顔になったカボチャのランタンが
ずらーっと並び点灯された。この光景を見るたびに僕は、
「もうすぐ寒くなるな」と独り言をつぶやいている。
僕らがこどもだったころはハロウィンなんて知らなかったけど、
ここ数年は行事好きな日本人にマッチしたのか、広まったよね。
高崎あたりでも、仮装をした大人が集まってワーッとやったり。
それらはいわゆる「キモかわいい(気持ち悪い+かわいい)」
の範囲で楽しむものだと思うが、キモかわいいに悪夢を追い炊き
すると、『ロスト・チルドレン』が出来上がる。
そこに『ハリーポッター』のような清々しい気持ち悪さはなく、
ウド鈴木のような怪力男や、小人症の俳優なども入り混じり、
小学生が見たらトラウマになるかもしれないインパクトを残す。
けれど、怪力男と共に旅する少女の可憐さや、醜悪の先にある美、
他の映画にはない哀愁や世界観を持っていて、僕はとても好きだ。
この映画のパッケージには「夢の中まであなたを守りたい」
というコピーが書いてあった。この映画の芯を得ていると思った。
映画の仕事は、制作や役者以外に、配給や広報など多岐に渡る。
こんな言葉を思いつく人はすごいなぁ、と思った記憶がある。
2015年10月25日
ラジオで、ゴリラの研究家が言っていた。
ゴリラの挨拶は顔をものすごく近づけるのだと。
一方の人間は、適度な距離を保つ。
それは、無意識に白目の動きを見ているのだと。
白目の動きで、ホントか嘘か、真意を探るのだと。
つまりは、人間は無意識に微細な動きを感知している。
中之条町出身で身体表現(ダンス)をしている
masumi saitoさんがいる。イギリスを拠点としつつも
現在は一時中之条町に帰ってきていて、
今日は大泉町にて「さはりとあはひ」という
琵琶奏者・西原鶴真さんらとのコラボイベントに出演した。
masumiさんは中之条ビエンナーレでもパフォーマンスをし、
僕はそれを見られなかったので、大泉はぜひにと観に行った。
伝統と格式をベースに、絹の弦をノイジーにこする
西原さんの三味線も良かったが、数年ぶりに間近で見る
masumiさんのパフォーマンスにグッと惹きつけられた。
古民家のような狭い会場を時に大胆に駆けまわり、
時に手で顔を覆うなど、微細な動きで音とシンクロする。
そこに意味や物語を見いだすのは難しいが、
意味や物語を越えて、生身だからこそ伝わる多くがある。
アイルランドのカリスマ歌手、ビョークが
視力を失う母親を演じ、次から次へと苦難が起きる
『ダンサー・イン・ザ・ダーク』という映画がある。
目で周囲を認知できない彼女は、仕事も解雇され、
人との距離感も掴めず、その人の善意がホントか嘘かも
読み取ることができない。
ミュージカルというと、お姫様が恋焦がれて
愛のよろこびを急に歌で歌っちゃうイメージがあるが、
この映画の要所要所でミュージカル要素が入るのは、
普段くらやみで生きる母親が唯一、空想の世界では
歌を歌い駆けまわり、自由になれることを意味する。
問題作を未だ発表し続けるラース・フォン・トリアー監督の
強い作家性あってこそだが、この映画ではやはりビョークの
唯一無二の存在感が際立っている。アイルランドの民族音楽を
ベースに最先端の音楽を取り入れ、母性や人生を“厚み”
とした、彼女ならではの存在感が、この映画でも生きている。
「さはりとあはひ」。終わってふっと憑依が解けたような
普段のmasumiさんと雑談をしていた。パフォーマンスを観て
いたお花の先生らしき人が彼女に話しかけた。
「とても良かったわよ。ビョークみたいだった」
身体表現の世界で生きていくことは棘の道かもしれないが、
彼女には観客の視覚をとらえ無意識をノックする才能がある。
人生の歩みと共に厚みが増すであろう彼女の未来に期待したい。
2015年10月24日
夏の暑さは去り、冬の寒さはまだちょっと先。
過ごしやすい季節である。
中之条ビエンナーレが終わり、だいぶ落ち着いた
tsumujiでは、「風まかせライブ」と称した
群馬に縁のある4人の女性による青空ライブが
行われていた。
音楽に纏わる映画は星の数ほどある。
その中には伊参スタジオ映画祭で生まれ、
ぴあフィルムフェスティバルで観客賞を獲った
平野朝美監督『震動』のように、
「バンドやろうぜ!」という青春映画も多い。
『震動』もめっちゃ好きだけど、
アラン・パーカー監督『ザ・コミットメンツ』
は僕にとって「青春」の2文字を思い出させる。
イギリスの片田舎を舞台に、ブラックミュージック
であるソウルを、白人の若者たちが志す話しだ。
バンドの成長物語、というパターンが多いなか、
この映画ではバッサバッサとオーディションを
繰り返し、互いに悪態のオンパレード。
プロデューサー的役回りの青年が主役というのも
面白い。そして、劇中の音楽がめっちゃ熱い。
・・ただ、これだけの映画なら僕にとっては
そんな映画もあったね、という1本だったと思う。
僕が初めてデートらしきことをした女の子がいて、
当時の僕は映画くらいしか話題がふれなくて、
好きな映画は?と聞いたら、
「アラン・パーカーが好き。コミットメンツとか」
と返ってきた。映画は好きだったが知らなかった。
だから急いでツタヤで借りてきて観た。
その子とは結局、その1回のデートで終わった。
この映画について話す機会もなかったのだけれど、
「始めてデートした娘は、アラン・パーカーが好きだった」
というのはなんだか文学的でもあり、全く冴えないけど、
僕に「青春」の2文字を思い出させるのだ。
2015年10月23日
桐生まちなかテレビというものがある。
桐生市本町六丁目商店街の活性化のために、
まちかどに街頭テレビを設置、
独自の番組を作り、街頭テレビとネットとで
配信するという仕組みだ。
桐生はわりと遠く感じるのだけど、
このまちなかテレビのスタジオには何度か行った。
今夜は、昨年僕が制作したミニドラマ
「忍びの風 山を駆ける」を上映していただいた。
それに関係する「岩櫃城忍びの乱」という
イベントの告知もかねて、スタジオに伺ったのだ。
知る人ぞ知る群馬のお笑いコンビ「アンペア―」
をはじめ、このスタジオには地元中心に
若者たちが集まっている。
彼らは「わいわいむーびー部」などというものを作り、
六丁目商店街を舞台に短編映画を自分らで制作、今夜も
近くの喫茶店を舞台とした室内劇の短編映画を上映した。
気の合う仲間で集まって、
できる範囲で映画を作り、上映する。
わりと遠く感じる場所なのに僕がわざわざ足を運ぶのは、
そんな彼らの雰囲気が好きだからだったりもする。
室内劇の短編を観ていて思い出したのが
『十二人の怒れる男』と『十二人の優しい日本人』。
映画の主は予算ではない。それを作ろうという心意気なのだ。
2015年10月22日
11/14-15の「第15回伊参スタジオ映画祭」
の上映作品がサイトにアップされている。
http://isama-cinema.jp/isama2015/main2015.html
おすすめは?と聞かれれば「全部」と答えるが、
14日に上映の豊島圭介監督『海のふた』は、
個人的に好きな作品。だって海の話だもん。
群馬県人には憧れだよね!(どんな押し方だ)
原作はよしもとばななさん。
東京からUターンしてきた女性が、
海辺にかき氷屋を開く話。
顔にやけどをおった少女も加わり、
美しい海辺を背景に、ばななワールドともいうべき
緩やかな再生が描かれる。
この作品は、映画祭スタッフで東京へ行った際に
新宿の映画館で観た。ビールを飲みながら観た。
豊島監督は、伊参映画祭にてシナリオ大賞という
シナリオコンペの審査員を務めていただいており、
その縁で行ったのだけれど、
それを抜きにしても作品が良かった。
今年観た映画で、あまり自分に入ってこない
ものがあり、なぜかと考えてみたら、
主人公が好きになれなかった。
いい人でも美人である必要もないが、
あまり惹かれない人が主の作品は入りずらい。
その点、この映画の冒頭、菊池亜希子さん演じる
主人公が自転車をこぎながら
「私が本当に誇れるのは、いくら食べても
かき氷が嫌いにならなかったことなんだなぁ」
と言っている姿をみて、すぐに好きになった。
海が感じられる伊参のスクリーンでぜひ観てほしい。
余談だけど、よしもとばななさんといえば沼田。
洋菓子店の「樫の木」には、彼女がエッセイか何かで
「樫の木のバームクーヘンは、世界一おいしいです」
と書いたバームクーヘンがある。その文句が書かれた
紙をしたたかにケーキに沿えているあたりも微笑ましい
のだけど、実際においしい。ご賞味あれ。
2015年10月21日
今回も結果、「山形国際ドキュメンタリー映画祭」
に行けなかった。次回開催は2年後だけど、
東京でも特集上映を組むことが多いので期待したい。
この映画祭に初めて足を運んだのは2001年。
僕はまだ映画学校の学生で、授業の一環として
ドキュメンタリーゼミの皆で行った。
ホテルを借りるお金はもったいないので、
安い一間を借りて、講師と共に自炊式の共同生活。
朝起きてドキュメンタリーを5~6本観て、
皆で夕食を食べながらあーだーこーだ言って寝る。
それを繰り返した数日は、忘れられない体験となった。
その年はちょうど、僕らの講師であった安岡卓治氏
がプロデュースし、「放送禁止歌」「職業欄はエスパー」
など特異なTVドキュメンタリーを作っていた森達也氏
が監督をしたオウム真理教に纏わるドキュメンタリー、
『A2』が、国際コンペ部門にノミネートしていた。
それも授業の一環だ、と僕らは、山形市内あちこちに出向き、
まっしろな背景にA2とだけ書かれたポスターを
貼ってもらうお願いをして回った。
オウム真理教のことは、今の若い人は知らないかもだが
僕らよりちょっと若い世代以降の人は忘れようがないはず。
95年の地下鉄サリン事件は、大きな悲劇として脳裏に焼き付いた。
『A2』はその後のオウムを追った森監督の2作目で、
日本各地で強烈なバッシングを浴びる団体の内部に入り、
限度を知らない外部からの圧力や、戸惑う信者の様子、
TVでは放送されない信者と地元住民との交流などを収めた。
その作風は「オウムに加担している」との指摘も受けたが、
オウム信者=すべて真っ黒、という世の意識に異議申し立てをし、
よく見もせずに白か黒かで人を判別し排除する世の中こそが
オウムを生んだのではないか?という問いかけを残した。
この作品はその年の山形で特別賞と市民賞を獲得した。
ポスター貼り程度だが、末端のスタッフとなった僕らは、
その受賞がちょっと誇らしかった。
―――人生は映画よりも奇なり。
あの時安い一間で飯を共にしドキュメンタリーを語った仲間。
幾人かはTV制作会社で今も身を削りながら番組を作り、
幾人かは映像をはなれ職につき子どもと共に暮らしており、
異端的なAV監督になったものもおり、学生時の未完成作品を
完成させ日本映画協会新人賞をとったものもおり、
もうすでに亡くなったものもおり、群馬に帰ってきた僕もいる。
今年の山形国際ドキュメンタリー映画祭、今なお講師を勤める
安岡さんは、生徒を連れだって山形合宿をしたという。
瑞々しい学生たちは、きっと多くの事を学んだに違いない。
2015年10月20日
映画に関することは、今月以前も書いていた。
このめっかった群馬の(ぬ)こと抜井さんは
以前僕が『パシフィック・リム』について書いた
ことを覚えていてわざわざ見てくれたという。
自分自身書いた事を全く覚えていないのだが(!)
抜井さんがあのドンチャン映画を観ている姿を
想像するとちょっと面白い。
だったら、もし観てないのだったら、
抜井さんには『舟を編む』でしょう、とも思う。
人とのコミュニケーションが苦手で、
回りからは変人扱いされる真面目な男が、
数十年の年月をかけて辞書を作る話。
いや、決して抜井さんがそんな性格だと
言っているわけでは・・わりとそんな感じだよね。
抜井さんのように俳句をやっていれば
言葉に敏感にもなるのだろうが、言葉って不思議。
自分の目的や気持ちを共有したくて言葉にするのに、
その言葉から受ける印象は人それぞれだから、
時として真逆の意味にとられたりする。
けれど時々、直接話せば相違も少ないのに、
あえてメールやラインで言葉で伝えたくなったりする。
不思議なもんで。
この映画で特筆すべきは、宮崎あおいがかわいい。
何もしなくてもかわいいのに、変人を変人扱いしないなんて反則。
抜井さんにもそんな人が・・おっとこれ以上は自主規制。
2015年10月19日
かわいいのである。姪っ子が。
疲れが溜まった日曜の朝に、
県内に住む姉と姪っ子二人がうちに来て
ドタドタドタという音と共に起こされる。
それだって「来たの~」とニンマリ顔だ。
こどもの成長は早いというが、
確かに「はじめまちて~」から「来たの~」
まであっという間だった。
上の姪っ子は小学5年生。
すでに家族への気遣いも見てとれる。
女の子がかわいいといえば『地下鉄のザジ』。
くるくるにこにこ愛らしい。
映画の撮り方も斬新で、観た時はある意味
カルチャーショックを受けた。
かわいい女の子、おしゃれなパリ、
自分との共通点が一つも見いだせなかったのだ。
だからつまらなかったわけではなく、
知らない世界に飛び込む経験ができるのも
映画の醍醐味のひとつと思っている。
上の姪っ子が産まれたとき、
うちの姉は絶対買い与えないであろうという
ミヒャエル・エンデの児童小説「モモ」を
プレゼントした。そういう世界も見て欲しかった。
その子がモモを読めるような年頃になった頃、
姉の家の本棚、どーんと並ぶプリキュア本を見つけ、
その隅で埃をかぶった「モモ」を見つけた時は
わりと寂しかったな・・でも、そういうことは
押し付けではなく、巡り合せなんだと思っている。
あと5年10年もしたら一緒に映画でも観に行って、
パフェでも奢りながら姪っ子の悩み事を聞きたい。
嫌われる叔父さんになっていなければ、の話だけど。
2015年10月18日
刊行から80年以上が経つのだという。
宮澤賢治の「銀河鉄道の夜」は、しかしながら今も
多くの人の心に広がっている。
谷村美月が少年に扮する実写版なんてのもあったが、
この映画といえば、ますむらひろし原作のアニメ。
細野晴臣の音楽も今なお印象に新しい。
宮澤賢治は鉱物の知識にも長けていた。
この作品が今も愛されるのは、鉱物のように
きらきらした描写や、簡潔な言葉を使いながらも
宇宙のように奥が見えない深い物語性、
他に類をみない作品だからであると思う。
10月31日から8日間、中之条町旧廣盛酒造にて、
「秋、酒蔵にて」が開催される。
漆・木・石・鉄・ジャンクアート・料理・酒
県内のクラフト作家による展示販売なのだが、
商売優先というよりは、人間くささ優先、
作家が作ったグラスや皿、良質な食と酒で
宴会をするのが一番のメインという
かなり異色で濃ゆい展示会だ。
このめっかった群馬の(ほ)こと、堀澤さんも
料理担当として毎年参加している。
この展示会で面白いのが、
毎年ひとつのテーマを決めて、
使う素材も出来上がる品物も違う
参加作家たちがその年限定の作品を作るところ。
昨年は「郷を辿る」でありその前は「縄文」
そのテーマ展の多分初年度が「銀河鉄道の夜」だった。
その様子は僕が撮影させてもらった
映像を見ていただくと幾らかわかると思うが、
朗読や映画ではなく「もの」によって
宮澤賢治の世界観が表現できるのか!と
新鮮な気持ちで見た記憶がある。
今年のテーマは「えん(円や縁や宴)」だという。
クラフト好きな方も酒好きな方も人好きな方も
ぜひとも足を運んでいただきたい。
2015年10月17日
都会と地方は、よく比較される。
僕自身、映画学校への入学で川崎近くに住み、
ほんの短い間だが東京へも仕事へ通った。
そこから25歳くらいで群馬へ戻ったから、
属にいうUターン者に入るのかもしれない。
都会と地方の両方を見た、とも一応は言える。
今僕がしみじみいいなぁと思うのは、
群馬に暮らし、農作業も行いながら、
あるいは農的暮らしに近い生活者の立場から、
地域や人に開かれた生活をしている人たちである。
固定種野菜を広める高崎「BIOSK」の桜井さんや
高崎駅でのマルシェ「タカサキエキビレッジ」の金井さん。
嬬恋に嫁に行った「エコビレッジ環○和」の正美ちゃんや、
片品村「iikarakan」の瀬戸山さんなど。
まだ行ってないけど上野村の「よたっこ」夫婦も素敵だ。
そんな人たちの姿には、「所詮田舎だから」という
後ろめたさはない。自然や野菜、つまりは生命に
近いところに暮らすがゆえの深い根の貼り方で、
経済や流行の変化じゃ揺らがんぞという強さを感じる。
もちろん皆さん大変な思いもしているのだろうが、
共通のものとして「楽しそう」という雰囲気があるのも良い。
『リトルフォレスト』は、僕が大好きな漫画、
五十嵐大介氏の同作を、忠実に映画化した作品。
五十嵐氏はこの作品の執筆当時、漫画を描きながら
あえて岩手県の山村に暮らし、農業もしていた。
その生活をもとに描かれたのが「リトルフォレスト」で
映画化にあたり監督は「同じ場所で撮りたい!」と、
五十嵐氏が実際暮らした山村でじっくり1年かけて
映画『リトルフォレスト』(前・後編)を完成させた。
五十嵐氏のドキュメンタリーならムサいだろうが(失礼!)
主演は「あまちゃん」の橋本愛さんである。かわゆい。
もうひとつの主演ともいえる数々の田舎料理も美味しそう。
ここまで言っておいてなんだが、
僕は田舎が良い、都会が良い、と区別するのが好きではない。
両方には両方の良さがある。
けれど年をとるにつれて、
群馬あたりはちょうどいい場所だな、と思うようになった。
農的くらしは僕には遠いが、いつか、という思いもある。