日刊鶴のひとこえ

この鶴のひとこえは、「めっかった群馬」に携わる面々が、日刊(を目指す気持ち)で記事を更新致します。担当者は堀澤、岡安、すーさん、坂口、ぬくいです。この5人が月替わりで担当しています。令和8年度は4月(坂)5月(ぬ)6月(岡)7月(す)8月(堀)9月(坂)10月(ぬ)11月(岡)12月(す)1月(堀)2月(坂)3月(ぬ)の順です。

2257声 要求

2014年09月05日

大事にされているかどうかを確認したいときに要求という形をとってしまうから、
めんどくさい人、と言われてしまうので。
それがまた要求になっているのを本人は意識していない場合もあって、
これはもう、複雑にめんどくさい、ということになってしまう。

2256声 街場の伝統

2014年09月04日

「群馬伝統銭湯大全」はつくづくいい本だと思う。
街場の伝統を残していくことにもう少し時間を使えるようにしたい。

2255声 できるとかできないとかできたとか

2014年09月03日

私なんてまだ若い部類かもしれませんが、
歳を取るとその、
できなくなりますいろんなことが。
少なくとも今より若い時よりは。
いろいろできると思ってるとやるべきことがまとまらない。
これしかできないとなると選択肢が少なくなる。
これはありがたことです。
ところが、何かができた実感があまりなかったり、
その「できた」自体の評価基準が高いと、
選択肢が少なくなることが切迫感になるということも一方にある。
それがまた、
できた実感というのはたいていは他者からの評価に翻弄されやすいというところが人間のややこしさで。
愛された記憶の必要、
みたいな話はきっとそんなところから始まっているんですよね。

2254声 釣り

2014年09月02日

烏川で釣りをしてきた。
いいもんです。
16時頃から小一時間ほど。
ちょうど日が暮れる時で、
向こうに観音様が見えて。
小魚が何匹か釣れた。
釣れた魚は塩漬けにして発酵させることになりました。

2253声 41歳の夏

2014年09月01日

涼しい。
短い夏でした。
普段の私からしてみたら働きすぎの夏でした。
これがもう少し体力があると駆け抜けた夏、
とかなるのだろうがならない。
やらないといけないことにしがみついた夏、でしょう。
しがみつくにはいろんなしがみつくがあるだろうけれど、
41歳のしがみつくというのはこれは最低限機嫌がよくないといけないんです。
だいたいこの歳になって機嫌が悪いのはみっともない。
勝手にそう思っているからたいへん。
機嫌よくいろ、というのとしがみつかないと一日が終わらない、という板挟み。
そんな夏でした。

2252声 Don’t be afraid

2014年08月31日

ウキウキ気分の真夏に「弱さ」をテーマに書く、なんて言ってしまったから、

馬鹿の間に間に見苦しい書き込みもしてしまったと思う。

 

この年になっても相変わらず弱いなぁと思う自分がいて、

嫁をもてば、子どもをもてば、親や仕事にもっと責任をもてば、

「そんなこと言ってられない」という強さは得られるのだろうが、

強さ、弱さはそれだけではない気がしている。

 

20代はじめの宮崎の海岸で、ゲイのイギリス人と話をした。

英語ができないので、つたないジェスチャー混じりだったが、

R.E.M.というバンドが好きという共通点を見つけた。彼は言う。

「ボーカルのマイケル・スタイプは、ゲイであることを隠さず、

セクシャルマイノリティが表に出るために尽力している」

僕と言えば「あれもこれもできないんだ」

ということを話した記憶がある。すると彼は一言、

「Don’t be afraid」。

 

僕はその夏に、僕が一生心に留めるべき言葉を知ってしまった。

弱さはずっと消えないと思う。でも、Don’t be afraid。

 

いやー、青臭さ全開で終えてしまいました。

昔、堀澤さんが「年をとると、できなくなるから、楽になる」

ということを言っていたと思いますが、あれ、どういう意味でしたっけ?

僕もそういうことがわかる年齢に差し掛かっているようですが・・

2251声 風土

2014年08月30日

5月の投稿の時に書いた、

日本映画大学の学生による中之条町六合での

ドキュメンタリー撮影、の完成作品を観た。

 

旅館支配人を経て、めんぱと呼ばれる弁当箱を作る職人。

ラッパーを目指し上京、帰郷し農業ベンチャーに賭ける青年。

緑豊かなだが少し寂しい暮坂芸術区にて、作品を作り続ける陶芸家。

山に居続け、うどんなどをこねるこねばちを作り続ける職人。

 

彼らの人生には、厳しくも豊かな山里の風土が関係している。

学生ならではの真っ直ぐなまなざしで、どれも魅力的な作品になった。

 

噺家か!と思うほど話が止まらないこねばち職人の老人が言う。

「ずっとここで生きてきたから、自然がきれいだなんて思わない。普通だ。

米がとれない地域、昔は嫁がうどんをこねて皆に食べさせた。

そんな人もいなくなったし、使われなくなった道具を見ると・・寂しい。」

寂しい、あたりをいうくだりでは、沈黙が多い。学生はそれもカットせず使う。

 

おおげさだけど、その沈黙に、六合に限らない「失われたこと」が現れている気がした。

 

学生作品といえど、町外の人が観ても興味深い作品がそろったと思う。

上映会を立ち上げる予定なので、その際はこのページでも報告させていただきます。

2250声 八月末

2014年08月29日

スーパーの敷地にある小さな焼きまんじゅう屋に

人が並んでいた。

 

バイパス道では女子高生が二人

立ちこぎ自転車で駆けていく。笑顔だった。

 

稲穂は黄色に色づき、

場所によってはこうべをたれ始めていた。

 

山の上には大きな雲ではなく

切れ切れの小さな雲が浮かんでいた。

 

日が暮れても半袖でなんとかなるが

時折しんと冷えた風が肌を触っていく。

 

八月末。

2249声 セミファイナル

2014年08月28日

路上に落ちて、「死んでるのかな・・」と近づくと突如、ブーンと飛んでびっくりする蝉の状態を、

「セミファイナル」と呼ぶらしい。

今日も木に止った蝉が、あまり元気なくゆったりと飛んでいく様を見たが、少し物悲しかった。

 

知り合いの近しい人が、不慮の事故で亡くなった。

偉人は「明日自分が死ぬと仮定して、今日を生きなさい」という。

なんとなく山田かまちなんかは、そんなことを実践したイメージがある。

僕はといえば、今日もいつも通りの一日だった。

 

蝉は、自分の命が短いことを知っているのだろうか?

2248声 ノミ

2014年08月27日

自分は「ノミ」だと思っていた。
ノミは高く飛ぶが、小さい箱に入れるとその箱の高さしか飛べなくなるらしい。

 

活気のある場所に行けば、その場所にいる人たちに感化されある一定は動くが、
一人でいるとたちまち何もしなくなる、できなくなる。
場所や環境ありきでないと、動けない自分。
20代なかば。休みの日には、一日布団の中にいることもあった。

 

(ほ)の人も良く知る(も)さんとの出会いは強烈だった。
当時は高崎CIPという若者の仕事と地域活性をかけあわせた事業に取り組み、
本業は企業や自治体のコンサルタントという、強烈な個性の持ち主だった。

 

会って間もない僕を、高崎の本町だったと思うが、
知る人ぞ知るような店に連れていってくれて、あぶった油揚げなど、
飾らずに本当に美味しいものをごちそうしてくれた。

 

ノミの話しはしなかったがその席、
「僕は人に合わせて背伸びをしてるんです」と言うと、

 

「俺もだよ」

 

と即答で帰ってきた。タイミングもあるが、それはなんだか心強くて、
その日以降、震災後の活動を共にしたり、酒を飲んだりした。

 

多少去勢を張ってでも、自分の前に少し高い箱を置いていけさえすれば、
ノミだって生きていけるんじゃないか、と今は思っている。

2247声 路上のスリッパ

2014年08月26日

焼肉あおぞら付近の路上に、スリッパが放置されていた。
1日目2日目はちょこんとそこにあったが、
車に踏まれ、雨に降られ、ずたずたになっていく。
そんなに気になるならお前が処分すればいいじゃないかという話だが、
他の人もそうするようにただ放置し、まだあるな、と傍観していた。

 

車に同乗した映画監督にその話をすると、
「それって映画的ですよね。」
と、なるほどなぁという返事が返ってきた。

 

職場に母から電話。
父が倒れたという。
いつも静かな母は、動揺している。
わかった、仕事早抜けして、色々用意していくから、と私。
事情を上司に話し、駆け足で原町日赤病院に向かう。途中のワークマン。
母は父の着替えのシャツや、自分の付添のスリッパは買っただろうか?
もしあれば家で使えばいいじゃない、と、買いこんでバイパスを走る。
途中、スリッパが落ちたことも気づかずに・・・

 

瞬時に浮かんだそんな妄想。主役は30歳OL。少し影のある美人。
・・・阿呆ですな。

 

勝手にそんな妄想をされた路上のスリッパは、
今日になると跡形もなく消えていた。
お父さんは無事に退院したんだろう。

2246声 ミュラー

2014年08月25日

高崎市下小鳥町に「MOMO(モモ)」という名の小さなおもちゃ屋がある。
店はほんとうに小さい。けれどその店内には、
1才の赤ちゃんが口に入れても大丈夫な木のおもちゃや、
部屋に飾っておくだけでロハス感?が出る西洋のパズルなどが並ぶ。

 

以前イベントで知って、行く機会はないかと思っていたが、
8/31(日)までやっている「ミュラー展」の写真がとても良くて、
いいタイミングだったこともあり行ってみた。

 

ミュラーとは、115年続くというドイツの老舗おもちゃメーカーで、
その代表格は「ピラミッド」と呼ばれる木製玩具。
塔のような建物の中は4階建てになっていて、その中には
羊飼いや商人や王様などがいる。
塔の周りに付けられたロウソクに火を灯すと、自然に上昇気流が起き、
塔のてっぺんにつけられたプロペラが回って、塔の中のひとびとも
回りだすという、凝った仕掛けになっている。

 

ドイツでは、クリスマスが近づくとこの玩具のロウソクに火を灯し、
日が過ぎるごとに灯す本数を増やし、回転を速くしていくそうです。
と、店の方が丁寧に教えてくれた。

 

子どもたちは無意識にも、「自分は大切にされているだろうか?」
ということに敏感だと思う。妖怪ウォッチ体操で騒ぐも良いが、
大切に作られたおもちゃで遊び、大切に作られた料理を食べて、
親と大切な時間を過ごした子どもは、自分も大切にできるのかな、と。

 

「MOMO」という店名は、わかる人にはピンとくるが、ドイツの
児童文学者・思想家のミヒャエル・エンデの小説「モモ」由来だろう。

 

そういうことがわかって欲しいと、
姪っ子が産まれた時に姉にその愛蔵版をプレゼントしたが、
部屋の隅っこに積まれていた気がする。
姪っ子は妖怪ウォッチ体操に夢中である。

 

そういう育ち方も、またいい。

2245声 壁

2014年08月24日

六合での宴会は深酒が進んでしまい、記憶にないくらいぶりに
朝二日酔い状態だった。約束が伸びたので、水を飲み車で寝た。

 

13年位前。映画学校に通っていた1年目。ゼミの飲み会。飲む。
気付くと・・・警察のイスに座っていた。

 

聞くと、新百合ヶ丘のイトーヨーカドーの駐車場で深夜、
フェンスに登ろうとしている不審者がおり、駆け付けたとのこと。
僕は、「これを越えなきゃいけないんです!」と連呼していたらしい。
靴も履いていなかった。

 

思い返してみると、そんな心情だったんだなと思う。

 

実は、13年経った今も心情的には同じだったりするのだが、
今は深酒をするとただ、トドのようにごろんと寝てしまうだけである。

2244声 生姜鍋

2014年08月23日

「中之条ビエンナーレ」も来年で5回目の開催となる。
昨年は日本全国から113組のアーティストが参加。
人口の10倍もの人々が、アートや里山を観にやってくる。

 

今年は開催されない年だが、「六合七月小径」と銘打って、
六合地区の作品の一部の再展示が行われた。
それに参加した作家さんと地元の人たちとで飲み会をやるというので、
ひょこひょこ付いて行った。

 

小林正樹さんは、六合の古い蔵に眠っていた民具、徳利、御猪口などを
使い作品を作った。それら道具が息を吹き返すような作品だった。
長い滞在生活の中で、家の持ち主のご夫婦とも仲良くなり、
この日も奥さん特製の生姜鍋をいただき、ご主人も含め日本酒を飲んだ。
飲食店を始めたい、という奥さんのために、小林さんは鉄を溶接して
とてもかっこいい看板をプレゼントした。とてもいい事だと思った。

 

大規模な「越後妻有」「瀬戸内」、都市型の「あいち」「横浜」ほか
日本のあちこちで「アート×地域」のイベントが開催されるようになった。
けれど、「町おこしの為に使われること」に疲弊している作家もいるだろう。

 

中之条ビエンナーレは「作家からの発信」を掲げ、始まった。
画廊ではなく、受け身ではなく、自分で自分の作品を魅せる場を作る、
という趣旨だ。このモチベーションは保たれるべきだと思う。
そして加えるなら、作家と地元の人との交流こそが、大事だと思う。

 

作家は場所や人に接することにより、作品の奥行や人間性を深める。
地元の人はいぶかしげに見ながらも、気づかなかった地元の価値を知る。

 

小林さんも家のご夫婦も初めて会ったが、そんなやりとりを感じた。

2243声 はじらい

2014年08月22日

8/16日に書いた「岩櫃城忍びの乱」ミニドラマの
子役に出てもらうシーンの撮影が終わった。

 

今日もカンカン照りだったので、
主役の小学三年生女子に「帽子持ってきた?」
と聞くと忘れたという。

 

撮影場所となる岩櫃山の麓の潜龍院跡へ向かう途中。
ちょうどのその子の自宅があり、「帽子取ってきたい」
というから、取ってきてもらった。

 

撮影が終わり送っていく車の中。その子が
「妹にいじわるで前髪切られて短いの嫌だったの」と言う。
「それが気になって帽子取りに行ったの?」と聞くと、
うん、とうなずいた。

 

小学三年生にして、人にどう見られるかを考えているのだ!

 

34歳の僕は、ベランダ工事の際にビリッとやぶけた
ズボンの股座の穴を、そっと隠した。

2242声 マブイレス

2014年08月21日

10年近く置いておいた泡盛を開けた。
2003年、山形国際ドキュメンタリー映画祭の沖縄上映の際に
手伝い(半分観光?)で行って買ったものだ。

 

開けなかったもう1本には『ウンタマギルー』で知られる
映画監督・高嶺剛さんにその場で書いてもらったサインがある。

 

『ウンタマギルー』という映画では、小林薫演じる沖縄の若者が
頭に槍が刺さったまま海辺をさまよい歩くシーンがある。
彼は「マブイレスマンだ」と高嶺監督は言う。
マブイとは「魂」のようなものらしい。魂を亡くした男・・

 

先日会った女の子が、
「仕事で行った島国で会った原住民があまりにきれいで、
エネルギーに満ち溢れていて、ここに私を置いてって
ってお願いしたんです!」
と冗談まじりに話していた。
彼ら原住民ってやつは、マブイが強いのかもしれない。

便利になればなるほど、弱くなるものもある。

 

魂を亡くすにも才能が必要な気はするが、
泡盛ばっか飲んでマブイレスになって海辺をさまよう、
なんてこともしてみたい自分がいる。

2241声 捨て看板娘

2014年08月20日

僕がスタッフをしている「伊参スタジオ映画祭」では
映画のシナリオを全国から公募し、短編中編の最優秀賞2本を
毎年映画化させる、という取り組みを、2003年から続けている。

 

昨年短編で受賞した川合元監督の『捨て看板娘』の撮影が
中之条町の山中、東吾妻町の江崎看板、僕の職場等で行われた。
撮影に必要な備品を揃える程度だが、僕も協力させてもらった。

 

川合監督は昨年シナリオが選ばれた授賞式で
「僕は長年シナリオを書いてきましたが賞を獲ることもなく
あきらめようとも思ったが、続けてきて本当に良かった」
というような事を言った覚えがある。それを聞きとても感動した。

 

映画を作るのは、人の手が必要であり、お金も必要だ。
伊参で受賞した監督は映画化の期待と同時に
大きなプレッシャーや苦労を背負うのだが、
川合監督も聞いた話では相当苦労した様子。

 

けれど。撮影現場に立つ彼の顔は、連日の疲れを見せつつも、
今まで見たことのない充実した顔をしていた。
今後、編集作業を経て、11月の伊参スタジオ映画祭で上映となる。

 

「捨て看板」とは、60分10,000円ポッキリ、みたいな
町の立て看板である。しかしこの映画は、きっと泣ける。
どうゆうこと?と思ったあなた!・・・観に来てね。

2240声 道

2014年08月19日

中之条町に帰ってきたのは夜の9時。
酒を飲む場所はあっても、案外食事目当てで行きたい店は少ない。

 

あ!駅前のヤクルトがあった場所が飲食店になっている。
窓ガラスには、パソコンで印刷したであろう料理の写真。
お客はいない。なにより驚くのは、店の外から中を見ると、
ソファに店主とその奥さんらしき人が・・寝ている!
その店の名は、「道」。

 

フェデリコ・フェリーニ監督の『道』は、
死ぬまでにあと3回は観たい名作。
純粋なジェルソミーナの死を知り号泣するザンパノを観て、
「今頃気づくなんてなんて愚かで弱い奴なんだ!」
と憤怒したのは初めて見た時。その後2回観たが、
なぜだか年をとるごとに、ザンパノへの怒りが同情に変わる。

 

「自分だって、人を傷つけたじゃないか」
という経験が、そうさせるのかもしれない。

 

・・と、全く関係ない妄想が広がったが、
やってますかと入店し、起きた奥さんが作ってくれたラーメンは、
きちんと野菜や鶏がらで出汁をとっているであろう懐かしい味で、
おいしかった。