日刊鶴のひとこえ

この鶴のひとこえは、「めっかった群馬」に携わる面々が、日刊(を目指す気持ち)で記事を更新致します。担当者は堀澤、岡安、すーさん、坂口、ぬくいです。この5人が月替わりで担当しています。令和8年度は4月(坂)5月(ぬ)6月(岡)7月(す)8月(堀)9月(坂)10月(ぬ)11月(岡)12月(す)1月(堀)2月(坂)3月(ぬ)の順です。

2393声 閉鎖

2014年10月11日

定例の句会のため、原宿へ出かけた。
夏からのデング熱騒動で、代々木公園が閉鎖になっていた。
歩いているのは外国人観光客と思しき人たちばかりであった。
表参道なども人並みはあるには、いつもの半数くらいと言う具合であった。
公園に入れないので、句を作るためにふらふらと、
NHKの脇のグラウンドのまで来てみると、九州フェアと銘打って、
物産市が催されていた。
折角なので、ゆず麦酒なる地麦酒とご当地のから揚げを購い、
木蔭に腰を下ろした。
秋の陽光を吸って色づき始めた雑木紅葉が、淡く光っていた。

2392声 気流

2014年10月10日

最寄駅前に近年、超高層マンションが一棟建てられた。

マンションの地下から地下鉄の改札口へ直結している、

と言えばその立地がおおよそイメージされるであろう。

この超高層マンションは私の生活と、勿論係わりはまったく無いのだが、

どうにも気にかかることがある。

それは「風」、なのである。

所謂ビル風と言ばれているあの強風が、このマンションの竣工以来、

駅前に殊更吹き付けるようになったのだ。

ひどい時は、マンション横の路地を横切った瞬間、強風に煽られ、

ビニール傘など骨組が折れて裏返ってしまう。

したがって、強風の日などはマンションエントランス付近に、

骨組みのあらわになった傘の残骸が積み上がっている。

数日後も台風直撃と言う予報が出ており、また傘の残骸が山と積まれるであろう。

そして、風水だか何かは分からぬのだが、「気」の流れとでも言おうか、

この超高層マンション付近一帯で、目には見えざる 「何か」が、
たしかに変わってしまった気がしている。

2391声 海月

2014年10月09日

今年の体育の日は、時季外れの台風の接近で、雨の予報である。
体育の日を過ぎたごろから、世間の脈拍がだんだんに早くなり、
早くも年末の慌ただしさが始まってくる。
毎年のことであるが年末の慌ただしさには、辟易とする。
できることならば、海月のように徐々に溶けてなくなりたい気がする。
しかし、萩原朔太郎の「死なない蛸」にある蛸のようになるのも恐ろしいので、
溶けるのはよして、なんとか乗り切りたい。
乗り切って、正月のあの大手を振って昼酒を飲める、
愛すべき駘蕩とした雰囲気を味わいたい。

2390声 皆既

2014年10月08日

駅へ出る頃に、ちょうど皆既月食を見ることができた。
欠ける、と言うよりは端から薄らいでゆくように見えた。
卵の黄身のような色から、だんだんと赤みを増し、やがて夜空は漆黒に。
月光の届かぬ時、風の質感や草々の息吹は、たしかに平静と違った。
人のこころもまた。

2389声 月食

2014年10月07日

満月が地球の影に隠れる「皆既月食」が、明日は各地で見られるらしい。
およそ三年ぶりで、時間は19時25分から20時25分ごろの約1時間とのこと。
雲が多く、関東でははっきりと見られぬかもしれぬと、
テレビニュースのアナウンサーは無機質に伝えていたが、私は見たいと思っている。
それは、今日の月がとても美しく、この様子ならば明日の皆既月食は、
さぞや美しいだろうと思うからである。
晩秋の澄んだ月を出てゆく雲が、ざっくりと、薄青く光る様などは、
自分の中に詩魂があったことを思い出させてくる。
さりとて、それが形になるかどうかはまた別の話であるが。

2388声 風格

2014年10月06日

デパートの地下に立ち寄ると、ふらりと足が向いてしまうのが、 酒コーナーである。
特に買うつもりも無いのだが、麦酒に洋酒に日本酒と一通り品揃えを確認する。
先日も、ふらりと立ち寄った地下食品売り場の酒屋にて、
いつものように並んでいる酒のラベルを見ていると、見覚えのある筆。
秋田の日本酒であったが、素竹さんの筆であった。
酒の味は分からぬが、ラベルの風格はただならぬものがあった。
ためしに、一番小さな瓶をレジへ持っていった。

2387声 朱赤

2014年10月05日

台風が近づいており、朝から雨風ともに強く、
大荒れの一日だった。
明日は関東を直撃らしいので、交通機関の乱れは必至であろう。
近所の神社では秋祭が予定されていたが、午前中で切り上げたらしく、
祭半纏姿の男女が、とぼとぼと参道を歩いていた。
誰一人、傘もささずに、うなだれて濡れていた。
白字の背中に朱赤で染め抜かれた祭の文字が、昼の闇に浮かんでいた。

2386声 億劫

2014年10月04日

最近は外に出るのが億劫になってしまって、
家に引きこもって飲むことが多くなった。
新規の店には好きな麦酒の銘柄が置いて無かったり、
馴染みの店は混んでいたり、喧騒に疲れてしまったりと、
なかなか上手い具合に運ばないことが多いからである。
商店街の焼き鳥屋で誂えた焼き鳥を並べ、缶麦酒を見つめながら、
ちびりちびりとやっている。
普段の半分くらいの分量で、普段の倍くらいに酔う。
つまり好きな酒を飲みながら、安上がりに酔える。
自分の興を遮るものなくしたたかに酔えるのだが、ちっとも面白くない。

2385声 想像

2014年10月03日

夜、不定期で開催されている句会に参加した。
人数は私を含め五人で、丸机を囲み、席題を中心として行う。
雰囲気は、真ん中に酒瓶の並び立つような、という具合である。

席題なので、その場で題を出す。
私が出した題のひとつに「白」があった。
つまり、白と言う一字が句の中に入っていればよいのである。
群馬時代での席題句会では、必ず自然に触れるようにして作った。
つまり、戸外に一歩出ればそれが実現したが、都内ではそうも行かない。
そう言う時は、無論、想像の世界で句を作る。

想像の世界で作ろうとするのだが、そこにある山河の、
なんと茫洋として頼りないことか。
つまり、自らの想像力が頼りないのである。
慌てて、白と言う題を出すきっかけとなった、
机に出ている白ワインをがぶがぶ飲みつつ、おぼろげな句を作って出した。
こう言う類の句は、家に帰るころにはもう忘れていたりする。

2384声 供華

2014年10月02日

群馬に住んでいた頃は近かったが、千葉に住むようになって埼玉が遠くなった。
特に、川越以西へは東京都縦断して行かねばならぬので、殊ににその感が強い。
先週はその埼玉以西へ、標榜では「500万本の曼珠沙華」が咲く言われている里へ出かけた。
無論、吟行句会なのだが、里へ着いた時から人、人、人、その500万本を上回る人の数。
静な里山に蠢く雑踏に、俳句はもとより、すっかり観賞の興を失ってしまった。

花見や花火などは人の混雑や猥雑な屋台群があまり苦にならず、むしろそれこそが、
祭りに華を添える一事と感じるのだが、曼珠沙華の里ではそうはいかなかった。
ロープの貼られた幾万の曼珠沙華から離れ、里の脇を流れる小川に腰を下ろした。
木洩れ日注ぐ清流の沿いには、自生している曼珠沙華がいくつか見えた。
名もない川や田の畦や苔むす墓石の脇に咲いているのが、本当の曼珠沙華の興である。
人でごった返す屋台に並んで買った、伸びた焼きそばに箸を入れつつ、
缶麦酒を買いに戻るだけの気力はなかった。

2383声 諦観

2014年10月01日

本日から一月は抜井が担当いたします。
寄席のように代わる代わる、出てきては去って行きます。
寄席ならばトリを務める真打が登場して、拍手喝采で終わるところですが、
ここは書き手の三人以外、一向にトリの出てこないところが、おそろしい。

しかしまた、ひと月の間はこうやってパソコン前に腰を下ろし、
稿を繋いでいかなけばならぬことのほうがおそろしいですが、
自分の受け持ちではない、ふた月の間、岡安さんと堀澤さんの書いた文章を、
悠然と楽しんでいたのだから、致し方ないと腹を据えております。
2261声で二日酔いに苦しむ堀澤さんも、書いていましたね。

「あれだけいい思いをさせておいてもらって、
その上薬を飲むなんてばちあたりである。」

2282声 どうにもならないは生きている

2014年09月30日

中島みゆきはいいことを言う。
中島みゆきというと暗い歌を歌う人というイメージがあるのだが今はどうなのか。
興味がないほうが多いか。
何曲あるかもわからない楽曲を手当たり次第聞いている。
昔から聞いてるのを改めてちゃんと聞いている感じ。
3ヶ月くらいそんなことをしている。
そういうのをしつこくやると言葉とメロディ以外の部分、行間を聞くようになる。
行間を聞けないと和解はない。
中島みゆきが行間で言っているのは、
どうにもならない、ということだったりする。
どうにもならない、というのは、
言葉にしてしまったらどうにもならないではなくなってしまう。
行間に、
目にも耳にも触れずに気がつく人にしか気がつかないという形でずっしりそこにあるから、
どうにもならないは生き続けられる。
要するに、私にとってのいいこと、というのは、
どうにもならないが生きていることを教えてもらえること、
なんだとわかるわけ。
最後にいいこと言った。
おしまいです。

2281声 あんこ党

2014年09月29日

大福はプリンに勝てるか?
状況による。
深夜、
一日の疲れがどっと押し寄せている時に、
大福がプリンに勝つのは難しい。
一つは華やかさ。
一つは軽さ。
卵や牛乳の華やかさに、地味な小豆と米は太刀打ちできない。
軽さも然り。
作ってから時間が経てばなおさらである。
結局プリンを先に食べ終わってしまった。
でも大福が好き。

2280声 報告

2014年09月28日

結婚の報告は朗報なのか。
朗報にしたい気持ちはわかる。
でも本当か。
だからと言って、
幸せでいて欲しいという気持ちがないのではない。

2279声 花

2014年09月27日

花を生けた。
この優先順位よもっと上がれ。

2278声 基準

2014年09月26日

いいところというのは、
探すというより、信じ込む能力が問われる。
それがいいのかという疑問はいいとして、
疑り深い自分に気づいてしまったら、
それでもいいところを感じたかったら、
信じ込める能力への憧れを放棄して自分の基準を持つしかない。
ということが、
あからさまになってしまった時代なのだと思う。

2277声 ラブソング

2014年09月25日

ほら、
こんなとこで寝てないで、
お風呂入ってから寝なよ、
みたいなラブソングがあったっていい。

2276声 いろいろで一つ

2014年09月24日

ニコニコしている時もあればしかめっ面してたり、
飲みすぎてまっすぐ歩けないのは飲み過ぎたら誰でもそうで、
大事にされたいなんていう何処かの意識だとか、
下品が嫌いだとか、
自分も十分下品だとか、
そういうのをひっくるめて一人の人間で。
そういういろいろを抱えながら、
別にとくに、
精神はまとまりを持っていていいのだよね本当は。
他者はなかなかそれを許さないけれど。