日刊鶴のひとこえ

この鶴のひとこえは、「めっかった群馬」に携わる面々が、日刊(を目指す気持ち)で記事を更新致します。担当者は堀澤、岡安、すーさん、坂口、ぬくいです。この5人が月替わりで担当しています。令和8年度は4月(坂)5月(ぬ)6月(岡)7月(す)8月(堀)9月(坂)10月(ぬ)11月(岡)12月(す)1月(堀)2月(坂)3月(ぬ)の順です。

2442声 富士山どーん

2014年11月29日

「中之条ビエンナーレ」ディレクターの山重徹夫氏が「逗子アートサイト」に続き
手掛けた「富士の山ビエンナーレ」にピューンと日帰りで行ってきた。静岡県。

 

中之条と共通のアート作家も多く、その場にある石やもので作品を組み立てる
鈴木孝幸さんによる、使われなくなった映画館まるごとの展示は面白かったし、
過去中之条の道の駅たけやまに竹城を築城した勝木繁盛さんによる竹で作った
巨大は船は、鷹岡の町中に突如現れたノアの方舟のごとき圧倒的存在感だった。

 

巨大と言えば、午前中は行って早々強い雨で靴も服もぐちゃぐちゃになったのだが、
午後、天気は奇跡的な回復を見せ、現地で借りた車を運転中、目の前に突如巨大な
富士山がどーんと出現したのには、タイミング的にもアートを見るより感動してしまった。
距離感が掴めていなかったから、もっと小さく見えると思っていたのだ。どーんだった。

 

この富士山であればヤジさんキタさんが道中驚いたのも真実味があるし(実話だっけ?)、
このイベントのボランティアのお出迎え精神は凄いなと感心していたのだが、それは

富士山目当てで観光に来る人に接する下地があったからか、と勝手に納得してしまった。
ここで育った人たちにとっての富士山どーんは、プライスレスな心の支えなのだろう。

 

現地でばったり会った山重さんについて行ったおかげで、名産の生桜えびをパリッと
かき揚げにし、それとご飯との間に甘く煮た鶏卵をはさんだ「黄金丼」も知ることができた。
こうすれば最後までかき揚げはパリパリ、甘い卵との相性も抜群の絶品どんぶりだった。

 

アート目的で行きながら、人と自然と美食に酔いしれた一日。
これこそが、アートイベントの正しい楽しみ方。来年は、中之条ビエンナーレ年。

2441声 キートン

2014年11月28日

僕が大好きな「マスターキートン」という漫画が20年を経て新しく描き下ろされ
単行本化されたという知らせを聞いたので、発売日早々に買いに行った。
これは「20世紀少年」や「MONSTER」、「YAWARA」で知られる浦沢直樹氏による、
一話完結型の漫画で、考古学者を目指しながら、軍事特殊部隊でマスターになり、
探偵としても世界各国を飛び回る、風変わりな男を主人公としている。

 

この漫画について書き出したら止まらないが、今日面白いと思ったのは、
ジョウモウ大学や中之条ビエンナーレで知り合い、「この人の感性はいいな」と
思っていた幾人かの人が、別に今まで「マスターキートン」の話しなどしたことは
なかったのに、SNSで「俺もキートン好きなんだ」「私も新刊買いに行く!」などの
書き込みをくれた事。つまりは、この漫画を好きな人とは、仲良くなれるのだろう。

 

作中で、キートンに多大な影響を与えた考古学者のユーリ・スコット教授は、
戦火で焼け落ちた校舎で、学生だったキートンたちに「授業を始めるぞ」と指示をする。
そして発せられる教授のセリフは、キートンでなくても心にぐさっと刺さる。

 

「人間は学ぶ意志さえあれば、どこでも学ぶことが出来ます」

2440声 Native American

2014年11月27日

「震災後、福島の人々は原発によって避難を余儀なくされた
私たちネイティブアメリカンも、白人によって住処を追われ続けた
だから震災の知らせを聞いた時、私は行って抱きしめたいと思った」

 

ネイティブアメリカン(インディアンとも呼ばれる)であるデニス・バンクス氏が
震災後、福島県南相馬市を訪問した映像の編集を担当したことがあった。
今週末に再度デニス氏が来日し、高崎シティギャラリーでイベントを行うというので、
それに合わせてその映像、「大地といのちの祈り」のDVDを増版する作業を行った。

 

80年代だろうか、非暴力による大陸横断平和行進などのインディアンムーブメントは、
日本の若者たちにも影響を与え、宮田雪監督による『ホピの予言』は今なお上映され
続けている。しかし今の彼らの日本の活動拠点が群馬の高崎である事を知る人は少ない。

 

ひょんなきっかけで、部分的ではあるが関わらせていただくことになり、
歴史にも人と大地の関わりにも疎い僕には、色々なことが新鮮だった。
なにより、デニス氏と共にネイティブアメリカンの魂を日本に灯し続けようという、
辰巳玲子さんや秋山太一さんの底知れぬパワーには、教わることが多い。

 

相手が国家や差別という形が見えないほどの大きいものであっても、であればこそ、
挑み続ける人の目に灯る炎は、時を経ても消えない。しかしまた、そんな人ほど普段は、
子どものような優しい目をしていることも共通の事実である気がしている。

2439声 ねどこ

2014年11月26日

この時期になると、シーツの上に毛布をひいて、それと掛け布団の間に潜り込む。
毛布の使い方は実はこのように自分の上ではなく下にすると良い、とネットにもあった。
もう少ししたら湯たんぽも使う。そうすると、朝抜け出すのが困難なくらいに快適な
ねどこが完成する。

 

嫌なことがあっても、へとへとに疲れても、やどかりの気分になって、あるいは、
チョココロネのチョコの気分になって、シュッぴたっと潜り込めるねどこがあれば、
そこそこ幸せに生きていける。

2438声 self & others

2014年11月25日

2つのテレビ番組を見た。1つは、マシュマロマン(古い)みたいな
ロボットが出てくるディズニー映画『ベイマックス』のメイキング番組。
「ロボットに抱きしめられる時の男の子の髪の揺れ具合で親しみを表現する」
というこだわりや、何しろ完成後に大きな劇場にスタッフが家族同伴で集まり、
膨大な数の身内関係者で試写会をする場面を見て、すごいなと思った。

 

もう1つは、好きな番組「プロフェッショナル」。今回は女子高バスケ顧問。
コートの上では厳しい激を飛ばし、寮に戻れば女子学生のおじいちゃん的役割。
入れ替わりのある学生スポーツで全国優勝を繰り返しており、その厳しさについて
学生が「自分のためを思って言ってくれてるのがわかるから努力できる」的な
事を言っていたのが印象的。厳しさと優しさの共存、誰もができることじゃない。

 

2つの番組に共通するのは「1人ではできないことも仲間が集まればできる」か。
この1年を振り返って、皆さまのおかげではあるが、1人でやる仕事も多く、
1人で頑張っても出来ることに限界はあるのかな・・と思っていた。

 

組織の中で人に頼って仕事する、より、自分1人で仕事をやり遂げる、が難し、
自分1人で仕事をやり遂げる、より、組織の中で人に託して仕事する、が難し、
というのが僕の実感。皆で何かやり遂げた後の酒ほどうまいものはないんだけどね。

2437声 烏賊の塩辛

2014年11月24日

前にその衝動が起きたのは記憶もないくらいなのだが、
急に麻婆豆腐が食べたくなり、それを食べなきゃ駄目位になり、
草津へ登る途中の「丸晶」は見た目は全然パッとしない店だが(失礼)
店主は陳建民に習った本格派らしく麻婆豆腐絶品と聞いたなぁ
と思いつつそこまで行けないなぁとなり、自分でこさえて食べた。

 

丸味屋の中辛なので、山椒の味の微塵もない麻婆だったが、
「麻婆豆腐を食べねばならない」という欲求は一応満たされた。

 

亡くなった親父は板前でもあったから、衝動的に食べたくなったものを
自分でこさえてしまう人だった。
しめ鯖とか、鯛のアラ汁とか、鮎の塩焼きとか、烏賊の塩辛とか。
特に塩辛はこだわりがあったようで、僕は苦手だったが良く作っていた。

 

親父が亡くなった後も、おふくろは塩辛の作り方は聞いていたらしく、
「いい烏賊があったの」と言ってはたまに作って食べている。
「烏賊の塩辛を食べねばならない」とまでは高まっていないと思うが、
作るたびになんとなく、親父の事を思い出しているんだろうな、と思う。

2436声 駅

2014年11月23日

なんの意味もなく、車で行く用事を電車で往復した。僕が幼い頃から乗った吾妻線。

今では3ヶ月に一度使うかどうか。夕方を過ぎ、高崎駅の階段をホームに降りていたら不意に、

ぶわーっと、駅で過ごした今までの時間がよみがえってきた。

 

吾妻線に乗り通学した時期もあった。相模原に住み小田急線で東京へ通った時期もあった。

まさに膨大な時間を、駅で過ごした。久しぶりに電車なんか使うものだから、一気に思い出したようだ。

 

待つばかりの駅ではだいたいいつも、ボーッとしていた。

それは日々の中であれをしないとこれをしないとと「意味ばかり詰め込みがちな今」と

対局にある時間だったように思う。

 

若い頃の膨大な無意味な時間、は何かの役にたっているのだろうか。

少なくとも、このサイトに寄せる文章は、その時間から立ち上がっている気がする。

2435声 十一月②

2014年11月22日

十一月というのはどうも、紅葉も終わってしまうし雪も降らない。
季節的にさみしいなと思う以前に、季節的なものに気付かない。

 

山の近くにいてこれなのだから、町にいればなおさらか。
早くも光りだしたクリスマスムードで、寂しさは紛れるのか。

 

それでも高崎の銀杏並木、まだ葉は残り黄色、路面に降り注いでいた。
銀杏の鼻をつく香がした。

 

道を渡ろうという女性が、携帯をそっと並木に向けた。
気付く人は気付く季節。そんな季節があっても良いね。

2434声 トム・ルッツ

2014年11月21日

最初の連載から、他の2人に比べて文章が長く、
「ひとこえじゃないじゃん」と自分でツッコミを入れていたのだが、
今月は何のスイッチが入ったのかいつも以上に長文が多く、
たまには短くまとめたいので、中之条ビエンナーレで知り合った
作家さんがツイッターに上げた、トム・ルッツなる人の言葉を置く。

 

「怠け者ならば、孤独にはなるな。もし孤独ならば、怠け者にはなるな」

・・・これをつまみに熱燗4本いけそう。噛みしめたい言葉。

2433声 むきだし

2014年11月20日

高倉健(以下敬称略)の訃報。

 

40代以降の皆さんにとっては、ぽかんと穴が開いた気分のようだ。
僕は映画を観ている方だと思うが、世代的には高倉健は『鉄道員』近辺の
穏やかなおじさんというイメージだろうか。『ブラックレイン』も上映時10歳。
僕の世代は任侠シリーズや『八甲田山』の彼の鬼気迫る顔は知らないと思う。

 

まだ見方が甘いんだろうなぁ、名優というと「むきだしの演技」を期待する。
三船敏郎の『七人の侍』、仲代達矢の『切腹』、緒方拳の『復讐するは我にあり』、
三国連太郎の『神々の深き欲望』、香川照之の『鬼が来た!』など・・

 

役所広司も好きな役者で好きな映画はたくさんあるが、どれも上手で、
けれど「これがむきだしの役所広司だ!」という映画は思い浮かばない。
好きだった原田芳雄も『竜馬暗殺』を観ていないので、まだ語れないな、とか。

 

ヤンチャ系健さんの『野生の証明』は、むきだし、ではなかった気がする。

実は見ていない任侠シリーズは見なきゃだし、『八甲田山』も再度観たい。
ただ全てむきだしにしなくても、感情を押し殺した名演もあるわけで、
高倉健の良さがわからないうちは、僕も子供なんだろうな、と思っている。

ご冥福をお祈りします。

2432声 埃の家

2014年11月19日

「古い建物を調査する様子を撮影できませんか?」
という連絡をいただいた。そういった仕事をしている方ではなく、
とても素敵なカフェをきりもりしている方からだった。

 

場所等はまだ明かせないと思うが、半日その建物と周辺を撮影した。
近くに関所があり、奥座には役人がいたというような旧家だった。
土壁、養蚕跡、彫り物のある引き戸、吊り天井は床に落ちていた。

 

東京から来たという研究家の方たちはテキパキと詳細を記録する。
共に作業をする地元の方たちは、カフェの方ほか、自然志向の施設経営者、
東京でも仕事をするデザイナーの方などバラエティに富んでいて、

 

「文化が日常になっている人は、これも他人事じゃないんだろうな」と。

壊せば数日の建物であるが、埃を払えば人の営みが見えてくる。

2431声 逗子海岸

2014年11月18日

夏、中之条ビエンナーレディレクターの山重徹夫氏が手掛ける
「逗子アートサイト」へ行った。海のある町の場所場所に、現代美術が息づく。
最後に観たのは、海岸沿い、藤井龍徳さんによるインスタレーション。

 

丁寧に作られた木の小屋。腰をかがめないと入れない高さ。その壁の一面は横長で
大きく窓が開いており、その窓からはダイレクトに逗子の海岸線が見える。
靴を脱ぎ壁にもたれ足をのばし外を見ると、寄せてかえす波に夕日が沈む。

 

先週の忙しい時、ふと思い出したのはその小屋の中で見た光景だった。
思い出すたびに、穏やかな気持ちと、なにかしらの温かさを感じた。
それは作家が意図するものではなく、自分に都合の良い解釈だと思うのだが・・

 

「アートとは何だ?」
未だにわからないが、そういう付き合い方でも良いと思っている。

 

 

同じく山重氏が ディレクターをつとめる、するがのくにの芸術祭 富士の山ビエンナーレ

今月30日までの開催。富士山と現代アート、行って見て感じてみよう!

2430声 主体性

2014年11月17日

「学校で教えるべき一番のことは、物事に主体的に関る方法」
と何かで読んだ(どこで見たか覚えてない引用ばかりですみません)
ようは、「自分ごととして学業仕事に、他者に、人生に関われるか」なのかなと。
それ、大事だなとつくづく思う。

 

学生時代、工業学校に入るも興味が0になり、授業中寝てばかりいた。
無気力の極致に観た『カッコーの巣の上で』で号泣し、映画の学校へ
そこで初めて「自らどうにかしたい!」と主体性を持つようになった。
二十代の半ば、無気力の底に落ちた時も、仕事に意味を持てなかった時期。
責任を感じるような人間関係もなく、自分事のほとんどが他人事だった。

 

今は、おかげさまで些細な仕事から、母親のラジオが故障したことまで、
自分ごとだと思える。なぜ変わったか、目標は3日で挫折する人間だから、やり方としては
巻き込まれて、やり遂げる。約束をして、守る。その繰り返しだったように思う。

不器用ながらに時間をかけてようやく、「自分の人生は自分のものだ」と気づき始めたのだ。

 

もちろん、がっぷりよつで物事に関わるだけが人生じゃない。
そのあたりは、人生の障壁を皮一枚でかわしつつ、正面からは見えない角度から
手裏剣のように鋭い言葉を投げかける(ぬ)の人こと抜井さんにご教授いただきたい。
・・いや彼は「俳句が人生になってしまった人」なので、それはそれで過酷か。

2429声 睡眠不足

2014年11月16日

この週末は、今までに経験したことがないほど時間に追われていた。
仕事として映画祭用の冊子を印刷製本しつつ、日曜日の結婚式の映像制作、
そのような時に限って他の仕事もぽこぽこ入ってくる。
体力的にではなく、時間的に頭の回転的に、限界だった。

 

3~4日は睡眠時間3時間だった。
すると面白いことに、普段気付かなかったことに気付いてくる。3つほど紹介したい。

 

まず頭がショートする。眠眠打破でも限界がある。
そんな時、何かの本で読んだ「布団に横にならず椅子で短時間の仮眠」
が有効だった。脳を解放するイメージをしながら30分とか寝ると、
なんとか頭が回りだす。これを「脳内デフラグ」と名付けた(笑)。

 

次に食事について。
以前この連載で(ほ)の人が「正念場を乗り切るには食べ過ぎないこと」
と書いていた気がするが、追いつめられると豚骨ラーメンニンニク入りを食べる
僕が、その心底忙しい間だけは、おにぎり良く噛んでお茶とか、本能で
消化の良いものを選んでいるのも驚いた。確かに、食べ過ぎは疲れるのだ。

 

予定のやりくりが出来ていないだけで、自分でも馬鹿なことをしたと思う。
でも収穫だったのは、頭の8割を占めていたそれらがスッと完了した後、
僕の中に詰め込みができる場所ができたことだ。「若い時の苦労は買ってでもしろ」
と言うが、やっぱり常に、自分の実力の少し上で生活していくべきなんだろうな。

 

あ、睡眠不足が続き気づいたことの最後は、「何かの気配を感じるようになる」
これは、夏の夜の連載の時にお話しした方が良いよね・・睡眠って大事!

2428声 作家性

2014年11月15日

「シナリオ大賞」という若手監督支援を行ってきた伊参スタジオ映画祭にとって
今年はとても嬉しい年になった。というのも、過去そのシナリオコンテストで
最優秀賞を受賞し中之条町で映画を制作した2人の監督が、その後商業映画を監督し、
その2本の映画、『燦燦』と『ゆるせない、逢いたい』を上映することができたからだ。
その両映画上映後の対談の司会を務めた。

 

外山文治監督による『燦燦』は、吉行和子さん主演の高齢者婚活を描く人間ドラマ。
齢34歳の監督が描く脚本に、数々の映画に出演してきた吉行さんは、
「このセリフを待っていた」と言ったという。確かに、出演者の行動すべてに
裏付けとしてのドラマが描かれており、監督の「人間を描くこと」についての
執念のようなものも感じた。物語が総じて人間賛歌になっている所も外山節。

 

金井純一監督による『ゆるせない、逢いたい』は、女子高生が主役。
今はやりの青春ラブストーリーではなく、取り返しの付かない傷を負った彼女が、
周囲の保護を抜け自分自身で生きる術を探す物語。細かい生活の描写や、
川の流れ夕暮れの闇など、様々な要素を収束させ、映画として結実させている。
来場いただいた主演の吉倉あおいさんは、顔面積が僕の半分だった。

 

作家性―――
外山監督の「人間の本質を捉えた人間ドラマを描く」ということ、
金井監督の「出演者の気持ちを尊重し、ドキュメンタリー的に描く」ということ、
それらは伊参での映画製作時にも原石的に光っていた部分だ。
彼らはその作家性を磨き、誰にも媚びない自らの映画を作った。

 

それは奇跡に近いことと思っていたが、檀上の二人の目をみて、ああ違うなと。
彼らの目はしっかりと、次の映画をみつめていた。

2427声 映画青年

2014年11月14日

僕がスタッフを続ける「伊参スタジオ映画祭」が、長年に渡る活動を評価され、群馬県から表彰を受けた。

誉な受賞であったから、映画祭前日のこの日、ツインプラザにて祝賀会が行われた。

 

会場には町や県のお偉い皆さんの他、

資料展示で解放されている伊参スタジオで訪問者を温かく迎える初代・二代目の管理人さんや、

『眠る男』『月とキャベツ』の松岡プロデューサー、『時をかける少女』の谷口監督など、

映画祭に馴染みのある映画人が集まった。

 

伊参スタジオ映画祭の特徴を一つ上げるなら、僕は「ふるさと力」だと思っている。

田舎ならではの「よく来たねー」精神でお出迎えし(無料のキャベツやカレー配布も名物)、

近年ではシナリオ大賞という新人監督発掘の場をもうけ、彼らにとっての映画作りの原点にもなっている。

 

松岡さんが、映画撮影で来られなかった『月とキャベツ』監督の篠原哲雄さんの祝辞を代読する。

「伊参は、我々のような大人になりきれない子どもも温かく迎えてくれる・・」スタッフ皆に嬉しい内容だった。

自分も映画製作に関わりたいと思っていたし同級にも未だ裏方でいつかの日を狙っている奴がいるので

わかるのだが、「映画をやりたい」という若者は形見が狭い。それは音楽や芸術もそうかもしれないけど。

 

少なくとも伊参に来ている間は、「映画をやりたい」という若者に胸をはって欲しいと思う。

(日頃はアルバイトで生活を繋いでいるかもしれない)映画青年が、シナリオコンクールの後に、

映画監督や脚本家と熱く自作を語る様は、いつ見ても胸が熱くなる。

伊参スタジオ映画祭は、明日で14回目を迎える。

2426声 寂しさを埋めるお金

2014年11月13日

財布の厚さは元気に比例する。とまでは言わないけど、この年で財布に300円しかない時などは、

怯えた子犬のように心細いし、逆に諭吉さんがいれば鼻歌まじりでプレミアムビールも買ってしまう。

 

「日々使うお金をメモしてください。たいがいは寂しさを埋めるために無駄に使っていると気付くはず」

と書いてある本があった。なるほど、絶対必要でもないのにコンビニでちょこちょこ買ったり、

自分へのご褒美にと必要以上に物を買ったり、悶々としながらレンタルショップの二階に上がったり・・

心から満足していれば使わないお金、はあるように思う。

 

一方で「自分が本当に良いと思うものを買い、応援したい店や人にお金を払いましょう」という話も聞く。

お金に対して「汚いもの」と考える若者が多いそうだが、そうではなくて、自分の意思でお金を回すことは

自分が大切なものことを守ることになるのだと。それもごもっともと思う。

 

お金の使い方は難しい。それに悩む以前に、お金がないと悩みようがないので、

まずは年末ジャンボを買いに行くことから始めようと思う。

2425声 空と芝のリビング

2014年11月12日

見た目年の上をいく35歳に王手をかけたおっさんである。
でも「好きなものが女の子みたいですね」と言われることがある。
別にキャンディーキャンディー(古)が好きだったり
「nonno」を立ち読みしているわけではない。それは気持ち悪すぎる。

 

大好きな場所が北軽井沢の「麦小舎」だったり、ほか好きな店を列挙していくと
「サンデールーム」「monsoon donuts」「BIOSK」「小箱」・・・
いわゆる20代後半から30代の女子が通うような店だったりするので、
そう言われるようだ。全部食べものの店だけどね・・

 

列挙した店が一同に並ぶ「空と芝のリビング」というイベントが
10月末前橋公園で行われた。僕もスタッフとして参加したことのある、
校舎を持たないコミュニティー大学「ジョウモウ大学」主催のイベントだ。

 

上の店含め、ピンとくる人にはピンとくるが、
(ほ)のひと堀澤氏と「シュクルキッチン」の菊池氏がワークショップを行い、
食以外にも家具の「Hokuto59」、器の「HOUSENDO17」、雑貨の「Wandervogel」他、
前橋高崎を中心に、まさにピンとくる人にはピンとくる店が並んだ。
渋谷ヒカリエ等で地域発のデザインに注目する「D&DEPARTMENT」の方の対談もあった。

 

例えば。ショッピングモールへ行くと、僕は食べものと本以外は買わないし、
なんだがぐったりしてしまう。「消費こそ快楽ですよ!」と未だに言われている気になる。
僕が先に挙げた店を好きなのは、別に心が20代後半から30代の女子というわけではなく、
ただの商いに留まらず「きちんと暮らしていこう」という雰囲気を感じるからかもしれない。

 

嬉しいことは、身近な暮らしの中にある。あ・・でもこのイベント僕行けなかったんですけど・・