年末から休まずに飲んでいる。
すでに七草粥でもすすりたいほど、内臓は疲弊しているのだが、
そこは新玉の年、どこへ行っても酒席になる。
そう言う過酷な状況下で飲む酒の種類は、 自分の体に合っているか、
そうでないかが明確である。
2015年01月04日
年末から休まずに飲んでいる。
すでに七草粥でもすすりたいほど、内臓は疲弊しているのだが、
そこは新玉の年、どこへ行っても酒席になる。
そう言う過酷な状況下で飲む酒の種類は、 自分の体に合っているか、
そうでないかが明確である。
2015年01月03日
2015年の俳句ingも無事に昨日無事に終了し、 すがすがしい気持ちで3日を迎えている。
大塚駅の天祖神社を振り出しに、巣鴨へ回って池袋演芸場へ。
途中では勿論、赤提灯の暖簾をくぐっているのだが、
本年は例年に無いくらいゆったりしたペースで進んだ。
昨年の川崎大師では概ね参拝を終えるのに2時間は並んだが、
今年はあっさり初詣を済ませて、寄席で初笑いしていた。
私などは群馬県を離れてから、この新春の初句会が、
仲間の顔を見られる数少ないチャンスとなり、群馬在住の頃とはまた違った重みを感じるようになった。
ともあれ、今回の参加者は男だけなので、大いに気楽で、 少しばかり麦酒が苦く感じる句会であった。
2015年01月02日
本日は恒例の「新春俳句ing」開催日である。
出掛けにこれを書いているが、毎年の快晴である。
昨日の元旦は、都心でも一時、異例の雪模様となった。
私にとっても、おそらく参加者にとっても「初句会」となる。
句会がある日は、普段見慣れている空や町や人まで、
そんな平凡な景色が、精彩を放って見えるのである。
2015年01月01日
昨日、高崎高島屋にて開催中の「山本素竹展」へ伺った。
今年の書のテーマは俳句である。
その素直な自然な俳句に、書に触れて、今は妙に落ち着いた心持である。
翻って自分は、素直な心で、俳句に取り組めるだろうか。
そんな事はともかくとして、これからひと月はこれを書かねばならないので、
いまはともかく、麦酒の栓を抜こう。
新年一月の担当は抜井です。
2014年12月31日
大晦日。
おせちも無事終わり、今年も年が越せそう。
これから恒例の除夜釜に行く。
ろうそくの明かりだけのお茶室で新年を迎えるお茶会に携わるようになって数年が経つ。
年が明けて二日は、これも恒例の俳句ing。
初詣をして俳句を詠んで一杯やって帰ってくる。
渋い行事だが非常に楽しい。
俳句は誰でもできるからいい。
誰でもできるというのは、
俳句なんてできないと思っている人にもできてしまう、
という意味。
どうぞよかったら参加してみてください。
いつも鶴のひとこえを読んでくれてありがとうございます。
どうか良いお年をお迎えください。
来年もよろしくお願いします。
2014年12月28日
男はつらいよ第19作「寅次郎と殿様」を見てきた。
30日まで高崎電気間で上映している。
妹桜とその夫博は、
寅さんがいないときは平凡なおしどり夫婦にしか見えないのだけれど、
いざ寅さん絡みで気まずい雰囲気になったとき、
一気に凛として愛情を溢れさす。
その時の二人の、
どう振る舞うかの判断はとても深い。
2014年12月27日
今日でひとまず仕事納め。
高崎の店が始まって以来最も忙しい一日だった。
明日一日休んで明後日からおせちを仕込んで今年は終了。
今年はよく働いた。
本人は毎年よく働いているつもりだが、
今年が違うのは今年は従業員がいるということ。
その分売り上げもそれなりになければならない。
こういうのを、
ほんとの意味で働いた、と言うのだろう。
いい悪いの話ではない。
それどころかあえてどちらかといえば、
本当の意味で働くことよりよく働くことの方が尊いと思っている。
いや、そうでもないかもしれない。
よく働ける状態にある、ということが尊い。
2014年12月24日
クリスマスイブだがまるでお客さんが来なかった。
街自体に人が少ない。
閉店間際に常連客がビールを片手に来た。
クリスマスプレゼントである。
早じまいして帰るつもりが、
これでまた始まってしまった。
2014年12月23日
酒を飲んでいるときにメモする癖がある。
翌日それを見てまるで意味がわからないこともよくある。
以下、夕べのメモ。
「シャリは刺身の味の少なさを補う」
「刺身に興味がないのかもしれない。握りにしか」
「口に入れて甘味が広がらない酒に好感を持ちます」
「リアリティのあるミステリー」
「スカイツリーよりあなたのクリスマスツリーになりたい」
「グーグルよりヤフーが好き」
2014年12月22日
電車に乗ったらよれよれのおじさんが、
歯に何か挟まったのだろうか、
歯ブラシでそれを必死に取り除いていた。
前かがみで隠れるようにやっているがまるで隠れてはいない。
これがみっともない。
よれよれがみっともないんじゃなくて歯ブラシがみっともない。
ならば電車で酒を飲むのはみっともなくないのか。
多分大して変わらない。
2014年12月21日
ものづくりは社会性を放棄しないと成り立たない一面がある。
そこに個人のリアリティが浮き彫りになる。
だから、社会性を放棄しないと成り立たないものづくりをしている人たちの優しさには嘘がない。
2014年12月20日
愛想が良くないと言うが、
愛想がいいに越したことはないことくらい知っている。
だがそのための体力がない。
私にできるのはせめて、
機嫌が悪くない、
までである。