日刊鶴のひとこえ

この鶴のひとこえは、「めっかった群馬」に携わる面々が、日刊(を目指す気持ち)で記事を更新致します。現在の担当者は堀澤、岡安、すーさん、抜井です。この4人が月替わりで担当しています。平成30年前半は、5月(堀)6月(抜)7月(岡)8月(す)9月(堀)10月(抜)11月(岡)12月(す)1月(堀)2月(抜)3月(岡)の順です。

「考えた量は人に伝わるんですよね」 アートディレクター 佐藤可士和

2007年11月26日

「トークスペシャル クリエイターたちの言葉」より。
明日、午後10:00〜午後10:45、NHK総合にて。

依存心

2007年11月25日

「すぐに甘える」
とういのと、
「与えられなきゃ気がすまない」
というのと、
どっちがタチが悪いかといえば、
後のほうではないか。

「低俗は力なり」 音曲師 柳家紫文

2007年11月24日

よっ、日本一!

見学会が

2007年11月23日

15:00に終わり、
そこから宴とあいなり。
気づいてみたら午前様。

帰れなくなったやつがここに一人。
その向こうには尾形光琳。
ホンモノの尾形光琳。
大家さんがこの日のために持ってきてくれたもの。
これから、
この、
国宝級の工芸品と一緒に寝ます。
安酒のにおいがつきはしないかと心配。

只今工事中〜その4〜

2007年11月22日

只今夜の11時を回ったところ。
明日はこの家の見学会。
ホコリが減らぬ。
掃除はつづく。

急遽

2007年11月21日

看板の落款を変えることになった。
‘ほのじ’の脇に‘ひ’の字をひとつ。
それがなかなか定まらない。
‘ひ’の字ばかりがどんどんたまる。
不気味だ。

只今工事中〜その3〜

2007年11月20日

見とれる、
その、
仕事ぶり。

明日にはおおよそ出来上がるそう。
作り込みが始まったのは今日のこと。
たった二日である。

安請け合いで

2007年11月19日

地域のボランティアなんたらという催しの手伝いを引き受けてしまった。
ボランティアという言葉の持つマニアな響き。
のどに引っかかってなかなか飲み込めない。

近ごろ

2007年11月18日

「不正発覚!」
な毎日。

昔から
「不省、まったく!」
なアタシ。

正しいってなんだ?

「まったく忙しい手なんだからっ」 ラブリー

2007年11月17日

フィリピンパブのラブリーが、
気のきいたニホンゴで、
隣のおじさんを戒めていた。

只今工事中〜その2〜

2007年11月16日

夜中に目が覚めて、
トイレが工事中で使えないことに気づく、
34才。

‘掃除日記’改め、‘只今工事中’・・・その1

2007年11月15日

駅前の家の改装が本格的に始まりました。
入れ替わり立ち代り業者の方がやってきて、
トンテンカントンテンカンやっている。
水周りの工事の打ち合わせで、
なにやら耳慣れない言葉。
「ツラシンでウチウチのシアガリで790・・・」
よくわからないけどしびれた。 

57日に1度

2007年11月14日

回ってくる四万温泉共同浴場の掃除当番。

今日がその日。

3時から5時までが割り当ての時間。
その時間内に掃除を終わらせればよいことになっている。
掃除の最中は他の人たちは入って来れない。
早く終わりにすれば一人で貸し切りにすることも。

2時間かかってたどり着いてすぐに取り掛かって、
だいたい40分で一通り終わった。
そのまますぐに脱ぐもの脱いで、
1番風呂へ、
ざぶーん!
あ〜、たまらん!

温泉の神様に感謝してすぐに帰宅。
往復4時間と、
高速代片道850円と、
ガソリンがせいぜい1000円くらい?
をかけて、
風呂掃除。

フフフ、
どうだ!

ん?
何を自慢してんだ?

町がえし

2007年11月13日

町おこしでも、
町づくりでもなく、
町がえし。

住んでいる町の価値観がひっくり返るような瞬間がいつかやってくる、
なんてことはないだろうけど、
あえて名づけるとするならば、
マチガエシ。

マチガエサガシ、
ではない。

「淳ちゃん、デリカシーってなんだか知ってる?」 一平

2007年11月12日

「デリカシー?」 淳之介
「そのデリカシーがどうしても欲しいんだけどさ、高いのかなぁ?」 一平

とくに

2007年11月11日

用事がなくても、
何かしら言い訳をつけて、
年に何べんか東京に行く。
その目的のひとつが、
電車に乗ること。
最近各駅停車にもグリーン車の車両がついて、
ますます快適になった。
若いおねぇちゃんが売り子で回ってきてくれるのもいい。
車はあまり好きではないのに、
どうして電車は好きなのか。
少し前までは、
車窓から見える景色が…なんて思っていたけれど、
どうもそれだけではないことに気がついた。
あの、
独特の揺れが好きなのだ。
あれに揺られていると、
とてもリラックスできる。
ぐっすりと眠れる。

汁を食べたい!

2007年11月10日

とにかく汁好きなアタシ。
味噌汁をつまみに酒が飲める。

そういう料理人が作る料理の一つの特徴は、
‘汁が飲める’ということ。
どういうことかというと、
たとえば煮物などを作るときにでも、
‘汁が飲める’ということを重視してしまう。
あるいは酢の物などを作るときでも、
やはり‘汁が飲める’ということを重視してしまう。

「日本料理の華は椀にアリ」

いつの頃からか思うようになりました。
昆布とかつおで引いたお吸い物のウマサったらそりゃあもう。
幸せが全身を駆け巡ります。

ただ、
汁に合わせていけるのは、
日本酒でなけりゃあうまかない。
それも出来れば燗がいい。

あ〜、よだれが出そうだ。

この先は12月1日から始まる「ほのじ」の講座にて。
テーマは「食卓で遊ぶ」。
そもそも食育というのはソウイウコトじゃないかと。

他人を

2007年11月09日

自分に重ねて考えることが出来るということが、
何よりも人間が他の動物と違う特徴であるらしく。
ですから無神経なやつというのは、
人間扱いされないという風潮になるわけで。

他の動物には採用されていないこの能力は、
人間の暮らしを豊かにもスレバ、
ギスギスとしたものにもスル。

「重ねて考えることが出来る」という能力は、
どうも、
「重なりたい」という欲求とつながっているような気がする。
皮肉なのは、
どこまでいっても他人は他人であるということ。
かといって、
自分は自分だけというスタイルのなんとも味気ないこと。

こういうことに、
解決策はない。

でも、
気を紛らすくらいのことならばできる。
人間は皮肉なのだと、
思い込んでしまう。
一人でいようなんて野暮なこと言わずに、
野暮を承知で他人を重ね違え続ける。

「そうは言うけど、
世間は許さないだろ。」

ごもっとも!

他人の重ね違いも、
ボタンの掛け違いも、
ごはんの炊き違いも、
許されない時代になってきている。