雲多くも晴れて夏近い陽気。二日酔い気味ということもあり、草むしりをしたり買い物に行ったりと、まったり過ごす。夕方に嫌々原稿に手を付ける。それによって風呂に入りそびれる。夕暮れ時に入る風呂がまたこれ、気持ちよいのだ。そして麦酒を開けると、これまた。やめればよいものを、原稿に手を焼いて、そんな夕風呂も出来ず、そそくさとさっき買ってきた餃子を大量に焼いて、麦酒で流し込む。どうもしっくりこない餃子であった。
2024年04月21日
雲多くも晴れて夏近い陽気。二日酔い気味ということもあり、草むしりをしたり買い物に行ったりと、まったり過ごす。夕方に嫌々原稿に手を付ける。それによって風呂に入りそびれる。夕暮れ時に入る風呂がまたこれ、気持ちよいのだ。そして麦酒を開けると、これまた。やめればよいものを、原稿に手を焼いて、そんな夕風呂も出来ず、そそくさとさっき買ってきた餃子を大量に焼いて、麦酒で流し込む。どうもしっくりこない餃子であった。
2024年04月20日
曇りがちで晩春らしい気候の一日。定例の句会日。いつも通り弘法寺を吟行してから句会。桜がわずかに残っていたので、よかった。境内の藤棚には短いながらも房が揺れており、幽玄な光を放っていた。しかし、藤棚には熊蜂が多く、今日もそうだが、気安く近寄れないことが多い。句会ではいろいろ悩むこと多し。点取りの俳句と真に迫った俳句とどっちを採るべきか。点取りの俳句の方が断然上手なわけである、点を取るために巧妙に作られているので。
2024年04月19日
山積みの仕事が一つ終わり、その安堵もあっていささか飲み過ぎた。高橋竹山のドキュメンタリー映画を観つつグラスを傾けていたことも、おおいに影響している。年末に大量に麦酒を買った。その中のひとつにベルギー麦酒があるのだが、これを飲むのにいささか苦戦している。度数が高いのである。通常の麦酒より二、三度高いだけで、かくも重たくなるのかという。さすがは飲むパンの異名を持つだけある。いや、たまに飲むなら最高なのだが、ふろ上がりにさっと飲みたい場合、つまりは日常で飲む場合は、なかなか手が伸びない。それはそうと、まずはゲラの下読みを進めなければならない。
2024年04月17日
朝、瞬間的に雨が降って晴れのち曇り、都内はほぼ残花。しかかっていた校正を終えて編集部に送信。そして今日も夜八時がらみの時間帯にドトールで下読みにとりかかる。毎日みる顔もある。そのほとんどが高齢の方である。恒例の高齢の方。うん、酔いが回ってきているようだ。しかし、この時間帯に喫茶店にいる人というのは、なにやら気になる人が多い、カップルには見えないが親密そうな男女やら、会社をさぼっているのか、家に帰るのがいやなのか、スマホで映像を見ているサラリーマンやら。私やら。用事があって素竹さんと連絡を取った。元気そうでなにより。
2024年04月16日
曇りだが夏近いむし暑さ。帰り際にどうにか一時間だけドトールに入れる時間が作れ、選句やら選評やら下読みやらをする。ややあって隣に座ったのは女子高生二人組。縦書きに俳句が並んだ原稿を凝視しているおっさんが隣に座っていることに、若干おののいている印象だったが、元気におしゃべりしていた。ともかく声が大きくて元気である。ぜんぜん終わらず、明日持ち越し。
2024年04月15日
くたくたになって帰宅。晩飯をドカ食いしたらいささか回復した。最近腹が出て困る。GWが見えてきて、それまでにやらねばならぬことも顕在化してきた。いささか焦っていてこの頃、寝つきが悪い。今週の句会は行けそうになく、断りの連絡等済ませる。
2024年04月14日
二日酔いにて目覚め、よく晴れた青空が目にしみる。昨日の選句をデータ化して送信。やるべきことを放擲して、ぐだぐたして過ごす。Amazon primeで映画「川っぺりムコリッタ」を観る。やめておけばよいものを、晩酌に麦酒を二缶のんだら、頭痛がさらに悪化した。
2024年04月13日
季節外れの夏日。句会で井之頭公園へ。残花という風情だが、桜の時期の井之頭公園に来てみたかったので、それが叶った。花見客でにぎわっており、ゆっくり楽しめた。ゆっくりしすぎて句は精彩を欠いたが、句会では秀句があり満足した心持になった。夕方から飲み会。気を使ってドイツビールの店を予約してもらっており、たくさんのジャーマンクラフトビールが味わえて、ここでも満足。その後はハモニカ横丁へ流れて、ここでも麦酒。桜と麦酒におぼれた一日であった。
2024年04月12日
曇りのち昼ごろ小雨。朝から出かけていてくたびれたが、この時期はいたるところで桜が観られるので、わりと苦にならない。ひとりで観る桜と人と観る桜と、どちらが良いだろうか。さしあたり、今日来た原稿の校正など進める。
2024年04月11日
日差しはあたたかく、風はうっすら冷たい一日。句稿の整理。桜の句の収穫が少ない。週末の句会にかけるしかない。秋のイベント依頼が一件。出羽の国か、一度は行きたいと思っていた場所なので、面白そうなイベントになりそうである。
2024年04月10日
すっきり晴れて、散る花が美しい。私の俳句の師は花狂いだが、それが伝染しているので、困る。しかし、飽かずに毎日、酒飲みながら観れるのは、やはり桜ぐらいだろう。昨日の好転から一転、玉のような日であった。
2024年04月09日
朝から台風のように雨風強し。夕方ごろには天候が回復しだしたが、だいぶ桜が散ってしまった。週末に句会の予定があるので、そこまでもってほしい。うわさに聞いていた句集など届く。分厚くて驚く。
2024年04月08日
花曇りのち雨。日々、おたおたしていて桜が碌に観れていない。見ごろを完全に逃しているが、この時期はそんなものだろうと、半ばあきらめる。句集に飽きて歌集などを読む。短歌は私性が顕れているので、その作者の年代別に歌集を読み進めていくと面白い。時代と作者の内外の環境が密接に絡んでいて、成長とか成熟が手に取るようにわかる。一方、俳句は前述のような句集の読み方をしても、モンタージュのように見える断片から、描かれていない部分の時代と作者の内外の環境を想像していく必要がある。その描かれていない部分が語るからこそ、一句として時代の風雪に耐えうるという面もあると思う。どちらも面白い。
2024年04月07日
すっきりと晴れて、夏日。朝から桜もずいぶん咲いたようだ。ささっと実家に寄り、ささっと新町駐屯地の桜を観て、ささっと帰ってきたのだが、夜になってしまった。一日が目まぐるしく、いささか頭痛がする。明日からは一斉に新学期などもはじまり、街が慌ただしくなると思う。そんなことを考えているこの時期は、この時期特有の、このなんとも感傷的な心持になったりしている。
2024年04月06日
花曇り。朝、近所の桜を見ようと思ったが、起きられず。断念して一路、群馬へ。覚悟していた関越の渋滞もゆるく、午前中には前橋公園に着いていた。花は五分咲き程度だが、ぐるっと出店が出ていて、にぎわっていた。もう少し青空が出ていたらよかったが、寒い中で温かいものを食べるおいしさもまた格別であろう。と、後ろ髪を引かれる思いで、予定が詰まり気味なため、そそくさと引き上げた。
2024年04月05日
ややこしい原稿を一件受け、ただでさえ重い気が、更に重くなり、頭痛も一層ひどくなる。ためていたお礼状を、やっとのことで二件ほど書いて返信。これについては、本当にかかねばならぬ案件だったので、よかった。これについては自らの怠慢としか言えないが、謹呈誌にこまめにお礼状を書くのは不可能である。そして投句も一件。
2024年04月04日
このごろ、雨続きである。仕事の関係で夜まで飲み会だったが、まだ木曜日というのにどの酒場も混んでいること。疲れている時というのは、少々タガが外れ気味になっているようで、飲み過ぎてしまった。いま、若干の二日酔いを抱えている。昨日もそうだが、深い時間に総武線などに乗っていて、ハタと気が付いて車内を見回すと若者ばかりの時がある。みな、仲間と大声でしゃべっている。ところどころに、目立たぬように椅子に深く腰掛けている、くたびれたおじさんなどがいて、私もその一人であるが、そんな車内の人間模様というか、構図に気が付いた時はしみじみ年取ったなと感じる。
2024年04月03日
雨で、桜のほころびも留まってしまったような一日。なにかと俳句関係の予定が被りまくってきている。WEB句会の選句を済ませる。今年度からは自発的にWEB句会をいくつか減らした。自家用車にだいぶガタが来ているが、来月に控えている車検を通して、あと一、二年は乗らねばなるまい。ちまちました句ばかり手元に残り、大景を詠んだ句を作らねばと思うこの頃である。