静岡県から日帰りで帰って来た。
帰路、都内のどこかしらで一杯と思っていたが、
三連休前の金曜日の夜の東京駅の混雑の中を歩いていると、
文章にもやたら「の」が多くなってしまうほど、
身も心も疲弊して来て、結局、最寄り駅の付近の、
よく行く定食屋で、瓶麦酒を飲んで帰宅した。
飲み屋街にある夜半の定食屋は雑多な客層ではあるが、
非常に落ち着く場所である。
2017年10月06日
静岡県から日帰りで帰って来た。
帰路、都内のどこかしらで一杯と思っていたが、
三連休前の金曜日の夜の東京駅の混雑の中を歩いていると、
文章にもやたら「の」が多くなってしまうほど、
身も心も疲弊して来て、結局、最寄り駅の付近の、
よく行く定食屋で、瓶麦酒を飲んで帰宅した。
飲み屋街にある夜半の定食屋は雑多な客層ではあるが、
非常に落ち着く場所である。
2017年10月05日
昨日10月4日は、中秋の名月、十五夜であった。
天気の崩れもなく、きれいな月が浮かんでいた。
月ももちろんきれいだが、月光を孕んだ雲も、
負けず劣らずきれいであった。
帰り際、猫に遭遇した。
それも、沢山。
みな、何するわけでもなく、
街灯の下や人家の塀の隅にうずくまっていた。
うずくまってはいるが、近寄ってみると、
目をかっと見開いて暗闇に去ってしまう。
月光浴を邪魔されて怒っているのであろうか。
月と猫の関係も、何か浅からぬものがあるらしい。
2017年10月04日
今日、先月受けた健康診断の結果が手元に来た。
全てオールAといいたいところだったが、肝機能に注意のCが付いていた。
γ-GTPの数値が基準よりも高かったのである。
受診日の前々日に、俳句の用事で高崎市に出かけ、その日深酒していたので、
さもありなん、という具合である。
気に留めているのは、γ-GTPの数値よりも、その晩、
つまり、高崎で飲んでいた夜のことである。
ビューホテルで飲んでいて、一人で飲み直そうと、
柳川町から市街地方面へ歩いていた。
スズランの横あたりでジャケットを脱ぐと、カランとポチャンといやな音がした。
スマートフォンでも落としたかと、慌ててポケットを確認すると、スマートフォンはある。
ごそごそとポケットを調べると、ペンがない。
この日に限って、愛用のペンをさしていたのである。
すぐ横を流れる城址のお堀へ落っこちたのであろう。
酔眼を凝らしても、真っ暗な川面が街灯を揺らしているだけで、
ペンの所在は一向に分からない。
酔って無くす、いろいろな物を。
俳句をやっているせいか、ペンは高確率でなくす。
今回は環境には悪いことをしたが、まさか鯉が食べて喉を詰まらすことも無いので、
回収はあきらめるしかない。
2017年10月03日
日帰りで長野から帰ってきた。
一昨年から運行開始した北陸新幹線「かがやき」に乗車するのは二度目であったが、
東京、長野駅間をおよそ1時間20分で行き来する早さには驚いてしまった。
かくも潔く群馬県を通過して行く車窓の景色は、改めて新鮮であった。
高崎駅を通過してしばらくしたころ、後ろの席のご婦人が隣のご主人にぽつりと、
「さっきの、わりと大きな町だったわね」と話しかけた。
平日ながら善光寺付近は大型バスなど並んでいたが、長野駅前は閑散としていた。
晩秋ということもあり、街中はいささかさびしい景色であった。
吹き行く秋風は、山国らしい乾いた匂いがした。
2017年10月02日
先ほど送信した原稿で、一年間の新刊句集の書評担当が終了した。
氷山の一角に触れただけだが、毎月夥しい数の句集が刊行され、
まるで団栗が落ちてくるように、世の中に送り出されているということを、
身をもって体験した一年であった。
そして、手元に残しておきたい団栗は意外と少ないことも体験し、
自身も昨年の十月に処女句集を刊行したことを思うと、少し寂しくもあった。
しかし、実際、団栗を手元に残しておくと、
中にいる幼虫が成長し、成虫になって出てきてしまうらしい。
その点、私の句集など虫はいないし、鍋敷きにくらいにはなる。
2017年10月01日
いつもこの時期に開催される、やや大きな句会のため、
京成電鉄へ乗って成田山へ行ってきた。
昨年同様、秋晴れの一日。
ご縁日の日と重なり、門前には大型バスが連なり、境内は特に海外の人で大賑わい。
人手が多いためか、気温の関係か、昨年はあれほど目についた蜻蛉の群れが、
今年は一、二匹雲間に漂っている程度であった。
このごろは句会に参加というよりも、裏方として運営という具合になっており、
本日の句会も、自身の俳句はそぞろに句会を終えることになった。
帰り際、成田駅前のBarに立ち寄った。
土地柄、客の大半は外国の方で、
身長二メートルはあろうかと思われる屈強な男たちで賑わっていた。
店内は二階建てで、一階は立ち飲み、
二階は小さなテーブルとプラスチックの椅子が置いある簡素な造りである。
外国の方たちは、一階にひしめき合いながら、
ジャックダニエルをストレートで飲んでいた。
ややあって、一階へ麦酒を買いに行くと、外国の方の一団は煙のように消えており、
カウンターの奥に、バーテンダーの女性が一人だけであった。
開けっ放しの窓から、秋の風。
今日の中で唯一、俳句が生まれそうな瞬間であった。
2017年09月30日
9月も終わり。
ひとこえはほとんどシラフのときに書いたもの。
これはこのひと月に、飲んでるときにメモしたもの↓
小池都知事の違和感は憂いのなさ
「お客さんのうちはお菓子を食べるところじゃないんだよ」
漬物をチーズの価値まで高めたい
カフェは自分を落ち着けるために行くところ。飲み屋は酔うために行くところ
飲み屋には、緊張せずに行けるところと、適度の緊張なしでは行けないところがある
飲み屋には、旨いものにありつけるところとありつけないところがあり、適度の緊張がないと、ありつけないことが多い
緊張がなくても旨いものにありつける店が名店なのだと思う。それは、価格も含まれる。それが判るお客さんだけを相手にしたい。それがわからないお客さんが増えると、緊張も増える
群馬クラフトビア協会のよさは、酔った勢い、が許されるところ
素面の時の感覚は雑
若いやつをかわいいと思う余裕くらいあっていい
好きでいてもらいたいのか。ビジネスなのか
自分が色濃く関わっていないことがらに対し関心を持てない、という部類の性質があるとして、関心を持てないどころかどこか排除的になる部類の性質の人種がいる
温度が下がってきたときのいずみ橋
ワインが一本を時間をかけて飲んでうまさがわかるように、燗酒も一合を時間をかけて飲まないと、その全貌には近づけない
高級寿司屋の女は萎縮している。燗酒屋の女は嬉々としている。ふてぶてしくもある
クレイジークライマー
携帯の充電が切れるまで働けば十分じゃないか?
大きい氷の利点もある
会社のためと従業員のためと、どちらが大切か?どちらも同じだけ、だ。最後に選ぶべきは、従業員じゃないか
アニメは衰えないところがいいところでもあり、リアリティのないところでもある
閉じてしまいたい、と、繋がりたい、が奇跡的にいっちしたときに、幸せを感じるようになっている
2017年09月29日
今朝は冷え込むと聞いていたため、昨夜は長袖長ズボンで寝た。
朝のジョギングは気持ちよく、昼過ぎの西陽も心地よかった。
今日は秋日和の一日。
スマホに向かって注文を繰り返して陽が暮れた。
東口のキリンシティに来てみた。
ラガーと一番搾りの違いが年々明確になるのがわかる。
一番搾りは、海外に出たらきっとウケると思う。
ラガーは変わらず残してほしい。
2017年09月28日
今まで料理に意識してきたことは、噛んでおいしくなること、だけだったが、もう少し要素を増やす。食材の味がしっかりあること。料理としての味のメリハリがあること。盛り付けに彩りと輪郭があること。
2017年09月27日
手荒れがなかなかよくならない。
手が荒れるなどはじめてだ。
午前中は動けたが午後はダメ。
夕方もダメ。
夜になってのそのそと仕込みを始めた。
明日は先日の料理撮りの二回目。
リベンジ。
キンモクセイが匂っている。
2017年09月26日
朝ジョギングをして、搬入。
夕べ久しぶりに飲みすぎて頭痛がする。
器やグラスが入った段ボール箱10個を、二人がかりで7階へ。
搬入口には、次々に荷物を積んだトラックが到着する。
全館で160店舗以上あるらしい。
巨大だ。
7階の店舗に着いて、器を全部出して洗う。
店舗の場所が中島だから、全方向から丸見えで落ち着かない。
どうやって動いたら動きやすいかを考える。
2017年09月25日
今日はもう休もうと決めていたため、映画を観に行く。
観たのは「三度目の殺人」。
出演福山雅治、役所広治、広瀬すず。
監督是枝和裕。
是枝監督の映画はいつも問題提起だが、今回はいつも以上に複雑だった。
とにかく休もうと決めていたから何となく観ていた。
けれどもいろいろ比べてしまう。
ストーリーは、容疑者Xの献身と比べてしまう。
是枝監督作品としては、海街ダイアリーと比べてしまう。
福山雅治は、いろいろ比べてしまう。
描きかたは、岡安さんと比べてしまう。
一番好きだった場面は、福山演じる弁護士が、捕まった容疑者のアパートを訪れる場面。
その時の管理人のおばちゃんの台詞。
福山をアパートの入口まで案内しながら、「ここは建坪率が違反しているのよ。こっちはね…」と、世間話をする。
こういうのは是枝さんならでは。
海街ダイアリーで言えば、長澤まさみが朝家を出て、道路に出るところで財布を忘れたことに気づき、戻ってくる。
その日は雨上がりの朝で庭に水溜まりができている。
それを飛び越えながら、長澤まさみは家に戻る。
その場面。
是枝監督の真骨頂だと思う。
そこに、すべての人間肯定が盛り込まれていると思う。
2017年09月23日
調理器具の選定のため厨房屋へ。
実際の店舗の厨房と照らしながら考える。
今までにない規模の調理だから容量も大きなものがいいはずだが、厨房は狭い。
狭い中でどうやるか。
今日もお客さんは多かった。
みなさん、長屋風情を気に入ってくれている。
早く戻ってきたい。
最近道端に、ゲロをよく見かける。
近づきたくないから早めに脇に逸れる。
片付ける人の身になると頭が下がる。
でも、道端にゲロのある街に安心する。
2017年09月22日
岡安さんが、醸造所のPR映像を作ってくれた。
岡安さんは人間の、ありのままの屈託のなさを切り取る名人なんだなと思って、妙にいままでの付き合いに思いを馳せてしまった。
他人との付き合いは、生きていれば必ずそれを経験しなくてはならないが、その付き合いを思い通りに、描いた理想に近い形で経験するのは案外難しい。
だから、その難しさを仕事で代替して補う、ということがよくある。
仕事という、ある意味での役になりきることで、自分のこうありたい付き合いを追体験する、ということである。
私などまさにそうで、カウンターの内側にいるから、あるいは料理や酒があるから人と付き合えるので、いったんそこから出たら、ただの自分本意で臆病な、もはやリアルな初老男なのかもしれないと、本気で思っている。
岡安さんの映像を見て、実は岡安さんも映像を通して対象と、他者と付き合っているのかもしれないと思った。
岡安さんの映像に出てくる人物は、岡安さんが付き合いたいその人なのかもしれない。
あるいは、岡安さんが伝えたいその人、でもあるかもしれない。
何が言いたいかというと、その切り取りかたがいい。
岡安さんの映像にでてくる人物は、チャーミングなのである。
2017年09月21日
忙しくなってきた。
こういう時こそていねいに。
駅近くのマンションの前を通ったら、20時前くらいだったか、小学生らしき男の子が素振りをしていた。
一振り一振りが実に気持ちが入っていて、いい振りだった。
それにしても、この鼻水はいつになったら止まるのか?
2017年09月20日
昼飯を食べたら急に具合が悪くなる。
食べたのは唐揚げ弁当。
胃の下の辺りが重くなり、一時間横になってもよくならず、トイレに移動してさらに一時間半、少しずつ、もとに戻っていった。
脂汗が出るくらいの重さだった。
料理の撮影に来てくれていた二人を一時間以上待たせ、結局どうにか料理を作り、撮影した。
疲れなのか。
2017年09月19日
酒をおいしいと感じる。
久しぶりだと思う。
沈酔メモをまとめた。
メモする時の自分は、酒をおいしいと感じている。
5月
悲しいがわかるか、フィードバックしてるか、許したいか、そういう全てに興味があるか
渋皮煮は冷凍OK
豚肉はもっと熟成させて。熟成に耐える豚肉を。牛じゃない豚
焼き魚はふんわりしているべき
おせちにモツはいい。どんことの組み合わせもいい。春菊はいらない
楽しさ=下品ではないはず
目的地にたどり着けばいい
自分が上げて欲しいのだから、上げてはあげられない
クラフトファンは閉じている
6月
好きになれるもの、人があること自体が、人間にとってはありがたいこと
束の間、いい時間だった。気を使わなくても咎められない時間が必要
従業員だって人間
ジャッジしたい自分を感じられないならジャッジするな。ジャッジしたい自分を感じたら恥じろ
食中酒百席はジャッジを遅らせる会。単体でいいものはつまらない。単体でいいものを集めても行き詰まる。何かと合わさってどうかが大事
豚足は両手で
あの犬の人への違和感は、不粋
いい店は、おいしいでしょ、なんて言わない
酒は影
俺よりも他のお客さんを気にして欲しい
自分の好みとは言い切れない部分もあるビールをお客さんが飲んでくれていて、それで成り立っているこの一時、というのを、忘れてはいけない
7月
きき酒会に出よう
傷ついたら、それを自覚しないと優しくはならない
蚊取り線香を嗅ぎながら死にたい
母性と女心は反比例する
寒かったら眠れない
何を頼りに眠るのか
スタンドアローン
「波乱万丈だけど順風満帆」
最後まで戦え
最後まで戦え、と、明日がある、は、矛盾する
ドクダミがいたかと気づく立ち小便
中尾くんは笑ったら引く、横須賀さんはほほ笑む
倉林くんは人間味がある
人間味、という、味がある
日本料理は濾過をした料理
発音の区切りの強い外人は自我が強いはず
クラフトビールのアルコールは表示よりも高いと思う
こんなに弱くなったのか
死ねるなら今
まだ何にも食べてない
そんなに怯える必要はない。外は気持ちいい
運動を始めて、体調が良くなったら、酒が弱くなった
うちのビールはガスが強すぎ
一緒だと思えば納得するしかない
うしとらが、決してなんでもできるわけじゃない
伝えたいことと伝わりやすいことの間で生きている。伝わりやすいことは、伝えたいことがある程度伝わらないと、採用できない
軟水の方が酸っぱく感じる
瑞々しいと薄いは違う
膝が痛い
閉じないと欲しい友達はできない
従業員は家族。家族とは、最も甘えてはいけない存在
昔から、柿の種よりもピーナッツが好きだった
緊張しますと言われたら、飲むしかない
電話を切れない女に話し続ける男のみっともなさ
弱さとは、頑張ってないとダメ、なこと
最後のスープ、という店があったらいい
でこいちは、今は大江戸博物館でしかないところが限界
「セゾンは好きじゃなかったけどこの山桃はおいしい」と言ってもらう
大丈夫と言いながら受け止められないタイプ
8月
信江さんは最後はしゃがない
「あたしガサツな料理が好きなんですけど」
やはり温かいものは温かく出したい
パプリカは、ピーマンなのに青臭さを捨てたところが間違いの始まり
ついて行きたいには2種類あって、先をゆくものの支えになりたいというのと、先をゆくものにあわよくばぶら下がりたいというのと
おそらくそれはどちらもある、のが普通かもしれない。けれども、どっちを大事にするつもりか、は、なぜか曖昧にしている気がする
そのため、支えになりたい、をとことん大事にしている人のすごさが見落とされがち
倉林くんは、焼き
小豆の入った脱脂粉乳おいしかった
「余分にもらったら悪いと思って」
男はもっと、女心について女と、語れるうちに語り合っておくべき
自分は馴れ馴れしいくせに馴れ馴れしくされたくない
俺はこんなに緊張感を持って接してるのに、が、俺に向かう