日刊鶴のひとこえ

この鶴のひとこえは、「めっかった群馬」に携わる面々が、日刊(を目指す気持ち)で記事を更新致します。担当者は堀澤、岡安、すーさん、坂口、ぬくいです。この5人が月替わりで担当しています。令和8年度は4月(坂)5月(ぬ)6月(岡)7月(す)8月(堀)9月(坂)10月(ぬ)11月(岡)12月(す)1月(堀)2月(坂)3月(ぬ)の順です。

2659声 移ろい

2016年01月19日

関東地方は昨日の雪から一転、晴れているが、
日本列島の上には依然として、等圧線がきりきりと込み合っている。
この分だと、関東平野部は底冷えの寒さ、関東山沿いは強風。
山向こうの日本海側は、大雪になっているだろう。
などと、天気予報の気圧配置をぼけっと眺めながら。

 

天気のことなど書いているときは、大抵、
書くことが無いときなのであるが、
人と話すときも、同じことが言える。
挨拶で天気・気候のことから話し始めるのは、日本人特有と聞く。
しかし、季節の移ろいに敏感な日本人にとっては、
話すことが無いにもかかわらず話さねばならぬとき、
この感覚がたいそう重宝する。
いま、この瞬間も。

2658声 のっそり

2016年01月18日

関東平野部でも積雪し、交通の乱れが甚だしかった。
ニュースを見ると、「関東で二百六人がけが」とある。

 

こうなると、都内は弱い。
各地で運休が相次ぎ、間引き運転の朝など、もう混雑極まる。
すし詰め以上に詰め込んでも、列車から人が溢れてしまい、
どの駅も一時的に入場規制されていた。

 

都内ではすぐにみぞれになり、
朝九時ごろには舗道の雪は融けていた。
夜は一転して晴れており、澄んだ空に星がきらめいている。
目まぐるしい一日だった。
帰路、悴む手を温めようと、自動販売機で缶珈琲を買った。
おつりを取っていると、脇からのっそりと猫が出てきて、大あくび。
なんとも人間の脆弱なことか。

2657声 横顔

2016年01月17日

日曜日なので、今しがたまで「サザエさん」を観ていた。

 

何かに理由をつけ、一杯飲んで帰って来たいマスオさんとアナゴさん。
仕事で失敗した後輩を慰める、と言うことにかこつけ、
三人で居酒屋に入り、麦酒を空ける。
するとこの後輩、酒癖に難があり、店を出てからも勢いを失わず、
「もう一軒」と息巻く。
三人でバーへ流れ、酒を酌むとどう言う訳か、ホステス嬢にモテるのは、
後輩ばかり。
完全に色を失ったマスオさんとアナゴさん。
帰り道には〆に食事をする気も失せ、帰宅の途に就く。
その後の休日、商店街の本屋で立ち読みをしているマスオさん。
通りがかったサザエがその姿を見かけ、マスオさんの真剣な横顔に感銘を抱き、
そっと立ち去る。
そして、レジでマスオさんが買い求めた本が、「バーでモテるコツ」であった。

 

アニメやドラマに関わらず、とみに少なくなったこう言う主題を見ると、
なんだか安らぐ。

2656声 〆について

2016年01月16日

軽く飲んだ流れにて。
それでは、〆にと言う運びで牛丼チェーンへ寄った。
券売機脇に「でん」と350円の文字。
牛丼ではなく、麦酒中瓶の価格である。
ジョッキは300円。
一昔前は、チェーンの牛丼店で麦酒を飲むときは、
いささか場違いな雰囲気が店内に漂っていたが、
昨今は、むしろ店の雰囲気が麦酒を勧めている。
その雰囲気に飲まれ、牛丼一杯で帰るつもりが、
牛皿で瓶を傾けることになってしまった。
さて、どこで〆ようか。

2655声 新作

2016年01月15日

一月も半分終了。
本来ならば一月ごとの担当なので、
あと半月書けば次の担当である岡安氏にバトンタッチなのだが、
今年から担当は二月ごとに変わることになった。
ことの経緯は酔いと寒さとが手伝って、ほぼ覚えてはいないが、
新年二日、アメ横の寒風吹きすさぶ路上でそう決まったような、
思い出がある。
そんなわけで、あと一月半のお付き合いとなる次第。

 

今日は一件俳句の締切があり、新作十句を見繕って出版社へ送信した。
寒々しい冬の句で揃えたが、掲載は梅の蕾解けるころの三月号である。
結局、締切まで引っ張って推敲してしまった。
俳句を作るときはあまり余計なことを考えぬようにしているが、選句
をするときは、自分の句でも余計と思うようなことまで考える。
考えても上手くいかぬ場合のほうが多いのだが。

2654声 キンチョー食堂 後編

2016年01月14日

麦酒を飲み干して、さてお会計と言うときに、レジ横に発見した。
「金蝶ソース売ってます」の張り紙を。
あの「キンチョー」は「金蝶」だったのである。
「金鳥」の想像も案外近いものがあったが、「金蝶ソース」とは、
長崎生まれのウスターソースの銘柄のことで、
主に皿うどんにかけて食べるように開発されたソースらしい。
この食堂ではそのソースが常備されており、常連の方々は、
皿うどんとは言わず、揚げ物やキャベツなどにこのソースを用いる。
つまりは、金蝶ソースファンが多いのである。
なるほど、壁のメニューにも、「ちゃんぽん」や「皿うどん」、
「あごだしラーメン」など、長崎をルーツにしているらしい。

 

それからと言うもの、私も金蝶。
今では、当然のように金蝶ソースを手に取り、自分の卓に無ければ、
隣の卓に手を伸ばしてまで、用いるようになってしまった。
濃厚な味わいでないが、さらっとしていながらも風味に富んでいる。
皿うどんには勿論、アジフライなど二つに割り、
片側は醤油、片側は金蝶で食べているときなど、小さな幸せである。
この金蝶ソースをたっぷりかけたメンチカツが、
この食堂の好物のひとつである。

 

 

後編終わり。

2653声 キンチョー食堂 前編

2016年01月13日

本八幡駅北口の飲み屋街の中に、一軒の大衆食堂がある。
紺暖簾の奥には昭和の匂いが濃く、メニューが壁に貼ってあるような、
と言えば大方の雰囲気は伝わるであろう。
夕方の客層は、出勤前の水商売の淑女や、
仕事を終えた背広の親父さんなどが多い。
私も、定食と瓶麦酒で夕食にしたり、冷奴で軽く飲んで帰ったりと、
この方面に足が向いたときにはよく利用している。

 

行き始めたばかりのことだったが、
耳慣れない符丁のような言葉が気になっていた。
それは、お客が店員氏に「あれ、キンチョーは」や、
お客が隣のテーブルのお客へ「ちと、キンチョー借ります」など。
しかし、どう見てもソースの容器を手にとっているので、
こちらではソースのことをキンチョーと呼ぶのかしら。
蚊取り線香の「金鳥」が調味料を販売するわけはないし。
と言うのはいささか大げさに書きすぎだが、
瓶麦酒を注ぎながら、それに近いことを考えていた。

 

 

いささか長くなりすぎてしまったため、後編は明日に。

2652声 風の夜

2016年01月12日

空っ風の無い分、住んでみて群馬より千葉の方が随分と暖かく感じる。
ともあれ、私が住んでいるのは市川市なので、
千葉県でも房総の辺りなどと十把一絡げにして語れないように、
群馬県でも、嬬恋村と館林市、鶴舞う形の尾と頭では、全く風土が異なる。

 

こちら市川は、暖かいとは言え、寒に入ってからは冷え込んでおり、
今日などは朝の一時、霙が見られた。
しかし、空っ風が吹き荒れた晩の、あの乾いた底冷えには及ばない。
もう、涙が出るほどきりきりと寒いのだが、大概、夜には風が止み、
とても空と山の影が綺麗であった。
そんな綺麗な風景ばかり思い出しているが、
今頃群馬では、夜中まで空っ風が吹き荒れているかも知れない。

2651声 蕾

2016年01月11日

用事があり、近所の神社へ出かけた。
由緒ある神社で、社務所には明治に書かれた連句の額、
本殿には勝海舟揮毫の額など、どちらも額だが貴重な文化財が見られた。
境内にはひっきりなしに人が訪れており、遅い初詣の老夫婦、
成人式帰りであろう晴着の若者、宮参りの赤子と家族など、多彩であった。
帰り際、境内を一巡りすると、陽だまりに寒紅梅がささやかに蕾を解いていた。

2650声 ホッピーの生

2016年01月10日

遅い年賀状が返ってきた。
その一枚に、「I LOVE HOPPY」と言う言葉が添えられていた。
それを見て、共感した。

 

正月二日、吟行へ出かけた浅草のホッピー通りで、
「生ホッピー」なるものを飲んだ。
泡がきめ細かく、ともすれば生麦酒をしのぐ味わいであった。
「ホッピー」の「生」とは如何に、と思いカウンター奥を覗くと、
ビールサーバーからホッピーを注いでいた。
なるほど、一般的にホッピーと言えば瓶のものだが、
その樽生をサーバーで注いでいる。
特筆すべきは、温度管理やジョッキの冷やし加減など、
的確に行われているので、当然、一杯づつ味も正確である。
特に、ホッピーの黒と言うのが、美味かった。

 

そんなわけで冒頭の言葉には、大いに共感する。
嗚呼、右手がジョッキの柄を求めている。

2649声 バトミントンと羽根

2016年01月09日

定例の句会のため、原宿へ出かけた。
明治神宮参道の人の数を見て、その静かなる混雑に倦み、
代々木公園へ足を向けた。
雲一つない、きりりとした快晴の空の青が心地よい。
新春だからか、バトミントンに興じる親子やカップルが多く見られた。
新春だからか、と言うのはバトミントンも「羽根つき」だからである。
勿論、本来は羽子板で、羽根を打ち合うのが羽根つきであるが、
現代、なかなか羽子板を持っている人も少なかろう。

 

すぐ後に控える句会へ出すため、このバトミントンを羽根つきと見立てて、
句を作った。
二、三句できて、そのまま出したが、これがまた不人気だった。
やはり、自らの力不足もあるが、バトミントンと羽根つきでは、
心も響くものが違ったのであろう。
しかし、独楽や羽根つきなど、正月の風物もどんどん希少なものになっている。

2648声 発泡スチロール

2016年01月08日

都内のホテルへ出かけた。
晩は立食のバイキングで慌ただしく飲みかつ食い、
ホテルを後にした。

 

ホテルから最寄り駅まで歩く。
通り沿い、縄のれんのかかった木戸が目に入ると、
思わず向いてしまう足を、どうにか地下鉄まで運ぶ。
地下鉄のつり革を掴んでいて、有楽町と言う表示が目に入ると、
ガード下の赤提灯、そのカウンターに出されるもつ焼きと瓶麦酒が想起され、
思わず途中下車してしまう気持ちを抑え、つり革をぐっと掴む。

 

そうこうして自宅最寄り駅へ到着し、駅前繁華街にたなびく、
焼き鳥屋の香りにうずく喉と胃をなだめつつ、やっと自宅へ。
と言うところで、コンビニにある「おでん」の暖簾につられ、
缶麦酒とおでんを買って帰ってしまった。
発泡スチロールに入ったおでんの、安らぎと言ったらない。
無論、シャンデリヤの下で食べた料理があってこそ、ではあるが。

2647声 寒に従え

2016年01月07日

昨日6日は小寒。
つまりは一年で一番寒い時期とされる、寒に入ったのである。
昨年の秋は、「露」の句を作ろうと思い、幾度となく早起きを試みたが、
ただの一度も成功しなかった。
よって、昨年は露の句がひとつも作れなかった。
今はせっかく寒に入ったことだし、寒に入れば寒に従えとばかり、
早起きをして、「霜」や「氷」など冬季の俳句を作りたいと考えている。
考えてはいるのだが、それがなかなか実現しない。
よっぽど旅にでも出て、日常を離れねば無理かも知れない。
ただの一時間の早起きで、そこには別の世界があるのは、
重々、分かっているのだけれど、それがどうしてもつらい。
だって、寒いし。

2646声 蜜柑人間

2016年01月06日

缶麦酒一本。
今日はこれで終わりにする。
昨晩は久しぶりに酒を抜いた。
すこぶる体調が悪かったからである。
元来胃弱のせいもあるが、飲み疲れると疲れが胃に色濃く出る。
食欲不振に頭痛に悪寒、つま先がやけに冷えていたので、
自律神経が乱れていたのだと思う。
年末から飲み続け、正月に増えた酒量により疲れが出たのは明白であるが、
こういう時は心まで弱気になるもので、ストーブの前で手を裏返しつつ、
故郷の山河に思いを馳せていた。

 

少し回復した今晩は、冒頭にも書いたようにもう缶麦酒に手が伸びている。
なんでも飲みすぎ食べすぎはいけない。
学生時分、年を明けて会った友人の顔を見て驚いた。
顔色が蜜柑のように、黄色いのである。
聞けば案の定、蜜柑の食べ過ぎで、年末に実家から箱で送られてきた蜜柑を、
すべて食べきったとの由。
蜜柑を食べ過ぎた人間は、蜜柑に近づくのであった。
そんな蜜柑人間を思い出し、こうやって書いているなんて、
やはり、胃腸の疲れで弱気になっているのだろう。

2645声 ビールケース

2016年01月05日

本日五日から仕事始め、とする所が多いのであろう。
私の勤め先もそうである。
酔眼をこすりつつ、つり革をつかむ勤め人たち。
その人たちの放つ負のオーラで、車両全体の空気が重い。
無論、私もその一員である。

 

しかし、昨晩の酒の味は芳しくなかった。
十中八九、飲み疲れた体調に起因している。
炬燵で麦酒を飲んでいて、ふと、二日の夜、
寒風吹きすさぶアメ横路上で、モルツの生麦酒と鰻で、
一杯やったことを思い出した。
一月の夜に路上で冷えた麦酒を飲むなど、
考えただけれトイレが近くなるが、
男四人で小一時間はビールケースに腰を下ろし、
冷えた鰻でがぶがぶ飲んだ。
それほど酔っていたのであろう。
しかし、そう言う酒の味は格別である。

2644声 袋の袋

2016年01月04日

新年四日である。
元日から続いて、今日も快晴。
洗濯物を干しながら浴びる朝日が心地よい。
すぐ隣にある中学校には、運動部の生徒たちが、
校庭を走り回っている声が響いている。

 

私も三十代半ばに差し掛かろうかと言う中年なので、
近年お年玉をあげる機会が滅法多い。
昨日あげた男子中学生は、年玉袋を持つと、
慣れた手つきで、ささっと小さな巾着袋にそれを収納した。
お年玉専用の袋持参である。
中学生ぐらいになると、もらう側のほうが堂々としている。

2643声 咲くように

2016年01月03日

一月三日の今日も、正月から続いて快晴。
部屋の隅にあるテレビは、箱根駅伝復路の実況をしている。
今朝、郵便受けを開けると、恵贈された俳誌がいくつか入っていた。
新年号が多く、新年詠を楽しむとともに、
顧みて自分の不甲斐なさが身にしみた。
同時に、日本全国津々浦々に俳人が居り、
どの土地へ行っても、俳句が根付いていることを実感した。
季節の花が咲くように、連綿と俳句が生まれている。
その中の一輪に、自分もいるのだろう。

2642声 煮込みと麦酒

2016年01月02日

十一時に神谷バーで一行と合流し、
正午を回るころには浅草寺境内を出た。
一月二日と言えば、例年初詣は大混雑。
雷門から長蛇の列が出来るが、
丁度、人の切れ目に入れたらしく、
すんなりと参拝できた。

 

初詣が終われば後は年酒である。
今年は去年と同じ顔ぶれ、
結局、男だけでの初句会となったが、
この「結局」に含まれる安心感がうれしくもあった。

 

浅草寺脇にある青空屋台での生麦酒を振り出しに、
路地から路地へ、趣向の赴くままに暖簾をくぐった。
作った句の倍以上は杯を開けたことになり、
私に至っては少ない中のすべてが駄句であった。
しかし、空の青を浴びながら煮込みと麦酒で一杯やる、
あの心持を実感できただけで、素晴らしい一日となった。